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第1話 碧海のハルリス・始まりは黄昏の下で⑧

 仮面の男が駆ける。両手には何らかの力で強化を施した黒の革手袋。どのような効果があるのかは不明だが、ロイドは一旦は性能強化のみであると仮定して挑む。

 速度も捉えきれないものではない。自分から射程範囲内に入ってきてくれたのだ。こちらに辿り着く前に魔力で炎の剣を形成し迎え撃つ。


「燃えろッ!!」


 ロイドが振り下ろした炎の剣。それは仮面の男には届かない。

 片手で炎を難なく受け止め、その動きを停止させる。


「ぬるいな。このようなもの、炎とは言えないな」


 そのまま剣をはじき返し、仮面の男は拳をロイドの顔面目掛けて放つ。


「――くっ」


 だが、その拳もロイドには届かない。

 突如発生した爆音。それはロイドが自身と仮面の男の間に発生させた炎の塊。それを瞬時に暴発させ、その衝撃で二人の距離を離させたのだった。


「なんとも強引な手だ。もう少しスマートなやり方はなかったのかい?」


 狼狽える様子を見せるも、しかしその声は平静を保ったまま。爆破に巻き込まれようと仮面の男は傷一つ負っていなかった。


「まさかこれを素手ではじき返すなんてな。傷も負ってないようだし。それ、どんな手品を使ったんだ」


 不思議に思うロイド。だが、ロイドには見えていたのだ。その一瞬の出来事を。

 爆発の瞬間、確かに仮面の男の腕は負傷していた。しかし、何が理由か高温の熱で焼け焦げたはずのその腕は瞬く間に元の姿に再生したのだ。

 仮面の男はロイドの言葉に答えることなく、再び地を駆ける。

 ロイドも腕に炎を纏わせ迎え撃つ。

 そして繰り広げられる数合におよぶ拳同士の鍔迫り合い。

 しかし、そこでロイドは理解した。

 拳を用いた戦闘において、ロイドは仮面の男に遠くおよばない事実に。

 どれだけ拳を放とうと、仮面の男は軽くいなす。二人の間に体格の差はない。むしろ炎を纏わせているロイドの方が攻撃の範囲が広がり有利と言えよう。しかし、そのような状況をものともせずに仮面の男は対処し続ける。

 まるで力を測られるようで。まるで己の魔術を覗かれるようで。ロイドは戦慄を覚えた。仮面の奥に隠されたその目に、ロイドの全てが見透かされているようで。


「何のつもりだ、おまえは!!」


 そこでロイドは痛恨のミスを犯す。

 相手の技量の高さに飲まれ、正体不明の恐怖に焦り、ロイドは仮面の男に直情的な手段に出てしまったのだ。

 再び炎の剣を生み出し、魔力を増幅させて肥大化させる。それをそのまま目の前の仮面の男に叩きつけた。

 仮面の男はそれを避けようともしない。

 この一撃で決める。

 そのたった一つの感情がロイドを支配してしまった。


「――ロイドくん、下を見て!」


 そんなロイドを我に返らさせてくれたのは、後ろでロイドの戦いを見守っていたティアの声だった。

 ロイドはその声につられ、地面を見る。すると、足元にあるのはひび割れて小さく浮き上がった瓦礫の山。


「――ッ!」


 何が来るのか理解できたわけではない。ただ嫌な予感がしたのだ。

 それはかつてロイド自身が使った戦術に酷似していて――


「やはり脆いな、君は」


 瞬間、黒い棘のような影がロイド目掛けて突き出された。

 まずい。避けなければ。

 そう思考するも、炎の剣を振り下ろそうとしていたロイドにそれを避ける余裕などなかった。

 ならば、その棘に貫かれようともこの炎を振り下ろし直撃させる。

 そう覚悟したロイド。


「……」


 しかし、覚悟していた痛みは一向に感じない。

 それよりも何故か感じる凍るような肌寒さ。

 気が付けばそこは、白い冷気に覆われた氷の世界に変貌していたのだ。

 ロイドが振り上げていた炎の剣も掻き消されていた。

 地面から飛び出してきた棘のような何かも氷漬けにされて停止していた。

 ロイドと仮面の男との間には分厚い氷の壁が生み出され、それが二人の戦闘を強制的に中断させたのだ。


「そこまでだ、仮面の男」


 白い冷気の奥から現れたのはソフトハットをかぶり、夏に似つかわしくないストールを首に巻いた長身の男だった。


「おいおい、そこの怪しい仮面の君。たとえ君にどのような理由があろうとも、夜の男女の逢瀬を邪魔するのは感心しないね」

「……」

「何か言ったらどうだい。しかし、無言とはますます怪しいね。……おや、まさかの三角関係? やめてくれよ。自分で入ってきてなんだけど、こんなどろどろした場面には付き合いきれないぜ」


