恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 14
「…高見さんは、ホントに正造クンと付き合ってるの?…」
直一が廊下で、足を止めて、私に繰り返す。
私は、
「…もちろん、付き合ってます…」
と、返した。
それから、少し置いて、
「…だって、考えて見て下さい…」
「…なにを考えて見るの?…」
「…こんな立派なお屋敷に住む、男のひとに付き合ってくれと、言われて、拒む女なんて、普通いませんよ…」
と、言って、笑わせようとした。
が、直一は笑わなかった。
口元もそうだが、目が少しも笑っていない…
その白い肌と神経質そうな顔で、私、高見ちづるを、正面から、見据えた。
「…たしかに、高見さんの言うことはわかる…だけど、高見さんは、そういうタイプの女性には、思えない…」
「…そういうタイプって、どういうタイプですか?…」
「…こう言っては、身も蓋もないが、金目当てに、男を選ぶ女性には、見えない…」
直一が、メガネの奥から、真剣な目で、私を見ながら言った。
私は一瞬、どう言い訳しようかと悩んだが、すぐに、
「…それを言えば、直一さんだって、お金で、女性を選ぶ男のひとに見えませんよ…」
と、返した。
暗に、このお屋敷の住人である、米倉の姉の澄子さんと、結婚したことを、皮肉った。
その皮肉に、直一もすぐに気付いたようだ…
当然だ(笑)…
「…ボクの場合は…」
と、言ったきり、黙ってしまった。
私は、これ以上、直一に皮肉を言うつもりはなかったし、直一も、これ以上、私にこの話題を振るとは、思っていなかった。
要するに、話はこれで終わりだと思った…
が、違った。
「…ボクの場合は、澄子が使えるから…」
と、直一が続けた。
私は、直一がこの話題を続けることに、驚いた。
どうするか、一瞬、悩んだが、その会話に乗ることにした。
なにより、澄子が使えると言った直一の言葉…
澄子がどう使えるのか、興味があった…
「…澄子さんが使えるって、どういう意味ですか?…」
「…ボクは、自分で言うのもなんだけど、トロくてね…」
「…トロいって?…」
「…要するに、周囲の空気を読むとか、そういうことができない…」
「…」
「…自分で言うのもなんだが、高校までは、勉強ができ、大学もそれなりのところに行ったけど、いざ、就職すると、職場が合わなくてね…そこで、助けてくれたのが、澄子だったんだ…」
「…」
「…だから、高見さんが、澄子が、こんな大金持ちのお屋敷のお嬢様だから、結婚したんだろうと、ボクを揶揄するけど、それは、半分正しくて、半分間違ってる…」
「…半分正しくて、半分間違ってる…ですか? …」
「…そうだ…ボクも澄子がこんな金持ちの娘だと知って、驚いたし、結婚を決めるのに、澄子の実家を考えなかったわけじゃない…だけど、それがすべてじゃない…」
直一が激白する。
たしかに、直一の言うことはわかる…
どんなに、相手がお金持ちでも、美男美女でも、嫌な相手は嫌だ…
お金やルックスがすべてではない…
だが、お金があったり、ルックスもいい方が、いいに決まっている。
だから、半分正しくて、半分間違ってる…
つまり、お金やルックスにも惹かれるが、それだけではない…
相手の人柄や、自分に合うかどうか、考えた結果、結婚を決めた…
そう言いたいのだろう…
私は思った。
「…澄子はなんでもはしっこく、ボクの前を行く女だった…」
「…前を行く…ですか?…」
「…そうだ…」
私は直一の言葉を聞きながら、米倉が、澄子について言った評価…
…勘の鋭い女…
…使える女…
…抜け目のない女…
と言った、言葉を思い出した。
たしかに、澄子は使えるのだろう…
今また澄子の夫である、直一もまだ、同じ言葉を口にしている…
「…前を行くって、どんな…?…」
私は、直一に訊いた。
