恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 24
その男と会ったのは、私が会社から、帰る時…
雨の日のことだった…
小柄な私は雨が嫌い…
身長が155㎝と小柄なので、傘の位置も低い…
だから、どうしても、周囲に大勢の、私以外の人間が傘をさして歩くと、私の身長では、周囲が、見えなくなってしまう…
いや、見えづらくなってしまう。
子供の頃は、身長が低いのは、当たり前だが、大人になっても、同じく、身長が低いのは、困る(笑)…
雨の日に、傘をさして、歩くと、余計に周囲が見づらくなる…
私より大きな人間が、皆、傘をさして、歩くから、小柄な私はまるで、子供のように、周囲に埋もれてしまう…
しかしながら、利点もあった…
それは、私の顔がわからないこと…
いや、わからないではないが、わかりづらいこと…
傘をささない日のように、
「…見ろ、凄い美人だぞ…」
とか、周囲に言われるのは、プレッシャー…
よくも、悪くもプレッシャーだった…
雨の日は、それがないのが、いい(笑)…
女として、生まれて、
「…凄い、美人だ…」
と、言われるのは、嬉しくないといえば、ウソになるが、いつも言われるとなると、また話は別になる。
どこに行っても、芸能人でもないのに、注目を浴びている。
言葉は悪いが、常にプレッシャーに晒されていることにもなる…
美人で生まれたのは、ありがたいが、いつも周囲に見られている=注目を浴びているのは、プレッシャーに他ならない…
だから、雨の日は、傘をさすことによって、私の顔が見えづらくなるのは、嬉しかった…
ホッとした…
雨の日=プレッシャーから、解放される日だからだ…
とりわけ、学生時代はそうだった…
何度も言うように、私は常盤貴子を小柄にした感じのルックス…
要するに、大人しめの美少女タイプ…
このタイプは、自分で言うのもなんだが、学生時代が一番可愛い…
いわゆる美少女タイプだ
美少女という言葉が似合う、中学・高校時代が、一番美しい…
これは、好子さんも同じ…
あの豪邸に住む、米倉好子も同じだ…
やはり、私を米倉正造に、紹介したときに、溝口は、事前に、私が、米倉好子と似ていたから、紹介したのか?
私が米倉好子と同じタイプの美人だから、最初から、好子を溺愛している正造の父、平造に気に入られると思って、私を紹介したのか?
どうしても、思考がそこに集中する。
つい、考え込んでしまう…
一体、溝口の狙いはなんだ?
溝口が、自分の会社、大昭和の上層部から、米倉の内紛について、調べろと命令を受けているのは、明らか…
その狙いは、米倉の次期社長が誰か探るだけか?
それとも、別の狙いがあるのか?
今や、私の悩みは、米倉ではなく、溝口についてだった(笑)…
私は傘をさして、雨の中を歩きながら、考える。
自分の考えに夢中になり過ぎて、前に歩く人間に傘がぶつかってしまった。
「…痛っ!…」
前を歩く男の声がして、私は自分の傘が誰かにぶつかったことに気付いた。
小柄な私は当然、傘の位置も低い…
傘が当たった相手は、背が高く、私の傘が、背中にぶつかった…
「…すいません…」
私はすぐに謝った。
「…当たり屋?…」
相手は、そんな言葉を呟きながら、私を振り返った…
私は傘を斜めにして、自分の顔がよく見えるようにして、
「…申し訳ありません…」
と、キチンと、腰を折って、謝った…
男は、やはり、私と同じように、傘を斜めにして、ジッと私を見た。
そして、言った。
「…なんて、キレイな当たり屋さんだ…これなら、傘をぶつけても、全然OK…」
私が唖然とする、言葉を放った。
しかも、軽い…
口調が軽いのだ…
私は相手をジッと見た。
身長は、180㎝ぐらい…
黒いスーツを着ているから、サラリーマンであることは、わかる…
年齢は、30代前半…
私と同じくらい…
しかしながら、まるで、学生のように、ノリが軽いというか…
顔を見ると、かなりのイケメンだった…
ただし、米倉正造のように、正統派というか、マジメなイメージではなく、今どきのちゃらい印象というか…
しかしながら、目鼻立ちの整った男だった…
顔だけ見れば、正統派のイケメン…
その軽い言葉と、ちゃらい印象が、帳消しになるほどの、イケメンだった。
私は驚いた。
「…どうしたの? 美人さん? ジッとオレを見て?…」
「…いえ…」
とっさに、私は声を出す。
私は、その男の軽さというか、ちゃらい印象と、正統派のイケメンの余りのギャップにしばし、言葉を失った。
「…わかった? …オレに惚れたな? …オレって、いい男だからさ…」
男は軽い感じで言う。
