第62話「野戦築城」
ほー
ほー
夜行性の鳥が鳴く中、城外に配置したチハたんには、代わる代わる交代で私たちが見張りについていた。
一応、城壁側にも見張りの兵がいるにはいるが、夜目が効くものを配置したとはいっても限界はある。遠くで燻る森の方でうごめくオーガの斥候にまで注視するのは無理というもの。
なので、そこは帝国陸軍パゥワ~で補うという寸法です。
今は、ルルが代わりに配置についているが、彼女にはチハたんに増設した暗視装置の使い方を教えているので、たぶん問題ないだろう。
「──で、その間にこれやってるんだけど……。あー、パワーポイント使うの久しぶりー」
カチャカチャカチャ!
カチャカチャカチャ♪
「ほー。これがパソコンかー。お主の故郷は面白い物であふれとるのー」
まーねー。
ガソスタの事務室にて。
私(店長)の席の隣のオフィスチェアに座ってクルクルやっているのは、今作戦の軍師──ルーフデスだ。
こいつ、こんなアホっぽい顔してるのに、あっという間に日本語をマスターしたうえ、
もともとの知識も豊富で、次々にアイデアを出してきやがる。……アホっぽいのに。
「……馬鹿にしとるのか~?」
「シテナイヨー」
してるけど。
「ったく……。顔に出すぎじゃ──しかし、面白いのぉ、この帝国陸軍の教義というのは」
椅子をクルクルしつつ、
その体勢で、パラパラと例の教範を読み、何度もうなづくルーフデス。
「……それはパソコンより、だいぶ昔の考えだよ? まぁ、このなーろっぱ風の世界だと何百年と先の考えになるんだろうけどね」
軍事教義なんて、血塗られた歴史の上に積み上げられた負の遺産みたいなものだからね。
そういった考えに至るまでに、何億と死体を踏みにじっているのだ。
太古はハンニバルにはじまり、東ローマ帝国のべリサリウス、イングランドの黒太子、そして、ナポレオンに、近世でいえば、日清、日露──第一次世界大戦。
近代軍隊の教義はそのあたりの積み重ねでできている。
なので、完全にこの時代に即応できるかというと相当に怪しいと私は思っているけど、ルーフデスがいうにはそうでもないらしい。
「なーろっぱが何か知らんが。ほれ、ここを見てみぃ。──とくに、工兵操典の対戦車地雷原というのは、なかなか面白いぞ?」
「面白いかなー……」
カチャカチャカチャとパソコンでいじり倒しているのは、そのあたりをわかりやすく図解するためだ。
ちなみに防御準備期間は今夜しかないから超特急で仕上げている。ブラック企業時代の翌日プレゼン資料作成を思い出す突貫作業だぜー。
「うむ。歩兵用地雷と対戦車用地雷を混合して敷設。歩兵と戦車を分離して阻止すべしとある──まさにオーガにはうってつけよー」
「あー。でっかいオーガを戦車、ちっこいオーガを歩兵としてみる、みたいな?」
「その考えでよい──。あとは、地雷の有効活用じゃな。あれは、あるだけで敵を阻止と撃破できる優秀な兵器よ」
「そーなの? マシンガンでバリバリ撃った方が早くない?」
地雷ってあんましいいイメージなんだよねー。
「ふんっ。いくら銃の扱いが容易とはいえ、さすがに一夕一朝というわけにはいかん。撃つだけなら何とでもなるが、装填動作に故障排除──覚えることは無数にある。その点、地雷は信管をつけて埋設するだけでよいからの」
「あー……そのための資料なんだ、これ」
ルーフデスに尻を叩かれながら作っている紙資料は町の防衛隊に配る地雷の使い方や埋設方法らしい。
工兵操典から抜粋しているので、正直私にはちんぷんかんぷんだ。
図解することで分かりやすくなっているが、理論までは理解しきれない。
「素人は深く考えんでもよい。言われたとおりに動け」
