恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 20
私が好子さんと、待ち合わせたのは、銀座…
銀座で、食事をしながら、話をしようということだった…
私は、その提案を受け入れた。
私は銀座の人込みの中を歩く。
私自身、本当は、こんな人込みの中を歩くのは、苦手だった…
原因はいくつかある。
ひとつは、私が小柄なこと…
身長が155㎝なので、どうしても、周囲の人間が、自分よりも、身長が高いことが多い…
人が少なければ、構わないが、銀座のように、大勢の人間が集まるところは、苦手…
小柄な自分が、周囲に埋もれてしまうからだ…
例えて言えば、満員電車に揺られて通勤・通学するようなもの…
周りは、すべて、私よりも、大きいから、周囲の人間が、壁に見えてしまう…
小柄な私はそれが嫌なのだ…
また満員電車でいえば、学生時代に痴漢に遭った経験は一度や二度ではなかった…
それも、私が人込みを嫌う理由の一つかもしれない…
自分で言うのもなんだが、美人だった私は痴漢に狙われやすかった…
それゆえ、対策として、いつも仲の良い友人といっしょに通学することにした…
女子高生といえど、数人いれば、痴漢もしづらいだろうと考えたのだ…
また帰宅時もひとりで、帰るときなどは、なるべく、他の高校生の近くにいた…
見ず知らずの高校生でも、数人固まれば、痴漢に遭いにくいと考えたのだ…
そんなこともあって、私は大勢の人込みが苦手だった…
そして、それは、33歳になった今でも同じ…
さすがに、痴漢に遭う年齢ではなくなったが、やはり、好きになれない…
そして、人込みを嫌う理由は、もうひとつ…
これは、私が美人だから…
こんなことを言っては世間の人に叱られるかもしれないが、大勢の人込みの中にいて、
「…あのコ、見て、すごい美人よ…」
とか、
「…キレイなコ…」
とか、私を見て、言われるのは嫌だった…
美人で生まれたことを恨むわけではないが、道を歩いていて、見ず知らずの他人に頻繁に言われるのは、疲れるし、嫌だった…
いっそ、自分の家に閉じこもって、引きこもりたいと考えたこともある…
私と同じ、容姿で、他人に、美人と言われるのを喜ぶ種類の人間は、いいが、あいにく私はそうではなかった…
誰でも物心つく頃には、自分が美人か、そうでないかわかるものだ…
子供の頃から、男のコにちやほやされるのは、嬉しかったが、反面、同性で、私を嫌う人間が、必ず一定数存在したのも事実…
要するに、美人が許せないのだ…
勉強やスポーツなど目立つものが、なに一つなくても、その容姿だけで、男のコからチヤホヤされるのが、許せないのだ…
人間は、世間で言われるほど、善良なものではない…
私は、それを、身を持って体験した…
そして、そんなことを考えながら、私は好子を思った…
果たして、好子は、どうなのだろう?
私と同じタイプの美人ゆえに、同じような体験をしたのは、聞かずとも、わかる…
美人ゆえに、必要以上に周囲の視線を浴び、一方で、ちやほやされ、もう一方で、妬みから、嫉妬される…
そんな人生を送って来たのは、好子も、たぶん同じ…
好子は、それをどう思うのだろう?…
私と同じように、うっとうしいと、思うか、単純に、美人に生まれて、嬉しいか、どっちだろう?…
そんなことを考えながら、私は好子と待ち合わせた店に足を運んだ。
待ち合わせの店で、好子はすでに席に着いていた。
私が店に入ると、数人が、私を見た。
誰でも、そうだが、誰かが、店に入ると、すでに店の中にいる人間は、反射的に、出入り口に目をやってしまう。
私が若い頃は、私が店に入ると、同じ年頃の男のコがざわめくのが、わかった…
…なんか、キレイなコが店に入ってきたな…
そんな声が聞こえてきた。
私はその頃を思い出した。
と、同時に、今では、そんな声も聞かれなくなった…
それを思うと、ちょっぴり嬉しくもあり、反面、落胆もあった…
嬉しいのは、やはり、見ず知らずの人間に、キレイだ、カワイイだ、と言われることがなくなったので、以前ほど、周囲に気を使うことがなくなったこと…
キレイだ、カワイイだ、と言われるのは、嬉しいが、そう言われると、緊張するし、疲れる…
だから、それがなくなったのは、嬉しかった…
反面、やはり、歳を取って、そう言われなくなったのは、哀しかった…
誰でも、見ず知らずの人間に、褒められるのは、嬉しいものだ…
矛盾するが、そんなものだ(苦笑)…
そんなことを考えながら、私は好子のいる席を目指して、歩いた。
「…お待たせしました…」
私は、好子さんに声をかけた。
私を見て、好子は、席を立ち、軽く私に向けて、頭を下げた。
「…呼び出して、すいません…」
思いのほか、好子が低姿勢だったので、驚いた…
と、同時に、ふと周囲の視線を感じた。
なにか、周囲がザワザワとざわめく感じだった…
まるで、学生時代に戻ったかのようだ…
私はそれに気付いたが、好子もまた、同じだったようだ…
「…なんだか、こういう感じは、久しぶり…」
好子は、笑顔を見せる。
「…昔は、いつも、こうだった…」
好子は言う。
まだ一度会っただけなのに、好子が私にこんな言葉を言うのは理由がある…
ずばり、私が好子と同じタイプの美人だからだ…
好子は、私ならば、好子の言葉の意味がわかると思ったのだろう…
それは、私もまた同じ…
小柄だが、美人に生まれたゆえに、周囲の人間がどう自分に接するか、わかっているからだ…
ただ、違うのは、好子がお金持ちに生まれ、私がそうではないということ…
これが、最大の違い…
いや、
決定的な違いというべきか(苦笑)…
「…座って…高見さん…」
好子が言った。
「…ハイ…」
私は、好子と向かい合わせの席の椅子を引いて、座った。
「…ご無沙汰しています…」
「…こちらこそ、わざわざお呼びして申し訳ありません…」
好子が繰り返す。
私はおやっと思った。
前回、あの米倉の豪邸で見た好子と、眼前の好子は、明らかに違う…
毒気が抜けたというか?