言葉としては、わかるが、具体的に、どういうふうに前を行くのか、知りたかった…
私の質問に、直一は少し考え込んだ…
しばし、考え込んでから、口を開いた。
「…例えば…」
「…例えば、なんですか?…」
「…今、ボクと正造クンの勤める会社で、誰かが、悩みを抱えていたとする…もちろん、それが、会社の悩みなのか、家庭の悩みなのか、あるいは、友人の悩みなのかは、わからない…」
「…」
「…でも、問題は、悩みを抱える当人が、なにか悩みがあるんじゃないかと、周囲の人間が、気付く中で、ボクが一番遅い方だということだ…」
「…」
「…澄子は違う…職場で、真っ先に気付く人間だ…いや、気付くだけじゃない…その先のことを考えて、あれこれ、手を打つことができる人間だ…」
「…手を打つ? …どう手を打つんですか?…」
「…例えば、会社なら、その人間が仮に辞めた場合は、後任者をどうするかとか、すぐに先のことを考えて、あれこれ行動することができる人間だ…」
…なるほど…
…前を行くというのは、そういうことか?…
私は、直一の言いたいことが、よくわかった…
…たしかに、直一の言うように、学校の勉強と仕事とは違う…
…いくら、勉強が出来て、いい大学を出ても、周囲の空気を読めない人間はいっぱいいる(笑)…
…極端な話、勉強が出来て、仕事が出来ても、周囲の空気が、まったく読めない人間も稀にいる…
要するに、与えられた仕事を忠実にこなすだけ…
それに意識が集中してしまう…
ゆえに、周囲の空気を読むことができない…
直一は、その事実に早くに気付いたのだろう…
そして、それが、おそらく直一の致命的な欠陥…
人間としての致命的な欠陥だ…
その欠陥を埋めるために、直一は澄子と結婚したのでは? と、私は考えた。
誰もが、自分にないものを持っている人間に惹かれるものだ…
なにより、生きて行くのに、自分にないものを持っている人間を自分の人生のパートナーにするのは、有利…
自分の欠点を、パートナーが補ってくれるからだ…
直一は、おそらく、澄子が金持ちのお嬢様ということよりも、澄子の才能に惹かれたのではないか?
私は、そう思った。
自分の欠点を自覚はしても、その欠点を、自分の力で、埋めることは、中々できない…
それが、普通の人間だ…
仮に頭が良い人間でも、どこへ行っても好かれない人間は、やはり好かれない…
好かれる努力をしても、限界がある…
それならば、例えば、誰からも、好かれる人間をパートナーにするのが、一番、自分が、好かれる方法だ…
その人間は、嫌いだが、そのパートナー=具体的には、夫なり妻なりが、好かれる人間ならば、その人間に好感を持つ場合も多い…
その夫なり妻なりと、会えば、嫌いだった人間の印象が変わるからだ…
要するに、あんな、感じのいいひとと、結婚しているぐらいだから、そんなに悪い人間じゃないかもしれないというわけだ(笑)…
ある意味ルール違反というか、ズルい、やり方だが、好感度を上げるのに、もっとも、簡単で、有効な手段だ…
とりわけ、政治家がこれに該当する…
私は考える。
「…澄子は、ボクなんかが、どうあがいても、できない能力を持っている…それに惹かれた部分も大きい…」
直一が、私の思った通りのことを、口にした。
「…だけど、高見さんは、ボクとは違う…」
「…どう違うんですか?…」
「…高見さんが、正造クンに惹かれる理由がわからない…正造クンが、高見さんに惹かれるのは、例えば、好子ちゃんに似ているからと、考えれば、理解できなくもない…だけど、高見さんが、正造クンのルックスに惹かれたとも、このお屋敷に惹かれたとも、考えられない…失礼ながら、高見さんが、そういうことに惹かれる人間とは、どうしても思えない…」
直一が激白する。
私は、うまいことを言うと思った。
