恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 21
「…好子さんが、今日、私を呼びだした理由は、直一さんのことですか?…」
私は単刀直入に言った。
私のストレートな物言いに、好子がたじろぐというか、動揺するのが、見えた。
「…それもあります…」
好子が慎重に口を開いた。
「…それもある?…」
「…ええ…高見さんが、兄と結婚すれば、高見さんは、社長夫人になるかもしれないでしょ? だとすれば、高見さんは、直一さんに肩入れすることは、止めた方が賢明じゃないの?…」
好子が言う。
…なるほど…
…今日、好子が、私を呼び出した理由がわかった…
…おそらく、好子は、私が直一と気が合ったように見えたのが、不満なのだ…
いや、不満ではなく、不安なのかもしれない…
…直一は使える…
…これは、たった今、好子が言った言葉…
…つまり、直一が使える事実を好子も知っている…
…そして、兄の正造よりも優れていることを、好子も認めている…
…そういうことだろう…
私は思った。
「…好子さんは、正造さんが好きなんですね…」
私は言った。
私の言葉に、眼前の好子が素直に頷いた。
私はそれを受けて、単刀直入に訊く。
「…どうして、好子さんは、正造さんが好きなんですか?…」
「…どうしてって?…」
好子が私の質問に面食らった。
「…血の繋がった、兄弟でも、好き嫌いは、誰でもあります…好子さんは、どうして、正造さんが好きなんですか? もっと言えば、正造さんと、同じ母親を持つ、澄子さんは、どうして嫌いなんですか?…」
好子が、私の質問に絶句する。
固まった…
あまりも、露骨と言うか、ストレートな私の質問に、どう対応していいか、わからない様子だった。
しばしの沈黙の後、
「…以外だった…」
と、ポツリと、好子が漏らした。
「…以外? …なにが、以外だったんですか?…」
「…高見さんが、気が強いというか…そんなにストレートに訊いてくるとは、思わなかった…」
好子の言葉に、私は苦笑する。
「…たしかに、澄子と正造兄さんは、同じ母親で、私と新造とは、母親が違う…」
好子がここで、いったん区切った…
「…でも、私と正造兄さんは、同じ雰囲気を持っている…澄子とは違う…」
好子が、澄子の名前を口にするときは、言葉に力が入った。
「…あの女は気に入らない…」
好子が、爆発した。
「…たしかに、頭の回転は速く、機転が利く…でも、あの女は気に入らない…」
好子が、吐露する。
たしかに、前回、米倉の豪邸を訪ねたとき、好子と澄子の関係は最悪だった…
澄子は明らかに、好子を下に見ていた…
そして、当然のことながら、好子はそんな澄子を毛嫌いしていた。
ゆえに、好子とは、母親が違う澄子と、正造の姉弟でも、真逆の対応をしていると思った…
「…澄子は私が美人であることが許せないのよ…」
好子が言った。
「…これが、同じ母親ならば、まだ許せるのかもしれないけど…」
好子が憎々しげに言う。
私は唖然とした。
私も好子と同じタイプの美人…
こういってはなんだが、同じタイプの美人ゆえに、好子の気持ちは嫌というほど、わかる…
美人であるという理由だけで、嫌う同性は、必ず一定数存在する…
要するに、妬ましいのだ…
自分が、どうあがいても、ルックスで勝てない事実が、目の前に存在する。
それが、許せないのだ…
しかしながら、それが、自分の姉であることが、驚きだった…
「…高見さんは、ご兄弟は…」
「…私は一人っ子です…」
「…そう…」
好子が、言う。
「…だったら、高見さんには、兄弟のことを言っても、わからないかもしれないわね…」
私は好子の言葉に沈黙する。
…その通りだったからだ…
兄弟のいない、私に、いかに兄弟のことを力説されても、ピンと来ないというか…
話としてはわかるが、実感はできない…
あくまで、想像するだけだ…
「…澄子は…あの女は、ただ自分に都合よく、立ち回るだけ…私はあの女を許せない…」
好子が、澄子を呪詛する。
「…許せない?…」
まだ今日を含めて、二度しか会っていない、赤の他人である、私、高見ちづるに、父親だけとはいえ、血の繋がった、自分の実姉のことを、そこまで悪しざまに言う事実に、私は圧倒された。
なにより、私同様、小柄で、清楚な、その人形のような精緻な美しい顔と、その口から吐き出された言葉が、まったく合っていない…
好子の態度に圧倒された私だったが、これは、米倉と同じだと気付いた。
好子の兄である、米倉自身が、まさに、眼前の好子と重なる。
