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第1話 碧海のハルリス・始まりは黄昏の下で⑤

 ロイド・エルケンス。それが俺の名前だ。

 十九歳の大学二年生で、知っての通りハルリス学院大学という大学に通っている。

 専攻は歴史学なのだが、正直将来の役に立つかと問われれば答えづらい一面はある。しかし、この街の成り立ちや文化の移り変わり、古くから伝わる言い伝えなどはなかなかに興味深い。

 俺の秘密に関することについても多少のつながりが見える部分もあるので、少なくとも俺の『今』は十分役に立っている。

 プライベートのことを話すならば、小さいころからこのハルリスの街で暮らしていて、今は訳あって妹と二人で暮らしている。生きていくには十分な支援も受けており、贅沢しない限りはお金に困ることはない。

 でも、どこの誰が支援してくれているのかは支援者の希望らしいが公開してくれないのだ。これではお礼を言うこともままならない。そこがとてももどかしい。


 口に出して言える自己紹介と言えばこれくらいだろう。

 と、そのように表現したのも理由はある。

 もちろんそこには逆の意味、口に出せない自己紹介があるからだ。

 エイラやライノ、アイリには決して知られてはいけない真実。

 それは自分が魔術師だということだ。

 この世界には魔力という物質があり、それは空気のようにこの世界に充満している。ただ、空気と比べればその量は無いに等しいかもしれないけれど。

 そんな魔力を用いる常軌を逸した人間。この世界には存在していないとされている種族。それが魔術師と呼ばれている。彼らはそれぞれがそれぞれの目的を果たすために自らの意思で魔術師となり、日々鍛練している。

 しかし、俺にとって魔術は研究対象ではなくただの道具だ。あくまでエレナを守るための手段として手に入れた力だ。

 生涯魔術の研究をしていこうだなんてことは考えていないし、他の魔術師のように執着もない。他に代わる力があるのならそちらに手を出してもいいくらいに。

 しかし、そうなると個人の力ではどうにもならないものばかり。拳銃やナイフならまだしも戦闘機なんてものになると論外だ。全くもって話にならない。

 そこで、俺がエレナを守るために魔術の道を進んだ結果、手に入れようとしてしまった脅威があった。

 星座の魔術。

 魔導十二至宝。

 それは手にした者の願いを何でも叶えることができる程の魔力の泉だ。ひとたび封印を解けば各々の願いに適した形として姿を成す。

 そう記憶していた。

 しかし、そんなものはただのまやかし。その実態は俺が思うほど希望に満ち溢れたものではなかった。

 何者かに導かれるように、操られるように行動を起こし、そしてついに俺は最大の過ちを犯すことになる。

 儀式を成就させる為に俺は、あの能力者の少女を殺そうとしたのだ。ただ、自分の望みを叶えるための犠牲としてしか思わずに。そのために騙し続け、そして裏切り、その娘の友人をも傷つけた。

 暗示をかけられた状態だったとは言え、許されざる行為であることに変わりはない。

 だからこそ、俺はお前にどう思われようとも必ずティアの力になりたい。

 せめてもの罪滅ぼしに、と。そう心に誓うのだった。



          ◇



「ここまで結構な時間がかかっただろ」

「うん。朝の六時に家を出たのにこの時間にやっと到着だからね。ざっと十二時間。テレジアからハルリスだとかなりの距離があるって実感した。

 大陸の中心のテレジアから西南部海岸沿いのハルリスまで、こんな距離を旅行したことないし。ていうか、そもそもテレジアから出た記憶がここ数年ない」

「そんなのでよくここまで来ることができたな。迷ったんじゃないのか。列車の乗り換え方とか」

「確かに。予備知識がなかったら確実に迷ってたよ。下手したら到着は明日になってたと思う」

「予備知識って。もしかしてマーベルさんに教えてもらったとか。あの人何でも知ってて教えるのも上手いからな」


 そう予想して聞くと、しかしティアは首を振り否定した。


「ううん、違うよ。アーネストさんは何も教えてくれなかった。教えてくれたのは今日の日程でハルリスに行くこと。そして休日の間はロイドくんの家でお世話になること。この二つだけ。だからここまでの行き方も、到着してから何をすればいいのかも、何も教えてくれなかった」

