第85話 禿びた体に肝っ玉
拳をボキボキと鳴らし、肩を回す。
もう既にヤビーは逃げた。
この空間にいるのは自分を除き、目の前のゲス野郎のみ。
利用者もいない。
他のメンバーが向かっていることだろう。
途中、ゴルズと銀之助に別れを告げポイントを目指し走っていたが、地図が読めないナトリはむしゃくしゃして壁や床を破壊しながら進んだ。
折れた鉄筋や崩れたパネルが物語る。
「僕ちゃんをチビ呼ばわりするって…そんなに死にてぇんだなテメェ。」
姿勢を低く屈める。
【チビ】というのは、ナトリにとって地雷ワードなのだろうか。
姉貴分のサーシャは、チビなどのワードを使わずに可愛いと叫びよくデカチチに押し付けるように抱きしめていた。
シンプルに使ってなかっただけかもしれないが。
それに女の子ってなにに対しても可愛いって言うしね。
溶接してる作業員のおっさんに対しても言うからね。
「今度はフルスロットルで飛ばしてやらぁ…!!!」
先ほどデイドリーに叩きつけた正中多段撃。
ヤビーがいたので力は抑え気味であったが、確実に全てヒットした。
しかし、牽制にとどまり致命傷には至っていない。
「あぁ?フルスロットルだぁ?ま〜たクソチビのトコトコ走り見せられんの俺?」
白目で怒りを体に込めるナトリ。
ナトリの超スピード。
せいぜい100数m程度しか持続はできないが、彼のフルスピードは光速の7分の1。
時速にして、およそ1億5418万km。
その勢いにのせたパンチ。
どれほどの威力か、想像もしたくない。
ナトリは全身の力を一瞬だけ抜いた。
脱力。
そして次の一瞬に、床をえぐり飛ばしデイドリーに向かう。
狙いは顎。
(次目ぇ覚めたら刑務所よッッッッッッッッッッッッ!!!!!!)
拳がデイドリーに迫った。
そして一閃。
ドブチャッッッ
鮮血が宙を舞う。
「頭悪いのは嫌だね。生きるの苦労してんだろお前。かわいそ。」
ナトリの顔面に、デイドリーの膝がめり込んでいた。
「カハッッッ……………!!!」
ナトリの鼻はへし折れ、大量に出血。
デイドリーはナトリの腕を掴み、思いっきり床に叩きつけた。
地響きが鳴り、床はナトリを中心に大きくクラックが入った。
頭を押さえ悶え苦しむナトリ。
「お前さぁ、さっきのパンチ俺に当たったから勘違いしちゃったんだろ。初速だけなのよお前。加速がまるで無え。軌道は直線。タイミング合わせりゃカウンター祭りよ。」
頭を踏みつけ、ゴロゴロと揺らす。
「チビ煽りで感情的になって突っ込んで自爆。それに同じ技を2回も続けてするって…煽ってんのお前だろ。」
倒れているナトリの腹を思いっきり蹴り飛ばし、壁に叩きつけた。
ガラガラと崩れる瓦礫に埋もれながら、ナトリは昔ゴルズに言われたことを思い出していた。
(あの時社長に言われたことだ…………。)
「グエッッッ!!!」
道場のような広間。
ナトリは転がり、のたうち回っていた。
目の前には拳を握るゴルズ。
「な…………なんで今ので………!!!!!」
「ナトリ、お前は確かに速い。でも初速から一定のスピードなんだよ。伸びがない。」
「の…………伸び………???!!?」
「そうだ。だからある程度のやつだったらこれで十分…いや、十二分だろうよ。でもな、死線掻い潜ってるようなやつにはすぐに読まれる。これを必殺技みたいに使うな。不意打ち程度にとどめろ。」
「不意打ち…………痛ツツツ………、じゃあ今の僕ちゃんのパンチ…ボスは見えたんすか……???」
首を横に振るゴルズ。
「いや、見えてねぇ。もう65近いしな。」
そういうことじゃないと思う。
「見えてはないが…だいたいこのタイミング、このあたりに攻撃が飛んでくるだろうなっていう、言わば【勘】だ。」
「缶???!!!缶缶がなんすか!??!痛ツツツ!!!」
「なに言ってんだお前。」
「…………学習下手くそだよな僕ちゃん………。だから…頭悪いって言われても仕方ねぇよなこれ…。」
ズズズと体を起こす。
片方の鼻の穴を押さえ、もう片方から血を吹き出す。
これで、血で鼻が詰まることはない。
目を横にやると、壁にかけられた拷問器具が見えた。
律儀に番号が振り分けられており、棒や釘バット、鎌にチェンソー。
ナトリはその中で、ひときわデカい斧を手に取った。
ブンッッッ!!!
