恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 23
好子の醜聞は、世間的には、衝撃がなかった…
なぜなら、米倉は無名だからだ…
これが、楽天の三木谷とか、ソフトバンクの孫とか、世間に知られた有名人ならば、違う…
週刊誌の格好のネタになり、世間の耳目を集める。
ゆえに、会社でも、ネットでも、話題になることはなかった。
わずかに、会社で、同じ課の新人の中村君が、
「…叔父さんが、驚いてましたよ…」
と、私に囁くぐらいのものだった。
「…驚いていた? 溝口部長が?…」
私は中村君に言う。
中村君は、溝口部長の甥…
最近、知った。
私と中村君は、課の隅の方で、小声で、話していた。
「…ほら、高見さん…叔父さんに、米倉の次期社長レースについて、教えてくれと言われたじゃないですか?…」
…そう言えば、そんなことがあった…
…すっかり、忘れていた(笑)…
私の表情に、気付いたのだろう。
中村君が、
「…まさか、高見さん…叔父さんに頼まれたことを忘れていたわけじゃないでしょ?…」
「…まさか?…」
私は即座に返す。
「…そんなことあるわけないでしょ? 溝口部長は私のファン…ファンに頼まれれば、誰だって、嫌とは言えないでしょ?…」
「…ファン?…」
中村君が、私の言葉に唖然とする。
「…中村君…冗談よ…冗談…本気にしないで…」
私は笑って言った。
言いながら、私の脳裏に、好子の姿が浮かんだ。
好子は、私と同じタイプの美人…
常盤貴子を小柄にしたタイプ。
そして、溝口は私のファン…
身長180㎝を優に超え、ガッチリとしたプロレスラーのような体格の溝口は、小柄な美人の私を好き。
おそらく、自分には、ないものを持っているからだろう…
人は、誰でも自分にないものに、憧れる。
大柄な溝口は、小柄な私がカワイイのだろう…
だとすれば、好子もまた、溝口から見れば、私、高見ちづると同じくカワイイに違いない…
憧れるに違いない…
もし溝口が、好子に面識があるとしたら?
私の脳裏に、とっさに、その考えが浮かんだ。
「…中村君?…」
私は言った。
「…なんですか? 高見さん?…」
「…その週刊誌の記事のことだけど…」
「…その記事がどうかしましたか?…」
「…溝口部長はどう言っていたの?…」
「…どうって?…」
「…ただ米倉の内紛が、外に出たとかなんとか…?…」
「…それだけ?…」
私の言葉に中村君が考え込んだ。
「…ご令嬢…」
「…ご令嬢…」
「…好子さんも、災難だなと…」
「…好子さん?…」
私は考える。
あの記事に、好子の名前が出ていたか、どうか、考えた。
世間的に無名な米倉の記事…
好子の名前が出ていたかどうか、思い出せない…
しかし、あの写真を見れば、好子だと言うことは、好子を知る者ならば、誰でもわかる…
しかも、しかも、だ…
あの米倉の家で、深窓の令嬢というフレーズが似合うのは、好子しかしない…
ということは、溝口は好子と面識がある…
あるいは、写真等で、好子の顔を知っているということになる…
私は考える。
「…溝口部長は、小柄な女性は好みなの?…」
私は唐突に、中村君に尋ねた。
「…小柄な女性が好みかと、いきなり言われても…叔父さんの女の趣味なんて、ボクにはわからないし…」
中村君が戸惑う。
「…だったら、中村君…溝口部長の奥様って、どんな人?…」
私は、とっさに言った。
溝口の奥様が、どんな女かで、溝口の好きな女のタイプがわかるからだ…
「…叔母さんは、大柄な女性です…」
「…大柄?…」
私は中村君の言葉に驚いた。
「…叔父さんは、カラダが大きいから、いっしょに連れて歩くには、やはり、背の高い女がいいというのが口癖で…」
中村君が言いづらそうに言う。
私は唖然とした。
同時に、中村君が、当惑するのがわかった。
中村君は、日頃から、溝口が背の高い女が好みだというのを知っていた。
にもかかわらず、会社では、溝口が、小柄な私、高見ちづるのファンだと誰もが知っている。
これは、一体どういうことだ?
悩んだに違いない…
私はその理由を考える。
溝口が、私、高見ちづるのファンだと公言している理由…
これが、まず真実か否か?
真実であった場合は、単純に、女の趣味が変わった?
