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第5話 失意の先に・漂泊の海を越えて①

 数々の残忍な記憶が蘇る。

 数々の残酷な記憶が露わになる。

 自分が自分でない気分だった。

 気が気でならなかった。

 まるで知らない誰かの記憶が自分の中に流れ込んできたかのような感覚。

 けれどもそれらはすべてが事実。

 その悪夢は確かに俺がやってきた悪行だ。

 そして俺の目の前で起きた最悪。

 エレナを封印されたその瞬間の光景は、まさにテレジアでレンさんを手にかけたこと、すなわちティアに味合わせた絶望そのものだ。

 まるで今までの報復として彼女と同じ痛みを味わえと言われているかのようだった。

 だけれど、あいつはそれを乗り越えたんだよな。

 決して潰えぬ希望と信念をもってして、勇敢に立ち向かったんだよな。

 本当にすごいよ、ティア。

 おまえはいったいどうやって、こんな絶望を乗り越えたんだよ。



          ◇



 八月十六日の夜明け。

 無様に敗北し目的地もなく彷徨う俺は、気が付けば海岸沿いの階段で海の波をただ意味もなく眺めていた。

 今もなおこの街を覆う濃霧。自然現象ではない魔術による霧の結界。そして妖しい光を天に伸ばすルーバス大聖堂。

 エレナはユリウスの魔術で水晶のように透き通った結晶の中に閉じ込められた。まるでジルに見せられた写真のように。

 エレナから感じた微かな幻属性の反応からまだ無事ではあるのだろうが、それも時間の問題だろう。

 このまま事態が進んだらエレナか街の人々、友人たちのどちらかが確実に生贄にされてしまう。

 エレナを選べば友人たちが――

 友人たちを選べばエレナが――

 タイムリミットは本日二十二時丁度とのこと。

 俺がこのまま何も行動を起こさなければ、少なくとも街の人々は救われる。何事もなく霧は晴れて元の生活に戻ることだろう。

 そこにエレナはおらず、俺の日常はもう戻ってこない。

 俺は今までエレナのために生きてきた。

 エレナのためなら何でもやる覚悟だった。

 だからと言ってこの街の皆を見捨てていいはずもない。

 だがあの二人を相手にどうする?

 俺一人ではどうしようもない。では誰に協力を仰げばいい。俺の知る限り協力を仰げそうな者は全員が負傷している。

 ネロはあれから会えずにいる。カレンさんへの通信も繋がらなくなっていた。

 そしてこの俺自身についてもそうだ。あの時ジェインに首を切り裂かれた時のこと。殺されることはなかったが、その代わりに全身から魔力を抜き取られる感覚に陥った。

 もしやと思い自身の魔力を確認してみると、やはりというべきか幻属性の魔力を、つまりは死神の力を十分に引き出せなくなっていた。

 俺に渡していたという力の核を回収すること。それがあいつの目論見の一つだったのだろう。

 故に幻属性の魔力を新たに精製することはできない。残量は事前に蓄えていたもののみ。全力を出せばものの数秒で枯渇するだろう。


 結局俺は行動に移すこともできず階段に腰を下ろす。

 こんなにも無力な自分に腹が立った。

 こんなにも情けない自分が許せなかった。

 そんな感情にあっても、ルーバス大聖堂に戻る気力は出なかった。

 それは、何故?

 俺の力があいつらに及ばなかったから?

 エレナを連れ去られたから?

 いいや、一番許せないことはそんなものじゃない。

 ユリウスの口からの真実。

 俺はあいつらにいいように使われて、情報を流していたことだ。

 たとえ俺自身がどれほどユリウスたちの悪行を止めたいと思っていようが関係ない。

 俺の存在がジルたちを傷つけた。

 俺の存在がこの街に危機を招いた。

 もしこの先、俺の存在がエレナに今以上の危害を加えることになったら?