斧を振り、感触を確かめる。
自分の背丈ほどの斧。
重量もしっかりしている。
少し斧を見つめ、デイドリーに振り返る。
そしてナトリはなんと、また超速ダッシュを繰り出した。
「え?お前マジ???脳みそないの???もしかして障害者???」
斧を持っているからか、少し動きが鈍い。
しかし、人間離れした超速には変わらない。
デイドリーは呆れながら構えを取った。
「ヒヘヘ………!!!」
「あ???」
ブンッッッッッッッッッ!!!!!
ブルルルルルルルルルルッッッッッッ!!!!!
ナトリは斧をブーメランの如くぶん投げた。
(ぶん投げやがったッッッ!!!…………ってぇ…投げた斧の後に後ろから二段構えの攻撃だろこれ。はぁ…………。)
高速回転で迫る斧。
デイドリーは悩んだ。
壊すか、避けるか、受け止めるか。
そして取った行動。
「もらうぜこのアックスッッッッッッ!!!」
ガシッッッッ!!!
上手いこと斧の持ち手を掴み、勢いを利用して自分の体ごと回転。
あとはナトリとかいうクソチビを縦一文字に真っ二つ。
「ぶった斬って終わりよぉぉぉぉッッッッッッッッッ!!!!!」
振りかざした斧。
しかしナトリがいない。
「あらぁ!????!!!!??」
ガンッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!
斧は床に突き刺さった。
その後である。
ナトリの飛び蹴りが顎にクリーンヒットしたのは。
「ゴッバ………………ッッッッッッ!!!」
ドサァァァァッッッッッッ!!!
顎が歪み、盛大に吹っ飛んだデイドリー。
「どんなもんだよデカブツ。…………でも…………」
ナトリは自分の左足首を見つめる。
捻挫などそんな可愛いものではない。
まるで、無理やり捻ったかのように、ドス黒く内出血していた。
その上、皮膚は裂けダラダラと血も流れている。
あの斧を投げた瞬間、ナトリは無理やり自分の超速を殺したのだ。
その負荷が一気に左足首にかかり、抉れた。
そしてその直後に超速。
左足首を代償にした極端な不意打ち。
「もう出せないや。」
ドガァァァッッッン!!!!!!
「イッッッッッデェェェェなクソチビがよおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッッッッッ!!!!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッッッッッッッッ!!!!!」
「アッハハハ。キレてらぁ。」
「テメェがいい男だったら左目くり抜いて俺のイチモツ突っ込んでやってもよかったがぁぁぁぁ!!!!!趣味じゃねえんだよお前みてえなやつはよおおおぉぉぉッッッッッッ!!!!!」
「うわぁ〜……キモチワル………。同じゲイでもモチェットとは大違いだなこれ。………ん?モチェット奥さん昔いたっけ?なんて言うんだっけどっちもいけるの。…………まぁいいや。」
ナトリはパンパンとズボンを叩き、左足首を握る。
「ごめんよ母さん、父さん。」
ブチィィィッッッ!!!
