恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 19
…米倉正造…
私の頭の中から、その名前が離れない…
いや、名前だけではない…
もっと、言えば、米倉だけでなく、あの豪邸に住む、米倉一族すべてが、私の頭の中から、離れない…
それは、なぜか?
今まで、私、高見ちづるが見たことのないお金持ちだからか?
…それもある…
が、一番の理由は、おそらく違う…
本当の理由は、あの豪邸で、出会った人間の濃さだ…
キャラクターの濃さに他ならない(笑)…
一度会っただけで、強烈に脳裏に残る人物だらけだ…
正造…
直一…
澄子…
好子…
そして、新造と、一度会っただけで、忘れ得ぬ人物たち…
本人たちに自覚があるかどうかはわからないが、それぞれが、キャラクターが立っている…
まるで、テレビやマンガの登場人物のようだ…
それぞれが、わかりやすい特徴を持っている…
私は、一度訪れただけの、米倉の豪邸で、出会った人間たちを思った。
あのとき、わからなかったのは、正造の父、平造と、その妻…つまり、正造の義理の母であり、好子と新造の産みの母親だけだ…
いや、平造は、息子である、正造を食わせ者と呼んだことで、図らずも、息子を信頼していないことがわかった…
ゆえに、ある程度は、人間性がわかったとも言える…
あの家で、言葉を交わしたのは、数えるほどだったが、それでも、平造の人間性の一端は、垣間見えた…
まったくわからないのは、その妻である、好子と、新造の母親だけだ…
私は考える。
私が会社で、自分の席で、考え込んでいると、
「…どうしたの? 高見さん…」
と、誰かがいきなり、私に声をかけた。
私は声のした方を反射的に見る…
そこには、課長の亀沢の顔があった。
「…どうしたの…高見さん…最近、仕事中でもボーッとしていることが多いね…」
「…すいません…最近、色々考えることが多くて…」
私は反射的に謝った…
ボーッとしているのは、事実…
あの米倉の豪邸を訪れて以来、大げさに言えば、いつも私の頭の隅には、米倉の一族のことがあった…
さらに言えば、先日、溝口に、米倉一族のことを探って、自分に報告してくれと言われたことで、余計気になった…
私は考える。
課長の亀沢は、私に近付くと、小声で囁いた。
「…高見さんの悩みって、溝口さんのことかい?…」
私は唖然とした。
考えてもいない、亀沢の質問だった…
「…いや、この前、高見さんが、溝口部長の元へ訪れて以来、様子がおかしいんで、ボクも心配して…」
亀沢の質問には、私の方が、驚いた。
まさか、亀沢が、そんなに私を心配しているとは、思わなかった…
「…それとも、まさか、高見さん…溝口部長に口説かれて、悩んでいるとか…」
「…違います…」
私はつい大声で言った。
おかげで、同じ課の人間全員が、私と亀沢に視線を向けた。
「…すまない…冗談だ…高見さん…溝口さんは、用心深い…他社の女に手を出して、出世をふいにするような人間じゃない…」
亀沢は、周囲を見回しながら、声を潜めて言う。
「…米倉のことか?…」
いきなり、亀沢が口に出した。
私の目が点になった。
まさか、亀沢の口から、米倉の名前が出るとは、思わなかった。
私の思いが、私の表情に出たのだろう…
「…高見さん…そんな顔で、ボクを見ないでくれ…これでも情報の切れ端ぐらいは持っている…」
「…切れ端?…」
私は、亀沢の言葉に、絶句する。
…情報の切れ端とは、言い得て、妙…
まさに、言い得て、妙な言葉…
大きな情報を得てはいないが、その情報の切れ端程度なら、知っている…
切れ端=断片ならば、知っている…
しかし、所詮、断片ゆえに、全体を掴めない…
ゆえに、全体=なにが起こっているのか、わからないということ…
それが、情報の断片という意味…
が、本当にそうか?
目の前の亀沢は、そういう意味で言ったのか?
それとも、亀沢は、情報の断片どころか、全体を知っていて、あえて言ったのか?
なにが起こっているのか、知っているのか?
