第63話「一夜城」
チュンチュン、チュン……!
チチチ──。
「ん?」
なんか明るい…………あ、やべ!
「ご、ごめん、寝ちゃってた!──……って、お前もかーい!」
「んが?!」
顔に当たる朝日に目が覚めた時、腹に妙な感覚があると思えば、ルーフデスの奴がへそを出しながらグースカと気持ちよさそうに寝てやがった。
くっそー。
どっちの交代のタイミングで寝たっけー。
「っていうか、敵は!」
「んむ。まだ動き出しとらんぞ──」
ぬぉ!
「び、びっくりしたー……。議長さんいたんだ」
「うむ。なんだかんだとここが一番見張りに良いしの」
それはそう。
そのために敵前に配置したんだし──……って、ちょっと待てよ。
「議長さんがいるってことは……」
「うむ。ギリギリじゃが完成したぞ。みてみぃ」
お、どれどれ。
戦車長用の双眼鏡を取り出すとスー……と、端から端へと流し見る。
とっくに朝日は昇っているので、もう暗視眼鏡の必要はない。それより、この光景よー。
「お、おぉー…………」
「どうじゃ? 間に合ったであろう」
お、おう。
すげーぜ……。
目の前に広がった光景は、城壁前方のスペースを埋め尽くす鉄条網と、先を尖らせた鉄パイプの群れであった。
いや、畑といってもいい規模だろう。
なにせ群れどころか、何列もそれが続いているのだから。
まさに鉄条網と鉄パイプ馬防柵の畑だ。
「ふふーん! 文字通り、女子供──老人に至るまで動員したからのー。当然じゃ!」
かっかっか! と愉快そうに笑っているが、こいつもほとんど寝ていないのか、目の下に隈がびっしり。
まぁ、責任者だし、しゃーないか。
「まるで、墨俣の一夜城だね」
「なんじゃそれは?」
「ウチの国の歴史ー」
史実かどうかは知らんけどね。
豊臣秀吉のエピソードとしてよく知られている奴だ。
「ふむ。大方、一夜で城でも作ったとかそういう話じゃろ。ありえんありえん」
「いや、アンタが現にやってんじゃん」
城っつーか、野戦築城だけどね。
「ふん。やったにはやったが──……ほれ、あっちのほうをみてみぃ」
「あっちー?」
アークス議長に言われて視線を転じると……おや?
「あっちの方だけなんかみすぼらしくない?」
「うむ。間に合わんとみて、あっちの人員と資材をこっちに回したのじゃ」
え? マヂ?
「それって大丈夫なん?」
一面しか陣地作ってないんじゃ、片手落ちなんじゃ~……。
「その分、戦力で対応する。実際、ここは完全にナガセに任せようと思うしのー」
「ここって……」
え?
ここ? チハたん配置してる……ここ?!
「うむ。オーガに無双したチハたんの前に野戦築城なんぞ必要ないと思ってな。首都全体のうち、工事が間に合ったのは半分ほどかのー」
「それ間に合ってないじゃん!!」
つーか、なんかすげー進捗速度で驚いたけど、ハリボテってこと?!
聞けば、首都全面を築城は不可能と判断し、4か所の工事個所のうち、一か所に人力を集中したらしい。
「ってことは、」
「一番弱い箇所の野戦築城は100%の仕上がり、ほかは40~50%といったところじゃな。うち二か所、ナガセ受け持ちの箇所はゼロじゃ!」
あーん?!
私に空手で戦えってかー?!
「それじゃ、一か所だけしかできてないってことじゃん!」
「じゃから一夜で城なんぞ無理じゃと言っとるんじゃ。夜にできることなど限られとるしのー」
「そ、そうだけど、アンタ思い切ったねー」
つまり、あれか。
ここはマヂで、私のチハたんだけで死守しろってことね……。
「上等じゃーん」
「うむ。……ま、言い出したのは、そこな大使殿じゃがの」
「あん?……アンタなんか言ったの?」
そういやいつの間にか起きていたルーフデスが、双眼鏡を手に、難しそうな顔をしている。
どうやら、こいつの入れ知恵らしいけど、私は聞いてないぞ?