「誰が素人か」
まぁ、素人だけど。
「とりあえず、地雷の解説とかはこんなもんだけど、あとは鉄条網の張り方とか、対戦車杭っていうの?……こんなんいる〜?」
「いるいる。地雷で完全に止めるのは無理じゃ」
えー。
「一列にずらっと並べればいいじゃん」
「馬鹿垂れ、誘爆するわい。じゃから適切な埋設間隔というのがあるのじゃ。……まぁ、オーガは初見じゃから地上敷設でもよいかもしれんが、学習されたらことじゃからな」
あー……。
そっか、キッツキツに地雷を並べたら、隣のを踏んだ時点でパカスカ誘爆して意味ないってことねー。
「あ、じゃあ、この教範にのってる対戦車壕とかは? チハたんでブルドーザーの代わりをしたらあっという間じゃない? 町の人に掘ってもらってもいいしー」
「馬鹿モン。オーガ相手に意味などあるか。むしろ、隠れ場所を用意してやるようなもんじゃ。したり顔でお主の世界のドクトリンをそのまま持ち込んでも使えんぞ」
ぬー。
そういえば、オーガの登攀能力は半端ないって言ってたねー。
「……あんた色々考えてんのねー」
「お主より何十倍も生きておるからの──お、そろそろいいんじゃないか?」
「ん」
たったか、たーーーーん♪
「……はい。んじゃ、これ、赤入れしてー」
「おう、任せい」
ジージキジキジキー……がー。
プリントアウトしたそれをルーフデスに渡す。
図解で分かりにくいところ、あとは、この世界の言語に置き換える作業などなどだ。なんか上司に稟議書渡してる気分になるけど……まぁいいや。
「ふーむ……。こんなところかの」
「うぇ〜。結構がっつり直したねー」
赤ペンたっぷり。
うっ……昔を思い出して、頭が──。
「……15分頂戴」
「うむ。それで直せるなら早いモノよ」
ふふん。
元OL舐めんなよー。ただのガソスタ系女子だと思ったら大間違いだぜー。
カタカタカタ、
タッタカターーーーン!
「どやぁ!」
13分で直してやったぜ。
「おー……! たいしたもんじゃ。文字はどうするのかと思ったが、画像取り込みか、よく思いついたの」
「さすがにこの世界の文字までパソコンに入ってないからねー。今だとAIで学習とかさせられそうだけど」
ゴーグル先生とか優秀だしね。
ま、たまに平気な顔して嘘つくけどー。
「うむ、これでよかろう。あとはコピーして、アークスどもに配ればよい」
「それも超特急だよねー。……はぁ、なんで徹夜で働く羽目になってんだろうなー」
奥の仮眠室でさっさと寝たーい。
「今日くらいは我慢せい。お主が言ったのじゃろう? 乗り掛かった舟だと」
へいへい、その通りですねっと。
そんじゃ、コンビニでコピーして、あとは──……。
「工兵機材を大量に増やして配りますかー!」
地雷とか地雷とか、
地雷とかーーーー!!
「うむ! 我はホームセンターにいくゆえ、開店準備をしておけ」
はいはい。
まったく人使いのあらいドラゴンだよ。
「さ~て、今日はなんだかんだでここから本番かな──」
コピーを配布して、
工兵機材を増やして、
ホームセンターで資材を購入して……。
ん?
何をするつもりかって? そりゃー見てのお楽しみですよ!
※ ※ ※ ※
数時間後……。
キュィィィイイイイイイン!
ガリガリガリガリガリガリッ!!
けたたましい音が響き渡る首都全面。
騒音から離れた城壁外にポツンとたたずむ一式砲戦車に私は向かった。
「お疲れー、ルルー」
「あ、ナガセー!」
ぐりぐりー。
眠そうな顔で暗視装置を睨んでいたルルが、パっと顔をほころばせて私に飛び込んできた。
「オゴゥ……。ちょ、ちょっとは加減して」
かわいいけど、
ルルちゃんそこそこ大きいんだからね?