 そんなことはない、なんて言いきれない。

 だったら俺にはもうこの異変に立ち向かう理由がない。

 立ち上がる意味がない。

 向かい合う資格すらない。

 ああ、なんて情けない。無様で、惨めで、ろくでなしだ。

 叶うなら、この濃霧に俺という存在を消してもらいたかった。

 何もかもをなかったことにしてほしかった。

 いつからか見ていた悪い夢だったんだって、目を覚まさせてほしかった。

 けれどこれは現実で逃げ道なんてどこにもありやしない。

 誰か、誰でもいいんだ。他力本願だなんてことは百も承知だ。この状況を覆してくれる何かを俺にくれよ。

 お願いだ。

 お願いだ。

 お願い、します――誰か。



          ◇



 こつこつ、と。無音の海岸で足音が響く。


「――こんなところで何をしている」


 俺の背後に立つ影。

 振り向かずともわかる聞き慣れたその声はジルのものだった。


「ジルか。こんなところに来るなんて、おまえも暇だな。今日は霧で綺麗な景色は何にも見えやしないのに」


 力なく笑う俺に、ジルは怫然とした口調で問う。


「話を逸らそうとするな。俺は何をしているのかって聞いているんだ」

「冗談だよ。何でもいいじゃないか。今は放っといてくれよ」

「お前、まさか諦めたんじゃないだろうな。あいつらに実力で勝てないから、もう立ち向かえないなんて思ったんじゃないだろうな」


 ジャリ、と一歩踏み出すその脚。しかし、それ以上は進まない。露わになりかけた怒りをギリッと奥歯を噛みしめ押さえつける様子が想像できる。


「それはお前の思い過ごしだよ、ジル」

「じゃあなんだ。何でお前はエレナさんのもとに向かわずにこのような場所で燻っている」

「俺にはエレナを救う資格なんてなかったんだ」

「資格? 何を言っている」

「俺さ、あいつらのいいように使われていたんだ。操られていて無意識の内にハルリスの魔術機関の情報を流していたらしい。こんな状況になったのも俺のせいだ。俺がいなければこんなことにはならなかったはずなのに。それだけじゃない、今までもそうだ。俺の意思でやってきたと思っていたことも全部、俺が弱かったばかりに」


 不意に笑ってしまう。

 今まで信じてきた常識に裏切られた気分だ。


「ジェインの暗示にかかっていたなんて、記憶を操作されていたなんて、何の言い訳にもならない。どんなに言い繕おうと俺は俺自身の手でエレナやジルたちを危険な目に合わせてしまったんだ。最悪だろ。そんな俺がどうやってあいつらに立ち向かえばいいっていうんだ。俺、もうどうすればいいか分からないよ」


 自分の弱さに負け、言葉にしてしまった負の感情。

 すると突然、身体が宙に浮かぶ感覚に襲われた。

 その状況を理解する間もなく、俺は服の襟を掴まれて砂浜に叩きつけられた。ぐしゃりと身体が軋む。


「――っ、……おまえ。何するんだ――」

「ふざけるなよ、ロイド!」


 怒りのこもった声でジルは叫び、俺の胸ぐらを掴む。


「どうすればいいか分からないだって? ふざけるな! おまえは今までエレナさんのために戦おうとしてきたんだろ。エレナさんのために自分を犠牲にしてまで何かしてやりたかったんだろ。だったらそれを突き通せよ。おまえがエレナさんさんを救いたかったっていう想いはそんなことで崩れ去るほど脆かったのか」

「――ぐっ」

「エレナさんを救うのは俺でもない、機関の連中でもない。お前じゃなくちゃならないんだよ。おまえの妹だからってだけじゃない。さっき俺も知ったけど、エレナさんは能力者と同じような存在になっていたんだってな。だが幸いまだ機関の連中に目をつけられてはいないはずだ。だったら分かるだろ。お前以外のやつがエレナさんを助けたどうなるか。もしそうなればどう足掻いても彼女の未来は無くなるんだぞ。エレナさんを助けるのはお前じゃなくちゃならないんだよ」

