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第1話 碧海のハルリス・始まりは黄昏の下で⑦

 意気消沈するティアを慰めた後、夕食を三人で食べたのだった。

 意外ではあったが、ティアはエレナとすぐに意気があって愉し気な会話を続けていたのだった。

 正直俺が一番心配していたことがエレナとティアの仲だ。

 俺はティアのことを知っているからもう抵抗はないが、エレナがティアのことを、もしくはティアがエレナのことを快く思うかどうかはわからなかったのだ。

 だからこの光景を見て一つの不安が拭い去られた気分になれた。

 それから食事が終わると俺とティアはコンビニまでアイスを買いに行くことにした。

 エレナは家で食後の片づけをしてくれている。代わりに買い忘れたデザートを買ってきてほしいというエレナの頼みを聞いている最中だった。


「エレナさんに任せてよかったの? 体調もこととかもあるんでしょ?」


 と、隣で歩くティアが訊ねてくる。

 夏という季節に相応しい熱気の含んだ夜風に当たりながら、俺たちはアイスを買い終え、帰り道である近くの公園を歩いていた。


「それに関しては問題ない。あいつはもう健康そのものだし、あいつ自身がやりたいって言ってるんだ。希望には沿わせたい」

「気を遣わせちゃったかな」

「事実、気を遣ってるんだろ。あいつにとって久々のことだからな。他の誰かを家に招いて食事をするなんて」

「そっか。悪いことをしたかな」

「そんなことないさ。あいつにとっては嬉しいことなんだよ。だから気にするなって」

「そうだと安心だよ」


 カツカツカツとレンガの道を歩く。

 周りには誰一人おらず、そのおかげかはっきりと聞こえてくる虫の音は心を穏やかにさせてくれる。

 空を見上げてみると雲一つない透き通った星空。

 散りばめられた光の点は様々な模様を映し出す。

 綺麗で毎度のことながら見惚れてしまいそうだったが、隣に歩く少女を意識するとつい考えてしまう。

 空で輝く星座こそがティアを苦しめる元凶なのだと。

 だから、今この瞬間は黄道十二星座を見ることが出来なくてよかった。


「――綺麗だね」


 そう、隣で声がする。


「ん?」


 首を傾げる。

 夜空のことか? と思いもしたが違ったらしく、


「エレナさん。綺麗な人だね」


 とティアは続けた。


「そうか?」

「うん、とても。わたしあんな雰囲気の人とは初めて話したかも」

「俺からしたら、お前の友達のニコルって娘のほうが綺麗だと思うけどな」


 エレナは俺の家族だから見慣れているっていうのはあるだろう。

 だから、俺から見て綺麗な人と言うイメージ像をティアの友人から挙げてみた。

 ティアは俺の言葉が意外だったらしく「えー」と不審がる声を発した。


「ニコルちゃんが? うーん。……いやいや、ニコルちゃんは違うよ。部活してるところとか見たことある? 男前だよ。かっこいい、が適切じゃない?」

「知ってるよ。バスケ部だろ。だけど俺が言ってるのは性格とか見た目じゃなくて雰囲気が、だよ」


 ふむふむ、とティアは思考する。


「え、もしかしてロイドくん」


 そして出た答えがこれだった。


「ニコルちゃんのこと、気にしちゃってる?」


 フフフ、とニヤケ顔のティア。


「何を言ってるんだ。そんなわけないだろ」

「なんだ、面白くないなぁ。全然焦るそぶりもないし」

「面白くなくて結構だ」


 と会話が終わりまた、空気が静まる。

 沈んだ気持ちの表れだろうか。けれど、今は隣にティアがいてそんな気分になる場面ではない。

 何故だろう。夏の真っただ中だというのに、身体が震えてきた。気持ちのいいはずの暖かい夜風が一段と涼しく感じる。

 それはティアも感じ取ったようで腕をさする。


「ねえロイドくん。なんだか寒くない?」

「ああ、奇妙だな。原因は……」


 と考えたところで分かるはずもない。残念ながら自然の異常現象についての知識は乏しかったりする。

 こういう奇妙なことが起これば、やはり魔術師としては魔術に関する現象につなげてしまいがちである。

 悪い癖だったが、辺りを見渡しとりあえずは状況を確認しようとした。何かがつかめるかもしれない、と。そんな期待を持って。

 そうしようと考えた瞬間、ざざ、と地面を踏む音がする。

 背後に突然、今までなかった気配が現れたのだ。


「――誰だ!」


 気配のした方向に対してティアを庇うように構える。

 何だ、この奇妙な気配は。

 魔術師? いや、魔力はほとんど感じない。とはいえ普通の人間だとも思えない。暗闇から現れた気配。やってくるそれは黒のスーツで身を固め、白の仮面で顔を隠した薄緑髪の男だった。

 体格は俺と変わらないくらいで大柄でもなければ小柄でもなく、平均より少し高いくらいの身長。

 見た目だけを取るならば、奇妙と思えど決して恐れの対象にはならないはず。しかし、悠然としたその佇まいに妙な不安を抱いた。


「下がれ、ティア」

「う、うん。わかった」


 何かを感じとったのか、珍しくティアは弱々しく俺の後ろに隠れる。

 その様子を見てか、仮面の男はやれやれと肩をすくめる。


「そうか、ティア・パーシス。よかったよ、君はまだ君のままなんだね」


 そんな意味不明な言葉をささやく男はさらに歩を進め俺たちに近づいてくる。


「何を訳の分からないことを」

「気にする必要は無い。君には関係のないことだ。僕は君ではなくティアさんに用があるんだ。しばらくの間彼女と二人で話をさせてほしいのだけれど、いいかな」


 そして進める歩を止めて立ちはだかる壁のように俺たちと対峙する。

 その距離に俺は警戒心を覚えた。俺と仮面の男の距離は実に十メートルほど。ちょうど俺の得意な魔術の射程距離外に位置する場所だったのだ。それ以上離れてしまうと命中率は格段に下がってしまう。

 俺はその弱みを誰にも話してはいない。知っているとするならば、それはティアを始め俺の魔術を見た人だけ。しかし、仮面の男に俺は心当たりがない。その姿も、その声も。

 念のためティアにあの男のことに心当たりがあるか聞いてみるも、知らないと首を振る。であるならば、警戒心はまだ解くべきではないだろう。


「おまえは何者だ。何が目的でティアを連れて行こうとする」


 まさか夕方にジルから教えられた件に関係しているのでは、と予感するも目の前の男から全く予想しなかった答えが返ってきた。


「彼女を守るため。と言ったら君は信じてくれるかい?」

「は? そんなの信じるわけないだろ。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。信じてほしいのなら事情を話すなりその仮面を取るなりしてみたらどうなんだ」

「それは君の言う通りでもあるよ。そうしたいのもやまやまではある。けれど、こちらにも事情があってね。残念ながら君に事情を話すわけにはいかないし、この仮面を外すわけにもいかないんだ」


 もう訳が分からなかった。

 この時点でのあいつの印象は、関わってはいけない人物、だ。


「行こう、ティア」


 そう逃避を考えたところで、逃がすまいと仮面の男は駆ける。


「残念ながらもう始まってしまったんだ。あと数日ともたないだろう。この街は能力者にとって地獄と化す。だから腕づくでいかせてもらうよ」


 獣じみたその俊敏さで、一直線に疾走する。

 狙いはおそらくティアの身柄。

 俺は立ち塞がるように仮面の男に立ち向かった。

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