「仕方なかろう。どう考えても資材も時間も人手も足りそうになかったでの。中途半端になるくらいなら、一部でも完成させようと思ったのじゃ」
だからって、ここ空っぽじゃーん。
「この広~い正面をチハたんだけで守るの?!」
「むしろ、余計な障害や援護がない方がやりやすかろう」
「まーそうだけど」
確かに、チハたんが走り回る場所に民兵がいても邪魔だし、
地雷が敷設されていたら怖いわな。
「じゃろ? あとは、向こうの半端な陣地のほうは高ランクの冒険者を集めるそうじゃ──お前の知り合いのなんと言ったかのー」
「ドミトリさん?」
「あーそうじゃそうじゃ、……確か『赤い小さな旋風』といったか? そいつらを中核に高ランクで固めるそうじゃ。」
「……『赤い旋風』じゃなかったっけ?」
「いや、小さなが追加されとったぞ?……なんでも勇者人気がすごくて、つけざるを得なかったとか──」
ぷぷっ。
ミルヒ君人気で、小さな旋風になっちゃったか! うけるー。
「……ってことは、あっちのガッチガチに鉄条網とかで固めた陣地に入るのは──」
「民兵どもじゃな」
やっぱしー。
なんか鉄条網の後ろで不安そうな顔してる老人や少年がいると思ったらそういうことか!
「しかも、なんで全員『刺突爆雷』持ってるの?」
「聖剣ということで、地雷を埋めるついでに配っといたわ。あれくらいの武器がなければ素人にオーガは倒せんよ。手すきは全員城壁に上げたが、それで余った要因はああして、地上で刺突爆雷……聖剣装備で、突撃対策じゃ」
お前も刺突爆雷て言っとるやんけ。
「しっかし、なんていうか──うーん」
老人と子供が粗末な装備で、刺突爆雷を抱えてぶるぶるしてるのって……。
「……末期の独裁国家くせー」
え?
ベルリン1945ですか?
パンツァーファウスト持った国民突撃隊的な?
「ま、末期で悪かったのぉ! ったく、大使殿の策がうまくいきませんでしたら、正式に竜人族の里に苦情を入れますからな!」
「その時に国が残っとったら好きにせい」
それは本当にそう。
「ふんっ。まぁ……ほかに策があるでもなし。ワシらにできるのは国民を鼓舞して前線に立たせることだけよ」
「それでよい。……さて、オーガどもめ。朝になったら来ると思ったが、どうやら一夜城に驚いておるようじゃの」
そうなん?
「つーか、いるの?」
焦げた森しか見えなーい。
「おるおる。山ほどおるわ。……しかも、この気配──間違いなく指揮官クラスがおるぞ?」
「えー? どこー?」
いるとしたら森の際だよねー?
うーん……。いる??
「なんか、燃え残った木々しか見えないけど──……あとはごつごつした岩」
って、あれ?
あんなとこに岩ってあったっけ? 確か機能、燃やした時にはそんなものは……って、まさか!
「おーよ、あれが全部偽装したオーガどもよ。どうじゃ? 昨日のが威力偵察といった意味が分かったかー?」
「わ、わかったっていうか──……数百はいるじゃん!!」
それとわかってみれば、いるわいるわ!
うじゃうじゃいるわ!
よくよく見れば、その辺の草木や泥で顔を汚してオーガが引く姿勢でこちらをじっとうかがっているのが見えに見えまくった。
さらに観察すれば、なるほど……!
首から髑髏や生首を下げた巨体のオーガがひーふーみー……いっぱい!
「げー! なにあいつ! 5mクラスなんだけど!」
「うむ。オーガジェネラルかロードじゃな。単体でSランク相当ぞ。群れともなれば──ベヒモスよりも強敵よ!」
でしょうねぇ!
