恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 15
…凄い光景だった…
私は考える。
いかに義理の兄といえど、血の繋がってない人間に対して、あれほどあからさまに、嫌いな態度をどうして取るのだろうか?
…なにか、ある!…
私は今さらながら、気付いた。
そのときだった…
廊下を歩く、私と直一の前から、直一の妻である、澄子が歩いてきた。
「…アナタ…」
澄子が、直一に声をかける。
「…どうしたの?…」
「…高見さんに、トイレを案内して…」
と、直一。
「…そう…」
澄子が短く答える。
「…アナタ…また好子に嫌味を言われたでしょ?…」
澄子が笑う。
「…嫌味? どうして、わかる?…」
「…だって、アナタ、顔が白いわ…怒りで、顔を白くしている…この家で、アナタを怒らせるのは、好子ぐらいのものよ…」
澄子が指摘する。
私は、澄子を見た。
身長155㎝の、私、高見ちづるよりも、小柄な150㎝程度の身長…
メガネをかけ、一見かわいらしいが、これといった特徴のない顔…
これでは、何度か会っても、どんな顔か忘れてしまう…
ただ、声が可愛らしい…
すでに、40歳を超えているにもかかわらず、声だけ聞いていると、まるで女子高生にも間違われるほど、可愛らしい…
しかし、その声とは、真逆で、抜け目のない性格なのだろう…
自分の夫とはいえ、夫の顔色を見ただけで、瞬時に、なにかあったか、察することができるほど、有能な女…
なるほど、米倉が警戒するのは、よくわかる(笑)…
「…相変わらず、鋭いね…」
直一が笑った。
「…バカね…鋭いもなにも、この家で、アナタに嫌味を言うのは、好子ぐらいよ…でも、まあいいんじゃない…会社では、お偉いさんだから、誰にも文句は言われない…家で、義理の妹に嫌味を言われても、我慢するべきよ…」
「…ひとのことだと思って…」
直一が怒る。
しかし、その言葉とは、真逆に、直一の表情は穏やかだった。
直一が、澄子を信頼していることがわかる…
「…高見さん、トイレはこっちよ…」
と、いきなり澄子が言った。
「…澄子…トイレはボクが…」
「…バカね…女にトイレの場所を案内するのは、女の役割に決まってるでしょ…ねっ…高見さん?…」
私は、どう答えていいか、わからなかったので、
「…」
と、黙った。
「…もっとも、ホントにトイレに行きたいのならばだけど…」
澄子が笑う。
「…どういうこと?…」
と、直一。
「…女が席をはずすのに、トイレに行きたいと、言うのは、常套手段よ…ね、高見さん…」
私は、澄子の発言に同意するわけには、いかず、
「…」
と、無言だった。
「…そういうことか?…」
直一が言った。
「…そういうこと…」
と、澄子が笑う。
「…まあ、いずれにしろ、高見さんには礼を言わないと…」
「…礼? どうして?…」
「…好子ちゃんから、離れることができたからね…」
直一が笑う。
…とんでもないところに来た…
私は今さらながら、そう思った。
たしかに、お金持ちだが、このお屋敷の住人は、明らかに、ぶっ飛んでるっていうか、闇が深過ぎるというか…
ある意味、普通じゃない…
私は考える。
私、高見ちづるも決して、闇がないわけではないが、それにしても、このお屋敷の住人は普通じゃない…
逃げ出すべきか?