米倉もまた、好子同様、爽やかで、いかにも生まれの良い血を感じさせる…
しかしながら、その素顔は、実父の平造ですら、食わせ者と言わせる人物…
私はまだ会って、まもないので、米倉自身の裏の顔というか、素顔に接していないが、実父ですら、そう語る以上、そうなのだろうと思う。
つまり、米倉と好子は、やはり同じ血の繋がった兄妹…
その爽やかな外観と中身が違う…
私は今さらながら、その事実に気付いた。
同時に、ホッとした…
これは、実は私自身も当てはまる事実だからだ…
私自身が、目の前の好子と同じ…
幼いときは、虫も殺さぬ美少女と、周囲に思われていた(笑)…
しかしながら、私自身は至って平凡…
周囲の目と、私自身のギャップに悩まされた時期が、あった…
考えて見れば、米倉も、好子も同じ…
その外観と中身が違って同じだ…
自分のことは、容易にわかるが、他人のこととなると、さっぱりわからない(笑)…
好子が、自分と同じようなタイプの美人であるにもかかわらず、こんなキレイなひとが、こんなことを言うのかと、考えさせられる。
自分が言っても、同じように、周囲の人間は驚くに違いないが、これが、他人となると、わからなくなる(笑)
今さらながら、その事実に、考えさせられる。
「…好子さんは、美人に生まれて、損をしたと思いますか?…」
私は単刀直入に訊いた。
「…損? …どうして、いきなりそんなことを訊くの?…」
「…だって、今、澄子さんは、好子さんが、美人だから、気に入らないとおっしゃいましたね…だから…」
「…それは、関係ないわ…」
「…関係ない? だって…」
「…私が美人であろうとなかろうと、澄子は私をいじめたわ…要するに、澄子が私をいじめた動機は、なんでもいいの…」
「…なんでもいい?…」
「…そうよ…なんでもいい…誰かが誰かをいじめたり、からかったりする動機は、単純に、自分が相手を気に入らないだけ…澄子は、私が美人だから気に入らないと言ったけど、要するに、本当は私が美人であろうとなんだろうと、関係ないのよ…澄子が、私を気に入らない本当の理由は、私が、澄子の母親を追い出した後妻の娘であること…その一点…」
私は、好子の言葉に、頷いた。
納得したと言っていい…
「…でも、本当は、それも違うと、最近、思えてきた…」
「…違う? どういう意味ですか?…」
「…澄子は、私が、母親が同じ実の姉妹でも、私を嫌ったと思う…」
「…どうしてですか?…」
「…なにか、周囲にイチャモンというか、不平不満を言う人間は、いつも、どんな状況でも文句を言う…なにか自分の気に入らないことがあると、それを他人のせいにする…そういうものでしょ?…」
好子の言葉に、私は言葉もなかった…
その通りだからだ…
おそらく、澄子は、自分勝手な人間なのだろう。
考えて見れば、あのマシンガンのように、早口でしゃべる人間は、大抵が、自分勝手(笑)…
相手の態度に合わせて、しゃべる場合は、どうしても、口が遅くなる…
相手が少しでも嫌な顔を見せたりすれば、会話を変えなければならないからだ…
自分の言いたことだけをいうから、早口になるし、相手の微妙な表情の変化に気付かない…
つまり、好子が澄子のことを毛嫌いする原因も案外、そんなところかもしれないと思った。
なぜなら、好子は美人…
どんな場所に行っても、注目される。
注目されるゆえに、周囲の反応に敏感になる。
なにより、美人は敵を作りやすい…
ゆえに、少しでも敵を作らないように、努力しなければならない…
だから、余計に周囲の反応に敏感になる。
それが、真逆に、澄子は自分勝手…
周囲の反応を考えない…
これでは、澄子と好子がうまく行くわけがない…
私は思った。
片方は、いつも周囲の反応を窺い、もう片方は、周囲の思惑など、お構いなしに、自分の言いたいこと、したいことだけをする。
それを見れば、誰でも、互いに、好きになれるはずがない(笑)…
いかに、血の繋がった姉妹でも、同様だろう。
「…澄子は、自分の旦那を、父の後継者にしたいの…」
好子が続ける。
私は、
「…」
と、黙った。
その方が、好子が言いたいことを言えると思ったからだ…
「…でも、兄は…」
「…米倉さん?…」
「…兄は、直一さんが、社長になっても構わないみたい…」
「…直一さんが、社長になっても構わない? …どうしてですか?…」
「…それは、本人じゃないから、わからない…もしかしたら、兄は、直一さんの実力を認めているからかもしれない…」
…確かに、それはわかる…