「言われるまでもなく分かっている。分かってるさ、そのようなことくらい。俺が言いたいのはそんなことじゃないんだ。さっきも言っただろ。俺がこの状況を打開しようとして動いた結果、エレナにもお前たちにも取り返しがつかないくらいの迷惑をかけてしまったんだ。そんな俺がこれ以上関わってどうするっていうんだ。今の俺はいつジェインに操られてもおかしくない。そんな俺がエレナたちを助けようとしても、それがまた裏目に出るかもしれない。また周りのみんなを傷つけてしまうかもしれない。それが怖いんだ」


 ジルは大きなため息をして呆れたように首を横に振る。


「まさかそんなことで悩んでいるとは思わなかった。いくら何でも程度が低すぎて反吐が出る」


 すると、ジルは今まで俺の胸ぐらを掴んでいた手を放し、顔面を思い切り殴ってきた。その衝撃にそのまま身体を地面に打ち付けて痛みにもがく。


「ロイド、俺を見ろ。お前の前に立つ人間は誰だ。言ってみろ!」

「……誰って、そんなのジルに決まってるじゃないか」

「そうだ。俺はジル・ロイヴァス。このハルリスの魔術機関を率いる魔術師の一人だ。これまでお前の知らないところでもハルリスを脅かす魔術の脅威からこの街を守ってきたんだ」

「知ってるよ。おまえがずっと努力してきたことくらい。そういうお前をずっと見てきたんだから」

「だったら聞くが、俺はおまえにとって頼りない男だったのか?」

「そんなことは……」

「ユリウスに敗北した俺がそんなに頼りないか」

「そんなわけがない。あいつはお前の情報を手にした状態で勝負を仕掛けたんだ。お前本来の実力が発揮されればあんなことにはならなかったはずだ。俺はお前の強さを信じている」

「だったら!」


 ジルは再び俺の胸ぐらを掴んでくる。


「だったら一度くらい言ってみたらどうなんだ。助けてくれって。俺に力を貸してくれって。俺はお前の事情を知っている。どれだけ苦労してきたかも知っている。誰も危険にさらしたくないって気持ちも知っている。だからこそ俺はお前の気持ちを尊重して深入りすることはしなかった。だが今となってはどうだ。このハルリスに牙をむく脅威は既にお前だけの問題では済まされない。俺たちハルリスに生きる者全ての問題だ。俺たちハルリスの魔術師が打ち滅ぼすべき脅威だ。それをいつまでもお前一人の問題に落とし込むんじゃない!」

「ジル……」


 不意に目の奥が熱くなってくる。

 今までずっとこらえてきたものが決壊するような気分だった。

 悔しいから? 悲しいから?

 いいや違う。俺は今、ジルを目の前にしてこの上なく感謝の気持ちでいっぱいだったのだ。


「ジル、お願いだ。エレナを、みんなを助けたいんだ。頼む、助けてくれ。俺に力を貸してくれ」


 ジルは静かに儚く微笑む。


「言えたじゃないか、ロイド。その言葉をずっと聞きたかった」


 いつになく優しく語り掛けてくるジル。

 すっと、俺の頭から熱が消えていくのがわかる。

 ああ、そうか。

 俺って、やっぱりどうしようもないやつだな。

 こんなに単純なことを複雑に考えてしまうだなんて。


「いろいろ悩むことはあるだろうけれど全て無視するんだ。今まで通りエレナさんにために動けばいい。過去の行いを悔やむのも、これから起こるかもしれない不安も、全てこの異変が終わってからでいいじゃないか」

「ああ、ありがとう。こんな俺を励ましてくれて。それに機関のことも本当にすまなかった。俺に出来ることならなんでもするよ。だから改めてだけど俺に力を貸してほしい。エレナを、このハルリスを守るために」

「無論だ。諜報の件についても気にするな。どうしても償いたいんだったらこの異変をおまえ自身の手で終わらせろ。それでチャラにしてやるよ。俺たちに迷惑をかけたって言うけどそれがどうした。自惚れるなよ。おまえがいようがいまいが関係なかったさ。悔しいがジェインがこの地に降り立った時点で結末は変わらなかったよ」