私は考える。
私は、考えながら、ふと、別の場所から、私を見る視線を感じた。
私は、その視線の先を見た。
そこには、中村君の姿があった。
そして、先日、溝口部長の元から私と帰って来るクルマの中で、中村君が、
「…亀沢課長も役者…」
と、言ったことを思い出した。
溝口部長と、中村君は縁戚関係にある…
血の繋がった叔父と甥…
しかし、それは、溝口の会社でも、私のいる会社でも、秘密…
知っている人間は、ごく一部の人間のみ…
そのごく一部の人間に、亀沢は入っていない…
にもかかわらず、亀沢は知っていると、中村君は言っていた…
そして、中村君の言葉にウソはないと思いたい…
しかし、だとすると、それまで、凡庸と考えていた亀沢の評価が、間違っていることになる…
今の会社に入社して、十年…
それまで、さまざまな社内外の人間と接してきた…
自分なりに、さまざまな人間と接して、揉まれてきた自負もある…
が、それが、すべて間違っていたということか?
私は考える。
「…まあ、高見さんが、最近悩みを抱えているようで、心配だったから、声をかけたけど、問題ないのなら、それでいい…」
私は、亀沢の言葉で、我に返った。
「…課長…」
「…元気ならば、問題ない…元気が一番…」
亀沢は、まるで、アントニオ猪木のようなセリフを言って、私の席から離れた。
私は唖然とする。
亀沢の行動の真意がわからなかったからだ…
一体、亀沢はなにをしに私の元へやって来たのだろう…
私のことを心配で、私の元へやって来たとは、どうしても思えない…
普通に考えれば、オレも高見さんが、今どういう状況であるか知ってるよと、言いたいのだろう…
つまり、意図的に、自分でも、そういう情報の切れ端ぐらいは持っていると、自慢したいのかもしれない…
私は考える。
私は、考えながら、先ほどから、視線を感じている中村君の元へ、視線をやった。
私の視線を感じた中村君は、慌てて、私から視線をそらした。
私は、それで、確信した。
中村君もまた、気付いていると…
米倉正造から連絡があったのは、そんな日の夜だった。
私のスマホに米倉から着信があった…
私は、一瞬、どうするべきか、悩んだ…
米倉に連絡するのは、簡単だが、なんだか、これ以上、米倉と関わるのは、マズイ気がした。
直感と言うか、これ以上関わるべきではないと思った…
最初は、いい暇つぶしになると、考えていたが、そんなどころではないことに、ようやく気付いた。
米倉の豪邸に招かれたときは、その大きさと、その豪邸に住む、米倉の家族に興味津々だったが、それも、溝口と会うまでだった…
溝口との会話で、米倉が、溝口の会社の社長人事まで、口を出せる大物だということを知った…
それは、まさに衝撃だった…
私、高見ちづるにとって、青天の霹靂といっていい出来事だった…
私の勤める中堅の商社の取引先であり、私の勤める会社の何倍もの大きさの溝口の会社…
その会社の社長の人事まで、口を出せる一族…
それが、米倉だと考えると、なんだか、これ以上、関わるのが、怖くなった…
恐ろしくなった…
自分のような平凡な人間が関わるべき、一族ではない…
自分のような凡庸な人間が、関わるべき、人間たちではないと思ったのだ…
それが偽らざる本心だった…
が、反面、怖いもの見たさと言っては、なんだが、米倉ともっと関わりあいたかった…
米倉と結婚したいのではない…
この米倉という一族が、どんななのか、もっと見たかった…
誰が不正をしているのか、知りたかった…
怖いもの見たさと言ったのは、そういうことだ…
私は人生に退屈していた。
就職氷河期に、現在の会社に就職して、今現在に至っている…
率直に言って、現在の生活になにひとつ不満はない…
大学の同級生の中には、うまく就職できなかったものや、就職しても、本人の実力からしたら、ありえないような小さな会社に就職した友達もいる…
それに比べれば、自分は恵まれていると思う…
しかしながら、平々凡々な人生に退屈していたのは、明らか…
もっと刺激が欲しい…
ドキドキしたい…
それには、結婚…
結婚に憧れているわけではないが、自分の人生を変えるきっかけになる…
それに、私は今33歳…
すでに、三十路を過ぎている…
小さい頃から、キレイだとか、カワイイとか、言われてきたが、それもだいぶ衰えてきたのは、自分でもよくわかっている…
容色の衰えは明らか…
すでに、二十歳の女のコと張り合って勝てないことは、自分でも、わかっている…
それゆえ、結婚したいと思った…
なぜなら、結婚には、まず年齢…
こんなことを言っては、身も蓋もないが、一歳でも若いに越したことはない…
