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第6話 夏至祭閉幕・友と過ごした憩いの場所で①

 ああ、眠気が抑えられない。

 今までの高揚が嘘のように消え去ったわ。

 まさかここまで無茶苦茶な使われ方をされるとは思わなかったぞ。

 だが、おもしろいこともあるものよ。

 この小童ときたら余の最奥まで引き出すとはの。

 余の見込みからは程遠いが及第点といったところか。

 余も覚悟を決めんとな。

 あと数か月のうちに他の霊獣すべてと垣間見えることであろうさ。

 ……あ、レオは無しで。あやつは嫌いじゃ。

 さて、それまでの間、余はしばし眠るとするか。

 ふわーぁ……

 それではあわてずに、ひとやすみひとやすみ、との。



          ◇



 カラカラと横開きのドアを開けジルのいる病室に入る。

 他には誰もいない個人用の部屋。

 ジルはベットから起き上がり、窓の外に見える夏至祭の風景を眺めていた。

 その顔は嬉しそうでもあり、何だか寂しそうでもあった。

 自分もあの輪に加われたらどれほど愉しいことだろう、そんなことを考えているように思えてならない。

 いや、しかしあいつのことだ。そんな娯楽じみたことよりもこの街を守れたという事実を実感しているという方があいつらしい気がする。


「よう、ジル。元気にしてるか」

「――ん? ああ、ロイドか。どうしたんだよ。こんな時間に」

「こんな時間って言うなよ。せっかく多忙な時間をどうにか空けて寄ってやったんだから」

「俺はおまえに来てくれなんて頼んだ覚えはないぞ」

「ひねくれてるなぁ。俺が寄りたかっただけだよ。気にすんな」


 言ってから一直線にジルの座るベッドの前まで歩き、畳んで立て掛けてあったパイプ椅子を広げそれに座る。


「元気そうで何よりだ。傷はもう痛まないのか」

「ああ、おかげさまでな」


 そう言ってくれるのはいいが、ジルの両腕にはギプスが嵌められまともに動かせような様子ではない。

 顔面にもガーゼが当てられ顔の半分は隠れてしまっている。

 おそらくその服の下も包帯が巻かれているのだろう。

 ジルは俺の顔を見ると、チッと舌打ちをする。


「けれど、納得がいかないな。どうしてお前が自由に動けていて、俺がこうして病院で看病されているんだ。まるで俺の方が劣っているみたいじゃないか」

「え、なんでそこで愚痴っちゃうかな。なんか嫌なことでもあったのか?」

「うるさい。むしろ何もないよ。さっきまで常に無音だったよ」


 プイッとそっぽを向くジルは、それでも嫌味でなく親しい間柄での冗談のように返してくる。

 ははは、と笑う俺。


「……すまないな、ロイド」

「ん? 急にあらたまって。どうしたんだよ」

「ほら、今回の事件。主要人物には逃げられてしまっただろ」

「主要人物、ジェインとユリウスのことか?」

「ああ、そうだ。魔霧の中に落ちていったユリウスの行方を機関のメンバーが調べたんだけれど、残念なことにどこにもその姿は見られなかった。結局ジェインの行方も分からないまま。まるで煙のように消え去って足取りもつかめない状況だ。この街の秩序を守るってのもあるけど、個人的にも捕まえたかった奴だから。ほら、おまえの過去の手掛かりになるかもしれない魔術師だったんだろ。俺たち機関のメンバーが揃ってながら不甲斐ない限りだ。協力してくれたネロにも何ていえばいいのか」


 ジルは小さく嘆息する。


「つまりは、だ。今回の星座の魔術に関係した出来事、関わったメンバーも。さらには星座の魔術を発動しようとした動機さえも全ては暗闇の中って訳だ」


 俯き、頭を抱えだすジル。

 どんどんマイナス思考に陥るジルを止めたくてつい口をはさんでしまう。


「そこまで気にすることはないだろ。結果論ではあるけれど、俺はあの戦いのおかげでエレナを始め街のみんなを救うことができたし、ライブラの力も俺のもとに戻って来てくれた。それだけでも運がよかったと思うよ」


 ネロはネロでジェインを取り逃がしたらしいしな。

 あいつも文句は言ってこないだろう。

 当の本人はジェインたちの行方を捜すために既にこの街を発っている訳だが。ろくな挨拶もなしに行ってしまうってところは、何ていうか俺たちの関係を如実に表しているようで少し寂しかったりする。

 戦友であって友人ではない。馴れ合いは二の次って感じだ。

 だというのに、うちの模擬店のパンを買い漁っていってくれたことは地味に感謝している。

 その時のカレンさん、ほんと無邪気で可愛らしかったな。

 反面ネロの表情は沈んでいたけれど。


 ――あれ?

