第17話 商人の来訪
村へ戻ると、確かに見慣れない馬車が停まっていた。
荷台付きの大きな馬車だ。
村へやって来る行商人の荷車より一回り大きい。
馬も二頭立てで、それなりに金を持っていることがうかがえた。
村人たちが遠巻きに眺めている。
その中心には村長の姿があった。
「お、来たかセシル」
俺に気付いた村長が手を挙げる。
その隣には四十代ほどの男が立っていた。
恰幅が良く、服装もしっかりしている。
商人で間違いないだろう。
「この子か?」
「ああ」
男がこちらを見る。
値踏みするような視線だった。
「セシルだ」
「初めまして」
とりあえず頭を下げる。
貴族だった頃の教育はほとんど覚えていないが、礼儀くらいは分かる。
男は少し意外そうな顔をした。
「ずいぶん礼儀正しいな」
「村長に叩き込まれました」
「おい」
村長が苦い顔をする。
商人は声を上げて笑った。
◇◇◇
男の名前はガルド。
近隣の町や村を回りながら商売をしている商人だった。
話を聞くと、この辺りではそれなりに有名らしい。
「それで、何の用なんですか?」
俺が尋ねると、ガルドは顎を撫でた。
「変わった穀物の噂を聞いてな」
やはりか。
予想はしていた。
「米のことですか?」
「その名前だ」
ガルドが頷く。
「最初は冗談だと思った」
「でしょうね」
「見たことも聞いたこともない穀物だからな」
俺は内心で苦笑した。
そりゃそうだ。
異世界の人間からすれば完全な未知の作物なのだから。
◇◇◇
「まずは見せてほしい」
そう言われ、俺たちは倉庫へ向かった。
保存してある籾や玄米を見せる。
ガルドは真剣な顔で観察していた。
「なるほど」
「どうですか?」
「正直よく分からん」
即答だった。
俺も同意だった。
見ただけでは分からない。
「食べてみますか?」
「もちろんだ」
その返事を聞いて俺は準備を始めた。
◇◇◇
村人たちも集まってきた。
どうやらちょっとした見世物になっているらしい。
鍋へ米を入れる。
水を加える。
火を入れる。
慣れた作業だった。
以前なら緊張しただろう。
だが今は違う。
米の価値を俺は知っている。
だから自信を持って炊くことができた。
しばらくして湯気が立ち始める。
香りが広がる。
村人たちは慣れたものだったが、ガルドだけは違った。
「なんだこの匂いは」
「米です」
「知ってる穀物の匂いじゃないな」
その反応に思わず笑ってしまう。
初めて嗅げばそうなるだろう。
◇◇◇
炊き上がった。
木椀へ盛る。
ガルドへ差し出す。
「どうぞ」
「……いただこう」
慎重に一口。
噛む。
そして動きが止まった。
「……」
「どうです?」
「……うまいな」
静かな声だった。
だがその表情を見れば分かる。
かなり驚いている。
もう一口。
さらにもう一口。
気付けば夢中で食べていた。
村人たちから笑いが起きる。
「その顔、最初の俺たちと同じだな」
「本当か?」
「本当だ」
ガルドは少し照れたように咳払いした。
◇◇◇
食事を終えた後。
商人の目が変わっていた。
先ほどまでの興味本位ではない。
明らかに商売人の顔だ。
「買いたい」
開口一番だった。
「やっぱり」
俺は苦笑する。
「どれくらいある?」
「それほど多くはありません」
実際その通りだった。
村人たちの食料もある。
種籾も必要だ。
無限に売れるわけではない。
「全部は無理です」
「だろうな」
ガルドも納得していた。
◇◇◇
その後は村長を交えて話し合いになった。
「今年は試験販売だな」
村長が言う。
「来年以降、本格的に増やす」
「賛成だ」
ガルドも頷いた。
「正直、これは売れる」
「そんなにですか?」
「ああ」
商人は断言した。
「珍しいだけじゃない」
「美味い」
「それが大きい」
俺は少し驚いた。
もちろん米が美味いことは知っている。
だが異世界でも通用するとは思わなかった。
◇◇◇
結局、その年は少量だけ販売することになった。
代金は思った以上だった。
村人たちも驚いている。
「こんな値段になるのか」
「珍しいからな」
ガルドが肩をすくめる。
「来年はもっと持ってきてくれ」
そう言って笑った。
◇◇◇
商人の馬車が村を去った後。
俺は一人で田んぼを眺めていた。
今までは村のためだった。
食料を増やすためだった。
だが今日、初めて分かった。
米は村の外でも価値を持つ。
もしかすると俺が思っている以上に。
風が吹く。
水面が揺れる。
そして俺は知らなかった。
この小さな取引が、やがて王国中へ米の名を広める最初の一歩になることを。
まだ誰も知らない未来へ向けて、物語は静かに動き始めていた。




