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猫にまつわる物語  作者:
ボウイの場合
5/7

ボウイの場合 ーリブートー

 帰りがけにホームセンターに立ち寄り、猫のエサやトイレ、トイレ用の砂などを買い込んだ。猫であれ自分を待ってくれていると思うと、何だか嬉しい。重い荷物を持ち直しながら、アパートの金属製の階段を上がり、難しい態勢でカギを開けた。足でドアを開いて、玄関に入り、その場に荷物を置く。

「ただいま」

 静かだ。電気をつけ、部屋に入ると、ほんの少し窓が開いている。

「あれ?」

 段ボールの中にボウイが姿はない。机の下や棚の上、ごみ箱の影など、ボウイがいそうなところに視線を投げるけれども、空振りに終わる。出かけるときには、窓は閉まっていたはずだ。窓を大きく開け、身を乗り出して確認するけれども、薄暗くなり始めた建物の間に、猫の影すら見つけられない。

 急いでTシャツとジャージに着替えると、通りの隅々にまで気を配りながら、公園まで歩く。夕方になって、幾分涼しいけれども、まとわりつく湿気が上がり始めた体温を体に閉じ込める。どこに行ったんだろう。また、どこかで倒れてるんじゃないだろうか? 車に轢かれていないだろうか? 窓に鍵をかけていかなかったことが悔やまれる。

 公園にたどり着く。子供たちの声が、太陽の名残を惜しむように、甲高く響いている。いつものベンチに座って、仄暗い木陰や茂みに目を凝らす。

「ボウイ いるか? 返事しろ」

 あの猫は、自分にボウイという名前が付けられていることすらわかっていないだろう。でも、呼ばずにはいられない。

「おーい」

 見上げると、いつの間にか、梅雨の雲が舞い戻り、空を隙間なく埋め尽くしていた。

「おーい、いるかー?」

 張り上げた声が、鼠色の雲に吸い込まれて消えた。


 月曜日の朝、曇ってはいるけれども、雨は落ちていない。昨日、思い切って買ったスーツとワイシャツを身につけて、アパートのドアを丁寧に閉め、鍵をかける。階段を下りると、深く息を吸い込んで、大きく吐き出す。

「さて」

 少し背筋を伸ばして、歩き始める。歩きながら、塀の上や茂みの影にボウイの姿を探す。昨日も、探して歩いたけれども、見つけることはできなかった。偶然の重なりを縁だと思いこんで、夢中になったのはこちらの勝手だ。部屋の中に閉じ込められるよりも、自由気ままな方が、ボウイらしい気がする。

 公園の入り口に差し掛かり、立ち止まる。ベンチに座る二人の女性の前に猫がいた。

 ボウイだ! 衝動に駆られ、三歩ほど公園に入ったところで、女性の声に足を止める。

「あら、さくら」

 高齢の女性が、ゆっくり前かがみになりボウイに顔を近づける。ボウイが、長い尾を揺らして近づくと、ゆっくり手を伸ばし、優しい手つきで頭を撫でた。

「久しぶりね。どこに行ってたの?」

 ボウイは、撫でられるがまま嬉しそうにしている。僕は、その様子を少しの間眺めていた。

「それでこそ、ボウイだ」

 そして、踵を返し、颯爽と駅に向かう。公園の桜並木のどこかで、一匹だけゼミが鳴いていた。

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