「うーわ、この世界の強敵って5mクラスがデフォルトなの?!」
人類に過酷すぎじゃね?!
どっかのドラゴン然りさぁ。
「はっ。生物としての限界が大体そのクラスなんじゃろ」
「あー」
そうか、デカくなりすぎたら自重で支えきれなくなるとか、そういうのがあるんだっけ。
……知らんけど。
「っと、さすがにそろそろ来よるか」
「え? なに?! くるって……。うわ、なんか一斉に立ち上がった!!」
双眼鏡の先に見えていあ、黒い影としか認識できなかったオーガどもであるが、こっちが気付いていることを察したのかついに隠れる気もなくしたようだ。
そして、その数よ……!
「す、数百ではきかんのー……」
「うむ、ざっと1000体のオーガか。よくもまぁ、あの数を集めたものよ」
ひぇー。
あれで1000体もいるの?!
「多すぎね?!」
「うぅむ。多いな……。オーガは巨体故燃費が悪い。あの数を養うエネルギーは、国家クラスでないと補えないはず──この数、なにか裏があるとみてよいぞ」
げー。
なんか、その手の話最近よく聞くんですけどぉ。
「し、しかし、今はまずはあの数をなんとかせねばなりませんな」
「その通りじゃ。……おい、お前はさっさと指揮所にいって指揮をとらんか。ここは我とナガセに任せい」
「ルルもいるー」
そそ。
うちはルルと私、ルーフデスの3人ファミリーだぜぇ。
「そうであったな。……わかったなら、お主はあの陣地、抜かれるなよ!」
「しょ、承知した! ここはお任せしますぞ!」
「おう!」「任された」「あーい!」
三者三様。
私たちは自身満々にアークス議長を見送ったところで、主砲に砲弾を装填するのであった。
それが戦闘が始まるほんの数分前のこと──……。
「……ま。千体だろうだなんだろうが余裕っしょ!!」
なにせ、こっちはチハたんだぜー!
一気に蹴散らしてやるー!
※ ※ ※
──ゴォァァァアアアアアアア!!
焼け森のほうから響いてきた蛮声に、首都全体が動揺したように震える。
それと同時にズシンズシンと大地が揺れる。
これは……。
「うむ! 来よったようじゃの!」
「うっひゃー……一斉攻撃って奴ぅ?」
森から立ち上がったのは無数のオーガの群れ!
いつぞや、オーク城塞で大群を見たことがあるけど、その比ではない。
「しかも、なんか全員武装してない?!」
「しとるのー。大半は丸太やらこん棒じゃが、一部には鉄の武器か──……」
見ればどっかの教会からパクってきたのか、鐘楼の金やらシンボルやら。
他にも人間から奪ったのか、本来なら斬馬刀なんて言われそうな大剣やらと統一感はないものの、ギラギラと光る得物を構えて一斉に突撃を仕掛けて来た。
昨日の連中とは明らかに気合が違う。
「ナガセ~。もう、うつー?」
地面に伏せて、九七式自動砲を構えたルルがチラリとこちらを振り返る。
彼女の周りには昨日のうちに準備しておいた火器が満載だ。
九二式重機関銃×3
九九式軽機関銃×1
八九式重擲弾筒×1
そして、九七式自動砲が二挺と至れり尽くせり。
当然周囲には弾薬が積み上げられている。
「んー。もうちょっと引きつけようかな?」
「そうじゃの。連中こっちを舐めてかかっておるわ。昨日痛い目を見たばかりなのに、今日も数で押せば叩けると踏んでおるようじゃの」
その証拠に、オーガの主攻は明らかにこっちを向いていた。
「まぁ、見た感じこっちには陣地もないし、兵もいないもんねー」
そりゃ、こっちを攻めるわな。
昨日の威力偵察と、夜からの監視を通じて、防備が手薄なところを確認していたのだろう。
祖霊によると、当然、数の上では民兵主体の正面が一番熱い。野戦築城の隊力をそっち向けただけあって分厚い防衛線が敷かれている。
一方で中途半端な陣地には手練れの冒険者たちが配備。
こっちはこっちでかなり手強そうに見えるだろう。
そして、残る二カ所。
一か所は当然私こと長瀬あかりが頑強に守る正面だ。
ここは陣地なし、兵なし、色気な──……。
……まぁ、あれです。
チハたんと3人ファミリーがいるだけの一番防備が手薄に見える箇所だ。
残る一か所はメガモールを展開した広場。
ここは……ある意味チート状態。
閉店モードにしておけば認識疎外が働くのか、無意識的にオーガもその正面を避けようとしている。
まぁ、最悪そっちに攻撃が向いても、警戒モードにしておいた無人ロボがが期待するだろう。あいつらは侵入者には容赦しないしねー。
「さて、そうなると、実質、守る正面は三カ所ってことよね。そんで、多分こっちに大群が来るって認識でオーケー?」
「うむ。それで間違いない。……みよ、こっちには群れの長らしき、個体がおるであろう」
んー?
