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機能再定義とセクター7の市場

地下深くに幽閉されていた金色の髪の少女を救出したアレン。しかし、屋敷の魔導回路から切り離された彼女の容態は急速に悪化し、生存維持は絶望的な状況に陥る。残された時間は二十四時間。

一階の寝室。

ベッドに横たわる金色の髪の少女の容態を、僕は無事な右手で冷静に確認した。


少女の肌は透き通るように青白く、呼吸は浅い。屋敷の魔力回路の『部品』として組み込まれていた彼女は、その供給源を絶たれたことで、急速に自己維持機能を低下させていた。

魔導演算装置としての過負荷、および外部回路切断による拒絶反応。このままでは二十四時間以内にバイタルが事実上停止する。

少女を地下から助け出したとはいえ、この状態での生存維持は、次のリソースを確保できなければ不可能だ。


「……かなり衰弱してるみたいだけど、大丈夫なの?」


傍らで、ミーナが心配そうに少女の顔を覗き込む。


「アレン。貴方の左手の治療も急務です。神経まで焼失しかけていますよ」


セイラが眼鏡の奥から、炭化した僕の左手を冷静に観察して言った。


「僕の手は後回しでいい。彼女が先だ」


僕は左手の痛覚を意識の端に追いやり、短く答えた。


「魔力安定剤が必要だ。それも高純度のものがな」


僕の言葉に、ミーナは顔をしかめた。魔力安定剤はこの第7外周区では希少品だ。精錬技術が衰退したこの地区では、中央都市からの輸入品を法外な価格で買うしかない。

手持ちの資金は枯渇している。正規の手段では手に入らないだろう。だが、既存の価値観で解決できないのなら、前提を書き換えるまでだ。

僕は室内に視線を走らせた。壊れた魔導ランプの残骸、壁から剥がれ落ちた配線、魔力を失い錆びついた金属片。僕の能力『素材合成』を使えば、これら廃材の「機能」を捨て、純粋な「素材」として抽出し、高価値な魔導触媒へと変換できるはずだ。


「ミーナ、準備をしろ。第7外周区(セクター7)の市場へ行く」


僕は痛む左手を作業着の袖で隠し、立ち上がった。命懸けで切り開いたこの状況――最悪の臨界爆発を阻止し、そして彼女をあの地下から引き剥がした一連の成果を無駄にしないためにも、次は市場という戦場で、効率的な等価交換を成立させなくてはならない。崩落の粉塵が霧のように漂う廊下へと、僕は一歩を踏み出した。


視界の端、寝室のベッドに横たわる金色の髪の少女は、まるで動力を失った精巧な魔導人形オートマタのように静止している。彼女の命という名の魔力が尽きるまで、残された時間は二十四時間を切っている。


「ちょっと待ってよ、アレン。その手……せめて布でも巻いて隠さないと目立ちすぎるわ!」


背後から投げられたミーナの忠告を受け、僕は壁際の棚に残されていた汚れたリネンを掴み取った。

炭化した皮膚が布と擦れ、砂を噛むような不快な音が鼓膜を叩く。


「問題ない。感覚は既に失われている」


僕はリネンを左手に巻き付け、歯を使って一方の端をキツく締め上げた。神経が焼き切れた左手は、もはや己の肉体というよりは、接ぎ木された異物のようだ。


「熱いな。回路が融解した時の残熱が、まだ骨の芯に居座っている……。だが、この損傷すら交渉の材料にするまでだ」


痛覚の欠如を、脳がエラーとして処理し続けている。だが、今の僕に必要なのは治療ではない。市場という名の戦場で、対等に、あるいは圧倒的に取引を進めるための偽装だ。


「少女の維持に必要な魔力安定剤を入手する。そのためには、僕自身が負傷した弱者に見えてはならない。……行くぞ、ミーナ」


僕は痛々しい布を作業着の袖で隠し、屋敷の重い鉄の扉を開けた。

外気は冷たく、そして酷く濁っていた。


「待って、アレン。その子の顔色が……さっきより、さらに悪くなってるわ。まるで、内側から色が抜けていくみたいに」


ミーナが振り返り、ベッドに横たわる少女の容態を不安げに指差した。

少女の肌はもはや透き通るような白さを通り越し、命の灯火が消えゆく瞬間の、不吉な透明感を帯び始めている。


「無理もない。彼女は単なる生存体ではなく、この屋敷の広大な魔導演算系を維持するための、いわば『生体プロセッサ』として組み込まれていた」


僕は冷徹な視線で、少女のバイタルを再評価した。

地下の主制御装置ホストから切り離されたことで、彼女の循環系は暴走し、排泄できない過剰な魔力が細胞を壊死させようとしている。


「供給源を失ったことで、彼女の自己維持機能は破綻しかけている。高負荷をかけ続けた演算機ハードウェアから、冷却水を抜いたようなものだ。このままでは内側から焼き切れる」