私は唖然とした。
テレビのドラマじゃあるまいし、そんな言葉を初対面の人間にする男は、初めて見た。
そのイケメンとちゃらい態度が、ますますもって、剥離というか、違い過ぎる。
どうして、そんなイケメンなのに、ちゃらい態度なのか、まったくもって不思議だった。
「…まあ、美人さんに、ジッと見られるのに、悪い感じはしないけど、そんなにジッと見られちゃ、なんだか、オレが悪いことをしたみたいだ…傘をぶつけられたのは、オレだよ…被害者はオレ…」
目の前のイケメンが、自分に親指を立てて、主張する。
「…そこのところ、わかってる?…」
イケメンが言った。
私は、
「…本当に、申し訳ありませんでした…」
と、もう一度、しっかりと腰を曲げて、謝った。
「…わかれば、いいんだ…」
イケメンは言って、さっと傘をさした。
「…美人さんも、早く傘をささないと、濡れちゃうよ…」
そう言って、イケメンは歩き出した。
それまでのちゃらい態度とは、一転して、颯爽と歩く。
まるで、何事もなかったかのようだ…
私は、その後ろ姿を見て、驚いた。
普通、これほど、ちゃらい態度を取る男ならば、ヤクザではないが、因縁をつけて、私から金を脅し取ろうとしたり、そこまではいかなくても、美人ならば、オレと少しだけ付き合えとか、言うものだ…
しかし、この男にはそれがまったくない…
執着心がまったくないというか、けれんみがないというか…
その言動と、行動が、天と地ほども違う…
なんというか、台風一過といえば、大げさだが、唖然とした。
さすがに、33歳のこの歳まで生きて、これまで見たことのない、イケメンだとまでは言わないが、これほどちゃらい態度のイケメンは初めて見た。
そして、そのちゃらさと言動が、一致しない男も初めてだった…
私はただ驚いた。
同時に、興味を持った…
私が初対面の男に、興味を持つのは、これが初めてだった…
先日、米倉の豪邸に招かれ、正造と新造に興味を持った。
これは、ウソではない…
とりわけ、家族ですら、食わせ者と、呼ぶ、
正造と、ノンビリと穏やかな性格の新造…
その二人の対比が面白かった…
いや、面白かったというのは、失礼だが、興味深かった…
だが、それは、あくまで、あの豪邸で、接したから…
今のように、わずか数分接しただけで、興味を持った男は、いなかった…
33年生きてきて、初めてのことだった。
自分でも意外だった。
が、しかし、それが真実だった…
といっても、二度と会うことはあるまい…
たしかに、興味は持ったが、その背中をおいかけて、
「…私と付き合って下さい…」
とか、言うわけはない…
それでは、コメディだ…
ドラマのコメディだ…
現実ではない…
私は考える。
私は、ただ世の中には、面白い男がいると思った…
そして、面白い男は、誰もが興味を持つ…
当たり前のことを考えた。
これは、男女とも同じ…
ずっと以前、誰かが言ったか、ネットで見たか、
「…ここに、美人がいて、もう一人は、十人並みのルックスだが、滅茶苦茶面白い…男は、どっちを選ぶかと言うと、十人中十人が、面白い女のコを選ぶ…」
と、言っていた。
それを見たときに、そんなものかなと思った…
そのときは、それだけだった…
だが、私も歳を取り、当時はそんなものかと思ったことが、実感としてわかった…
いや、わかってきた…
誰もが、ルックスの良い男女が好き…
これは、当たり前だ…
しかしながら、いっしょにいると、なると話は別だ…
性格が悪いのは、そもそも論外だが、いっしょにいるには、楽しいのが一番…
自分が楽しいのが一番だ…
となると、ルックスは、所詮入口に過ぎないことがわかる…
ここまで、考えると、自分が、33歳のこの歳まで、結婚できないのは、やはり、魅力がないからなのかなと、考えてしまう…
面白みがないからなのかと、考えてしまう…
たしかに、自分で言うのもなんだが、物心ついて以来、男にモテモテだった…
学生時代は、クラス中の男にコクられたし、それは、自分のクラスに限らず、同じ学年どころか、学校中の男の一部にもコクられた…
これは、何度も言うように、希少価値…
自分で言うのもなんだが、私に匹敵する、あるいは、私以上の美人が、身近にいなかっただけ…
それだけに過ぎない…
そのうちの一部の人間とデートしたが、それだけだった。
これは、大学に入っても同じ…
そのうちに、私に憧れた男たちもなんとなく潮を引くように、私に距離を置くようになった…
「…高見といくら、付き合っても、面白くないし、まあ、あれほどの美人ならば、オレじゃダメかも…」
なんて、話が人づてに聞こえてきた。
しかしながら、私に言わせれば、それは、私の心が動かないだけ…
