亀裂
「衣香!お前なんてことを…」
「間違ったこと言った?言ってないよね。本当に別れてないんだから。わたしね、引っ越してから1日だって龍弥くんのこと忘れたことなかったんだよ。徐々に連絡が途絶えていっても」
3年も前の話なのに1日も…
なぜ自分のことをそこまで想ってくれているのか謎だったが、
龍弥は過去のことを必死に思い出していた。
衣香の言う通り、確かに明確に別れ話はしていない。
中学2年生の頃、龍弥は衣香と同じクラスだった。
席は隣で衣香が龍弥にアプローチをかけて、なんとなく付き合う形になった。
「龍弥くん」
「な、なに?」
「付き合ってるのに、まだまともに話せないの?」
女性が苦手な龍弥は、付き合っていてもまともに衣香と話せなかったので、
衣香はそれをネタによくからかっていた。
「し、仕方ないだろ…」
「もう、早く普通に話したいな」
そんな衣香が龍弥はかわいく思え、最初の頃は結構楽しかった。
ところが、1か月もすると龍弥は嫌気がさしていた。
それは、衣香の束縛が強すぎたからだ。
毎朝、必ず「おはよう」のLINEから始まり、家に帰ると「ただいま」と送ってくる。
これだけならいいが、夜は「何してる?」「暇だよ」「お話ししたいな」という内容が
何度もくる。
返事が遅れると翌日は口を聞いてくれなくなり、放っておくと泣き出す。
学校で毎日会っているのに、土日も必ず会わなければいけなくて、
ほかの友達と遊ぶこともできなくなった龍弥にとっては、ストレスでしかなかった。
それでも別れると言えない自分が情けなく思いながら、
そのまま付き合い続ける日々が続いた。
そんな感じで半年ほど付き合った中学2年の終わり、衣香が突如転校することになった。
理由は親の転勤だ。
衣香はこう言っていた。
「離れ離れになっても付き合おうね」
「あ、ああ」
そう返事をしたが、いざ遠距離がスタートすると、
龍弥は返事を返すのが少しずつ遅れていき、いつしか連絡すらしないようになって
自然消滅という形になっていた。
やはり、近くにいないということで返事が遅れても泣かれることもない、束縛もされない、
なるようになった、龍弥はそう自分の中で理解していたのだ。
ただ、心の中にはどこか罪悪感が残っていて、
衣香の存在が引っかかっていたのも事実だった。
そのせいで、なかなか真央と付き合おうという決断をくだせなかった。
あの日、衣香と会ってしまった直前までは。
「ところで龍弥くん、普通に話せるようになったんだね。前はわたしと話すときどもっていたり緊張していたのに」
「まあ…3年も経てばさすがにな」
そう返したものの、女子と普通に会話できるようになったのはつい最近だし、
全部真央のおかげだ。
「今日…一緒に帰ろうね」
無邪気な笑顔で言ってくる衣香の言葉を、龍弥は拒否できなかった。
一緒に出て行ったはずなのに、教室に戻ってきたのは真央だけだったので
何かあったことを香蓮は刹那に感じ取った。
「バカみたい!なんなの一体?」
相当ご立腹だ。
よほど頭にきたことを言われたのだろう。
「あいつ、彼女いたんだよ。じゃあなんでわたしを好きってっ言ったの?意味わかんなくない?」
「え?彼女?元じゃなくて?」
香蓮だけじゃない、聞こえていたまわりのクラスメイトたちも驚いていた。
「別れてないってあの子が言ってた。龍弥も否定しなかったし」
「あの子って…同じ学校なの?」
「今日1組に転校してきた子、それが龍弥の彼女」
こんな偶然あるのだろうか、最悪な方向に流れていっている。
「だからね、もうわたしが龍弥と付き合うことはないから。ホントバカみたい」
完全に真央は自暴自棄になっていたので、香蓮は必死になだめることにした。
「そんな結論を急がないで!本当かどうかもまだわかんないんだから」
それでも真央は聞く耳も持たず、「もうどうでもいい」と完全に不貞腐れていた。
そんな中、そーっと龍弥が教室に戻ってくる。
気づかれないとでも思ったのだろうか、足を強めて香蓮が近づこうとしたタイミングで
チャイムが鳴り、昼休みが終わってしまった。
すぐに教師も入ってきたので、諦めて席に戻る。
授業中、龍弥は一度も振り返ることなく前だけを向き続け、
授業が終わると休み時間中は急いで教室から出ていき、チャイムと同時に戻ってきた。
あきらかに真央から逃げているのがわかる。
そんな態度が香蓮にとっては非常に不愉快だった。
いや、香蓮だけではない、
真央はもちろん、巴菜や健吾たちも同じ気持ちのはずだ。
あんな奴やめたほうがいいよ、男らしくないもん。
そう真央に言ってやりたい気分だった。
その龍弥は放課後になったと同時に、慌てて教室を出ていき、
この日、真央に弁明することはなかった。
さすがに真央も怒りを通り越して呆れていて、「マジどうでもいい」と言って
龍弥を話題にすることもなかった。




