砂漠の国と筋肉達
本日二話目です!
聖女召喚時だけは特例となるようで、攻略対象達は最低限の側仕えを連れてきていたらしい。
屋敷内から外を眺めた時、森との境界に広がる天幕の数にちょっと驚いた。
イスハークからも、侍従のカシムとラシドを紹介された。どちらも筋骨隆々の大男だ。
要は『絆の扉』を使って一足飛びに移動できると考えていたが、どうやらこれは聖女以外には使えない代物らしい。
サマートル騎士国の王都は、砂漠の中にある。
ラクダの背に揺られながら、のんびりとした旅がはじまった。
しばらく続いた荒野が乾いた砂に変化してきた頃、目の前に現れたのは、どこまでも続く砂の海。過酷でありながら美しい風景に圧倒される。
借り受けたヒジャブがなければ頭皮を火傷していただろう、容赦のない日差し。揺らめく陽炎。
吸い込んだ空気さえ乾いて熱く、ここは日本ではないのだと実感を突き付けられる。
危なげなくラクダを乗りこなす要を振り返り、イスハークは白い歯を見せて笑った。
「まだ休憩は必要ないか、カナメ?」
名乗り合う際、聖女と呼ばないでほしいと頼んだらこのかたちで落ち着いた。彼の人懐っこい雰囲気がそうさせるのか、初対面での呼び捨ても、様を付けられるよりは気にならない。
カナメも遠慮なく、彼を呼び捨てにした。
「おかげさまで快適です。一人乗りを認めてくれてありがとう、イスハーク」
「なに、礼を言うなら俺の方だ。カシムとラシドの小賢しい思惑を打破してくれて助かった」
彼のいたずらっぽい視線の先には、虚ろな目で相乗りをする侍従達がいる。
要は乗馬の経験があったので、教えを受ければすぐにラクダも乗りこなせるようになった。
その結果、イスハークと聖女を相乗りさせるべくラクダを三頭しか用意していなかった侍従達は、皮肉にも筋肉同士で密着する羽目になったのだ。
げんなりしていいのは大男二人を乗せているラクダだけだと思う。
主人であるイスハークは、侍従達の鼻を明かせたからかご機嫌だった。幼い頃から共に剣の稽古をするなど、親しくしていたらしい。
「イスハーク、この悲惨な状況を見て、お前はどう思っている……?」
「布越しにカシムの体温がほんのり伝わってくるんだぞ。耐えられん、せめてどこかで交代してくれ」
「お前らがない知恵を振り絞っていなければ、こんなことにはならなかったんだぞ。頑張れ、王都まであと半日の辛抱だ」
「お前、もしや魔神の手先だな……?」
楽しそうにじゃれ合うところを見ていれば、身分の垣根などないと分かる。微笑ましく見守っていると、不意にイスハークが振り返った。
「聖女の身に危険が及ぶ可能性を鑑みれば、素性を隠した上での帰国となるだろうな。我らサマートル騎士国の王都は、オアシスを切り広げて作られた自然豊かで美しいところだ。カナメもきっと気に入ると思うぞ」
嬉しそうな笑顔に、要は目を瞬かせた。
彼の機嫌がいいのは、もしや要を王都に招いているからか。
裏表がなく、駆け引きを好まぬ真っ直ぐな気性。己の侍従達の思惑を見抜けなかったのは、逆に考えれば彼の器の大きさの表れかもしれない。
要は、肩の力が抜けていくのを感じた。何も考えていなかったけれど、彼を選んでよかった。
「ところでイスハーク。サマートル騎士国以外にも、砂漠ってありますか?」
「敬語も必要ないし、その質問の答えも否だな。雪が降らないのもこの近隣では我が国くらいだし、ウィンターフォレスト王国にいたっては温暖な時期の方が少ないらしいぞ」
「それはまた、ずいぶんな違いね」
サマートル騎士国の王都まで、およそ半日。
それぞれの国へ帰っていった攻略対象達も軽装だったことを考えると、王都までそう遠くないと分かる。小さな禁足の森に四ヶ国全てが接地している点からも、どこも大国と呼べるほどの面積があるわけではないだろう。
そんな中、サマートル騎士国は中東に近い風土。
セントスプリング国は、王道な西洋ファンタジーの世界観。
秋華国は名前の通り、中国を模している。
そしてウィンターフォレスト王国は、ロシア連邦のような設定。
――アラビアンと西洋と、華流とロシアン……ゲームの時は違和感なかったけど、実際に目の当たりにするとすごいごった煮感ね……。
隣り合う国同士でここまで気候や生活様式に差があるというのも、ゲームならではだ。問題なく意思の疎通ができるため考えもしなかったが、もしかしたら使用言語も異なるのかもしれない。
要はふと、真剣に考察していたことに自嘲する。
夢だと結論付けたのだ。このままただ流されていればいいのに。
遠く、遠く広がる空があまりにも青いから、考えずにいられないのかもしれない。
汗をかいた側から乾いていく灼熱が、確かな実感を伴っているから。
「カナメ! 少し先にオアシスがあるから、そこで休憩を取ろう。日が落ちるまでに王都に入るぞ!」
屈託なく笑いながら声をかけるイスハークも、どうしても幻には思えなくて。
さざ波のような不安を抱えながら、要は無理やり笑みを返した。