単純に、いくらデートしても、私の心が動かないだけだった…
この男といて、楽しい…あるいは、面白いと思うことがなかった。
それは、相手にも伝わった…
同時に、私とデートした男も、私相手に楽しめなかったのかもしれない…
歳を取り、当時を冷静に振り返ると、わかる…
いくら、美人でも、イケメンでも、結婚は生活…
生活に他ならない…
結婚して、家族になるのだ…
家族になるのに、ルックスがどうのこうの言う前に、楽しいのが一番…
なにより美人は三日で飽きるという格言があるではないか(笑)…
それを考えると、やはり、私自身に魅力がないのではと、つくづく最近考えるようになった…
同時に、恋をしたいと、心底思うようにもなった…
心の底から、ひとを好きになって見たいと思うようになった…
思えば、当初、溝口の紹介で、米倉正造と見合いをしたのも、それが、きっかけだったのかもしれない…
その結果といっては、なんだが、米倉正造と、その腹違いの弟、新造に会った…
そして、少しばかりだが、心が動いた。
だが、今の出会いは、もっと衝撃が大きかった…
わずか、数秒で、ここまで心が動いたことは、かつてなかった…
経験したことがなかった…
だが、それも一瞬…
一瞬の出会いと別れ…
もはや、二度と会うことはない…
そのときは、そう思った…
が、そうではなかった…
その男と再び会ったのは、翌日だった…
場所は、私の会社…
中堅の商社、金崎実業のオフィスだった…
私は唖然とする。
「…取引先の水野さんだ…」
課長の亀沢が紹介した。
まさか、昨日、偶然、出会った男が、私の会社に現れるとは、思わなかった。
思わず、棒立ちで、水野と呼ばれた男を見た。
水野もまた、私を見て、驚いた様子だった…
当然だ…
まるで、目の前に、宝物かなにかを発見したように、驚きの表情で、私を見た。
そして、言った。
「…ファンタスティック!…」
まるで、欧米人のように、大げさな仕草で、驚きを表現する。
「…こんなところで、美人の当たり屋さんに会えるとは、思わなかった…」
「…当たり屋?…」
課長の亀沢が、驚いた。
「…いえ、昨日…」
私が昨日の出来事を説明しようとすると、
「…この美人の傘が、オレのカラダにぶつかった…いや、刺さったんです…」
「…刺さった?…」
亀沢が驚く。
驚いて、
「…刺さった…」
という言葉を発した。
これは、私も同じだった…
「…刺さったって?…」
「…いえ、刺さりました…」
水野は言う。
「…オレのハートに、この美人の当たり屋さんの傘が、恋のキューピッドのように刺さりました…」
あまりの大げさなセリフに、課にいた、全員が、目を白黒させた。
どう対応していいか、わからなかったからだ…
その場がシーンと静まり返った…
これには、水野も焦った…
「…これは、はずしちゃったかな…」
と、照れる。
大げさなセリフを、はずしたことで、言った本人も、どう反応していいか、わからない様子だった。
今度は、いきなり、腰を曲げて、謝った。
「…すいません…この美人さんの傘が、昨日、オレの背中に当たった…それだけのことなんです…」
水野が謝る。
そして、私を見て、
「…本当に申し訳ありませんでした…」
と、詫びた。
課長の亀沢も、どうしていいか判断に迷う様子だった。
救いを求めるように、私を見た。
「…彼の…水野さんの言っていることは本当?…」
「…本当です…昨日、会社帰りに、偶然、水野さんの背中に、私の傘が当たって…」
私の説明に、水野の顔が喜色満面の笑顔に変わるのに、時間がかからなかった…
「…でしょ? でしょ?…」
まるで、子供のように、はしゃぐ。
普通ならば、30歳を超えた、180㎝はあろうかという大柄な男が、子供のように、はしゃぐのは、滑稽というか、違和感があるのが、普通だが、水野には、それがなかった…
目鼻立ちの整ったイケメンであることが、その理由のひとつ…
そしてなにより、そのいでたちというか、物腰に嫌味がなにひとつないことだった…
嫌味がなにひとつないことで、その大げさな芝居がかった態度に嫌味を感じさせない…
まるで、DAIGO…
竹下元首相の孫のDAIGOだ…
米倉新造は、その頼りない物腰と、人の良さ…そして、ルックスもDAIGOに似ていたが、眼前の水野は違う…
目鼻立ちの整った正統派のイケメンで、175㎝の新造よりも、5㎝は背が高い…
そして、なにより、頼りがいがないのではない…
ただ、軽いのだ…
態度が軽薄なのだ…
そのイケメンと真逆の軽薄な態度に、私いや、亀沢を初めとした、課の全員が圧倒された…
そして、それは嵐の始まる予感でもあった…