…前回、米倉との会話で、米倉自身が、直一が優秀であることを、認めていた…
「…率直に言って、私は直一さんが、嫌いなわけじゃない…」
好子が激白する。
「…でも、澄子の旦那が、社長になるのが、嫌なの…許せないの…」
好子が、激しい口調で、言った。
私は、今日、どうして、好子が、私に会いたいと言ったのか、ようやく理解した…
つまり、好子は、私に味方になってもらいたいのだ…
おそらく、そのために、私に会いたいと、米倉を通じて、言ってきたのだ…
私は考える。
「…高見さん…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…高見さんは、兄と結婚する気はある?…」
ストレートに、好子が訊いた。
好子の、日本人形のように端正で、色の白い陶器のような顔が、私を見据える。
私は思わず、息を呑んだ。
…なんて、キレイなんだろ!…
思わず、そう言いたくなるほどだった。
「…正直に答えて…」
好子が詰め寄った。
私は、
「…」
と、絶句する。
「…どうしたの? なぜ黙っているの?…」
好子が怒った。
私は、
「…なんて、キレイなの…」
と、正直に、自分の気持ちを伝える。
「…キレイって…」
私のあまりにも意外な言葉に、好子の気勢がそがれた。
「…好子さんのような美人が、目の前で怒っているのを見るのは、生まれて初めてで…」
「…生まれて初めて…」
私の言葉に、好子が戸惑った。
「…それを言えば、高見さんも…」
「…自分のことは、自分ではわからないものです…」
「…たしかに…」
好子が私の言葉に納得する。
「…さきほどの、米倉さんとのお付き合いのことですが…」
私は言った。
「…まだ、お付き合いを始めたばかりなので、この先、結婚に至るかどうか、わかりません…」
「…わからない…」
「…ハイ…わかりません…付き合っていけば、これまで見えていなかった…知らなかったことも、色々わかってきます…ですから、それを私も、そして、米倉さんも、乗り越えることができるのかどうか、納得できるかどうかで、結婚に至るか、そうでないか、わかると思います…」
私の言葉に、好子は、
「…」
と、沈黙した。
「…それに…」
「…それに、なに?…」
「…もしかしたら、私は新造さんと、お付き合いするかもしれませんよ…」
「…新造と?…」
目の前の好子の顔が驚愕した。
「…ハイ…この前、お会いして、なんだか新造さんが気になって…」
私は言った。
これは、ブラフでもなんでもない…
正直な気持ちだった…
前回、米倉の豪邸で、一番気になったのは、新造の存在だった。
「…新造…」
そう一言、言ったきり、絶句する。
それから、キッと表情を変えて、正面から、私に向き合った。
美しい好子の表情が、キリッと引き締まる。
「…高見さん…」
「…ハイ…」
「…今の言葉、冗談ではないわね…」
私を睨みながら、言う。
「…冗談って?…」
「…新造と付き合うと言ったこと…」
「…冗談ではありません…」
私は即答した。
「…新造さんの穏やかな性格が、一番ホッとしました…安らげるというか…」
「…安らげる…」
「…ハイ…新造さんといたときが、あの家で、一番ホッとしました…」
私の言葉に、好子が、沈黙した。
同時に、考え込む。
「…それが、ホントならば、これ以上嬉しいことはない…」
好子が言った。
「…高見さんのように、キレイで、しっかりした女性が、新造の面倒を見てくれたら、これ以上の幸運はない…」
まるで、好子が、新造の母親のような表情で言った。
私は、驚いた。
これでは、まるで、好子は新造の母親だ。
「…高見さん…」
「…ハイ…」
「…兄の正造ではなく、新造と付き合うべきよ…こう言っては高見さんに失礼だけど、もしあの米倉の家のお金に惹かれたのならば、正造と結婚しても、新造と結婚しても同じはずよ…」
好子が上機嫌で言う。
これまでのどこか、沈痛というか、天気で言えば、曇り空だった表情が、途端に真っ青な雲一つない快晴に変化したようだった。
私は好子の激的な表情の変化に驚いた。
同時に、その理由を考えた。
好子が、上機嫌になったのは、私が新造と付き合うかもしれないと言ったから…
が、別の見方をすれば、正造と結婚しないと言ったからとも、考えられる。
大好きな正造と、私が結婚しないかもしれないと言ったから、喜んだのか?
それとも、
大好きな新造と私が付き合うかもしれないと言ったから、喜んだのか?
あるいは、その両方か?
私は眼前のこの美女の機嫌が劇的に変化した理由について、考えた。