「んー!」
「わかってないでしょ。まぁいいけど」
撫でりこ撫でりこ
さーて、存分に可愛い頭を撫でたところでそろそろ、交代。子供は寝る時間……。
「──おぉ、ナガセ。ここにおったか!」
「ん? 議長さんどうしたの?」
ルルと簡単な見張りの引継ぎをしていたら、なんと議長さんまで登場。
……総指揮官が何やってんだか。
「どうもこうも、進捗の報告じゃ──見ての通り、なんとかなりそうじゃぞ」
なんとかって……。
ちらりと騒音が響く闇の奥を見ると、減光した明かりの下でもくもくと働く作業員たち。
……あれのことかな?
「んー、私に報告とかいらないよー。指揮官はあんたなんだからね」
そもそも言われてもわかんないし。
「う、うむ。しかしのー。初めての試み故──心配なのじゃよ」
心配ねー。
まぁ、明日になれば激戦だもんねー。
そう思いつつ、準備が順調という状況を暗視装置越しにご覧じることに。
ガキーンガキーンガキーン!
ガーンガーーンガーーーーン! ザラララ……。
「……つーか、本当に女子供も働かしてるのね」
「当然じゃ、町の一大事故、個々の不満など構ってはおれんわ」
ほー。
さすが、ダメな方の赤い国……。不満を国家命令で押し込めるとか、すげー。
「しかし、さっきも言ったけど、私じゃ順調かどうかなんてわかんないよ? これ、ほとんどルーフデスの言い出したことだし」
「そうなんだがのー。まぁ、素人のワシが見るよりはわかろう?」
まーそうかもだけど。
私も別に軍事の玄人ってわけじゃないのよ?
なんかチハたんを召喚したときに多少は軍事知識も脳内にインストールされたっぽいけど、あくまでもイチ戦車兵の視点程度だからなー。
「んー。まぁ、見た感じだと進捗率50%より下じゃない? 夜明けまでにギリ間に合わないくらいかもー」
「む? そうか? 作業長からは順調と聞いておるが……」
そりゃそう言うでしょ。
赤い国ならなおのこと──。
「報告を鵜呑みにしちゃダメだよ。そのためにわざわざ現場に足運んでるんでしょ? だったら、自分である程度監督しなきゃ」
「むー。そうか、たしかに、上司に言われて『間に合いませんです』……とは言えんわな」
そういうことー。
「わかってるならケツを叩いてきな。どうせみんなわからないなりにやってるんだから、アンタはわかった顔でハッタリかませばいいんだよー」
「ぬー。ハッタリか」
そそ。
わかったふりで、「おい! ここ遅いぞ!」とかそんな感じでねー。
やりすぎると逆効果だけど。
「工事の基本は「段取り」と「どんぶり」と「はったり」だよ」
「ほっ。言いよるわー」
当然っしょ。
こちとら、元ブラック企業で勤めで、現ガソスタ店長よー!
「じゃが、その言葉気に入ったぞ。準備が大事で、資材や人員はミリミリに管理することもなく、余裕を持たせつつ、知識も雑ながら指揮官はドンとしておれということじゃな!」
「……お、おう。そ、そうだよ!」
うん。
そこまで深い意味ではない。
けど、納得してくれたならそれでよし!
「わかった、それでは行ってくる」
「あいよー。……あ、ホームセンターの資材代はあとで請求するからねー!」
「わかっとる! ちゃんと払うわ。……国が残ってたらじゃがの」
それはそう。
そのためにも、こっちも頑張らないとね──。
「……ルル、敵さんに変化は?」
「とくにないー」
ほんとにぃ?
「ま、いいや、ちょっと交代ね。ルルは寝てていいよ」
「んーん、おきてる」
そ?