一体、どっちが本当の好子なんだろ?
私は考える。
「…高見さん…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…高見さんは美人ね…」
私は、好子がなにを言うかわからないので、
「…」
と、黙った。
「…この店に入って来たときに、店内の客がざわめいたわ…」
「…そうですか…」
私は言った。
言いながら、目の前にいる、私に似た小柄な美人の好子は、なにを狙ってるのだろうと考えた。
好子は美人だが、澄子と違って才気は感じさせない…
つまり、美人だが、平凡…
中身がないと言ったら、失礼だが、その優れたルックスほどに、言動に鋭さはない…
反対に、澄子は落ち着きなく、マシンガンのように、早口でしゃべりまくる…
そして、その言動は才気に溢れているといっては言い過ぎだが、鋭いの一言…
私はそれを思い出した。
私は、眼前の好子に言う。
「…私が美人ならば、私よりも、好子さんの方が美人です…歳も私より若いし…」
「…ありがとう…」
好子が礼を言う。
「…でも、その言い方だと、年齢が私より上でなければ、私の方が美人だとおっしゃりたいの…」
好子が毒気の籠った言い方で、私を見た。
…失敗した…
私は思った。
年齢のことを言うべきではなかった…
女はどうしても、年齢のことが、頭の隅にある…
これは、美人も不美人も関係ない…
ある一定の年齢に達すれば、誰も同じ…
そして、ある一定の年齢とは、すでに二十歳になった時点で、女子高生に負けてると思う女が多い…
いや、一定数いるというべきか?
これが事実…
だから、年齢に触れるべきではなかった…
私は今さらながら、己の不用意な発言を悔やんだ…
「…申し訳ありません…失言でした…」
私は好子に頭を下げて謝った…
そして、私が頭を上げて好子を見ると、意外なことに、好子が笑っていた。
…なぜ、好子が笑うのか?…
ワケがわからなかった…
私が不思議そうな表情だったのだろう…
「…高見さん…なぜ、私が笑っているのか、知りたい?…」
「…ハイ…」
「…だったら、教えてあげる…自分よりも、美人に頭を下げさせるのは、面白いでしょ?…」
「…自分よりも美人…」
あまりにも、以外な好子の言葉だった…
私と好子は同じタイプの美人…
身長も同じくらいだし、タイプも常盤貴子を小柄にしたようで、大差がない…
おそらく、実物を目にしても、そうだし、写真を見ても、そう…
どちらかが上かは、個人の好み次第…
男でも女でも、個人の好み次第だと思っていた…
それが、好子が、自分が私、高見ちづるに負けていると思うとは?
思わず、
「…ご冗談でしょ?…」
と、いう言葉が口から出た。
「…冗談じゃないわ…」
好子が真顔で答える。
「…私より高見さんの方が上…これは確かよ…」
「…確かって…」
私は、好子の物言いに絶句する。
その断定口調に、呆れたと言えばいいか?
「…私の方が、好子さんよりも、ルックスが上だというなにか証拠があるんですか?…」
「…証拠?…」
「…ハイ…証拠です…ルックスは、個人の好みにもよります…学校の偏差値のように、ハッキリと明らかになるものじゃありません…」
私は言った。
私の言葉に、好子はしばし考え込んだ…
そして、おもむろに口を開いた。
「…兄に…」
「…お兄さん…正造さんですか?…」
「…そう…兄の正造と付き合う以上、私以上の美人でなければダメなの…」
好子が、一気に吐き出すように言った。
「…正造と付き合う女は、私以上の美人でなければダメ…」
「…どうして、ダメなんですか?…」
「…それは、アナタが私と同じタイプだから…」
「…同じタイプだから?…」
「…そうよ…兄は派手好み…派手なイケイケなタイプの女が好き…だから、これまでは、兄がどんな女を家に連れてきても、なんとも思わなかった…でも、高見さんは違う…」
「…違う?…」
「…私と同じタイプ…しかも、身長も体型も似ている…兄が好きな女が、私と同じタイプならば、私以上の美人でなければ、納得できない…」
好子は激白する。
…なるほど、そういうわけか?…
私は、ようやく好子の心情を理解した。
正造を好きな好子は、正造が付き合う女は、自分以上の女でなければ、嫌なわけだ…
これまでは、正造は、好子とは真逆の派手な女を家に連れて来た…
だが、今回、初めて、好子と同じタイプの私、高見ちづるを連れて来た…
同じタイプゆえに、自分よりも、美人でなければ、自分自身が納得できないというわけか?