若い頃は、背の高い自分に合った、背の高い女が好みだったが、歳を取り、好みが変わった可能性がある。
溝口は50代…
すでに、早ければ、孫がいてもいい年齢…
ゆえに、若い頃と異なり、女の好みも変わる可能性がある。
現実に、若い頃に、美男美女に代表されるルックスがいい異性に憧れたのが、後に自分と気の合う異性と、結婚するのがいい例だ…
この場合は、現実を知って、ルックスがいい異性を諦めたのが、大半だろうが、それだけではない…
誰しも、歳を取り、さまざまな物の見方が変わって、相手選びの基準も変わるものだ…
だから、溝口もそれと同様に、歳を取り、小柄な私を可愛いと思った可能性が高い…
と、これは、溝口が私を好きだということが、真実であった場合…
では、ウソであった場合のメリットはなにか?
考える。
ひとつには、リップサービス…
誰もが、誰かが好きだと公言することは、嫌味にはならない…
少なくとも、誰かの悪口を言うよりは、ずっといい…
そして、好きだと言いながらも、私を口説くような真似はしない…
仮に、私を好きだとしても、本気で口説くような真似をしない…
それを見れば、周囲の人間がドン引きする可能性が大だからだ…
要するに、ムードメーカーといっては、なんだが、周囲の雰囲気を明るくするために、わざと、私のファンだと公言している可能性がある…
そして、もうひとつの可能性…
それは、ずばり、私が米倉好子と同じタイプの美人だということだ…
溝口が、米倉好子と面識があった場合、私に惹かれるのは、わかる。
私が、好子と同じタイプの美人だからだ…
だが、それだけか?
本当に、私が、好子と似ているだけか?
考える。
私は好子の兄、正造を溝口から、紹介された…
そして、好子は、正造の父、平蔵のお気に入り…
つまり、最初から、好子に似た、私、高見ちづるを、平蔵に紹介することを、想定して、溝口は、私を、米倉正造に紹介したのではないか?
ここで、問題なのは、米倉正造と、溝口が最初から、共謀していたかどうか?
普通に考えれば、平蔵に気に入られることを前提にしている以上、二人は共謀していることになる。
が、事実はわからない…
溝口は、米倉正造とは、別に、単独で、動いている可能性もないではない…
私は考える。
そして、さらに考える。
その狙いはなにか?
もしかしたら、溝口自身が、米倉の会社の次期社長レースに一枚噛んでいる可能性があるのではないか?
いやいや、それはないか?
溝口は社内で、出世頭の一人と目されているが、他社の次期社長レースに、口を出すほどの大物ではない…
所詮は、部長だ…
一介の部長に過ぎない…
溝口よりも、役職が上の人間は、溝口の会社に大勢いる…
しかし、
しかし、だ…
溝口が、誰かの指示で動いているとしたら、その可能性はある。
最初から、すべてを狙っていた可能性がある。
現実に、私が米倉家に出入りすることについて、溝口は色々教えてくれと、私に言った。
自分も上から言われているからと…
つまり、溝口自身もまた溝口の会社のお偉方から指示を受けている。
問題は、そのお偉方が誰かということだ…
そして、そのお偉方が、なにを狙っているかということだ…
溝口の会社は米倉奉公会という名義で、米倉が株を握っていると言っていた…
溝口の会社…大昭和は、元は米倉の起こした会社…
戦前に、米倉一族が所有した会社だったが、戦後の財閥解体で、手放した…
米倉奉公会とは、元は、大昭和の従業員が、自社の株を所有する団体…
いわゆる従業員の持ち株団体だ…
それを戦後、財閥解体により、大昭和の株式を手放さざるを得なかった米倉が、米倉奉公会の株を密かに買い取った…
大昭和の経営から表向きには、退いたが、本当は、手放す気が、なかったからだ…
米倉は、大昭和の将来に、期待していた…
言葉は悪いが、金の成る木だと見ていた…
成長する会社だと思っていたからだ…
それゆえ、表面上は会社の経営から退いたが、時を置かず、従業員の持ち株団体を手に入れ、会社の経営に口を挟める存在に戻った…
裏ワザを使ったわけだ(笑)…
以上は、以前、溝口が、私に語った内容だ…
私はそのとき、溝口の言葉に圧倒されたが、正直なところ、今ひとつピンと来なかった…
実感が湧かなかったというのが、本音だった…
米倉の豪邸に招かれ、そこで暮らす、米倉の一族に会っても、今ひとつピンと来なかった…
それは、世間的に、米倉が有名でなかったから…
無名だったのが、大きい…
あれほどの豪邸を一目見れば、誰もが圧倒されるが、そこに住む人間が、世間的には、無名では、率直に言って、ありがたみというか、凄い人間に招かれた気がしない(笑)…
ただ、大きなお屋敷に招かれた印象…