私の脳裏に、その言葉がよぎった。
そのときだった。
背後に、気配を感じて、振り返ると、好子が立っていた。
鬼の形相だった…
と、いえば、いいのだが、明らかに違った。
好子の美貌が明らかに、戸惑っていた。
いや、引きつっていたというべきか…
好子の小柄だが、美しい顔が、ある一点を凝視している。
その一点とは、ずばり、澄子の顔だった。
「…あら、好子…どうしたの?…」
澄子が声をかけた。
好子は、
「…」
と、答えない。
好子は、緊張した表情だ…
私はここに至り、なぜ、好子が、直一を嫌うのか、ようやくわかった…
原因は澄子だ…
好子は、澄子が嫌いなのだ…
好子は澄子が嫌いだから、その夫である、直一が嫌いなのだ…
いや、澄子が嫌いなのではない…
今、眼前の、好子の引きつった表情を見る限り、苦手、あるいは、怯えていると言ってもいい…
それほど、好子にとって、澄子は嫌なのだろう…
それは、なんとなく、私にもわかった…
澄子と会って、まもないが、澄子は、弟の米倉と同じ匂いがする。
同じ匂いとは、外面と内面の落差…
澄子の誰にも陽気に話しかける雰囲気と、これまで、米倉や、夫の直一から、聞いた素顔は真逆…
愛想のいい外面と、抜け目のない中身が真逆だ…
そして、それは、弟の米倉にも当てはまる。
米倉の青年社長そのままの爽やかな外観と、弟の新造から聞いた中身もまた、違い過ぎる…
真逆だ…
つまり、澄子と米倉は、父親も母親も同じ姉弟だが、中身も同じ…
外観と違う、抜け目のない人間ということになる…
それに比べ、好子と新造は、違う…
これは、やはり、父親が同じでも、母親が違うせいなのだろうか…
私は考える。
「…好子…どうしたの? …私の声が聞こえないの?…」
澄子が尋ねる。
声は可愛らしいが、メガネの奥の目は笑っていない…
美人の好子に比べると、誰が見ても、凡庸な外観の澄子…
しかし、その凡庸さゆえに、澄子の能力がわかりづらいのかもしれない…
好子のように、誰が見ても、美人のルックスは、一見、得だが、どこにいても目立って仕方がない…
好子が初めて、訪れた場所でも、つい周囲の人間が、美人がやって来たと、好子に目が釘付けになる…
それゆえ、大げさにいえば、好子の一挙手一投足が、周囲の人間の目に、晒されることになる…
つまり、なにをやっても、その美貌ゆえに、目立ち過ぎるのだ…
そして、それが、好子の弱点でもある。
誰もがそうだが、いつも周囲の人間の目に晒されていてはなにもできない…
ちょうど、衆人環視の中で、手品をやるようなものだ…
いつも、衆人環視の目に晒されていては、手品のタネを仕込みこともできない…
そういうことだ(笑)…
そこまで、考えたとき、
「…なんでもないわ…」
と、答える、好子の声が聞こえた。
「…なんでもない?…」
と、澄子。
「…そう…なんでもない…」
そう答えると、好子は踵を返して、その場から立ち去った。
「…あらあら、嫌われちゃったわ…」
澄子が笑いながら、言う。
しかし、その言葉とは裏腹に、少しも、好子の言動に、気分を害した様子はなかった。
むしろ、好子のことを、からかう様子だった。
私は直一を見た。
直一がどういう表情をしているのか、見たかったのだ…
直一は苦笑していた。
笑ってはいたが、よく見ると、メガネの奥の目は笑っていなかった。
これは、どういうことだ?
私は考える。
考えられる原因は、いくつかある。
ひとつは、直一が、好子をそれほど、嫌ってない可能性がひとつ…
おそらくは、好子が直一を嫌うのは、好子が澄子を嫌いだから…
その原因を、当然、直一も気付いている。
だから、直一個人は、好子を嫌ってない可能性もある。
また、澄子のことだ…
直一個人が、澄子のことを、本当は、好きでない可能性もある。
澄子は金持ちの娘で有能だから、好き…
つまり、澄子の人格ではなく、生まれや、能力で、澄子を判断している可能性もある。
私は、そう考えた。
そう考えると、直一のメガネの奥の目が、笑ってない理由が、なんとなく見えてくる。
私がそこまで、考えたとき、
「…高見さん?…でしたわよ…」
と、澄子が私に声をかけた。
私は警戒した。
一瞬、明らかに、カラダがこわばった。
私よりも、小柄で、凡庸な外観の澄子だったが、明らかに、見た目と、中身が違うことがわかっている。
その女子高生のような可愛らしい声と、したたかな本性が、真逆であることがわかっている。
私は、一瞬、
「…」
と、返事をすることすら、忘れた。
「…高見さん?…」
もう一度、澄子が声をかけた。
私は、
「…ハイ…」
と、答えた。
「…すいません…考え事をしていて…」
「…そう…」
短く、澄子が言った。
続けて、
「…あら…どんなことを考えていたか、知りたいわ…」
と、言った。
私は面食らった。
まさか、そう来るとは思わなかった…
「…いえ、なんとも、立派なお屋敷だなと…」
と、当たり障りのないことを言う。
「…立派なお屋敷ね…」
澄子が意味深に呟く。
私は澄子を見た。
夫の直一同様、メガネの奥の目は笑っていなかった。
私の言葉を信じていないのは、明らかだった。
「…たしかに、素晴らしいお屋敷よ…」
と、澄子。
「…でも、そこに住む連中は、皆ワケありの人間よ…」
と、仰天することを言う。
自虐というべきか…
「…そう…ワケありの人間…高見さん…アナタも住んでみれば、わかるわ…」
「…いえ、私は…」
「…だって、高見さんも、正造と結婚すれば、この家に住むようになるのよ…」
「…」
「…もっとも、高見さんが、ホントに正造と結婚すれば、だけど…」
澄子が、私の反応を試すように、言う。
私は澄子の目を見た。
メガネの奥の目が、笑っていない…
真剣だった…
…やはり、この澄子もまた、私、高見ちづるを疑っている…
…本当に、米倉と交際しているのか、疑っているのだ…
ここは、なにか言うべきか?