ならいいけど。
「はい、夜食」
「ありがとー!」
にぱー♪
「うぐっ!」
あまりにイノセントスマイルに思わずのけぞるナガセさんがここにいるぜぇ。
くそぅ、たかがカップ麺でこんな顔されちゃ、親心がくすぐられてしまう……独身だけどね。
「……しっかし、連中──今夜は動かないと決めてやがるねー」
じーっ……と、ドイツ製っぽい戦車用の暗視眼鏡を覗くと、うすぼんやりと森の際が見えてくる。
視野は狭いし、よく見えないけど──闇の中で光るオーガの目だけはよく見えた。
その双眸がいくつも燃えて燻る森のあちこちに見える。
どうやら、あれがオーガナイトシーカーとやららしい。
──夜行性のオーガ、か。
小型で種族的にはゴブリンより少々デカくて強い程度らしいが、厄介なことに夜間の行動に特化している種族らしい。
まぁ、幸いにも数が少なく、そいつらが夜襲を仕掛けてくるというような気配はない。それでも、もし、そうなるならチハたんで一発ブチかましてやるつもりだったけど、現状撃って追い散らすほどの脅威も感じない。
何より、下手に手を出してオーガが本気になっても困るし、今は様子見だね。
「おーい、ナガセよ」
「ん? 今度はルーフデスか? なに、どーしたの?」
なんか議長とキャラ被るから、微妙に困る傲慢竜人族のルーフデスが無警戒にテフテフ歩いてくる。
「どうもこうも、いい匂いしとるなーっと」
「あー。飯につられてきたの?」
悪いけど、カップ麺はルルの分だけだわ。
「これ食っといて」
「む。乾パンか。……仕方あるまい」
贅沢言うなし。
これならチハたんに山のようにあるから食い放題だぞー。
「で、本題は?」
「おう。資材の方はなんとか足りそうじゃ──暇そうなギルマスにホームセンターを任せてきたわぃ」
あー。それで手が空いたのか。
今の工事の資材はホームセンターからの持ち出した。そこから買い出し、加工、運搬、設置と町の住民は大忙しだが、おかげでレジもひっきりなし。
ルーフデスもそこに配置していたのだが、どうやら飽きたらしい。
「あのギルマスで大丈夫?」
「最悪、無人レジがあるしいいじゃろ」
そうなんだけどねー。
無人ロボ、優秀だけどおっそいんだよなー。
一応確認しとくかー。
えっと、戦車の無線機は、っと──。
ザザッ、
「あろーあろー。こちらナガセー。バイトさんどーぞー」
ザッ
『誰が、バイトだよ! いきなり、こっちのレジもやれだなんて無茶苦茶だよ! どーぞ!』
おー。
なんだかんだでちゃんとやってるらしい。
無線の先で、キュィィィイイイイン! と電ノコなんかが起動している音が聞こえてきた。
「順調ならいいですー。そっちはよろしくねー。どーぞ」
ザー!
『今の話でどう順豊なのか、小一時間は聞きたいねー! あ、お客様、それは小袋単位でしか扱っておりませんのでー!……どーぞ』
ワッシャかな?
それか雌ネジのバラ売り。
「順調らしいね。交信終わりー」『あ、ちょ』
ブツンッ!
「じゃろ~? あれはあれで優秀よ。長年エルフをやっておるだけはある」
それ関係ある?
ま、いいや。
「そんじゃ、アンタは議長さんの様子見てきてやってよ。だいぶ緊張してたし、あっぷあっぷぽかったよ」
「ふん。一国の長がそんなことでどうする。……まったく世話の焼ける──」
とかいいつつ、テフテフと闇の奥に歩いていくルーフデス。
なんだかんだで面倒見にいいやつ──。
「ナガセ―。ごちそーさま」
「ん? あ、ごみはビニールにまとめといて──あと、マヂでちょっとは寝なー」
子供は寝る時間だしね。
しっかし、あと数時間で夜明け──……これ、本当に間に合うのかなー。
──私は暗視装置越しにもう一度作業現場を見通した。
ガーンガーーーンガーーーーン!
ガギーンガキーンガキーーーン! ざららら……。
そこには、ホームセンターから購入した大量の有刺鉄線に金属杭を、同じくホームセンターで購入したスレッジハンマーで打ち込む女子供たち。
そして、先をとがらした鉄パイプに……大量の対戦車地雷と対人地雷を、ホームセンター謹製の金属スコップにつるはしをふるって、老人たちが埋設しているという現場であった。
「……野戦築城、か」
工兵操典に書かれていた旧日本軍の戦術のそれと、今目の前に広がっている光景を透かしみつつ、独りごちる
……夜明けまであと数時間。
その間に、首都は全力をもって明日のオーガ戦に備えていた。