群れの長……あー。あれかな?
「なんか、ベヒモスっぽい骸骨を被ってる奴かな?」
「それじゃそれ。奴はオーガロード。……連中の王よ」
へー。
確かに強そう。
兜はベヒモスボーンで、鎧代わりに、腰みのがいっちょう。
ただし武装はあれ──……。
「な~んか、どっかから引っぺがしてきた城門をシールドの代わりに……。武器はあれなに?──モーニングスター?」
……鉄の棒の先に、ジャラジャラしたのがついてるようなー。
「んー。……いや、あれはジベットじゃな」
……ジベット?
「なにそれ?」
「知らんか? ほれ、城塞都市の前なんかに罪人を見せしめに吊るす籠があるじゃろ? あれじゃよあれ。あれを使っておるようじゃのー」
「おー! あれか! なるほどー」
どーりで、なんか人っぽいのが入ってるわけだ。
罰当たりな奴ー。
「それより、そろそろいーんじゃないか?」
「あ。だね!」
森から出て来たオーガたち。
そのまま一斉に駆け出し、遮蔽物から飛び出したその群れは、私たちのほうに500ばかりが指向する!
群れの長であるオーガロードが、ここを抜けと、大音声で叫ぶ!!
『ゴァァァアアアアアアアアアアアアアアアア──!!』
あん。
超目立ってやがる。
「──距離、1000m。風速は横風が2~3m。……いける?」
「いけるー」
伏せたままのルルがクルっと首だけ向けてニッ! と笑う。
いいね。
いい笑顔だ。
「じゃ、あれね。ぶっ飛ばしたら、順次自由射撃──おっけー?」
「オッケー」
おーし、そんじゃおっぱじめようかね。
ゴルァァァ! と叫んで、隊列に飲み込まれたオーガロード。
しかして、その体躯のデカさといい、装備に派手さといい、声のデカさといい────……まるで撃ってくれといっているようなもんだ。
「だったら、遠慮はしないよ────……目標、敵指揮官、指命!!」
「りょ!」
ジャコンッ!!
ルルが構える九七式自動砲の銃口がわずかに動く。
すでに照準はいいらしい──ならば……。
「ってぇぇぇえええ!!」
ドーーーンッ!!
射撃音とともに、ぶわっ! と、地面の草地が衝撃の形にたわんで揺れる。
そして、銃弾──……否、20mmの砲弾の軌跡を描くように、まっすぐに飛びすさり……ボンッ! 命中した。
「ひっとー」
「ナイスキルっ、ルルー♪」
にーっ。
あいかわらずどこで覚えて来たのか、親指を立ててサムズアップのルルちゃん。
んー可愛くて、つよーい!
初撃で撃破だぜー。
「見事じゃのー」
「ふふーん、ウチのルルは最強なんだぜー」
どさりと遅れて倒れるオーガロードが群れに飲み込まれて消えていく。
それに気づいた群れのオーガが何体いたことやら。
「さぁ来い。オーガども、」
──戦争ってものを教えてやるよ!




