恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 16
物事には表と裏がある…
なにを言いたいかといえば、今の私、高見ちづるが置かれた状況がそう…
当てはまる…
私は溝口から、米倉を紹介され、見合いをした。
だが、実際は、見合いではなく、米倉は、私、高見ちづるの能力を見た…
評価した。
見合いは、口実…
それが、表と裏という意味…
この場合の能力とは、仕事うんぬんではなく、諸般の対応能力…
米倉が、わざと、有名企業の名刺を何枚も見せて、私が、どういう対応をするのか、試した…
ある意味、初対面の相手に、わざとからかうような真似をした。
私は、それを面白がった…
初対面の、テレビや映画で、お目にかかるようなイケメンが、トランプのように、有名企業の名刺を何枚も見せることを面白がった…
自分が、どこの誰かを証明する手段が名刺の役割…
それを、わざと有名企業、無名企業と、混ぜて、私に見せた。
自分が、どこの誰か、わからせずに、私の反応を試したのだ…
有名企業の部長ならば、OK…
無名企業の課長ならば、NG…
大抵の人間が、そうだろう…
まして、これは見合いだ…
自分の結婚相手が、社会的に成功しているのが、重要だ…
しかし、私は自分で言うのもなんだが、天邪鬼の一面があり、他人と同じ反応を示すのが嫌だった…
それゆえ、わざと、米倉の対応を面白がって見せた。
そうすれば、米倉が、どういう反応をするのか、見たかったのだ…
いわば、米倉が私、高見ちづるを試したように、私もまた米倉を試したのだ…
その結果、合格した。
米倉のお目がねに、叶った…
私が、米倉の対応を怒るのではなく、面白がったことを評価したのだ…
そして、自宅に招き、自分の家族に会わせた…
その家族の誰かが、米倉の会社の金を盗んでいる…
不正をしているという…
それが、誰だか、私に探って欲しいというのだ…
なんだか、荒唐無稽な話だ…
米倉の会社の社員でもない私がなぜそんなことをするのか?
いや、なぜ、私にそんな依頼をするのか?
しかし、どんな荒唐無稽の話でも、あのお屋敷に招かれ、米倉の家族と引き合わされた今、その話が、私、高見ちづるにとって、荒唐無稽の話ではなくなった…
どんな荒唐無稽の話でも、あのお屋敷に招かれてしまっては、誰でもそうだろう…
まるで、戦前のお金持ちを連想される豪邸…
映画やドラマの舞台にふさわしい豪邸だ…
普段、お金に興味のない人間でも、あの豪邸に招かれれば、考えが変わる…
守銭奴とは、言えないまでも、もしや、この豪邸の住人になれるのでは、と、考える。
ありていに言えば、金持ちと結婚できる夢を見てしまうものだ…
私が、そこまで、考えたとき、
「…高見さん…」
と、上司の亀沢が、私を呼んだ。
いや、正確には、自分の考えに没頭して、亀沢が呼んでいることに、気付かなかった。
近くの席の中村君が、
「…高見さん…亀沢課長が呼んでますよ…」
と、小声で、教えてくれたので、気付いた。
私は、
「…ハイ…」
と、言って、席を立ち、亀沢の席に行った。
「…課長…なんでしょうか?…」
「…いや、用というほどのことじゃないんだが…」
亀沢が、遠慮がちに言う。
「…溝口さんがね…」
「…溝口さんが、どうかしましたか?…」
「…高見さんのことを心配していてね…」
「…私のことを心配…ですか…」
意外な亀沢の言葉だった…
いや、そもそも、私に米倉のことを紹介したのは、溝口…
なにか、あるのかもしれない…
私は考える。
「…この前、溝口さんと、取引で、打ち合わせになったとき、溝口さんの口から、ポロッと、高見さんの話題が出てね…」
「…」
「…ほら、以前、中村君が、仕事で、ミスって、高見さんといっしょに、溝口さんのところへ、謝りに行ったことがあるだろ…あれ以来かな…」
「…なにが、あれ以来なんですか?…」
「…あれ以来…時々、溝口さんは、電話でも、なにげに高見さんの話題が出ることが多くなって…」
「…」
「…最初は、溝口さんが、高見さんのファンだからと思ったけど、なにかあるのかな…一度、高見さんも、溝口さんに会いに行けばいい…」
「…私が、ですか?…」
「…そうだ…高見さんが、一人で行くのが嫌なら、中村君を連れて行けばいい…そうすれば、以前は、うちの中村が迷惑をかけて、スイマセンでしたとか切り出して、話を繋ぐころができるだろ…」
私は、亀沢の話を聞きながら、溝口のことを考えた。
そもそも、私と、米倉を引き合わせたのは、溝口…
その溝口ならば、なにか知っているのかもしれない…
当然の事ながら、私の知らない米倉についての情報を知っているに違いない…
私は考える。
「…わかりました…」
私は言った。
「…中村君を連れて、この前のように、溝口部長のところへ伺います…」
「…よかった…今日ならば、溝口部長は、一日中、会社にいるらしい…」
亀沢が言う。
…そういうことか?…
私は思った。
…要するに、亀沢は、今日、私に溝口のところへ、行かせるべく、あらかじめ、溝口と示し合わせて、この話を持ち出したということか?…
「…わかりました…これから、早速、中村君と溝口部長のところへ、伺います…」
「…そうしてくれ…」
亀沢が言った。
私は軽く亀沢に頭を下げ、中村君の席へ、向かった。
「…中村君…」
「…ハイ…」
「…これから、また溝口部長のところへ行くわよ…」
「…これからですか?…」
「…そう…これからよ…」
「…でも、亀沢課長に了承を得ないと…」
「…その課長命令よ…」
「…課長命令ですか?…」
「…そうよ…」
中村君が、亀沢を見た。
「…この前のときと同じですね…」
「…この前のときって?…」
「…高見さんが、ボクのミスで、溝口部長のところへ、詫びに言った時ですよ…」
そう言って、中村君が笑った…
やはり、覚えていたか?
