第41話 中枢へ走れ
最初の段で、階段が揺れた。
カイは手すりを握り、下を見た。ヴェラが魔獣の顎を柄で押し返している。左足が遅れた。塔の拍が、まだ身体へ割り込んでいる。
「上まで行く。十メートルだ。三本で外を切る。その後、座席の桿だ」
「見える。足元を見ろ、カイ」
彼女の言葉に目を戻す。次の段が、留め金ごと外れかけていた。
カイは一段飛ばした。飛んだ衝撃で頭の中が鳴る。それでも、鉄柵の隙間から彼女が見える位置へ出た。
十メートル下のヴェラが、横へ離れた。斜め十三メートルほど。圏内だ。だが配管に隠れれば切れる。
カイは壁側を走らず、金網の内縁へ寄った。
「上、石が落ちる。お前の左は空いてる」
ヴェラが左へ移った。跳ばず、足を擦るように二歩。頭上を通った石が床へ砕け散る。
その隙にカイは一つ目の断路器へ着いた。
胴ほどもあるケーブルが、壁の箱へ収まっている。切る場所は線そのものではない。保守図にあった赤い把手。その根元の留め具だ。
焼けた金属の臭いがした。
把手は動かなかった。主級個体の衝撃で箱が歪み、根元を噛んでいる。
カイは工具掛けから短い鉄棒を抜き、歪んだ縁へ差し込んだ。押す。鉄が鳴る。掌の傷が開いた。
下でヴェラの槍が弾かれる音がした。
「まだか!」
「噛んでる。もう少し!」
カイは鉄棒へ腰を預けた。縁が指一本分浮き、把手が回った。
火花が箱の中へ走る。線の光が消えた。
一本目。
外へ伸びる光は、あと二本。
カイは工具を持ち直し、次の箱へ走った。
視界の右端が、黒く欠けた。
そこにあるはずの手すりが見えない。カイは足を止めた。頭を動かして確かめると、鉄の棒はちゃんと残っている。
見えるものが減っている。
数字を一つ声にした。十。次が出てくるまで、時間がかかった。
「ヴェラ。右が見えにくい。計算も遅れてる」
「分かった。止まれる所は?」
「この踊り場なら」
カイは腰を落とした。今、二息だけ休む。その間、ヴェラは甲殻の死骸を盾にして、近衛魔獣の突進をしのいだ。
彼女一人へ負担を寄せている。それは変わらない。だが、まだ平気だと隠すことはできなかった。
「二本目は、そこから右だ」
ヴェラの声が上がった。
カイは首を回した。壁面に、二つ目の箱がある。
その真上で、主級個体の爪が岩を削った。
巨大な石の梁が斜めにずれた。片側が壁へ残り、反対側が下がる。二本目の線を押し潰しながら、まだ止まっていた。
カイは構造図を見た。梁の下へ入る必要はない。保守用の引き棒が、箱の横から通路の外まで伸びている。
その先端へ鉄棒をかけた。
ひと引き。
途中で抜けた。反動でカイの背が柵へ当たる。
もう一度かける。今度は、棒の溝へ深く。
梁の端から砂がこぼれた。
カイは歯を食いしばり、把手の回転する方向へ押した。箱の内側で何かが外れ、線の光が消えた。
直後、石の梁が落ちた。
カイは踊り場へ転がった。二本目の箱も、さっきまで立っていた金網も、瓦礫の下へ消えた。
二本目。
立ち上がろうとすると、両膝が震えた。
「あと一本だ。中央寄りの箱へ行く」
返事が聞こえなかった。
金網越しに下を覗く。折れた配管が重なり、その向こうを土煙が流れている。灰色の外套が見えない。
同期の感覚が消えた。
「ヴェラ、見えない!」
「聞こえる。柱の南側だ!」
カイは返事の方向へ身を寄せた。配管の切れ目から、槍を構える右肩が見えた。今はそれだけだ。姿勢全体を確かめるまで、高速の読みは戻せない。
「正面を一頭、止める。お前は三本目へ」
ヴェラが言った。
カイは壁を伝って進んだ。配管を越え、第三の箱があるはずの場所を見る。
そこに壁はなかった。
主級個体の前脚が、地下へ深く落ち込んでいた。天井から垂れた腹の装甲が、吹き抜けの上半分を塞いでいる。巨体の残りは地上に引っかかり、前脚だけが床を削っていた。
三本目の線はまだ光っていた。だが断路器を留めた壁が剥がれ、箱ごと下の保守棚へ落ちている。
カイのいる軸路より四メートル下。巨獣の曲がった前脚の下側だ。
取付台は見える。把手は、脚の陰になって見えない。
ノートには、今この瞬間に崩れた道まではない。
カイは足元を探した。下りる梯子は折れている。梁を渡れば棚へ近づけるかもしれないが、狭くなった視界から、その先が落ちていた。
頭上で、岩が擦れた。
どちらを向けばいい。
カイは手すりをつかんだまま、動けなくなった。




