恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 18
「…高見さんは、米倉の家を訪れて、どう思った?…」
溝口が続ける。
「…どう思ったと言うと?…どういう意味ですか?…」
「…ずばり、あの家の人間模様だ…」
私は米倉の問いに、
「…」
と、答えなかった。
「…さっきも言ったように、複雑だろう…」
「…ハイ…」
「…なにより、あの父親は、後継者の息子を信頼していない…」
「…信頼していないと、どうして、わかるんですか?…」
「…だって、それは、高見さん…さっきも言ったように、父親と息子の双方から、同じ依頼を当社に通じてしたことで、明らかじゃないか? …父親も自分の息子を信頼していれば、他人にこんな依頼はしないよ…自分の息子の能力に疑問を持っているから、他人に頼むんだろ? あるいは、その人間性に疑問を持っているかの、どちらかだ?…」
「…」
「…また、それだけじゃない…」
「…それだけじゃない?…」
「…あの父子は、表面上はともかく、実際は仲が悪いんだ…お互いが、お互いを、認めていない…」
「…お互いを認めていない?…」
「…父子とはいえ、気が合うかどうかは、別の問題だ…血の繋がった父子だから、仲がいいというのは、幻想だ…」
「…」
「…それに、息子の正造氏としては、自分を産んだ母親と別れた父親が、別の女と結婚して、その女が産んだ、自分の腹違いの姉弟といっしょに住んでいるのは、許せることではないだろ?…」
…たしかに、言われてみれば、その通り…
…我慢できる話ではない…
「…要するに、あの米倉の家は、十二分に騒動の火種はあるということさ…」
「…」
「…腹違いの姉弟が、いっしょに住み続けているだけじゃなく、同じ母親から産まれた正造氏も自分の実姉の夫と、会社の後継者の座を争っている…しかも、自分の父親は、その婿養子の方に肩入れしているという話もある…」
…そんなことが…
私は驚いた。
それならば、米倉が、自分の父親を嫌う理由もわかる…
…米倉の立場ならば、当然、実父は、自分を応援あるいは、支持してくれると、思うだろう…
…しかし、そうではなかった…
…実父の平造氏が、支持しているのは、娘婿の直一だったということか…
私は思う…
と、同時に、私は父親の平造が、息子の正造を評した言葉を思い出した…
…あれは、食わせ者だと…
いかに、自分の息子とはいえ、ここまで辛辣な言葉を、初対面の私に投げるとは思わなかった…
しかしながら、今考えて見ると、平造は、私が、溝口に頼まれて、自分の家にやって来たことを、あらかじめ知っていた…
それゆえ、わざと、私、高見ちづるに、あのような辛辣な言葉を私に投げたのではないか?
今、あらためて考えて見ると、そう思う…
私の目的を知っているからこそ、あのような辛辣な言葉を投げた…
見た目に騙されるなと言いたかったのかもしれない…
米倉正造は、身長こそ、170㎝と決して高くはないが、一目見て、垢抜けて、洗練されている人物…
同時に、誰もが、信頼できると、信じられる人物だ…
しかし、それは見た目…
見た目だけ…
中身は、おそらく違う…
それは、腹違いの弟の新造の言葉からも明らかだ…
新造は、腹違いの兄の正造を嫌っている…
自分を大事にしてくれる、実妹の好子の気持ちを正造が弄んでいるからだ…
いや、恋人同士ではないから、弄んでいるという言葉は適切ではないが、実父の平造から気に入られるために、平蔵がお気に入りの好子を好きなフリをしている…
それが、新造には許せないのだ…
そして、そのすべてを、父親の平造は、知っている=見抜いている、ということだろう…
それゆえ、平蔵は、息子の正造を食わせ者と呼んでいるのだ…
なにより、正造の女の好みは、好子とは、真逆な派手な女…
清楚な印象の好子とは真逆のタイプ…
それは、家族中が知っている…
自分で言うのもなんだが、平造お気に入りの好子と同じタイプの、小柄で清楚な印象の私、高見ちづるを、家に連れてきたことで、正造は、平蔵に気に入られる目論見もあったと思うが、その目論見も最初から平造には、お見通しだったということだろう…
私は考える。
「…あの家はバラバラだ…」
溝口が続ける。
「…バラバラ…ですか?…」
「…それは、高見さんが、一度訪れただけで、わかっただろ?…」
私は、その通りなので、
「…」
と、黙っていた。
「…だから、騒動の種は十二分にある…ちょっと掻き回せば…」
「…掻き回せば…」
私の言葉に、溝口が、
「…」
と、黙った。
…掻き回せば?と言う言葉は、実に意味深な言葉…
言葉の意味はわかるが、どう掻き回すんだろうか?