考えた。
米倉と交際していると力説するべきか?
考えた。
だが、それは、むしろ逆効果ではないか?
例え、本当に、米倉と交際しているとしても、力説すれば、なんとかなるものではない…
むしろ、力説すれば、するほど、疑わしく感じられることもある。
それは、その物事が真実か否かは関係ない…
私は、そこまで、考えて、
「…」
と、無言でいた。
無言で、黙って、澄子を見た。
澄子のメガネの奥の目と、私の目が、ずばり睨み合った…
互いに、まっすぐに、睨み合った…
10秒、
20秒、
が、過ぎた。
私も澄子も、互いに、相手の目をはずすことはなかった。
我ながら、子供じみているが、自分から、目を逸らすのは、負けだと思った…
かといって、このまま、黙って、澄子の目を見ているのも、おかしい…
変だ…
我ながら、どうしていいか、わからずにいると、
ニッコリと、目の前の澄子が笑った。
「…アナタ…本当に、好子に似ているわ…」
澄子の第一声だった…
私は、
「…」
と、無言。
「…正造がどんな目的で、アナタを連れて来たのか、知らないけど、好子に良く似た、アナタなら、たしかに、父に気に入られるわ…」
「…」
「…でも、でもね…」
「…でも、なんですか?…」
「…高見さん…アナタは、好子とうまくいかないわ…」
「…どうして、ですか?…」
「…アナタ…好子に似すぎているのよ…」
「…」
「…身長も、ルックスも、似ている…同じように、小柄で、同じようなタイプの美人…これでは、まるで、どっちを選べと周囲に言っているようなものよ…」
「…」
「…ねっ? …そうでしょ?…」
「…だったら、好子さんの勝ちです…」
「…どうして、勝ちなの?…」
「…だって、好子さんの方が、私よりも、若いですから…」
「…高見さんより、若いから?…」
「…だって、世間では、女の価値は、年齢ですから…」
私は答える。
「…年齢?…」
そう言ったきり、澄子は黙った。
そして、一瞬後に、爆笑した。
「…高見さん…アナタは、正造が選ぶだけはあるわ…自分よりも、好子が勝る部分を上げる…でも、肝心のルックスは、どっちが上か言わない…頭の回転のいいひとね…」
「…」
「…ルックスは好みの問題も大きい…アナタと好子は似ている…小柄で、美しい…ちょうど、女優の常盤貴子を小柄にした感じ…でも、似ているのは、全体的なイメージ…顔を見れば、やっぱり違う…だから、どっちを選べと言われれば、個人の好みの問題になる…」
澄子は解説する。
私は、どう言うべきか、悩んだ。
が、結局、
「…」
と、答えなかった。
「…高見さん…」
「…ハイ…」
「…楽しくやりましょう…」
「…楽しく…ですか?…」
「…そう…楽しく…人生は楽しまなくちゃ…」
そう言うと、澄子もまた、踵を返して、私と直一の前から、去った。
まるで、嵐がやって来て、すぐに去ったような感じだった…
私は呆気に取られた。
直一が、
「…澄子は相変わらず、自分の言いたいことだけを言って、帰る…自己チューなところがある…」
と、言った。
「…初めて会った高見さんは、戸惑うかもしれないけど、澄子はいつもああなんだ…」
直一が説明する。
私は、黙って、首を縦に振って、頷いた。
頷きながら、内心、当惑した。
そして、この日を境に、この高見ちづるの運命が大きく変わることになる…
そんな予感がした。