真っ先に、そう思った。
いや、
忘れろといっても、容易に忘れられるものではない…
なにしろ、その中村君のミスこそ、この高見ちづるが、米倉と会うきっかけだった…
本当は、中村君が、仕事上で、ミスをして、溝口部長を怒らせたのは、ウソで、中村君が、溝口部長に頼まれて、ミスをしたことにして、中村君の同僚である、私を同行させ、呼び寄せる罠だった…
つまり、あらかじめ、溝口は、亀沢にも、知らせず、極秘に、私を呼びよせたことになる。
なぜなのか?
私はあらためて、そう思った。
「…さっさと支度して…」
私は、中村君に言った。
私自身、ロッカールームに行き、私服に着替える。
そして、着替えながら、溝口の目的を考えた。
溝口は今、亀沢と共謀して、私を呼びよせようとしている…
その目的は、米倉絡みと考えていい…
私は考える。
私服に着替えてから、一度、職場に戻ろうとしたが、すでに、職場の入り口に中村君が待っていた。
「…中村君…早い…」
私は言う。
「…男は、女のひとと違って、上着を着るぐらいですから…」
中村君が言う。
私はその通りなので、
「…」
と、黙った。
「…それより、溝口部長も待ってます…急ぎましょう…」
中村君が言う。
私はなんだか中村君にも、急かされている気がした。
まさか…中村君もまた、溝口部長の仲間?
そんな気がした。
あくまで、一瞬だが、そんな気がした…
やはり、疲れているのだろう…
米倉の豪邸を訪れたのは、二週間前のことだが、あれは、精神的にかなりのショックだった。
いや、
ショックというのは、正しくないのかもしれない…
精神的に疲れたという言葉の方が正しいだろう…
世の中には、私など、これまで、お目にかかったことのないお金持ちがいるものだ…
当たり前のことがわかった…
私が、33年間生きてきて、想像もしていない世界の住人たちと接触した。
私自身、視野が広がったと思ったが、それだけだった。
生きてゆく上で、視野が広がる=世間を知るということは、とても大切なことだ…
しかし、だからといって、私とは縁もゆかりもないこと…
私が、33歳になり、漠然と結婚を意識することが、最近、多くなったが、さりとて、米倉と結婚することはありえない…
この平凡な高見ちづるが、あんなお金持ちと結婚することなどありえない…
テレビや映画ではない…
これは現実なのだ…
物事には、限度というものがある…
いや、
身の程を知るという言葉が適切か?
ひとは皆、生まれながらに、それぞれ、能力や境遇が異なる。
お金持ちの家に生まれるか、貧乏な家に生まれるか?
美人に生まれるか、そうではないか?
イケメンに生まれるか、そうではないか?
身長は高いか、低いか?
頭はいいか、悪いか?
性格はいいか、悪いか?