 そう肩をすくめて微笑むジルだった。

 しかし俺たちにはまだ解決できていない部分がある。

 これから先、あいつらに挑む際に決して忘れてはいけない定め。


「――けれどさ、実際のところどうするんだよ」

「どうするとは?」

「あいつらの魔術儀式で危険にさらされているのはエレナだけじゃない。この霧の魔力で眠らされたエイラたち、このハルリスの大勢の人たちもなんだ。もしもの話。もしあいつらの隙を着いてエレナを助け出せたとしよう。だけれど、そうしたところであいつらの矛先はエイラたちに向けられる。どちらも助けるには事実上あの化物二人を倒さなきゃならないんだ」

「ああ、そんなことか」


 それはまるでどうでもいいことをふと思い出した瞬間のような言い方だった。

 今まではずっと呆れられる側だったけれど、こればっかりは俺の方が呆れてしまう。


「気楽だな。何か策でもあるのかよ」

「大丈夫だ、策はある。おまえを元気づけることよりも遥かに楽な事柄だよ」


 こつん、とジルは拳を俺の額に軽く当てる。


「俺たちは一人じゃないんだ。テレビ番組でもよくやってる友情パワーってやつで立ち向かおうじゃないか」


 そう言って、ジルは無邪気な子供のように微笑んだ。



          ◇



 あれから戦闘の準備を念入りにし、最大の力を出せるよう研ぎ澄ましてきた。

 時刻は二十時前。

 出歩く者は誰もいない、人気のないゴーストタウンのような街道を俺とジルは歩く。

 立ち込める真っ白な霧の層は夜空に輝く月明かりの一切を拒絶していた。

 そのため、今この道を照らしているのは左右に等間隔で立っている街灯だけ。

 俺たちが立てた作戦は実に単純だった。

 二人で同時に乗り込み、そして各個同時撃破。

 俺たちの最終的な目的は二つ。

 まず第一にエレナの救出した上で星座の魔術の儀式そのものを阻止すること。

 そして第二に首謀者を確保し、この計画の真相を聞き出すことだ。

 少なくとも第一の目的だけは何としてでも達成しなくてはならない。

 俺たちは今、エレナの命とハルリスの人々の命、そのどちらも救うという我儘を貫かなくてはならないのだから。



 ルーバス大聖堂。

 石造りでその巨大さながら、繊細な装飾に覆われた外壁。

 中に入れば、美しく神秘的なステンドグラスが一面に彩られているという。

 だが、一番の特徴は左右にそびえ立っている高さ二百メートルの塔にある。

 正面から見て右に見えるのが『太陽の塔』。

 対して左側に見えるのが『月の塔』。

 エレナが囚われているのはユリウスが待つ月の塔の最上階。

 相手をするのは俺だ。

 ジルは既に相手をしていて相性が悪いことを確認している。

 あの氷の魔術に対抗するのならば、やはり俺の炎が適していると考えたのだ。それに加え俺にはまだ見せていない奥の手がある。

 だがやはり、エレナを自分自身の手で救い出したいという感情が強く出てしまったことも事実。ジルも湖の神殿でやられた借りを返したかったところだろうが、快く俺の意をくんでくれた。