 そういえばあの時初めてカレンさんを見たけれど普通の女の子だったよな。

 だとすれば湖の遺跡で見たネロの後ろにいた鬼のような子って誰だったんだろうか。しまったな、聞くのを忘れてた。

 もしまたいつかネロに会うことがあれば、その時にでも聞いてみるとするか。


「確かに悪いことばかりじゃなかったとも言えるな」


 とジルは言うものの、また大きなため息を吐くのだった。

 そこから、ジルは静かになり言葉を発しなくなった。

 見ているこっちまで沈んだ気分になってくる。という感情も数日前にジルにさせていたんだと思うと、ちょっと反省だ。

 よし、じゃあ今度はこっちの番だな。


「ほらほら、そんなふてくされているジルにお土産だ」


 ほらやるよ、とビニール袋から紙に包まれたパンを出してジルに渡す。


「なんだ、これ」


 渡されたそれをまじまじと観察するジル。

 そんなに警戒してくれるなよ。爆弾じゃないんだからさ。


「俺たちの模擬店で出してる創作パンの一つだよ。ちなみにアイリ特製で売り上げナンバーワンの商品なんだ。食事制限があるわけじゃないだろ。折角だしおまえも食べなよ」

「へえ、キルピヴァ―ラさんの。それは期待できるな」


 先ほどまでの警戒心を改め、包み紙を広げて中身を見る。


「これはハンバーガーか? いや、違うな。このパンの表面の硬さは珍しい。間に挟まれているのはハムにオニオンスライスか。これはなかなかにシンプルな作りをしている」


 ではいただくぞ、と言ってジルはサンドウィッチを一口かじる。


「ほう、目では見えづらかったがマーガリンを挟んでいるな。それも他の素材の味を食ってしまわないくらいの絶妙なバランスで。だが、微かにピリ辛さを感じる。――ああ、これは黒胡椒か」

「おお、よく分かったな。最初は入れなかったんだけど、お客さんからの要望もあったんだ。味の強さが少し物足りないってな。あっさりした味にしたかったから、あまり濃い味付けにはしなかったんだけど」


 俺の話を聞きながら、ジルは手に持つパンを食べ続ける。


「うん、いい判断だ。だが、なぜだろう。無性にいくらでも食べたくなってくる。癖になる味っていうのか、これは。うん、美味かったよ。いいものを食べられた」


 先ほどまでの沈んだ表情が嘘のように微笑むジル。

 それをみて、俺もこの話題を用意しておいてよかったと安心できた。


「なあジル。おまえはきっと今の状況が腑に落ちないかもしれないけれど、俺はそうは思わないよ。だってさ、おまえは全力で守ってくれたじゃないか。このハルリスを、この夏至祭を。もしそうじゃなかったら、今ここに俺たちが完成させたパンはなかった。だからいい機会だし言っておくよ。一緒に戦ってくれてありがとな」

「そうか。そう言ってもらえて気が楽になったよ。ほんの少しだけ、だけどな」


 そう言うと突然ジルは黙って俺を凝視した。


「ん? どうかしたか、俺の顔をじっと見て」

「……」

「急に黙るなよ。恥ずかしいな!」


 我慢できなくなってつい大声を出してしまう。

 病室の中、こんなに大きな声をだして職員の人がやってこないかとひやひやしたが、数秒経っても何も起きなかったので大丈夫だったのだろう。

 安心感からか、無意識に力なく息を吐く。

 ジルはそんな俺を見ながら口元を綻ばせていた。


「おまえ、変わったな」

「お、おう。そうか。でもそうなのかな? あんまり実感はないけれど」

「家に帰ったら鏡でも見てみろ。表情が柔らかくなった気がする」


 そうしてお互いに微笑み合う。

 こんなこと今までに一度でもあっただろうか。

 思い返してみても、何気ない会話で時間が過ぎるだけ。

 状況の報告のようなやり取りの日々。

 それが今のこの瞬間、崩れ去ったかのようだった。

 俺たちの信頼関係は確実に前に進んでいる。

 これをずっと続けたい。

 これをずっと大切にしたい。

 そう思えるほどに俺はこの瞬間に惹かれてしまったらしい。

 ふと窓の外から風が流れてくる。

 スピーカーを通した放送に、それを聞いた観客たちの歓声。

 それが意味しているものと言えば――


「――あ、もうこんな時間か」


 腕時計を見てみれば、時計の針は午後六時を示していた。

 ジルとの会話が盛り上がりすぎて、窓の外が夕焼けに染まっていくことにも気が付かなかったらしい。


「もうすぐ結果発表だろ。俺に構わずあいつらのもとに行ってやったらどうだ。一緒に盛り上がってきなよ」

「そうするよ。ジル、今回もありがとう。いつかきっちり借りは返すよ」


 言って立ち上がり、座っていたパイプ椅子を畳んで元の場所に戻す。

 そのまま踵を返し外に出ようと歩を進めた。


「――そうだ、最後に一つ聞いておきたいことがあるんだ」


 立ち止まり、横目にジルを見る。

 ジルは俺が持って来た創作パンを手にしていた。


「なんだ? 言ってみろよ」

「さっきくれたサンドウィッチ。あれに名前はあるのか」


 なんだ、そんなことか。

 くすっと微笑む。俺はジルの方に身体を向けなおし、そして――


「あるよ、名前。それはだな――」

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