↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
米を食え!  作者: 岩尾卓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/20

第17話 商人の来訪

 村へ戻ると、確かに見慣れない馬車が停まっていた。

 荷台付きの大きな馬車だ。

 村へやって来る行商人の荷車より一回り大きい。

 馬も二頭立てで、それなりに金を持っていることがうかがえた。

 村人たちが遠巻きに眺めている。

 その中心には村長の姿があった。


「お、来たかセシル」


 俺に気付いた村長が手を挙げる。

 その隣には四十代ほどの男が立っていた。

 恰幅が良く、服装もしっかりしている。

 商人で間違いないだろう。


「この子か?」


「ああ」


 男がこちらを見る。

 値踏みするような視線だった。


「セシルだ」


「初めまして」


 とりあえず頭を下げる。

 貴族だった頃の教育はほとんど覚えていないが、礼儀くらいは分かる。

 男は少し意外そうな顔をした。


「ずいぶん礼儀正しいな」


「村長に叩き込まれました」


「おい」


 村長が苦い顔をする。

 商人は声を上げて笑った。


◇◇◇


 男の名前はガルド。

 近隣の町や村を回りながら商売をしている商人だった。

 話を聞くと、この辺りではそれなりに有名らしい。


「それで、何の用なんですか?」


 俺が尋ねると、ガルドは顎を撫でた。


「変わった穀物の噂を聞いてな」


 やはりか。

 予想はしていた。


「米のことですか?」


「その名前だ」


 ガルドが頷く。


「最初は冗談だと思った」


「でしょうね」


「見たことも聞いたこともない穀物だからな」


 俺は内心で苦笑した。

 そりゃそうだ。

 異世界の人間からすれば完全な未知の作物なのだから。


◇◇◇


「まずは見せてほしい」


 そう言われ、俺たちは倉庫へ向かった。

 保存してある籾や玄米を見せる。

 ガルドは真剣な顔で観察していた。


「なるほど」


「どうですか?」


「正直よく分からん」


 即答だった。

 俺も同意だった。

 見ただけでは分からない。


「食べてみますか?」


「もちろんだ」


 その返事を聞いて俺は準備を始めた。


◇◇◇


 村人たちも集まってきた。

 どうやらちょっとした見世物になっているらしい。

 鍋へ米を入れる。

 水を加える。

 火を入れる。

 慣れた作業だった。

 以前なら緊張しただろう。

 だが今は違う。

 米の価値を俺は知っている。

 だから自信を持って炊くことができた。

 しばらくして湯気が立ち始める。

 香りが広がる。

 村人たちは慣れたものだったが、ガルドだけは違った。


「なんだこの匂いは」


「米です」


「知ってる穀物の匂いじゃないな」


 その反応に思わず笑ってしまう。

 初めて嗅げばそうなるだろう。


◇◇◇


 炊き上がった。

 木椀へ盛る。

 ガルドへ差し出す。


「どうぞ」


「……いただこう」


 慎重に一口。

 噛む。

 そして動きが止まった。


「……」


「どうです?」


「……うまいな」


 静かな声だった。

 だがその表情を見れば分かる。

 かなり驚いている。

 もう一口。

 さらにもう一口。

 気付けば夢中で食べていた。

 村人たちから笑いが起きる。


「その顔、最初の俺たちと同じだな」


「本当か?」


「本当だ」


 ガルドは少し照れたように咳払いした。


◇◇◇


 食事を終えた後。

 商人の目が変わっていた。

 先ほどまでの興味本位ではない。

 明らかに商売人の顔だ。


「買いたい」


 開口一番だった。


「やっぱり」


 俺は苦笑する。


「どれくらいある?」


「それほど多くはありません」


 実際その通りだった。

 村人たちの食料もある。

 種籾も必要だ。

 無限に売れるわけではない。


「全部は無理です」


「だろうな」


 ガルドも納得していた。


◇◇◇


 その後は村長を交えて話し合いになった。


「今年は試験販売だな」


 村長が言う。


「来年以降、本格的に増やす」


「賛成だ」


 ガルドも頷いた。


「正直、これは売れる」


「そんなにですか?」


「ああ」


 商人は断言した。


「珍しいだけじゃない」


「美味い」


「それが大きい」


 俺は少し驚いた。

 もちろん米が美味いことは知っている。

 だが異世界でも通用するとは思わなかった。


◇◇◇


 結局、その年は少量だけ販売することになった。

 代金は思った以上だった。

 村人たちも驚いている。


「こんな値段になるのか」


「珍しいからな」


 ガルドが肩をすくめる。


「来年はもっと持ってきてくれ」


 そう言って笑った。


◇◇◇


 商人の馬車が村を去った後。

 俺は一人で田んぼを眺めていた。

 今までは村のためだった。

 食料を増やすためだった。

 だが今日、初めて分かった。

 米は村の外でも価値を持つ。

 もしかすると俺が思っている以上に。

 風が吹く。

 水面が揺れる。

 そして俺は知らなかった。

 この小さな取引が、やがて王国中へ米の名を広める最初の一歩になることを。

 まだ誰も知らない未来へ向けて、物語は静かに動き始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。