「そんな……。じゃあ、どうすればいいの?」


「二十四時間以内に『魔力安定剤』――それも中央都市からの輸入品レベルの純度がなければ、彼女の機能は永久に停止する」


「でも、そんな貴重なもの……。この掃き溜めみたいな第7外周区の市場に、在庫なんてあるわけが」


ミーナの言葉は正論だ。だが、正論で状況が好転するなら、この世界にスラムなど存在しない。

在庫がないのなら、奪うか、あるいは既存のゴミを組み替えて作り出すまでだ。僕のスキルが『ゴミ』でないことを、まずは市場の連中に教えてやらなければならない。

僕は左手の火傷から立ち昇る熱を無視し、重い足取りで錆びた廊下を市場マーケットへと向けた。

ポケットの中、指先が数枚の硬貨に触れた。一、二……合計で銅貨十二枚。


「……雀の涙、ですらないな」


この第7外周区での魔力安定剤の相場は、粗悪品でさえ最低でも銀貨十五枚。少女の延命に必要な高純度品ともなれば、その数倍は下らない。今の僕の全財産では、薬剤を小分けにするための空瓶一つ買うことすら叶わないのが現実だ。

既存の価値観、既存の通貨、既存の供給経路。それらに従っている限り、あの少女は確実に死ぬ。僕の脳内の演算は、常に最悪の結末を叩き出していた。


「ミーナ、急ぐぞ。市場マーケットの連中に、新しいルールの提案をしてやる」


僕は歩きながら、足元に転がる魔導配線の屑と、壁際の台座で埃を被っていた魔導ランプを拾い上げた。


機能再定義リ・デフィニション


「照明」という役割を強制終了させ、回路に眠る希少金属を強引に抽出、再構成する。泥にまみれた鉄屑が、手の中で夜の闇を弾くような翠色の結晶へと変貌した。


「高純度魔導触媒か。これなら、あの強欲な商人どもに無理やり首を縦に振らせるには十分な餌になる」


僕は生成物を懐に押し込み、再び歩き出す。

足元に転がる破片を踏みしめ、僕たちは腐敗と錆が支配するスラムの深部へと足を踏み入れる。

頭上を覆う重金属の雲が、僅かな日光さえも灰色のフィルターで遮っている。


「ねえ、アレン。そんなボロボロの体で、本当に大丈夫なの?」


ミーナの懸念を背負ったまま、僕は「鉄屑屋」と殴り書きされた看板の店へ踏み込む。


「おい、ボロ布を巻いたガキ。ここは炊き出し所じゃねえぞ」


カウンターの奥、脂ぎった顔の商人が、僕の火傷した左手を見て鼻で笑う。


「施しを求めているように見えるか?」


僕は熱を持つ左手を隠したまま、懐から翠色の結晶を取り出し、脂ぎったカウンターへと無造作に放り投げた。


「……ッ、これは」


商人の不遜な笑みが凍りつき、その目は泥の中に落ちた宝石を見つけた毒蛙のように見開かれた。

商人は震える指で翠色の結晶を拾い上げ、脂ぎった鼻先に近づけた。その瞳に宿る卑俗な欲望が、レンズ越しに歪んで見える。


「……精錬痕がない。それどころか、魔導不純物がゼロだと? おい、小僧。どこでこれを盗んできた」


「盗品だと思うなら、憲兵でも呼べばいい」


僕は熱を持つ左手を隠したまま、氷のように冷え切った口調で本題を切り出した。


「これの対価として、最高純度の魔力安定剤を貰う。中央都市セントラルから密輸して裏に隠し持っている、特級品の在庫だ。……だが、それだけでは等価交換にならないことは、あんたも理解しているはずだ」


商人が息を呑む。このスラムで高値で売り抜けようと溜め込んでいた密輸薬を出したところで、この巨大な結晶の異常な価値とは釣り合わない。それを、彼のどん欲な瞳が証明していた。


「僕が確保した物件の『実務』を丸投げできる、極めて優秀な管理官を手配しろ。細かな雑務や帳簿に割くリソースは、僕には一秒たりともない。今日の夜までに、身元が確かで口の堅い専門家を屋敷へ寄越せ」


商人は這いつくばるようにして裏の隠し金庫から薬を取り出し、すぐさま何処かへと使い走らされていく部下へ声を張り上げた。僕たちはその騒ぎを背に受けながら、腐った油の臭いが漂う店を後にした。

懐にあるのは冷たいガラス瓶の感触と、新たな「労働力」の確約。そして、交渉の釣りとして強引に吐き出させた重い銀貨の袋だ。金貨にすら届きかねない異常な価値を持つ触媒を渡したのだから、当然の対価だ。


「……凄いわね、アレン。あの強欲な店主が、あんなに震えながら商品を差し出すなんて」


「……驚いている暇はない。彼女の『演算負荷』は、一刻を争う」


僕はミーナの称賛を短く切り捨て、泥濘ぬかるみを蹴って屋敷へと引き返した。

死臭に近い饐えた空気が滞留する寝室へ戻ると、金色の髪の少女は依然として、壊れかけた精密機械のように沈黙していた。

少女を単なる生命体ではなく、屋敷の演算系を担う「生体プロセッサ」として定義し、その冷却と安定のために市場原理を利用する。アレンの行動は常に冷徹な合理性に基づいています。ゴミから高純度触媒を生成する「機能再定義」は、この第7外周区の貧弱な経済圏を根底から揺るがす劇薬となるでしょう。

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