 対になる太陽の塔にて待つ魔術師、ジェインの相手はジルが務めることになった。流石に俺が相手をするには暗示の件もあって分が悪すぎるからだ。

 そしてジルの戦い方の特徴が防衛戦に特化しているということ。そのため、相手がどのような使い手であろうと一定の実力を出し続けることができる。

 ユリウスの時のように弱点が露見し対策に講じられればそこまでではあるが、少なくとも俺よりは初見の相手であってもうまく立ち回ることができるはずだ。

 よって、ルーバス大聖堂の二対の塔、月の塔には俺が、太陽の塔にはジルが乗り込むことに決まった。


「結局、おまえのところのメンバーは集められなかったのか?」

「残念ながらな。石碑の防衛に入っていた全員がジェインを相手にして重傷を負ったらしい。話を聞く限り、手も足も出なかったんだってさ」

「そうか。やっぱり魔導の三賢者に匹敵するって言われるほどのことはあるのか」


 そうなれば、昨日の夜に見せた魔術は本当に力の一端なのだろう。


「大丈夫か? あいつの相手をするのは」

「心配は無用さ。あいつらの仇を討つ絶好のチャンスでもあるんだ。むしろ気持ちが昂って仕方がないよ。それに個人的にもあの男には用があるからね」


 隣で不敵に笑うジルを横目で見る。


「個人的? 今までジェインと関わりってあったか?」

「ないよ。そいつの顔も声も知らない。だけれど戦う理由はある。おまえは俺の行動原理を忘れたのか」

「ん? ああ、そっか」


 ジルは何時如何なる時でもこのハルリスのために戦ってきた。

 だったら相手がハルリス全体を脅威にさらしているものが相手で、さらにその黒幕だとすれば。それは紛れもなくジルにとっての執行対象となる。


「優先度はユリウスよりジェインが上、ってか」

「そういうことになるな。たとえ相手が俺より遥か高みにいようともなんとかしてみせるさ。そのための秘策も用意できたからな」

「秘策、か。頼もしい限りだよ。そっちは安心して任せられる」

「それでも勝率はよくて三割程度。油断はできない。そういうお前の方も目処はついたのか?」

「なんとかな。ギリギリ間に合いそうだ」

「それはよかった。では、お互いタイミングを合わせられるかどうかが重要ってことか」

「ああ、その一瞬ですべてが決まる。気を引き締めなないとな」


 話をしている間に、目の前の霧から薄っすらと建物が顔を出す。

 入り口の正面に来ているにもかかわらず静寂を保ったまま。

 俺たちの侵入をまるで歓迎しているかのようだった。

 空を見上げても、月と太陽、そのどちらの塔も途中までしか見えない。

 俺たちの行く末はまだ未知のままだった。

 中に入ると、そこにあったのは虹のように輝くステンドグラスの壁。

 ステンドグラスの光には神が含まれているといわれている。

 ある説によると神は光であるとされていた。ここからステンドグラスの光を神と思って崇めれば、それは神を崇めることと同等と言える。

 さらにはステンドグラスで聖堂内を飾ることは天国を表現しようとしていたものだという。これも神への尊い奉仕活動の一つと言われていた。

 聖堂内を光で満たすステンドグラスで、きっと訪れたすべての人々は問答無用で『神』の偉大さを叩きこまれたことだろう。

 模様そのものが何を意味して描かれているのか、芸術に疎い俺には余り分からないのだが、これがとても心を惹き付けるくらいに美しいものであることは俺でも解る。

 ちなみにステンドグラスそのものは虹を表し、これからの未来に繋がる希望の光としているのだと。

 だったら、どうだい?

 これからの俺たちの行く末も希望に繋がるのかい?

 それとも絶望に繋がるのかい?

 さあ、ハルリスの神よ。もし本当に存在しているというのならば、どうか俺たちの

行く末を見届けてくれないか。


「――ルーバス大聖堂。とうとうここまで来たんだな」

「ああ。ここが俺たちにとっての決戦の地になる」

「決戦、か。確かにそうだよな。ここで終わらせなければ何もかもが終わりだ」


 星座の魔術を発動させられたら――

 エレナを救えなければ――

 文字通り全てが終わりなのだ。


「ジル……、ここまで付き合ってくれてありがとな」

「今更な話だな。それにお互い様だろ」

「そうだったな。それじゃあ行こうか」

「ああ。絶対に生きて、必ずまた会おう」


 短いやり取りの後、拳を互いに合わせる。

 こんなにも真正面でジルの顔を見たのはいつ以来だろう。

 もしかしたらこの戦いで重傷を負ってしまうかもしれない。

 もしかしたら死んでしまうかもしれない。

 そんな恐怖を感じるのは当然のことだろう。

 それでも目の前の男は、今まで見たことがないくらいに輝いて見えた。

 まるでステンドグラスの光のように。

 同時に背を向け脚を踏み出し、そして走る。

 もう後ろには振り向かない。

 再びあいつの顔を見るのはすべてが終わったその後だ。

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