が、ここで、私が、直一に、米倉から、会社の不正をしている人間を探し出してくれと頼まれたことは、口に出せない。
ゆえに、
「…買い被り過ぎです…」
と、答えた。
「…買い被り過ぎ?…」
「…そうです…私が、自分で言うのもなんですが、マジメな印象を周囲に与えるから、直一さんも、私をそう見るんです…私もまた、普通の女です…だから、人並みに、お金は好きですし、玉の輿を夢見ています…」
私の言葉に、直一は、
「…そうだね…」
と、納得するものだと思った。
が、違った。
「…まあ、そういうことにしておこう…」
と、自分自身を無理やり納得させるように、呟いた。
私の言葉に納得していないのは、明らかだった…
私は、驚いた。
内心、恐怖したと言っていい…
澄子のことを使えると、評していたが、そう言った直一自身もまた、十二分に有能…
私の言葉に納得しないとは、思わなかった。
いや、有能でなければ、次期社長候補になれるわけがなかった。
私は、考える。
私はこれ以上、直一と会話することが嫌だった。
直一にこれ以上、根掘り葉掘りされるのは、困る。
そのときだった…
「…なにをしているの?…」
と、背後から、声がかかった。
私と直一は、声のする方を振り返った。
好子だった。
「…好子さん?…」
と、私が言いかける前に、
直一が、動揺した声で、
「…好子ちゃん…」
と、言った。
明らかに、困惑していた。
「…どうして?…」
と、直一が続けた。
「…トイレに行くって言って、ちっとも、部屋に戻って来ないから、どうしているのかと思って、探しに来たの…」
好子が言う。
直一は、
「…」
と、無言。
私は、直一の顔をジッと見た。
明らかに、直一の顔が引きつっていた。
想像以上に、直一が好子を苦手にしているのが、わかる。
それから、好子を見た。
私、同様、小柄で、美しいが、いかにも、性格がきつそうだった。
怒った顔で、直一を睨み付けていた。
「…実は、高見さんと、立ち話に夢中になって…」
「…部屋で、待っている人間の気持ちを考えたことはあるの?…」
と、噛み付かんばかりの表情で、直一に食ってかかる。
私は、直一に、これ以上、根掘り葉掘りされるのは、嫌だったので、いきなり現れて、私と直一の会話を中断させた好子に感謝したい気持ちだったが、直一と好子のやり取りを見て、さすがに、直一が哀れになった…
好子の前で、まるで、頭が上がらないのだ…
見るも憐れな光景だった…
まるで、恐妻家の夫だった…
私は思った。
「…で、用事は済んだの?…」
「…用事? 用事ってなんの?…」
「…トイレに決まってるでしょ…」
好子が噛み付く。
「…それはまだ…」
「…トイレに行くと言って、部屋を出て、こんなところで、立ち話に夢中になって、まだトイレにも行ってないの?…」
好子が鬼の形相で、直一に詰め寄る。
私は、唖然とした。
これでは、まるで、夫婦だ…
恐妻家の夫と、その妻だ…
私は考える。
見ようによっては、直一と好子が、一番親しい間柄にも、思える。
「…申し訳ない…」
直一が、頭を下げて、好子に詫びた。
「…頭を下げれば、いいって、ものじゃないでしょ!…」
好子が怒る。
私は二人のやりとりを見て、要するに、直一のやることなすこと、好子が気に入らないのだと気付いた。
この場合の解決策はただ一つ…
顔を合わせないことだ…
顔を合わせれば、好子は直一に文句を言うだろう…
私はさすがに、その場にいるのが、耐え切れなくなった…
「…トイレはどこですか?…」
と、口を開いた。
私の言葉に、
「…お義兄さん…さっさと案内してあげて…」
と、好子が金切り声を上げる。
直一が、
「…高見さん…トイレは、こっちです…」
と、私に言って、私を誘導しようとする。
私は直一の顔を見た。
ホッとした表情だった…
その表情は、まるで、恐妻家の妻から逃げる夫の顔だった…
心底ホッとした表情だった…




