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第7章 僕と精神科医の関係

「これは?」

「右」

「これは?」

「左」

「じゃあこれは?」

「右……ですかね」

「右目0.6、左目0.5か。視力の方は徐々に悪くなっているようだね。眼鏡でもかけたら?」

「間違って眼鏡かけたまま顔を洗ってしまうかもしれませんので、嫌です」

「コンタクトは?」

「目に異物を入れたくありません」

「けど、そろそろ黒板とかも見にくくなっているだろう? 勉学に影響はないのか?」

「授業中は大概眠ってますので」

「……この不良め」


 片目を覆っていた黒いしゃもじのような遮眼子を机に置き、僕は椅子に腰かけた。


「子供の頃から思ってましたけど、その視力検査に使われるCって形、どことなくパックマンに似てますよね。えっと……ランランカンカン?」

「ランドルト環な。それにしても、今時の高校生がパックマンを知ってるなんて驚きだな」

「今時だからですよ。今は携帯でいろんなゲームができるんです」

「便利な世の中になったものだな。私は未だにケータイは電話とメールの使い方しか分からない」


 などと言う赤木恵子(あかぎけいこ)先生は、今年で三十一になるらしい。高校生の二倍くらい離れている年齢だと、やはり世代がまったく違うんだろうか。それとも赤木先生がただ機械音痴なだけか。どう考えても後者である。


 赤木先生は精神科医だ。僕が自殺を図って以来、お世話になっている。と言っても、最近は月に一度の間隔で検査してもらってるくらい。しかも僕はそれすらサボることがあるので、僕が学校に復帰してからは、そう頻繁に対面している間柄ではなかった。


 ただもちろん、入院中にあれこれ診てもらったことに関しては、言葉では表現できないほどの多大な感謝を抱いているんだけれども。


「はい、じゃあこれで今日の検査は終わり。来月もサボらずちゃんと来ること」


 白衣の精神科医は僕の正面に座るや否や、カルテを見ながらそう言った。

 いつもながら、医者と患者という立場でこの位置に座ると、とても目のやり場に困る。具体的に言えば、赤木先生の胸だ。もうたゆんたゆんである。ぶっちゃけ爆乳だ。衣服と白衣の上からも分かるその大きさは、たとえ風船を無理やり詰め込んでいるんだと説明されても信じてしまうほど。これほど大きな胸は、僕は何かしらの記憶媒体以外では目撃したことがない。


 加えて白衣にミニスカときた。そちら方面のフェチが無くとも、そこ組み合わせは犯罪的だろうに。とても三十過ぎとは思えない、若々しい肉体とセンスだった。


「君に若々しいと思われても、絶対にお世辞なんだろうけどな」


 おっと、心を読まれた。どうやら今時の精神科医は、読心術を心得てるらしい。

 つーことは、僕が今まで散々してきた、赤木先生に対するエロい妄想も全部筒抜けだったわけか。て、照れるぜ。


「なに顔を赤く染めてるんだか。気色悪い。ところで最近、何か日常生活で変わったこととかなかったかい?」

「カウンセリングですか? それなら僕には必要ない」

「違うし。君にカウンセリングが必要ないのは同意だけど、それは治らないから意味がないってことだぞ。精神状態が安定しているからという意味では、断じてない」

「つまり不治の病ってことですか。信用できる精神科医に言われちゃ、もうお手上げですね」

「自分のことなんだから、もっと深刻になりなさいな」


 デスクに肘をついた赤木先生は、呆れたように溜め息を漏らした。


「変わったことですか。そうですね……僕自身には特にありませんが、そういえば先日、学校内で殺人事件が起きました」

「は?」

「ん?」


 なんか意外な反応をされ、僕もまた首を傾げてしまった。

 この大学病院はウチの学校とさほど離れているわけではないし、事件のことは新聞にも載ったはずだ。まさか三十過ぎにもなって、新聞を読まないってことはないだろう。


「新聞には変死体が見つかったとだけ書いてあったが? 殺人事件? どうしてそう言える? 君は何を知っている?」

「あー……」


 なるほどね。新聞を詳しく読んでいなかったのは、僕の方だったわけだ。


「実は昨日、何人かの生徒は取り調べを受けましてね。その時に、直接刑事から聞いたんですよ。殺人事件だから協力をお願いしますって」

「ふーん」


 赤木先生は目を細めている。どうやら疑っているようだ。本当のことを言っているのに信用してもらえないのって、こうも嫌な気分になるのか。


「ま、君が何をしようと君の勝手だし、私には関係のないことだからね。別にどうでもいい。でも君は一年前にも、ちょっとだけ警察のお世話になっているんだ。これ以上変なことしたら、本気で頭を疑われるよ」

「そこでまた先生の登場ですね」

「そうか、しまったな。君、絶対に何もするなよ」

「変わり身が早いなぁ」


 などと話しているうちに、時間は正午に達したようだった。先生は今から昼休みである。

 ちなみに今日は平日だ。午前中の授業は当然サボりだが、担任は事情を知っているため、別に後ろめたいわけではない。堂々と休めてラッキーだぜ。


「さあ、私は腹が減ったから君は早く帰れ。午後の授業には出るんだろ?」

「え……このまま家に帰るつもりでしたけど?」

「ダメだ。担任には私から連絡を入れておく。学費を出してもらっている保護者に失礼だからな。というわけで、ちゃんと保護観察しておくんだよ。涼香ちゃん」


 振り向くと、涼香が無言で敬礼していた。

 しかしなんで付き添いのために学校をサボった涼香が怒られなくて、診察される僕が午後の授業をサボろうとすると咎められるんだろうな。差別だ。


「そんじゃ、学校行くよバカ兄貴。赤木先生、ありがとうございました」

「あいあい。涼香ちゃん、来月もまた、バカ兄貴を引っ張って連れてきてね」


 挨拶を済ませると、僕らはすぐに大学病院を後にした。

 僕も諦めて、学校へ向かうとする。とここで、ちょっとした思い付きがあった。


「なぁ、涼香。せっかくだからどこかで昼食でも食べて行かないか?」

「兄貴の奢りならね」


 親からもらった診察代のお釣りが奢りと言えるのかどうか分からないな。


「――と思ったけどやめとく。こんな時間に高校生が出歩いていたら見咎められそうだし、弁当もあるしね」


 そうか。僕らは今、制服だったな。

 涼香の意見を尊重し、僕らはまっすぐに学校へと向かった。ただ涼香に僕のお誘いを断られたのは、ちょっとばかし残念だった。もしかしたら僕らの日常は、今日で終わりになってしまうかもしれないのだから。

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