男は、若い女を好む…
これは、事実…
いや、男に限らず、女もまた若い男を好む…
これはおそらくDNAのせいなのでは? と、最近思えてきた…
男も女も本能として、歳を取れば、取るほど、若い異性を求める…
これは、無意識に、人間のプログラムとして、脳に刻まれているのかもしれない…
要するに、結婚するには、早いに越したことはないということだ(笑)…
それもあって、私は溝口の示した見合い話に乗った…
自分の生活を変える絶好のチャンスと考えたのだ…
結果、米倉と会ってわかったのは、見合いではなく、探偵だった…
米倉の恋人として、米倉の家族に接して、誰が、会社の不正に携わっているのか、探ってもらいたい…
ありえない提案だった…
しかし、私はそれを受け入れた…
退屈だったからだ…
自分の人生に刺激を与える絶好の機会と捉えた…
と、ここまでは、なぜ私が米倉の提案を受け入れたのか、反芻しただけ…
米倉の立場でいえば、米倉の経営する会社でも、当然、誰が不正をしているのか、米倉は部下に命じて、調べているに相違ない…
私は考える。
そこまで、考えたとき、再び、スマホに着信があった…
またも、米倉からだった…
私は、悩んだが、出ることにした…
「…ハイ…高見です…」
「…高見さん?…」
スマホから、米倉の声…
「…そうです…高見です…」
「…米倉です…ご無沙汰しています…」
米倉が言う。
私は、少しドキドキした。
これから、米倉がなにを言うか、一刻も早く知りたかった…
私をどう誘うか?
来週の土曜日か?
あるいは、翌日の日曜日か?
またあの豪邸で、会うのか?
正直、少し気が滅入るが、やりがいはある…
こう言っては、なんだが、会社の仕事より、遥かにやりがいがある…
私は米倉の次の言葉を待った。
「…高見さん?…」
「…ハイ…」
「…好子を覚えていますか?…」
「…好子さんですか?…」
あまりにも、意外な米倉の言葉だった…
「…覚えていますが?…」
私は一体、米倉がなにを言い出すのかと、思った。
「…好子が高見さんに会いたいそうです…」
「…好子さんが?…」
あまりに意味不明な言葉だった。
好子さんが、私に会って、どうするのだろう…
好子さんは、私、高見ちづると同じタイプの美人…
身長が155㎝の私と大差ない身長で、同じように、常盤貴子似の美人…
ただし、好子さんの方が、私より若い…
だから、厳密に言えば、私より、好子さんの方が、見た目は上…
年齢が若いからだ…
私が意味不明と言ったのは、好子さんが、私を嫌っているに決まっているからだ…
男でも、女でも、自分と同じようなタイプの人間は、反発することが多い…
性格や、頭脳では、そうではないが、これが、ルックスとなると、大抵が当てはまる。
とりわけ、美人の場合はなおさらだ…
要するに、これまで、自分が美人に生まれてきたことで、周囲からチヤホヤされてきたが、同じような美人が、近くにいると、自分が、以前のように、チヤホヤされなくなる。
それが、悔しいのだ(笑)…
しかも、私と好子さんは、同じタイプの美人…
これが、美人でも、タイプがまったく違えば、まだいい…
なぜなら、どちらが上か、判断するときに、それは、周囲の好みによるからだ…
どちらのタイプが好みかは、人それぞれ…
ゆえに、勝負の優劣は決まらない…
しかし、それが、同じタイプとなると、話は変わる。
勝ち負けがはっきりわかる(笑)…
それゆえ、美人は、同じタイプの美人が嫌いなのだ…
私は考える。
「…高見さん…好子に会ってもらえますか?…」
スマホから、米倉の声が聞こえた。
私は、
「…」
と、躊躇った。
好子の目的がわからないからだ…
…どうして、私、高見ちづると会いたいのだろう?…
なにより、好子が、私を嫌っているのは、わかっている…
自分を嫌いな人間に、会いたい人間はいない(笑)…
「…高見さん…どうしました? …聞いてますか?…」
スマホから、米倉の声が流れた。
「…ハイ…聞いてます…」
私は答える。
「…高見さん…好子に会ってもらえますか?…」
スマホの向こうから、米倉が繰り返す。
私は、しばし、悩んだ末に、
「…ハイ…わかりました…」
と、答えた。
好子の目的はわからないが、米倉に勧められるままに、会ってみようと思った。
乗りかかった船…
ここまで、来れば、会わない理由はない…
いや、会わねばならない…
会わねば、米倉の意図がわからない…
好子の意図もわからない…
毒を食らわば皿までではないが、行けるところまで、行って見よう…
そんな気持ちだった…




