第1話 紺碧のハルリス・始まりは黄昏の下で④
ジルに渡された写真。そこに映っていたのは石碑に磔にされた人間の死体。
磔、といえば言葉の通りだが、今回の件で言えばジルは手っ取り早く伝えるためにこの言葉を選んだのだろう。
原形はとどめておらず、それはまるで服を着た針金細工のようだった。まるで吸血鬼に血を絞りつくされたかのようにやせ細っているのだ。
原因は無理やり体内の魔力を吸収されたことにあるようだが、その行き先がまた奇妙で、石碑に充填されていたという。
被害者が魔術師だったのか、そうでなかったのかも分からないらしい。可能性としては魔術師に傾いているらしい。煮え切らない答えだが、現在の状況からそうとしか言えないのだから仕方がない。
そしてさらに奇妙なことがある。
不謹慎ではあるがその死体『以外』は美しかった。
石碑の前には鮮やかな宝石と見間違えるような結晶体が広がっていたのだ。
結晶体の周りには何色もの色を持った靄が架かっており、それは虹を連想させる。
一言で言えばそれは芸術品だった。
ただしその中に死体が閉じ込められていなければ、の話だが。
『この件は俺たちに任せておけ。今は手を出さず、何か思い出したら教えてくれ』
その言葉を最後に、俺たちはその場を後にした。
今はジルとその仲間がこれらを判断材料として、犯人と充填された魔力の用途を調べている。もちろんのこと、これは魔術関連だと判断され現場の証拠は隠滅。目撃した一般市民は記憶を改変されたのだと。
今のところ、このことをこれから会うあいつに伝えるつもりはない。
当然だろう。テレビのニュースで報道される内容ならまだしも、こんな血生臭い魔術師関連の事件で濁すわけにはいかない。
彼女のことを任された身。可能な限り平和な夏季休暇を過ごしてほしいのだ。
◇
午後七時過ぎ。ハルリスの中央通りにある駅の前。
日も沈んで、街には街灯の光が道を作る。
人の流れはどこまでも続き、駅の周りに構えられた店から絶えず聞こえる賑わう人の声。そんな街の活気はハルリスと言う街のメロディーを奏でているようだった。
目的の人物を探すために目を配らせる。
彼女が乗ってくるはずの列車は数分前に到着し、既に乗客を降ろしてこの駅を出発している。
列車を下りてきた人たちは続々と駅の外に出てきて、それぞれの目的の場所へと歩いていく。騒めく人の流れは絶えず、気を抜けばその瞬間に目的の人物を見逃がして、すれ違ってしまいそうな気になる。
いつも以上に気を張り、道行く人の髪に注目していた。
何故髪の色? と疑問に思うかもしれないが、あいつを探すうえでは手っ取り早い手段なのだ。
俺たちハルリス出身の者は髪を染めている人を除きほとんどが黒に近い色の髪をしているから、あいつの髪の色はそれだけ目立つはずなのだ。
ふと、人ごみの中、黒色の流れの中に一際目立つ金色が埋もれていることに気が付く。
壁際に身を寄せ俯いているため顔は見えない。いや俯いていなかったとしても身長の関係で頭のてっぺんしか見えなかっただろう。
それでも間違うはずがない。俺はあの娘が誰なのか、そのふんわりと風になびく髪を見て、胸を締め付けるような不思議で奇妙な感情を抱いて、確信したのだ。
俺はその金色の髪をした人のもとに近づいていく。
人の流れに逆らいながら、かき分けながら、ゆっくりと徐々に近づいていく。
求めていた大切なものを見つけて、何としてでもこの手に収めようとするように。
そして――
「――ティア。久しぶりだな」
俺は彼女の目前へと辿り着いた。
そこにいたのは紛れもない、俺が出逢った最高の恩人。
「……ん。ロイドくんこそ。元気そうで何よりだよ」
テレジア学園の制服とは違い、私服姿の彼女。
白のシャツに黒のゆったりとしたズボン。
どうにも制服姿の時より子供っぽく見えてしまうのだが、今この場では口には出さないでおこう。
顔を上げ、俺を見るとにっこりと微笑む。
そこにいた少女はモグモグと口を動かして、
「これ、おいしいね。気に入ったよ」
どこで買ったのか分からないソースたっぷりの焼きそばを頬張っていた。
残りを一気に口の中にかき込んで飲み込む。そして容器は鞄の中にしまった。
すごい食いっぷりだな。これで満腹になっていなければいいけれど。夕食、用意してるし。
「そ、そうか。……」
とだけ返して言いよどむ。
「どうしたのロイドくん。もしかして緊張してる?」
「……」
「あ、もしかしてこの焼きそば欲しかったりする?」
「…………」
「ねぇ、黙ってないでなんか言って――」
「ティア。テレジア学園での件、本当にすまなかった!」
ティアの言葉を遮るように頭を深く深く下げる。
謝罪だ。ティアと再開したら必ず言おうとしていた言葉だ。
自分のうちに秘める後悔もすべてを吐露し、懺悔する。
「すまなかった、ティア。俺はテレジアでおまえを襲った、裏切った。星座の魔術の生贄にしようとした。そして、何も関係のなかったレンさんに危害を加えた。心の底から謝りたい。本当にすまなかった」
電話越しで何度言ったか分からないくらいの謝罪の言葉。
今こうしてティアを前にして、こんなにも苦しいとは思わなかった。こんなにも痛いとは思わなかった。
それでも俺は、目の前にいる俺を救ってくれた彼女に言わなくてはならなかったのだ。
「…………」
ティアは一言も喋らない。
数秒にも満たない時間だったろう。だけれどこの空白の時間が、まるで永遠のように感じた。
そして、
「――ていっ!」
ペシッと頭を叩かれた。
「いてっ」
と反射で声に出てしまったがそこまで痛くはなかった。
顔を上げてみると、ティアは怒っているような素振りはまるでなく、むしろ迷惑そうな表情をしていた。
「もう分かってるよ、ロイドくんがどれだけ反省してるかってことくらいさ。今までに電話で何度も聞かされてるから。けどそろそろ鬱陶しいかも」
「うぐ、……」
「アーネストさんからある程度の事情は聞いてるからそこまで責るようなことはしないよ。けどね、これだけは忘れないで。わたしはあの時のことを絶対に許しはしないからね。レンちゃんやニコルちゃんを傷つけたことを絶対に許さないからね」
そして、少し間を開けてから続ける。
「けれど、それでも、ありがとう。あの時のことを無かったことにしないでくれて。あの日のことをずっと反省していてくれて。わたしと過ごしたあの日々がロイドくんの為になったのなら、わたしはとても嬉しいよ」
そうしてティアは周りの様子を確認する。
「ほら、ずっとここにいたら注目の的になっちゃうよ。そろそろ行こっか」
とまるで俺を安心させるかのように微笑んでみせるのだった。
そんなどこまでも心優しいティア・パーシスとの再会。
ここから俺の物語は動き出す。俺の過ごしてきた日々の中で、この夏季休暇は忘れられない時間になるのだった。




