現実か、ゲームなのか
いつもありがとうございます!
今日は何回か投稿する予定です!
ことのはじまりは、高校からの帰宅途中だった。
歩き慣れた道を歩いていたら義兄と行き会い、会話も弾まないのに並んで歩いていた。
要の両親は九歳の頃に事故で亡くなっており、今は母の幼馴染みだという夫婦に引き取られていた。血の繋がりのない要を育ててくれる義両親にも、突然できた妹に優しくしてくれる義理の兄にも感謝しているが、未だにどこか引け目を感じていた。
要は気まずさを意識したくなくて、やたらと夕焼け空を眺めていた気がする。
いつもより鮮明な茜色だとぼんやり考えていたから、足元が光っていることに気付かなかった。
徐々に明るさを増す光を昼間のように感じ、ようやく異変を察知した時には――もう手遅れだった。
暴力的な目映さに吞み込まれ目を開けていられなくなり、視界が回復した頃には見知らぬ場所にいた。そうして、見目麗しい攻略対象達がズラリと並んでいたのだから。
最後に見た、こちらへ手を伸ばしながら必死に何かを叫んでいる義兄の顔が忘れられない。
「あー……あの人を巻き添えにしなかっただけよかったと思おう。あのイケメンが異世界巻き込まれ転移なんかしちゃったら、BL展開まっしぐら貞操の危機だったと思うし。あぁでも私も、何で地面が光り出した時に避けられなかったのかなぁ……」
陸上部のハードル競技助っ人で鍛えた跳躍がまるで役に立たなかった。痛恨の極みだ。
「こんなことなら、正式に入部しておけば……いやそれだとゲーム研究会に顔を出せなかったからこのクソゲーにも出会えなかった可能性が……あれ、あの時回避できてれば、ゲーム知識なんてそもそも必要なかった……?」
「――何の話だ、聖女よ?」
突如響いた他人の声。
瞬間、要の体は反射的に動いていた。
ベッドを文字通り飛び上がり、その跳躍を利用して窓辺の縁へ足をかける。
足元は靴下なので思い通りに動くことができない。それでもさらに壁を伝って一歩、二歩と蹴り上げ、部屋を支える芸術品のような細工の円柱、その最上部に爪先を引っかける。べたりと両手を天井に張り付ければ、何とか体を保持することができた。
様子を見にきたのは、攻略対象の四人の王子。
縦横無尽に駆け、一瞬で天井まで上ってみせた要の身のこなしに呆然としている。
「……人が、壁を走った。すげぇ」
「人というか、聖女のはずですが」
「隠密?」
「駄目だ、理解が追い付かん。この者、もしや人外ではないか?」
好き勝手に言う男性陣に、要は顔をしかめた。
「失礼な。これはパルクールという立派な競技です。友人がパルクール同好会を立ち上げたので、多少かじっただけ。私の世界では普通です」
「普通……」
「普通とは」
特定の部活動はしていなかったが、広く浅い友人付き合いの中、様々なことに手を出していた。運動部だけでなく吹奏楽や合唱などの文科系の活動、ほぼ部員のいない同好会などなど。
ゲーム研究会もその内の一つで、恋愛シュミレーションゲームだけでなくRPGや格闘ゲーム、GLやBL、際どい露出ありのゲームまで、勧められるがまま何でもプレイした。
『ロイヤル♡ラブウォーズ』の全攻略対象を制覇したのも、ゲーム研究会に所属する友人と話を合わせるためという目的もあってのことだ。
――ある意味、やっておいてよかったかもしれない……寝て起きたのに夢から覚めないってことは、たぶんこれゲームや小説でよくあった、異世界転移系のよくある展開だよね。
そして、もしゲームや小説のように、本当にゲーム通りのことが起こるのだとしたら。
要が努力し聖女としての役割を果たそうと、彼らの国は戦火に見舞われてしまうのだ。
彼らは、胸の内にうず巻く疑念を強引にねじ伏せたのか、未だ天井近くに張り付いている要に、倒れる前のように手を差し出した。
「聖女よ、まずはこの内の一人の手をとってくれ。我ら四ヶ国の代表として、選ばれた国が聖女を庇護することとなる」
冒頭の、ルート分岐の際の台詞だ。
要に選ばれれば聖女を国に招くことができるとあって、全員気迫に満ちている。
彼らの内、誰かの手を取れば自動的に物語がスタートするのだろう。
けれど。
――私が誰かを選べば、この人達も、この人達の国に住んでる人達も、死んじゃうってこと……?
聖女の選択によっては、敵対関係にあるいずれかの国が滅ぶのだ。
攻略対象達の末路は処刑だの消息不明だの謎の事故死だの、変わり種では山賊に身をやつすだの色々あったけれど、自分をきっかけに人が死ぬのは怖い。戦争がはじまってしまうのも。
多くの命が失われることを思えば、責任が両肩に重くのしかかるようだった。
瘴気の浄化など問題は残るだろうが、いっそ何も選ばず逃げてしまおうか。
――駄目だ。そんなことできない。私が何とかしないと……何とかしなきゃ……。
その時ふと、日本にいた頃、友人にかけられた言葉が浮かんだ。
『いやホント、あんた頑張りすぎじゃない?』
彼女の笑い声までもが甦って、指先が震える。
――私……また頑張りすぎてる?
このゲームに酷似した世界が現実なのかさえ疑わしいのに、何を熱くなっているのか。
要は自嘲の笑みを浮かべた。
どうせゲームなら、どうだっていい。そもそもこちらの都合も考えず、聖女などという役割を押し付けてくる方が悪いのだ。
要は静かに着地すると、適当な手をとった。
イスハーク・シャハール。乾燥地帯にある戦闘民族国家、サマートル騎士国の第十二王子。
固く編んで肩から流した黒髪と、黒曜石のような瞳。熱砂の国の陽光に耐えうる、艶やかな小麦色の肌。迫力のある逞しい体躯とは打って変わって、無邪気な笑顔は少年のよう。
ゲームの通りなら、年上の頼りがいのあるお兄さんキャラのはずだ。
こぼれる白い歯を眩しく思いながら、要は握り返された手の力強さを現実味なく感じた。