なんと自ら引きちぎったのだ。
「これで動きやすいや。」
いくらアドレナリンが出ているとは言え、痛みはあるだろう。
事実、ナトリの顔には脂汗が滲む。
「へぇ〜〜〜???僕ちゃん、お目々の次は足かぁぁぁぁ?もうあの超速は出せねえよなぁ?はやく回復しねえと戻らねえぞ〜〜〜???親から貰った体大事にしようよ〜〜〜〜???」
両腰に手を当て、体を捻りナトリを見下す。
「心配ご無用。魔法ドリンクがあるからさ。」
「どこにだよ。」
「えっ?」
顔を横にそらす。
そう言えば、持ってきたリュックはどこにいったのか。
心配したが、案外すぐに見つかった。
壁際で瓦礫の下敷きになっていた。
全体は見えないが、隙間から顔を覗かせている。
「あ………………!!!」
驚くナトリ。
リュックから緑色の液体がダダ漏れだったのだ。
魔法ドリンクが壊れたのだろう。
それに瓦礫に潰されているのだ。
生き残っているドリンクは恐らく、ないと見ていい。
「戦闘中によそ見すんなやボケ。」
「ッッッッッッ!!!」
ゴッッッッッッッッッッッッ!!!!!
デイドリーの重い拳が右頬に直撃。
ブオンッッッッッッッッッ!!!!!
パァァァァァァァァンッッッッッッ!!!!
ナトリの左フックのお返し。
「殴り合いをご所望かい?僕ちゃん、エースだから付き合うよ。」
「んんんんんの腐れドチビがぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」
「チビチビうるせぇよド変態野郎がよおおおおおぉぉぉッッッッッッッッッ!!!!!」
拳、蹴り、貫手。
ほぼノーガードの殴り合い。
ものの数秒で辺り一面は真っ赤に染まる。
歯と肉も宙を舞い、苛烈さが増していく。
「ゴブフッッッッッッッッッ!!!が………あぁ………!!!んの………クソガキがぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
身長219cmを誇るデイドリー。
それが身長139cmの小柄なナトリに押されている。
忘れていたわけではない。
寧ろ体に刻み込まれていた記憶。
ナトリは、俊敏で小回りを得意とする男。
あの脱力からの爆発的な超速は恐ろしいなんてものではない。
しかし、ナトリの本当の恐ろしさ…
それは精神力。
体も精神もタフなのだ。
どれだけ殴ろうと、切り刻もうと、前に飛び出し反撃を仕掛ける胆力。
コイツには恐怖という感情がないのか。
できれば、あの油断したときに放ったパンチで決めたかった。
ナトリは臆することなく、殴り返してきた。
昔の戦闘時、人質をとったことにより右目を奪った。
だが、もし人質がとれずにあのまま続けていたらどうなっていたのか。
その答え合わせが、今である。
「ウバアアアアアアァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!!」
ナトリの顔面に拳をいれる。
しかし、次の瞬間に少なくとも5発は返ってくる。
デイドリーのパンチは弱くも遅くもない。
アマチュアヘヴィ級ボクサーなんて目じゃないレベル。
それにグローブ無しの徒手である。
常人がそんなパンチを受けたら、タダで済むわけがない。
ナトリも正面切って殴られているのだ。
ダメージは相当のはず。
いつか体が限界を迎え倒れるはずなのだ。
なのに倒れない。
下がらない。
それどころか前に出る。
底がまるで見えない。
2人は最初の殴り合い地点から、10mは動いていた。
ゆっくりと確実に、背中に壁が迫るデイドリー。
少なくとも現時点でナトリから1500発はもらっている。
こちらも負けるわけにはいかない。
ヤビーといういい男で遊べない。
侵入者には入られる。
目の前のチビ助には押されている。
負ければ、よくて逮捕。
悪ければ組織に消される。
こんなもの、厄日でしかない。
「キイイイイイイイエエエェェェェエァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!」
怒りのままに振るった両中指突き。
耳に突き刺し、鼓膜を破き脳を壊そうとしたのだろう。
ナトリは軽々としゃがみ、これを回避。
デイドリーの両中指は互いに衝突し、勢いよく骨が飛び出し抉れ散った。
ドゴォッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!
