恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 28
「…では、行きましょう…」
米倉が言って、私と米倉は、ファミレスから出た。
そして、米倉のミツオカというレトロな感じの、まるで、クラシック・カーのようなクルマに乗った。
米倉が大切そうに、ハンドルを握る。
まるで、大切な宝石かなにかを扱うように、クルマを扱ってる。
「…米倉さんは、クルマがお好きなんですね…」
私は言った。
「…好きです…」
米倉は即答する。
「…他人に見せるのに、これ以上、都合の良いものはありませんから…」
「…他人に見せるのに?…どういう意味ですか?…」
「…ほら、他人は、誰でも、その人間が、どういう人間か、わからないじゃないですか? だから、その人間が、どういう人間か、知るのに、こんなクルマに乗っていれば、クルマが好きな人間だと思う…」
「…つまり、自分を発信するメッセージだとおっしゃるんですね?…」
「…そういうことです…」
米倉は答える。
たしかに、米倉の言う通りだろう…
女でも、ブランドのバックや時計を身に着けているものは、誰もが、その女は、ブランド品が好きな女だと思う。
そして、それが、見かけが派手な女であれば、やっぱりと思うし、素直で、真面目そうな女であれば、意外と思う人間は、多い…
要するに、その人間が、身に着けるもので、その人間が、どういう人間か知ろうとする。
あるいは、判断する…
米倉の持つ、このレトロな外観のミツオカというクルマに乗れば、他人は、このクルマの主を、単純にクルマ好き…あるいは、目立ちたがり屋と思うかもしれない…
誰もが、思わず振り向くような、変わった形のクルマに乗ることは、周囲の目を引く。
つまり、目立ちたがりの虚栄心に満ちた人物であることがわかる。
ということは、やはり、この米倉という男は、虚栄心の塊なんだろうか?
今さらながら、思う。
身長こそ、170㎝と決して、大きくはないが、正統派のイケメン…
おそらく、生まれてこのかた女に不自由した経験など、ないだろう…
しかしながら、こんな目立つクルマに乗っている…
これは、一体どういうことなんだろう…
イケメンなのに、これ以上目立ちたいのだろうか?
普通、こんなクルマに乗る人間は、むしろ、平凡な外観の人間が多い。
平凡な外観ゆえに、目立ちたい欲望を持っている。
おそらく、自分では気づかないかもしれないが、虚栄心が、他人よりも強い…
だが、ルックスでは無理…
それゆえ、わかりやすく目立つモノで、自分の存在をアピールしている…
そんな人間が多い。
だが、それはあくまで、ルックスが平凡で、こう言ってはなんだが、取り立てて、取り柄のない人間…
この米倉は、誰が見ても、爽やかなイケメンで、しかも大金持ち…
あんな豪邸に住む大金持ちの御曹司だ…
それが、一体なぜ、こんな目立つクルマに乗るのだろうか?
わからない…
謎がある…
言葉が悪いが、目立つモノを持ちたいと欲する人間は、皆、生来目立てない人間が多い…
それゆえ、誰もが持たないような派手なクルマやブランド品を持って、目立とうする。
それが、米倉のように、ルックスもよく、金もある人間が、同じ行動をする。
わからない…
私が悩んでいると、
すでに、クルマを走らせ、ハンドルを握る米倉が、
「…追ってがいます…」
と、突然、呟いた。
「…追って?…」
「…このクルマを追跡するものです…」
米倉が言う。
私は、驚いた。
まさか、私と米倉の乗るクルマが誰かに追われてるとは、思わなかった。
そんなことは、テレビや映画や、マンガでしかない…
あくまで、フィクション…
虚構の世界の出来事に過ぎないと思っていた…
それが…
私は絶句する。
「…どうするのですか?…」
「…このクルマでは、目立ちすぎる…振り切るのは、無理です…」
「…では、どうするのですか?…」
「…クルマを止めて、相手と話すしか、ないでしょう…」
米倉が言う。
「…相手と話す?…」
私は米倉の言葉に、驚いたが、たしかに、それしか方法がないかもしれない…
私は考える。
「…でも、相手がヤクザとか?…」
「…それは、ありません…」
米倉が即答する。
即答するということは、米倉は、相手が誰だか、わかっているということか?