ここに至り、ようやく、好子が私を美人と言った謎が解けた(笑)…
ホッとした。
なぜ、好子が私を美人と言ったのか、わからないままでは、困った(苦笑)…
私も33歳にもなるので、ある程度は、自分を客観視できるつもりだ…
しかしながら、どう自分を客観的に見ても、私と好子のどちらが、美人か、判断が尽きかねる(苦笑)…
はっきり言ってわからない(苦笑)…
だとすれば、これはもう、誰かに判断してもらうほかはない…
そして、この場合の誰かは、米倉…
好子の兄の米倉正造に他ならない…
私は考える。
「…正造さんは…」
私は言った。
私が正造の言葉を口にした瞬間、好子の目が鋭さを増した。
キラリと光ったというべきか?
好子は、私がなにを言うのか、一言一句聞き洩らさないといった態度で、私の次の言葉を待った。
「…好子さんと同じですね?…」
「…同じ…それは、どういう意味ですか?…」
「…ご兄弟の中で、同じ匂いというか…同じ雰囲気を持っている…」
私の言葉に、好子は苦笑する。
「…高見さんが、一体なにを言うのかと思ったら…」
好子は、いったん言葉を切った。
「…よく言われます…兄と私は同じ雰囲気を持っていると…」
「…澄子さんと新造さんは、違いますね…」
私が、澄子と新造の名前を出すと、好子の顔がなんとも複雑なものになった…
私は、好子が、澄子を苦手としていること…
そして、新造を溺愛していることを思い出した…
一方を嫌い、一方を溺愛する…
それゆえ、好子の表情が、なんとも表現できないものになったのだろう…
私は不用意に、澄子と新造の名前を出したことを悔やんだ。
「…すいません…」
私の口からとっさに詫びの言葉が出た。
やはり、ここは、詫びておくべきだろうと思ったのだ…
「…別に謝ることじゃないわ…」
好子が言う。
「…高見さんも、あの家にやって来て、気付いたように、私は澄子が苦手だし、新造は好き…別に隠すこともないわ…」
私は好子の言葉に、どう言っていいかわからなかった…
「…私と正造兄さんは、家族の中で、唯一同じ雰囲気を持っている…これは、誰が見ても同じ…そして、それは高見さん…アナタも同じ…」
「…私も…ですか?…」
「…高見さんも、私と同じ雰囲気を持っている…高見さんも、わかるでしょ?…」
…たしかに、好子の言うことはわかる…
…私と好子は同じタイプの美人…
…小柄で、清楚な雰囲気、お嬢様の雰囲気を持っている…
それゆえ、初めて会った時、好子は、正造に怒った…
自分に似た、私、高見ちづるを恋人として、連れてきたことで、正造が、結婚に本気であると思ったのだ…
それまで、正造が、家に連れてきたのは、派手な女…
いかにも、遊んでいそうな派手な女だった…
私はそれを思い出した。
「…兄は…正造は、父の会社の後継者にふさわしい男…」
好子は、いったん、そこで切った。
「…と、会社では言われている…でも…」
ここで、また、沈黙した。
「…でも、なんですか?…」
「…社内では、別の人物を推す声もある…」
私は、好子がなにを言いたいのか、ようやくわかった。
好子が、ここで、また沈黙したので、あえて、私は言った。
「…直一さんですね?…」
私の言葉に、無言で、好子が頷いた。
「…あの人は使える…」
好子が言う。
「…兄とは違って、頭自体がいい…そして、父は、そんな直一さんを買っている…」
好子が激白する。
私は、好子の直一への評価に、好子が、直一を嫌う理由を見た気がした。
要するに、自分の大好きな兄の前に立ち塞がる直一を許せないのだ…
なにより、直一が、兄の正造より、優れている事実を、好子自身が認めている…
それゆえ、直一が許せないのだろう…
私は思った。
「…高見さんは、直一さんと仲がいいわね…」
意外なことを、好子が言った。
「…仲がいい? …どういうことですか?…」
「…この前、家に来たときに、直一さんと親しげにしていたわね…」
「…あれは、お話していただけです…」
「…でも、波長というか、気があったでしょ?…」
「…それは…」
たしかに、直一は神経質そうだったが、話しやすかった…
そして、今日、私を好子が呼び出した理由は、もしかしたら、直一に関することなのかと、私は気付いた。




