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第1話 紺碧のハルリス・始まりは黄昏の下で②

「エイラ、そろそろいいか」


 それを聞いた瞬間のエイラはビクッと肩を震わせてからぎこちない動作で俺を見てから、ごめんなさいねと謝って脱線した話を元に戻した。


「えっと、そうね。話を戻しましょう。わたしは夕方からライノと一緒に設営の準備。それまでにアイリとロイドくんは調理に必要な設備を運び込んでちょうだい。移動販売車も手配済み。ちゃんとアイリの要望通りのものを確保したから」


 そして、移動販売車の資料をアイリの前に出す。車の外見と内装を写した写真とスペックが書かれた書類だ。

 それを手にすると、アイリは目を輝かせて「すごいよっ」とはにかんだ。


「これはこれは。よくこんなものを借りれたね、結構いい車じゃない」

「ふふ、ちょっと贅沢しちゃったわ」


 俺も気になって車の資料を見てみる。

 確かに料理のための設備に不満はない。むしろ俺たちのレベルじゃ持て余すのではないかと不安になるくらいの高性能だった。だったらレンタルだとしても金額はそれなりのものになるはずだよな。

 そして気が付く。この車のレンタル料があるものに近い金額をしていたことに。


「……おい、エイラ」

「ん? どうしたの」

「どうしたの、じゃない。なんだよこの値段。俺たちに割り当てられている予算とほぼ同額じゃないか」

「あれ、気づいちゃった?」

「気づいちゃった? じゃないから」

「てへっ☆」


 こつんと頭に拳を当てるエイラ。


「可愛いけど腹が立つなおまえ」


 俺が言ったのと同時にエイラの頭に紙の束のようなものが振り落とされた。

 パシーンッ!!と。


「いでっ!!」


 室内に反響するような気持ちのいい音が鳴り響いた。


「お、おい。大丈夫か」


 後ろから叩かれた衝撃でエイラの身体は前に倒れるが、すんでのところで顔面がテーブルにぶつかるのは避けられたらしい。

 エイラを叩いた者の正体は、隣に座っている即席ハリセンを手にしていたアイリだった。


「アイリさん!? 叩くのは良くないって。すごい音してたけど大丈夫か?」

「ただの紙だよ。ただ音が大きいだけ。だから痛くない。エイラ、説明して」


 うう、と唸るエイラはズレた眼鏡を正してから説明する。


「アイリ、ちょっと早まりすぎ。えっとね。確かに三日間のレンタル料で予算のほとんどを持っていかれちゃったけど。対策はちゃんと考えているから」

「対策ってなんだよ」

「ふふん、見なさいこの資料を」


 そうして俺とアイリの前に出された資料を見る。するとそこには調理に必要な道具やパンの材料、その他出店当日に必要な道具もろもろの手配先がリスト化されていた。

 その手配先はすべてこの街に住むエイラの関係者となっている。値段が書かれたものもあれば書かれていないものもある。ということは。


「エイラ。これってもしかして、ほとんどが無料で借りることができるってことか」

「その通りよ。全部が全部ってわけにはいかなかったし、借りるのに条件も色々あったけどね。それに食材にも手は抜いてないのよ。アイリの要望は全部クリアしてるから!」


 へへん、と腰に手を当て胸を張るエイラ。


「さすがだエイラ」

「すごいよエイラ」

「どんなもんよ」


 そんなやり取りをしている中、ライノはというと。

 特に俺たちの会話に興味を示さず、それぞれの準備の担当をまとめた資料を目にしていた。そして、ライノは不思議そうな表情をしながら声を上げる。


「なあ、一日目の午後からの担当さ、ロイドの名前が出てないんだけど。ロイドは何をやることになってるんだ」


 担当の割り振りを書いた紙を眺めながら、ライノが言う。

 ライノが持っている資料を見せてもらえば、言う通り『やることリスト』の夏至祭一日目の午後に俺の名前が入っていない。


「エイラ。どういうことだ。もともと俺の名前はアイリのサポートのところに入っていたはずだ。なんでエイラの名前に変わっている」

「そうなのよね、ちょっとロイドくんには別のことをしてもらおうかと思って。はい、これ」


 エイラに資料の束を渡される。そこには出店者の名簿と出店するものの種類が簡潔にまとめられている。


「これを、どうしろと」

「あなたはスパイよ。車を運び込んでから夏至祭当日の午後から半日でやってほしいことよ。ここと同じような出し物をしているところ、またはそれに近しいと感じられるものにマーカーで色を付けておいたわ。