私は考える。
考えている間に、米倉が、
「…高見さん…クルマを止めます…」
と、言って、しばらくして、クルマを道路の端に止めた。
米倉がクルマから、降りる。
私は、クルマの窓の中から、米倉の姿を、黙って見ていた…
やがて、私の乗るクルマのすぐ後ろに、別のクルマが、止まった。
直後に、ひとが降りてきた。
私は、息を飲んで、その光景を見つめた。
降りてきた男は、一人だったが、もう一人は、クルマに残って、ハンドルを握ったままだった…
車中の私の目にも、それはわかる…
一体なぜ、ハンドルを握る男は、クルマから降りないのだろう?
私は一瞬、悩んだが、それは、おそらく、逃げるため…
なにか、あったら、すぐに、クルマを発進させて、逃げ出すためだと、思った。
その証拠に、エンジンを切らない…
あるいは、米倉と話すのに、一人で、十分だと思ったのかもしれない…
「…米倉さん…」
男が、話す声が、私の耳にも、届いた。
理由は単純…
私がクルマの窓を開けて、米倉の様子を見ていたからだ…
「…お待ちしてました…」
米倉が爽やかに言った。
「…これは、これは…」
相手も丁寧に返した。
男は、三十代後半…
物腰は至って普通で、真面目な印象の男だった…
とても、ヤクザには見えない…
「…私は、こういうものです…」
男が、名刺を差し出そうとする。
しかし、その前に、米倉が、
「…好子の不倫をスクープした週刊誌の記者さんでしょ?…」
と、喝破する。
男は、米倉の言葉に一瞬、戸惑ったが、
「…その通りです…」
と、あっさり、認めた。
私は、二人のやりとりを訊いて、米倉は、この事実に最初から気づいていたのでは?
と、思った。
最初から、気づいていたから、私とファミレスで話して、その様子を、週刊誌の記者に、わざと見せたのでは?
と、考えた。
なぜなら、最初から、自分が、週刊誌の記者にマークされていることに、気づいていたからだ…
おそらく、米倉には、思い当たるフシがあったのだろう…
腹違いの妹の好子が、週刊誌に水野との不倫をスクープされたからだけとは、思えない…
たぶん、米倉自身にも、なにか、週刊誌の記者に追われるなにかに気づいてる…
私は、そう考えた。
「…腹違いの妹の好子さんのことですが…」
「…好子は、まだ結婚していません…ですから、水野さんとの仲をアレコレ書かれるのは、困ります…好子の今後のこともある…」
「…おっしゃる通りです…」
週刊誌の記者は言う。
「…だったら…」
「…ボクたちも仕事でやってるんで…個人的に米倉一族のゴタゴタに興味はありません…」
…米倉一族のゴタゴタ?…
…どういう意味だろう?…
眼前の米倉正造と澄子の夫、直一の次期社長争いについて、語ってるのだろうか?
「…なにより、正造さん…アナタが、そのゴタゴタの中心人物であると、ボクたちは、見ているんですよ…」
「…ボクが、中心人物? …バカバカしい?…」
「…好子さんと、水野さんを結びつけたのは、正造さん…アナタじゃないですか?…」
「…それは、ボクが、水野を知っていたから…」
「…それだけですか?…」
「…それだけ? …どういう意味ですか?…」
「…正造さん…アナタは、米倉の正式な一族ではないという話も、訊いてます…」
「…ボクが、正式な一族じゃない? …どういう意味ですか?…」
「…アナタと姉の澄子さんは、父の平造さんとは、血の繋がった父子では、ないという噂です…」
「…ボクが父と血が繋がってない? …なにを根拠に…」
「…いえ、あくまで、噂です…噂…」
記者が意味深に言う。
私は米倉の顔を見たいと思った。
どういう表情をしているのか、知りたかったのだ…
しかしながら、私のいるクルマの助手席からは、米倉の表情が見えなかった…
…米倉が、平造の子供ではない?…
この言葉は、衝撃だった…
まさか、そんなことはないとは、思うが、もし米倉が、平造と血の繋がった父子でなければ、平造が言った、
「…あの男は食わせ者です…」
という言葉の意味はわかる…
いや、
あの言葉の信憑性が増すというのが、本当か?