「そうなのか。厳しいな、マーベルさんは」

「めんどくさがりなだけだよ。まあ、何か裏がありそうだけど」


 と気の抜けた笑みを浮かべる。ここまで来るのに相当疲れたのだろう。

 今にも力尽きそうなほどの足取りで俺の隣を歩くティアだった。

 ちなみにここまでの行き方はティアの学友に教えてもらったのだそうだ。何でもハルリスに住む親戚がいる友人だとのことで、時刻表や乗り換えする駅の構内図の資料までいろいろと助けてくれたらしい。

 一緒にハルリスまで来たらよかったのに、と訊いてみるも、その友達はもう少し早い日程でこちらに来なくてはならない予定だっだのだと。

 さぞかし不安で寂しい一人旅だったんだろうなと思いもしたが、もしかしたら逆にティアは楽しんでいたかもしれない。久々のテレジアの外だ。むしろ徐々に変わっていく風景を見て心が躍っていてもおかしくはない。

 そしてハルリスに着いた彼女はより心を躍らせていて……


「ティア、そこに木の根が飛び出してるから気を付けろよ」

「――ん? って、あっぶな。ぼうっとしてた」


 いや、やっぱり疲れてたのだろう。


「そういえばさ、ここまで来たのはいいけど、わたしが帰る日までの間何をすればいいのかな」

「帰る日と言えば、確か八月の二十八日だったか」

「うん。休むにしても長すぎて。のんびりしてるだけじゃつまらないな、って思ってね。ロイドくんはアーネストさんから何か聞いてない?」

「いいや。何も聞いてないな。裏があるとかじゃなく本当にゆっくりさせたいだけじゃないのか。マーベルさんも仕事で家を離れるからテレジアだと一人でずっと過ごすことになるんだろ。料理や洗濯、掃除、その他もろもろを一人ですべてやることになる。だからマーベルさんの気遣いだと思うけどな」


 だとしても、俺を選ぶのだけは不思議でならない。

 学園の親しい友人のところにでも……いや。それは無理なのか。

 ティアの出生、生きてきた道のことも考えるとなおさら。

 だから、事情を知っている俺なのか?


「――あ、そうだ。ねえロイドくん」


 何故かティアは俺に対して妙に期待を含んだ目をして見つめてくる。


「何だ、そんな目で俺を見て」

「そういえば、わたしね。ここに行くって決まってから、ずっと会いたいって思っていた人がいるんだ」


 恥ずかしそうに頬を赤らめながら訊ねてくる。


「えっとね、ロイドくんって、確か妹さんがいたよね」

「ああ、エレナのことか。今も家にいるからこのまま帰ったらすぐに会えるよ」

「ほんとに!?」

「あ、ああ……」


 こいつは何故こんなにもキラキラとした目をしているのか。そんなにエレナに会いたかったのか。ティアにはまだ名前以外は話していないはずなのに。

 いや、だからこそなのかもしれない。俺がこいつを犠牲にしてでも救おうとした人がどんな人間なのか気にならないはずもない。

 今ここでティアに言うつもりはないが、エレナはいい子だ。俺なんかよりずっと賢くて、大人びている。

 そして何より、……


「そうだ、ティア。家に帰る前に寄って行くところがある」


 驚いたような目をしたティアは、すぐに落胆したようにため息を吐く。


「え、すぐに帰らないの?」

「ああ、今日の夕食を取りに行く。エレナが今日のために手配していたものがあるんだ。荷物持ちにして悪いが、俺が持ちきれない分は一緒に持ってくれ」

「え―、女子に荷物運びをさせる気?」

「うわ、めんどくせーな、おまえ。この二ヶ月でなにがあった」

「嘘だよ。冗談だって。うん、いいよ。わたし力持ちだし」


 ロイドくんより力あるし、と後で皮肉気に付け加える。

 そうだった。こいつ、こんなに細身なのにやけに力が強いんだよな。

 だが俺より力がある、ってのは無いだろう。絶対にない。

 いや無いよな。……ちょっと心配になってきた。

 そんなやり取りをしていたところで、ふと気が付いたことがある。

 ティアはこれから三週間程度こちらに身を寄せるのだ。

 だというにこいつはショルダーバックを肩にかけているだけでそれ以外の何も持ち歩いていない。キャリーバッグはおろか、リュックサックさえも。


「おまえ、荷物はどうしたんだ。まさかとは思うけど」

「ふふふ、そのまさか、だよ。必要な荷物は全部この中」


 そう言ってティアは自分の鞄をポンと叩く。


「――」


 呆れて声さえ出なかった。

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