 へらへらと不敵な笑みを浮かべる男は、その態度に似つかわずロイドと仮面の男の二人を相手に牽制し対立する。

 仮面の男はこの状況が不愉快に感じたのか肩をすくめて囁いた。


「邪魔が入ったようだ。続きはまたいずれ」


 言い終えた瞬間、地面から仮面の男の周りを囲むように棘が出現する。棘は仮面の男を包み込み、そして地面の中に引きずり込むようにして消えていった。

 そのまま仮面の男の気配は消滅する。

 この戦闘に一旦けりがついたようだった。


「おっと、しまった。逃がしてしまったか」


 そうわざとらしく嘯く男は、ロイドとティアを見てまた微笑む。


「あんた、いったい何者だ?」

「ん、俺か? 俺はユリウスっていうんだ。よろしくな、炎の魔術師と可愛らしいお嬢さん」



          ◇



 仮面の男との戦闘を終えた俺たちは、割り込んできた奇妙な男、ユリウスと共に近くのレストランに脚を運んだのだった。

 強引に連れていかれるように店に入った俺とティアだったが、ユリウスの醸し出す気さくな雰囲気に、半ば警戒心は解けていったのだった。


「あれ? 珈琲だけでいいのかい、二人とも。遠慮せずに欲しいものを頼みなよ」


 ミートスパゲッティを口にしながら訊いてくるユリウス。

 隣に座るティアはメニューに載っているカルボナーラの写真を凝視している。

 食べたいんだろうなー、と思いながらも「いや、俺たちはもう夕食を終えてるから」と断る。

 その答えにユリウスは残念そうな表情を浮かべる。


「そうだったのか。じゃあ仕方がないな、少しの間ゆっくりしていくといい。疲れてるだろ」


 帰してはくれないんだ。なんとしてでも何かを奢りたかった様子の彼。いい人そうだが、どこかやはり怪しさも同時に感じる男だった。


「あんた、一体何者なんだ?」

「俺はユリウスだ。ユリウス・シルヴィオ。氷を操る魔術師さ」

「いや、そういう答えは求めていない」

「ん? じゃあなんて答えたらいいんだ」

「どこの誰かって話だ。氷の魔術師だなんて言われても、もう知っているとしか言えないし、あんたが何者なのかが全く伝わってこない」

「それもそうだ。じゃあこれならどうだい」


 と言って、胸ポケットから名刺入れを取り出す。その中から何かが書かれたカードを一枚渡してきた。受け取ってみると、それは確かに名刺そのもので彼の職場と役職の情報が書かれている。


「名刺? えっと、なになに……ん? ――これは!」


 つい大きな声で驚いてしまった。


「え、なに? どうしたの、ロイドくん」

「ティア、これはすごいぞ。見てみろよ」


 ここだよここ、と見てほしい部分に指をさしながら名刺をティアに渡す。


「えっと、『レ・クリエール パティシエ ユリウス・シルヴィオ』。うーん、お菓子屋さんの人? すごい人なのかな?」


 何がすごいのか分かっていないティア。

 それもそうか。ティアはこの街の出身じゃないし、加えてテレジア以外の知識がどうしようもなく乏しいのだ。だからこそ、俺はそんな彼女にこの凄さを伝えようとムキになってしまった。


「すごいも何も、レ・クリエールと言えばハルリスを代表するスイーツ店だ。そのパティシエとなるとかなりの凄腕だぞ。あと今やっと思い出した。ユリウスっていえば去年の夏至祭であり得ないくらいに芸術のようなケーキを披露してくれたんだ。優勝を勝ち取れたのも間違いなくユリウスさんの力あってのことだって言われているほど。その容姿や雰囲気から巷では氷の造形師とまで言われているんだ。ああそうか、その秘密は魔術師だったことにあるのか。だったら納得だ。ずっと思っていたんだよ。あの美しさが人のみの力で表現できるはずがない。何か裏があるって。ああ、解ってすっきりしたよ――」


 と熱くなったところでティアからポンポンと肩を叩かれる。


「ロイドくん。全く伝わらないから」


 もの言いたげな薄眼で見つめてくるティア。


「う……」


 対面に座るユリウスさんも苦笑いを浮かべていた。


「あの、君。俺のことで盛り上がってくれるのは嬉しいけど、ほどほどにな。それと俺の作るスイーツには魔術は一切関係ない。あれは俺自身の人間の手で作り上げたものだ、とだけは言っておこう」

「あ、ああ。すまない。勝手な想像をしてしまった。謝るよ」

「気にするな。勘違いは誰にでもある。それよりもそんなに興味を持っていてくれて嬉しいよ」

「――!」


 あれ?