生まれたときから、大抵決まっている。
個人の努力で、左右できるものではない…
与えられた能力で、生きるのが、人間だ…
これは、どんな人間も変わらない…
そして、大抵が、その人間が、生まれた境遇と、大差ない、境遇で、人生を終える…
これが現実だ…
無名の人間がスターや有名な経営者になる可能性はゼロではないが、通常は限りなくゼロに近いのが、現実だ…
なにが言いたいかといえば、身の程を知れということだ…
私、高見ちづるが、どうあがいても、お金持ちになることはありえないし、お金持ちと結婚できることなど、ありえない…
私は市井の平凡な人生を終えるのが、似合っているし、それ以上は無理…
また野心もない…
私は自分自身に言う…
自分自身に言い聞かせる…
そうしないと、夢を見てしまうからだ…
自分自身、上昇志向は、ないし、平凡な人間だと、自分を思っている。
にもかかわらず、夢を見てしまう。
調子に乗ってしまう…
つまり、これが、精神的に疲れる、の正体だった…
できもしない夢を見、できもしない夢を真顔で語る…
私自身、そんな人間を、心の底から嫌悪してきた…
できもしない夢を語るのが、嫌なのではない…
できもしない夢を語る人間に限って、頭も性格も悪い人間が大半だったからだ…
頭が悪いから、自分の能力がわからない…
自分の能力がわからないから、できもしない夢を真顔で語る。
自分自身が、そういう人間と、同じになるのが嫌だったのだ…
誰もが、それまで、自分が嫌悪してきた人間と同じになるのは、嫌だろう…
そういうことだ…
私が、考え込んでいると、
「…高見さん…なにを考え込んでるんですか?…」
と、中村君が声をかけた。
「…なんでもないわ…」
私は中村君に言う。
「…なら…いいですけど…」
私は中村君の言葉を聞きながら、社内を歩いた。
「…中村君…」
「…なんですか?…」
「…私のこと…どう思う?…」
私の口から、自分でも意外な言葉が出た。
中村君もまた、ビックリして、足を止め、私を見た。
「…どう思うって、どういう意味ですか?…」
「…ゴメン…深い意味はないの…ただ最近、少し、真剣に結婚を考えるようになって…」
「…高見さんは、キレイですよ…それに、今は、三十過ぎても、結婚していない女のひとは、ゴマンといますから…」
「…そう…中村君の言う通りね…」
私の言葉に、中村君が、ハッと気付いた。
「…わかりました…高見さん…」
「…なにが、わかったの?…」
「…高見さん…溝口さんから、見合いを勧められたでしょ? それで、今日会えば、その後どうなったとか聞かれるから、悩んでいたんでしょ?…」
私は、唖然とした。
…たしかに、言われてみれば、その通り…
考えもしなかった…
それに、なにより、前回、中村君のミスを餌に、溝口に呼び出されたときに、同行したのは、この中村君…
そのときに、溝口から、私が見合いを勧められたのを、間近に見ている…
いや、積極的に、溝口の肩を持って、私に見合いを勧めた。
だから、当たり前といえば、当たり前の発想だった…
私が、ビックリして、中村君を見ていると、
「…きっと、溝口さんも、その後、どうなったか知りたいんですよ…」
と、意味深に笑う。
「…どうなったかね…」
私は言った。
「…誰だって、そうでしょ? 自分が勧めた見合いです…その後、どうなったか知りたいと思うのが、人情じゃないですか?…」
そう言った後、一区切り置いて、
「…でも、高見さんのその様子じゃ、うまくいかなかった様子ですね…」
「…どうして、わかるの?…」
「…だって、うまくいってれば、そんな悩むような表情はしないでしょ?…」
…言われてみれば、まさにその通り…
「…かといって、まったくうまくいってないわけでもない…」
「…どうして、わかるの?…」
「…だって、そうでなければ、私のこと、どう思うの? なんて、ボクに聞かないでしょ?」
…たしかに、言われてみれば、これもその通り…
…うまくいってなければ、他人に聞く質問ではない…
いや、
うまくいっても、他人に聞く質問ではないのかもしれない…
自分がどう思われてるのか、知りたい質問だ…
要するに、相手にどう思われているか、知りたい質問だ…
それを知りたいということは、この場合は自分が米倉にどう思われてるか、知りたいと考えればいい…
普通は、そう考える。
しかし、私、高見ちづるにとっては、米倉ではなく、同居する米倉の一族全員が、気がかりというか、気になっていた…
当然、中村君は、それを知らない…
「…溝口さんの紹介した見合い相手って、どんな男だったんですか? …教えて下さいよ…」
私は中村君の質問に、一瞬悩んだが、
「…イケメンよ…」
と、正直に答えた。
「…金持ちのイケメン…」
私の言葉に、
「…金持ちのイケメンなんて、高見さん…玉の輿じゃないですか?…」
と、中村君が叫ぶ。
「…やりましたね…その美人のルックスを生かした…と、言いたいところですが、違いますね…」
と、一気にトーン・ダウン。
「…どう違うの?…」
「…だって、それなら、悩む素振りは見せないでしょ?…」
…その通り…
「…なにが、問題なんですか?…」
「…家族よ…」
「…家族って、結婚後は、ダンナの家族と同居しろとでも言われて、高見さん…悩んだんですか?…」
「…まあ、そういうことよ…」
私は中村君に説明しても仕方がないので、そう投げやりに言った。
「…それは、嫌ですね…ボクが高見さんでも、嫌だ…」
私の返答に、中村君は、一人納得する。
私は、そんな中村君に、
「…さあ、こんなところで、立ち話をしていないで、早く、溝口部長のところへ行きましょう…」
と、中村君に言って、溝口の会社に向かった…