掻き回すというのは、騒動を起こすということ…
この場合の騒動は、米倉平造の後継者争い…
が、もしかしたら、違うのかもしれない…
いや、後継者争いが、本命としても、どこか、外部の人間が、その争いに加わるとか?
もしかしたら、そういう意味かも知れない…
私は考える。
「…高見さんにお願いしたかったのは、これからも、引き続き、米倉家に出入りして、調査を進めて欲しい事…そして、その過程を、できれば、オレにも報告して欲しいことだ…」
「…溝口部長にも…ですか?…」
これには、私も驚いた。
「…どうした? 高見さん? …そんな驚いた顔をして?…」
「…だって、これは、米倉家の問題で、溝口部長に関係は…」
「…いや、関係はある…」
「…どういうことですか?…」
「…米倉は、当社の大株主だと、さっき言っただろ? …誰が、次の当主になるかで、うちの会社にも、色々影響が出て来るんだ…」
「…どういうことですか?…」
「…要するに、米倉ほどの大株主ならば、当社の人事に、容易に口を出せるということだ…」
「…人事…ですか?…」
「…高見さんも、サラリーマン…組織の人間だ…これは、オレも同じ…つまりは、オレも上から、次の米倉家の当主は誰かと、聞かれているわけだ…」
「…つまり、米倉が、口を出せば、人事が決まる?…」
「…それは、なんとも言えないが、無下にはできないだろ? なにしろ、当社の大株主だ…現に…」
「…現に、なんですか?…」
「…現に、過去には、米倉の意向に逆らって、会社を追い出された人間もいるらしい…」
「…いるらしいって、それは、さっきも言った、昔の都市伝説の類いですか?…」
「…いや、先々代…つまり二代前のウチの社長だ…」
溝口が、憮然とした表情で言う。
「…社長? …ですか?…」
これは、驚いた。
まさか、米倉の意向に逆らったからといって、社長が追放されるとは?
なるほど、溝口が、それほど、米倉の後継者が、誰だか知りたくなったのもわかった…
いわば、米倉家の当主に誰がなるかで、溝口の会社も影響するわけだ…
いや、溝口の会社うんぬんではない…
もしかしたら、溝口のこれからの会社での出世も影響する可能性もある…
米倉が、溝口の会社にそれほどの影響力があるのならば、溝口が、米倉と知り合い、仲良くなることで、溝口の出世が、より確かなものになる可能性がある…
もしかしたら、溝口が狙っているのは、それかもしれない…
私は考える。
「…わかりました…今後も、今日同様に、溝口部長にも、報告します…」
「…よかった…」
溝口もまた安堵したようだ…
「…こいつにも頼んで、一芝居打ってもらった甲斐があったものだ…」
私の隣の中村君に、溝口が言った…
要するに、溝口が、今日、私、高見ちづるを呼んだ理由は、これだった…
米倉の次期当主は誰か?
それを探ってもらいたいわけだ…
私は思った。
考えた。
その後、簡単な挨拶をして、溝口の会社を辞した。
まさか、溝口から、こんな内容の依頼を受けるとは、思わなかった。
いや、それどころか、米倉が、私、高見ちづるが、当初、思った以上の大物であることがわかった。
これが、一番の驚きだった。
溝口の会社は、私が勤める会社の重要な取引先…
私が勤める中堅の商社のウン倍の大きな会社だ…
その会社の社長の首をすげ替えることが、容易にできる力を持つ一族…
それが、米倉なのかと、私は思った…
考えた。
そして、その米倉の力の源泉は株…
株で、溝口の勤める会社を支配しているわけだ…
「…なにを考えているんですか?…」
帰りの車内のクルマの中で、今さっき会った溝口の会社で、話したことを、頭の中で、繰り返していると、隣で、ハンドルを握る中村君が、聞いてきた。
私は現実に戻った。
今現在、私は、中村君の運転するクルマの助手席に座っている…
当たり前のことを、考えた。
「…なにを考えているかって、知りたい?…」
私は、わざと言った。
「…ハイ…」
中村君が答える。
「…だったら、教えてあげる…中村君が、役者だったってことを、考えていたの…」
私は、わざと意地悪く言った。
「…役者ですか?…」
私の言葉に、ハンドルを握る中村君は、当惑した様子だった。
「…そう…役者よ…一度ならず、二度までも、私を騙すなんて…」
「…二度…ですか?…」
「…そうよ…一度目は、中村君がミスをして、溝口部長が怒っていると聞いて、今日のように、中村君を連れて、溝口部長に謝りに言った時…そのとき、私は、半ば、強引に、溝口部長から、見合いを強要された…」
「…」
「…そして、今回、またも、騙されて、溝口部長に会いに行った…しかも、しかも、その全部を、中村君は、知っていた…なにしろ、中村君は、溝口部長の甥だというオチもついていたわけだから…」
私は、一気に、ぶちまけた。
正直、中村君に、恨みはないが、やはり自分が使われたと思うと、いい気はしなかった…
自分自身、気付いていないが、やはり、自分が、結婚を焦っているのではないか?