 一瞬だけこの人のことを格好いいって思ってしまった?

 不覚。ロイド、一生の不覚。

 と、考えていると次はティアが質問を投げかけた。


「でも、なんでそのような人が魔術師をしているの? 魔術師って魔術以外のことはほとんど興味がないってイメージだけれど」

「そういう人も確かにいるね。というより俺が変わってるって意味だけど。俺はただ魔術をつかえるってだけだ。

 親が魔術師だったんだけれど、俺自身が特に研究や鍛錬をしているわけじゃないから元魔術師ってところかな。だから本業は名刺の通りただのお菓子屋さんだ」

「ふーん。わたしのおじさんとは全然違うね。あの人は魔術のことばかり考えてるから」

「おじさん? 君の親戚には魔術師がいるのかい?」

「うん。今までずっと育ててくれて、いろんなことを教えてくれた。ちょっと、……とっても厳しい人だけど」

「でも、すごく優しくて頼りになる人、かな」

「うん。そうだよ。その通り」


 マーベルさんのことを良く言われて嬉しそうにはにかむティア。


「へえ、じゃあそこにいる彼とどっちが頼りになるのかな?」

「うーん、まだおじさんの方かな」


 即答したティアにユリウスさんは俺に向かって「負けたね、君」と微笑んだ。

 マーベルさんがすごくて頼りがいがあるのは解るけれど、こうもはっきり言われた上に初対面の人にいじられるなんて。急に恥ずかしくなった。


「うるさいうるさい。もうその話は終わりでいいじゃないか。そんなことよりさ、あの仮面の男は何者なんだ。もし知っているのなら教えてくれないか」


 そう話をそらす。すぐにでも別の話題に切り替えたいというのもあるが、同時に訊いておきたいこともあったのだ。

 ユリウスさんは「そうだな……」と深刻そうな顔をして腕を組む。

 それほどに危険な人物なのだろうか。しかしあの場面を思い返せばそう思えもする。全てを飲み込み氷漬けにするユリウスさんの魔術を前にしても、あの男は一歩も退かず狼狽えはしなかったのだから。

 数秒の沈黙が続く。そして――


「…………分からん!」


 そうはっきりと宣言した。


「はい?」

「だから分からん」

「……」

「いやね、何かをしようと企んでいるのは確かなんだ。現に君たちに襲い掛かってきたんだろ。あの時、君たちと仮面の男との間でどのようなやり取りがあったのかは知らないけどね。あの男の目的に君たちが必要なのだとしたら、防ぐ以外に手はないだろ」

「呆れた。結局は確信もなしに悪者扱いして追いかけていたのかよ」

「確信はないが、予感ははあるさ。それに俺もこの街出身の人間だ。何か悪さをされそうに感じたら未然に防ぎたくなる。君にはないのかい。そのような感情が」

「それは……」

「はい! わたしにもあります。街の全体ってなると難しいですけど、少なくともわたしの通っている学校や友達に危害が加わりそうなら、力の限り助けになりたいって思います」

「おお、共感してくれて嬉しいよ」


 そうしてティアは陽気な雰囲気でユリウスさんと話をする。

 まるで久々に会った友人との会話のようで話がはずんでいた。

 そんな状況に若干の不満を覚えた。


「あれ、つまらないかい。もしかして、俺ばかりがティアさんと話していることに嫉妬してるんじゃ――」

「そんなことないよ。そんなことない」


 不愛想に言い返してしまった俺。

 ちょっと言い過ぎたかな、とユリウスさんは反省した表情をして頬を掻く。


「ああ、そうだ。どうせだし、この出会いを祝福して君たちに一つ告知をしておこう」


 そして人差し指を立てて告知する。


「今度の夏至祭。俺の店もイベントを計画してるからぜひ来てくれよな。君たちのためにも特別メニューを用意しておこう」

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