それが、今回、一転して、週刊誌に好子の醜聞が暴露された…
そして、それが、米倉の実態を世間、いや、私に見せたというのが、大きい…
米倉の実像を私に見せたのだ…
私は考える。
私が考え込んでいると、
「…高見さん…なにを考え込んでいるんですか?…」
中村君が訊いた。
…いけない…
…私は今、中村君と話していることをすっかり忘れていた…
私は目の前の中村君を見る。
中村君のまだ今春大学を卒業したばかりの、幼さの残る顔を見た。
33歳の私から見ると、10歳は若い…
実に若い…
今さらながら、自分の年齢を実感する(苦笑)…
「…中村君は、溝口さんに似てないわね?…」
私は言った。
「…似ているとしたら、その身長だけ…」
中村君は今ドキの若者にふさわしく、身長は180㎝を超える大柄な男…
ただし、叔父さんの溝口と違って、カラダはプロレスラーのように、ガッチリとした体格ではない…
むしろ、華奢と言っていい、痩せた体格…
やはり、年齢の違いが大きいのかもしれない…
誰もが、歳を取れば、肉が付く。
目の前の痩せた中村君も、今の溝口と同じ年齢になれば、溝口と同じように、ガッチリとしたプロレスラーのような体格になるかもしれない…
私は思った。
「…ボクは叔父さんのようになりたくないですよ…」
中村君が、突然言った。
「…叔父さんのようになりたくないって…太りたくないってこと?…」
「…それもあります…」
中村君が意味深に言う。
「…それもある?…」
私は中村君の言葉に反応した。
私の言葉に慌てて、中村君が、
「…いやだな…高見さん…だって、ボクが叔父さんのように、カラダに肉が付いたら、見るからに、大男になって、高見さんのように、小柄な女のひとと結婚できなくなっちゃうじゃないですか?…」
と、笑う。
私は、驚いた。
いきなり、私の名前が出るとは思わなかったからだ…
「…私のような小柄な女性って…中村君、今、小柄な女性と付き合ってるの?…」
「…高見さん…それって、セクハラですよ…」
中村君が、突然言った。
「…会社で、男でも、女でも、誰か付き合ってる相手がいるかどうかなんて、聞いちゃいけないんですよ…」
中村君が笑いながら、言う。
…たしかに、中村君の言う通り…
…私が、会社に入社した10年前とは、違う…
…今の世の中、男女を問わず、
「…付き合っているひとはいるの?…」
とか、
「…誰々さんは、胸が大きくて、凄いね…」
とか、言うことができなくなった…
…いずれも、セクハラに該当する…
詰まる所、見た目=ルックスをいじったり、プライベートをあれこれ詮索したりするなということだ…
休日に、会社の同僚が見知らぬ異性といるところを街で見た…
休日が明けて、出社して、
「…昨日、新宿で、誰々さんを見たけど、デートだったの?…」
とか、聞くことはできない…
プライベートを詮索することになる。
「…高見さんは、そんなに美人なのに、どうして結婚しないんですか?…って、聞かれるのと、いっしょですよ…」
中村君がトドメを刺した。
確かに、その質問が一番イタい…
女も33歳になるのに、結婚しないのは、やはり、内心、思うところがある。
焦りがないといえば、ウソになる…
かと言って、結婚したい男もいない…
いわゆる焦り婚はしたくない…
焦って結婚して、数年後に、離婚…
よくあるケース…
世間で見聞きするケースだ…
しかも、子供でもいたら、目も当てられない…
私が今、一番悩んでいるのは、それだ…
私と中村君が、いるこころへ、
「…どうしたの…二人して、なんの話をしているの?…」
と、いきなり亀沢が顔を出した。
私と、中村君は、顔を見合わせて、驚いた。
私は、とっさに、
「…なんでもありません…ただの世間話です…」
と、亀沢に言った。
「…世間話ね…」
亀沢が言う。
「…まあ…世間話でも色々あるな…米倉のことも世間話だ…」
亀沢がニヤリと笑う。
私と中村君は、思わず、二人で、顔を見合わせた…
…亀沢は米倉を知っている…
…以前にも、私に、米倉の名前を出して、仄めかした…
…しかし、亀沢は、米倉の何を知っているのか?…
…ただ単純に、
「…オレも情報の切れ端ぐらいは知っているよ…」
と、アピールしているだけか?
考える。
「…まあ、世の中は動いている…会社も色々あるさ…」
と、だけ、言って、亀沢は、私と中村君から、離れた。
私と、中村君は、亀沢の背中を見つめる。
ただ、人のいいだけだと思っていた亀沢もなにか知っている…
だが、一体どこまで、知っているのか?
私と中村君は、ただ黙って、亀沢の背中を見続けた…
互いに、言葉もなかった…
ただ、大きく、物語が動き出そうとしている…
そんな予感がした。