そう見られているのかもしれないと、思われるのが、嫌だった…
自分に自覚はないが、見合いを餌にして、私を使った…
利用した…
その餌に、自分が飛びついたということは、やはり結婚を焦っているのでは? と、考えるのが、普通…
そう見られるのが、嫌だった…
悔しかった…
よって私は、その不満を中村君にぶつけたのかもしれない…
私の怒りに、中村君は、
「…」
と、黙った。
どう対応していいのか、わからなかったのかもしれない…
「…頭に来ないほうが、おかしいでしょう?…」
私はなおも、中村君に不磨をぶつけた。
中村君には、悪いが、腹の虫が収まらなかった…
そして、その不満をぶつける相手が、中村君しかいなかった…
中村君には、悪いが、怒りをぶつける相手は中村君しかいなかった…
中村君にとっては、運が悪いとしか、いえなかった…
「…すいません…」
中村君が謝った。
「…すいませんで、すめば、警察はいらないでしょ?…」
私の怒りに、中村君が、
「…」
と、絶句する。
しばし、置いて、
「…高見さんが、そんな怒るとは思いませんでした…」
「…怒るわよ…」
「…いえ、高見さんは大人の女性だと思っていたので…」
「…大人の女性は、怒らないとでも言うの?…」
「…いえ、少しは、大人の事情もわかるかなと…」
「…大人の事情…大人の事情って、なに?…」
「…溝口の叔父さんも、さっき、高見さんに言ったように、上から頼まれたということです…」
「…」
「…誰だって、他人を騙すようなことをしたくないでしょ? …それに、叔父さんは、高見さんのファンだし…」
「…私のファン…」
たしかに、溝口が私のファンであることは、私の会社でも周知の事実…
いや、溝口の会社でも、有名だ…
「…叔父さんは、身長が180㎝を超えて、大柄でしょ? …それに歳を取って、太ってきて、今ではプロレスラーのように、ごついカラダをしている…だからといってはなんだけど、小柄で、美人な高見さんが好きなんだと思います…」
「…そう…」
私は短く言った。
…たしかに、中村君の言うことはわかる…
…プロレスラーのような大柄で、ごつい溝口から見れば、小柄な私が可愛く見えるのだろう…
…しかも、溝口は50代…
…ゆえに、33歳の私が可愛く見えるに決まっている…
…これが、溝口が、私と同世代か、私より年下であれば、私を可愛いとは、思わないだろう(笑)…
…下手をすれば、オバサンだ(苦笑)…
「…誰もが、自分の好きな女のひとを罠にかけるような真似はしませんよ…」
ハンドルを握る、中村君がダメ出しをする。
私の怒りが、一気にトーンダウンした。
いや、怒れなくなったというべきか?
中村君が実に理路整然と説明するからだ…
私としては、グーの音も出なくなった。
と、同時に、中村君の株が、私の中で、一気に上がった…
急上昇した…
中村君が、こんなに的確に物事を語る能力があるとは、思わなかったのだ…
「…中村君も、役者ね…」
私は、あらためて、さっき口にした言葉を繰り返した。
「…役者…ですか?…」
「…そう…色々な意味で…」
私は意味深に呟く。
あるいは、中村君には、まだまだ、私が知らない真実を隠しているのかもしれない…
私は、そう思った…
「…役者といえば、亀沢課長もですよ…」
「…亀沢さんが役者? …どうして?…」
「…ボクが溝口の叔父さんと、縁戚関係なのは、亀沢課長も知ってますよ…」
「…どうして、亀沢課長が知ってるって、わかるの?…」
「…いつだったか、宴席で、亀沢課長が、しきりに、溝口の叔父さんのことをボクの前で褒めるんですよ…それで、これは、知ってるんじゃないかって…」
「…」
「…人の口に戸は立てられませんよ…叔父さんは、ボクと叔父さんが、親戚だって、周囲の人間に口止めしているけど、そんな秘密は、簡単に洩れるものですよ…」
呆気なく、中村君が言う。
私は驚いた。
中村君も、もちろんだが、亀沢課長まで、役者だったとは…
もしかしたら、まだまだ私にも、わからない秘密が会社に隠されているのかもしれない…
この高見ちづるも、十年、勤務しているが、今年、配属された新人の中村君の方が、会社のことが詳しい…
唖然とした。
私は惨憺たる思いで、中村君の運転する社用車の助手席に座っていた…




