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戦えない転生者ですが、亡国の女兵士の専属ナビになりました~元ラリーの助手席担当、十五メートルの戦場を読む~  作者: 他力本願寺


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第45話 夜明け

暗くて、ヴェラの顔が見えなかった。


 同期は戻らない。


 カイは目を閉じた。開いても何も変わらない。それでも、頭痛だけは瞼の奥で続いていた。


「使えない。《戦導》は、今は無理だ」


「使わなくていい。息を整えろ」


 ヴェラの声はすぐ横にある。


 もう一人の呼吸も聞こえた。浅く、不規則だ。アルディスは意識を失ったままだった。


 カイは帯を探り、通信器を取り出した。外殻が割れている。呼びかけても、雑音しか返らない。


「鉄の柱は、どこだ」


「私の右。触れる」


「工具で叩いてくれ。三回ずつ。救助が近くにいれば……」


 音がした。三回。しばらく待ち、また三回。


 カイはその間を数えた。途中で分からなくなり、数えるのをやめた。


 何もかも読もうとしなくていい。今は、彼女のいる場所だけ分かればよかった。


 どれくらい経ったか分からない頃、向こうから音が返った。


 三回。


 ヴェラが動こうとする気配がした。


「まだ、どこが空いてるか分からない」


 カイが言うと、彼女は止まった。


 瓦礫の間へ、細い光が差した。


「中に何人いる!」


「三人! 一人は意識がない!」


 ヴェラが答えた。外から何人もの声が重なる。


「梁を支える。動くな、まだ動くなよ!」


 ダリオだった。


 カイは笑おうとして咳き込んだ。動くなという声が、こんなにありがたい時もある。


 命令形かどうかだけで決まることではなかった。何のために止まるのかが分かり、確かめる相手がいる。今、そこに命を預けられた。


 穴が広がると、リオが灯りを差し入れた。


「この凹み、保守図に残っていました。カイ殿ならここを使うと」


 カイは手帳を出した。濡れて頁が貼りついていたが、該当する図は読めた。


「頭上に点検管がある。けど、今、どこで折れてるかは分からない」


「外から確認します」


 リオの灯りが上へ動く。ヴェラは足元へ光を向けてもらい、石を一つずつ確かめた。


「ここは浮く。手前の鉄枠なら、体重をかけられる」


「向こうの梁は、俺たちが押さえてる」


 ダリオの声が返る。


 相互コールは、二人だけの速さを競うものではなくなっていた。見える者が言い、別の者が確かめる。通れなければ、別の手を借りる。


 先にアルディスを外套へ乗せ、引き出した。


 次にカイ。自分では這うのが精一杯で、途中からは救助の手に運ばれた。


 最後にヴェラが穴を抜けた。彼女の左腕も、もう槍を握れる状態ではなかった。


 東の空が白んでいた。


 担架の上で、カイは目を細めた。光が痛い。治癒士に布をかけてもらい、その隙間から平原を見た。


 黒い群れは、まだいた。


 だが一つの波ではなくなっている。主級個体を失い、別々の方向へ逃げる群れを、各隊が深追いせずに押し返していた。


「塔の鐘に寄っていた個体も、散り始めました」


 リオが報告した。


「全部がそうだったわけではありません。残りは、退路を分けて処理しています」


 塔が魔獣を命令で動かしていたのではない。強い発振に引きつけられた群れと、主級個体に従っていた群れ。その二つの圧力が、ようやくばらけた。


 戦いが一斉に終わることはなかった。


 負傷者を呼ぶ声が続き、戻らない隊員の名を確かめる声もあった。その隣で、帰ってきた者を抱きしめる人がいた。


 ヴェラが担架の脇に座った。折れた槍を膝へ置いている。


「……帰れたな」


 カイが言った。


「帰してもらった」


 彼女が答えた。カイは頷き、ダリオとリオへ、声が出るだけ礼を言った。


*


 三日後、カイは治療用の天幕から短い面会を許された。


 アルディスの寝台には護衛がついていた。中枢への接続で傷めた神経の回復は、まだ見通せないという。体を起こすにも、看護の手が必要だった。


「あの通信は、続いていたそうだな」


 アルディスが言った。


「ああ。塔が止まる前から、受信器を外した隊もあった」


「私は、止まると思っていた」


 カイは返事を急がなかった。


 アルディスは天幕の入口を見た。外では、兵が次の食料搬入を相談している。


「十一年前、私は迷った者の名ばかり覚えていた。つなぎ直そうとした者も、いたのだろうな」


「いたかどうかは、記録を見なきゃ分からない」


 カイは答えた。


「でも今回、つないだ奴らの名は残す」


 アルディスは目を閉じた。


 塔が防衛線を持ち直させた時間はあった。使用を承諾していない波形を使い、兵から離脱する手段を奪い、帰投で前線に穴を開けたこともあった。一つを認めるために、ほかを消す必要はない。


 カイは試験起動の記録を提出した。ヴェラも、自分が何に同意し、何には同意しなかったかを書面に残した。


 アルディスの責任を決める審理は、これからだった。


 天幕を出ると、ラゲルが椅子に座っていた。あの城壁から衛生兵に運ばれて以来、右手を布で吊っている。


「ヴェラ」


 呼ばれた彼女が、足を止めた。


「俺が、お前を戻そうとしたことだが」


 ラゲルは言葉を切った。カイの方は見なかった。


「塔のせいだけにはできん。お前は戻りたくないと、俺に何度も見せていた」


 ヴェラは黙っていた。


「すまなかった」


 長い沈黙の後、彼女が口を開いた。


「教わった足の運びで、生き残ったこともある。それは消えない」


「ああ」


「だが、次にどこへ行くかは、私が決める」


 ラゲルは頷いた。許しを求める言葉は、続かなかった。


 ヴェラはかつての上官へ一礼し、自分の足で立ち去った。カイはその隣を歩いた。


 旧都からセルカまでは、馬車でも四日の道だった。二人は搬送隊の荷台で揺られ、街へ戻ってからも療養を続けた。


 カイは机へ向かう時間を制限され、ヴェラは新しい槍の重さを確かめるだけに留めた。リオが運んでくるノートには、二人がいない間の訂正が増えていった。


 やがて、大黒潮の主な群れが退いたと正式な報告が出た。


 その翌週、ミナが寝台脇へ二通の書状を持ってきた。


 一通は、ヴェラを旧兵の再編部隊の士官へ迎えたいという打診。


 もう一通は、カイを王都の特別戦術官へ招くものだった。


「断るにしても、条件は全部読んでからにしな」


 ミナが言った。


 カイは封を開いた。隣で、ヴェラも自分の書状を開く。


 二人に、別々の道が示されていた。

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