砂漠の国の脳筋達だった…
おはようございます!
今日もよろしくお願いします!
◇ ◆ ◇
サマートル騎士国での生活がはじまった。
王都は、イスハークが自慢するだけあって息を呑むほど美しかった。
あの日要が都に到着したのは夕方に差しかかる時刻。砂丘を超えた先に突如姿を見せた都市は、まるで魔法で出現したかのように映った。
緑をたたえる肥沃な水がめの周囲にはぐるりと建物が並び、賑わいのある都市だと分かる。その中でも、一際華やかな宮殿の存在は圧巻だった。
茜色に染まりつつある宮殿は、堅牢でありながらも実に優美な建物。
カワセミの羽のごとく、鮮やかな翡翠色をしたドーム型の屋根。壁面は青いタイルで隙間なく飾られ、独特の草花文様を織りなしている。夕日を受けてなお輝きを増しているようだ。
感動を伝える言葉など思いつかない。
だからこそ要はしり込みした。
いかにも歴史的価値の高そうな建造物に滞在するなど、あまりに恐れ多い気がしたのだ。聖女ということになっていても躊躇がある。
この世界、ゲームをプレイしていたから知っているが、文化は中世寄りだ。
聖女の奇跡はあるけれど、魔法といった不思議な力は存在しない。
そして電気もガスも整備されていないため、現代日本の文明に慣れた要には不便も多い。ただ、上下水道はしっかり存在していた。そこだけはゲーム設定に感謝しなければならない。
敬われ傅かれる生活は気が引けて、掃除の手伝いでもと思い立っても、肉体労働からは遠ざけられているのが現状だった。野菜の皮むきも床磨きもしみ抜きも得意なのに。
聖女様に仕事を押し付けられないという使用人達の心情は理解できるのだが、要とて日がな一日ぼうっとしていることはできない。
そうして要は供をつけず、こっそり客間を出た。
滞在開始の三日間で、大体の場所に案内されている。床にまで青が敷き詰められた王廟や、水の流れが引き入れられた広間、『絆の扉』がある聖女の間。なぜかイスハークの部屋にも案内されたが、その思惑はもう聞きたくない。
その中でも要が目をつけたのは、古い書物が並んだ書庫だった。
国柄なのか、サマートル騎士国にはイスハークのようにおおらかな者が多い。時間という概念にとらわれず些事にこだわらない彼らは、読書にもあまり興味がないようだ。
王宮の規模のわりに小さな書庫には、ほとんど蔵書がなかった。
「少ないのはいいとして、本に関心がないからか、管理が杜撰なのがね……」
武器庫に保管されていた刃物など、全てすぐにも使えそうにぎらついていたのに。
何年もその状態で放置されていたらしく、案内をしてくれた侍女も特に気にした様子はなかったのだから驚きだ。四ヶ国間に交流がないゆえ外部の者に指摘されることもなかったのだろうが、図書委員の経験もあった要には無視できない。
ビーズと刺繍で装飾されたチュニックの袖をまくると、要はまず埃を落とす作業からはじめた。貴重な書物もあるだろうから、あくまで扱いは慎重に。
埃を取り除いたあとは、陰干しだ。中東の気候に紙魚が生息しているかは不明だが、風を通して損はないはず。
百冊にも満たないだろう書物の手入れは、時間がかからず終わりそうだ。
全て日本語タイトルに見えるということは、言葉が通じるのと同じ仕組みなのだろうか。要はその内の一つ、建国当初の伝記に目を留めた。
さらっと流し読んでみた内容は、要が知っている乙女ゲームのシナリオとほぼ一緒だった。
『黒い靄が世界中の空に広がり、水や大地の汚染で植物は死に絶えた。人々は少ない食料を奪い合うようになり世の中は混沌とする。そんな窮地を救ったのは、一人の聖女だった。彼女の慈しみは人々を癒やし、世界中に光を与えたという――』
「……んんん?」
目新しい情報はないと思っていたのに、終盤に驚きの記述があった。
「『全ての瘴気を浄化したのち、聖女と初代国王は永遠を誓い合った……』って、え? 永遠を誓うって、恋愛的な意味? 初代聖女とサマートル騎士国の国祖が?」
これは乙女ゲームになかった設定なのか、それとも詳細を省かれていただけなのか。
全くのでたらめという可能性もあるが、それを裏付ける根拠もまたない。
思いがけない発見に考え込んでいると、どこからか荒っぽい足音が近付いてきた。ここ最近毎日突撃を受けているので、顔を見なくても誰か分かる。
要は陰干ししていた蔵書を淡々と片付けながら、足音の主を待つ。
「カナメー、こんなところにいたのか!」
「……イスハーク、埃が舞うから」
綺麗になった書物を汚されては堪らないので、しっかり小言は忘れない。
それでも彼から逃げ切れるとは思っていないため、要は片付ける作業を早めた。
「おぉ、すまん。だがこちらも、使用人達が困るから、彼らの仕事に手を出すなと何度も言ったはずだぞ? そして手が空いているのなら、今日も俺にパルクールを教えてくれ!」
フリスビーを加えた大型犬を彷彿とするのは、なぜなのだろう。
イスハークは、初日に披露したパルクールに感銘を受けたらしく、彼自身の執務を終わらせた途端に襲来しては、教えを請うようになっていた。
使用人達が困るといった建前も口にしているが、気のせいではなくパルクールの方が彼にとっての比重が重い。ゲームでは頼れるお兄さんというキャラ設定だったはずなのに。
実際のイスハークは、意外に子どもっぽい。
初対面時は聖女獲得のために取り繕っていたのだろうか。素の彼は強さだけを追い求める根っからの戦闘民族で、暇さえあればカシムやラシドと手合わせをしているのだから。
「脳筋……」
「のうきんって何だ、カナメ?」
「脳まで筋肉でできてるってこと。この国の人達が戦闘狂過ぎて、馴染める気がしないわ」
「カナメは小さいのに、結構毒づくよな」
「二歳しか変わらないでしょ!」
一緒に過ごすにつれ、彼に対しすっかり敬語を取り払っていた。周囲は親密になったと捉えているようだが、どちらかというと要の方は手のかかる弟ができた気分だ。
イスハークは、不機嫌を露にしていた要の顎に指をかけ、強引に間近から覗き込む。
「カナメ、怒りっぽいのは欲求不満だからかもしれんぞ。俺と体を動かし発散しようではないか」
「怒らせてる原因に言われたくないし、欲求不満になるほどパルクールにのめり込んでないし! あと親密と誤解されるような言動はやめて!」
イスハークと共に要を探していたらしい侍女は有能なので聞こえなかった素振りでいるが、俯いた頬は恥じらいに染まっている。
恋仲なのではという噂にさらなる尾ひれがついてしまうことは確定だ。
「誤解? 俺はカナメと親しいつもりだぞ」
何も分かっていないイスハークが、白い歯を見せて快活に笑う。
彼の笑顔を前にすると文句が言えなくなってしまうのだから、大概絆されている。
要は大きなため息をつくと、わざとらしく厳しい眼差しを作った。
「片付けが終わったら付き合うから、先に行ってて。カシムとラシドも呼んで、今日はパルクールの応用編を見せてあげるわ」
「分かった! 人数は多い方が楽しいもんな!」
無邪気に駆け出す背中を見送ってから、要は頭を掻いた。
片付けよりもまず、ますます赤くなってしまった侍女にパルクールとは何かを説明する方が先かもしれない。