 そこを見て回って情報を得てきてほしい。せっかく大学の外に店を構えるんだもの。より多くのお客さんに来てもらうためには他とは違う魅力が必要でしょ」

「だから、俺がとってきた情報をもとにして、出す品を変えていくわけか」

「その通り。アイリには手間を掛けさせることにはなるけど」

「だから余裕よ。何とかしちゃうって、わたしなら」


 どこからそんな自信が生まれてくるんだろう。

 俺には全く分からない。

 エイラがまとめている資料のうち、出店者名簿に目を通す。

 ――あれ? この名前は……

 ふと、どこかで聞いたことがあるような名前があった。たぶん同じ名前の別人なのだろうが。

 ここで出店できるのはこの街出身の人だけ。それをふまえても、ここにあの娘がここにいるはずがない。考え過ぎだろう。

 ただ、もしあの娘だった場合、俺にとってはかなり気まずい事態になりそうだった。マーカーでチェックされていなくてよかった。



 十八時頃まで話し合いが行われたところで、一旦の終わりが告げられる。


「それじゃあ、今日はここで終了。大体はまとめることができたし、続きは試験結果の発表日にすればいいでしょう。それまでに今日話し合った内容について復習しておいてちょうだい。資料は人数分用意してるから。あと、ライノは設営の準備を手伝ってもらう人全員に話をつけておくこと」


 そう話をまとめたエイラ。

 ラジャーと敬礼するライノは、やっと終わったー、と解放されたような笑顔を浮かべていた。


「はいはい、お疲れ様。アイリとロイドくんもちゃんと資料に目を通しておいてよ。覚えていればそれだけ柔軟に動けるんだからね」

「了解だ」


 答える俺。対してアイリはこくりと頷くだけだった。

 反応の薄い彼女。しかし乗り気でないってわけではないだろう。その表情は明るくやる気に満ち溢れていた。

 普段見られない珍しい表情を見てこちらも嬉しくなってくるが、なんだか彼女がまたやらかしそうで若干の不安もあった。

 何せ去年の夏至祭では――、いやその話はよしておこう。今悩んだところでどうにかなる問題でもないのだし。三人がかりで抑えれば何とかなるはずだ。

 ライノが席を立ち、うーんと背筋を伸ばす。


「よし、それじゃあ晴れて夏季休暇に入ったってことで、どうだ?」


 箸を持って何かを食べるようなジェスチャーをする。


「あ、行っちゃう?」


 そしてアイリも同じようにその仕草をマネする。


「もう、二人とも。こういう時だけ意気投合しちゃって」


 呆れたように嘆息するエイラだったが、思いのほか悪く思っていなかったようだった。


「まあ、試験も終わったことだし、わたしも今日は大丈夫だよ。ねえ、ロイドくんはどうかな」


 と、俺に確認をとる。

 すでに三人ともご飯を食べに行く気になっているようだった。

 ライノのジェスチャーからするにラーメンだろう。学生がよく立ち寄るラーメン屋があり、俺もよくこのグループで行っているのだ。俺ももちろん一緒に行きたかった。

 ――が、今日に限ってはそうはいかなかった。


「悪い。俺さ、今日はダメなんだ。人と会う約束してて」


 ごめん、と手を合わせて謝罪する。


「もしかしてエレちゃんのこと?」


 エイラが気遣うように訊いてくる。対して俺は違うよ、と首を振った。


「今日はその件じゃないんだ。夜の七時くらいなんだけど、列車で俺の親戚の人が来てさ。その……迎えに行かなくちゃならなくなったんだ。

 大人だったら大丈夫なんだけど。その子、俺より年下でこの街に来るのも初めてなんだ。流石に一人で家まで来てくれってのは言えなかったんだよな」


 それを聞くと三人は目配せしてから言う。


「だったら仕方ないな。今日はやめるか」


 ライノがみんなに提案する。


「いいんだぞ。三人で行ってきても」

「わたしたちはこの四人で行きたかったの。増えるのはいいけど減るのは無し」


 そういうエイラに続いてアイリも頷いて同意の意を示す。

 三人とも俺のためを思って言ってくれているのだ。


「そうか、ありがとう。それじゃあ行ってくるよ。今日はお疲れ様、よい休日を」



 温かな友人たちに見送られてこの場を後にする俺。

 俺なんかに許されないような平和な日々だ。


 思い浮かべる。数か月前のあの惨劇を。

 ああ、ティア。お前もきっと、このような感情を持っていたんだよな。

 だとしたら俺は……

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