血が繋がっていなければ、余計に、平造は、正造を、冷静に見るだろう…
誰もが、血が繋がった親子であれば、息子や娘を冷静に評価することができない…
世間に知れた、有名なタレントたちが、息子や娘たちを同じ芸能界に入れようとするのが、その好例だろう…
運よく、自分は、有名になって成功しても、息子や娘がうまくゆくかどうかはわからないはずだ…
なにより、そんな甘い世界ではないことは、重々に承知してるだろう…
にもかかわらず、同じ世界に入れようとする。
つまるところは、血の繋がった親子ゆえに、判断が甘くなるということだ…
これを米倉に当てはめれば、普通に考えれば、平造とは、血の繋がっていない父子と考えれば、納得がいく。
私は考えた。
「…そんな根も葉もない噂を口にするのは、止めて、尾行は、もう止めてくれませんか?…」
米倉の言葉が怒気を孕んでいるのが、わかった。
相手の男もそれを敏感に感じ取ったようだ…
「…わかりました…米倉さん…今日のところは、この辺で、止めにします…米倉さんも、そのために、わざわざクルマを止めて、ボクと話したんだろうから…」
「…」
と、米倉はなにも言わなかった…
その通りだったからだろう…
「…ですが、米倉さん…尾行を止めるのは、今日だけです…米倉さん、アナタには、まだまだなにかある…我々マスコミがアナタを追うことは、必然です…」
「…」
「…アナタのお母様のことも含めてね…」
…お母様?…
その記者の言葉が、耳に届いた直後だった。
「…お袋のことを言うのは止めてくれ…」
米倉が絶叫する。
まるで、スイッチが入ったように、叫んだ…
私はビックリして、あらためて、米倉を見たが、私の座るクルマの助手席からは、先ほども言ったように、米倉の表情は見えなかった…
米倉の背中が見えただけだ…
しかし、激高しているのは、明らか…
米倉のその剣幕に圧倒されたのか、記者は、急いで、自分が乗ってきたクルマに帰った…
慌てて、クルマを発進させて、その場から去る。
しかし、米倉は、その場に留まったままだった…
すぐには、動かなかった…
微動だにしなかった…
私は、クルマのノブに手をかけ、クルマから降りて、
「…米倉さん…」
と、声をかけようとした。
そうでもしなければ、米倉がいつまでも、そのままの姿勢で、いるように、感じたからだ…
しかし、それは杞憂だった…
米倉は、車中にいる私を見ると、笑みを浮かべていた…
だが、それはいかにも、作り笑いというか、無理やり作った笑いだった。
米倉は口元に笑みを浮かべながら、車中に帰ってきた。
「…どうです? …高見さん…あいつら、帰っていったでしょ?…」
運転席に座った米倉が言った…
私は、
「…ハイ…」
と、言いたかったが、言えなかった…
米倉は、口元に笑みを浮かべていたが、顔色は、蒼白で、予想外の出来事に怒りを覚えたのは、明らかだったからだ…
そして、それを必死になって、抑えていた…
私は、なにが、米倉をそんなに怒らせたのだろうと、考えた。
…母親だ!…
さっきのやり取りの中で、米倉が激高したのは、母親の名前が出てきたからだ…
おそらく、米倉にとって、母親がウィークポイント…
母親の話がなにより嫌に違いない…
そして、その母親が、すべての鍵を握っている…
米倉を産んだ母親ならば、米倉が平造の子供かどうか、知っている…
そして、案外、平造が離婚した原因も、わかるかもしれない…
米倉の言葉では、平造が、米倉の母親を追い出して、好子と新造の母親を招いたと言っていたが、これも怪しい…
眉唾ものだ…
私は思った。
すべて、米倉の都合のいいように、言っている可能性がある。
この米倉という男…
見ると、聞くと、大違い…
というのではなく、爽やかなその外観と中身が真逆…
どす黒いものを内に秘めている可能性が大…
しかしながら、それもまた面白いと思った…
これまで、見たことのない男…
皮肉にも、この騒動を引き金に、私の米倉に対する興味はかつてないほど高まった…