ナトリのハイキック。
足首から先のない左足。
突き出た足の骨が刃物と化し、蹴りの威力と骨の斬撃によりデイドリーの顎は大きく裂け、砕けた。
(クッッッッッッソが………ぁぁぁ!!!マジでヤベェ…!!!このままじゃ…!!!こいつヤクザから自警団に変わったのに強さが変わっ…………そうか………。)
ナトリの足刀が下腹部に直撃。
血反吐を撒き散らし、デイドリーは吹き飛んだ。
パラパラ………
「さぁ〜て…もう僕ちゃん油断しないぞ…。砂煙で身を隠して、なんかしてくるだろ。こんな程度で死ぬようなタマじゃないもんな。」
構えを取るナトリ。
もう油断はできない。
学習しなければ。
相手は何をしでかすか全くわからない外道。
いきなり飛び道具が飛んでくるかもしれない。
慎重に流れを読み取る。
いつでも来やがれ…と。
「…………………なんだ?」
キョトンとするナトリ。
砂煙が落ち着き、姿を現したデイドリー。
なんと土下座をしていたのだ。
「ハァ……ハァ……、ま……参った…………。か………勝てる……気がしねえ………。この通りだ………。」
まさかの降参。
この距離ならば、ナトリはすぐにとどめを刺せるだろう。
なにをしてきても対応できる。
それはデイドリーも承知している。
本当に降参なのか。
「…………本当に降参なんだな。」
「ハァ……、ゲホッ……!!!ガハッッッ!!!……ま…マジのマジだ……。まさか……このまま…俺を………殺すのか…?降参してるのにか………!?!」
苦悶の表情での上目遣い。
あの低身長のナトリを見あげているのだ。
「いや……殺さない…。もうヤクザじゃないからな…。自警団だっての。」
「じ、じゃあどうするんだ!?!なにするんだよ!?!」
「取りあえず、捕縛はさせてもらう。お前がなにしでかすかわからないからな。」
ナトリは捕縛魔法を発動するために印を結ぼうとしたのだろう。
だが、指がすべて変形しているので中々結べない。
先ほどの殴り合いでの負傷。
眉間に皺を寄せ、苛立ちながら奮闘。
「クッソ…結べない…。ていうかどう結ぶんだっけ…。」
「捕まえるんなら…ここにある魔道具を……つ、使えばいい…。本来…俺が遊ぶために使うやつだけどよ……。」
「拷問器具じゃん。でもお前にはお似合いか。どこにあんの。」
「う……後ろだよ………。棚の上…壁にかかってんだろ……。」
ナトリは後ろを振り返った。
そして気づいた。
またやってしまった、と。
ブズッッッッッッ
「だから〜、油断すんなって。」
「カ……………カハ…………!!!」
首元になにか刺された。
「ち……注射器……!!!」
「正〜〜〜解♡」
どす黒い液体がスルスルとナトリの体に侵入。
デイドリーは針をへし折り、こちらに振り返ったナトリの顔面を掴み床に叩きつけた。
ガンッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!
「お前がバカみてぇに俺を壁際まで追いやってくれたお陰だぜ?注射器回収できたわ。」
何度も何度も叩きつけ、後頭部が割れたことを確認するとそのまま壁にぶん投げ、ぶつかった瞬間に追い打ちの左ストレート。
ナトリはその場で崩れ落ちた。
(なんだ………これ………か、体が…動かねぇ………。それに……い、意識が………。)
「敵を目の前にしておねむかぁ〜?随分と余裕だよなぁ?それ、魔薬のひとつよ?超強力な睡眠薬。」
(すいみん……………や…………く…………。)
「敵のアジトに踏み込んで勝てるわけねえわなぁ。手間取らせやがって腐れドチビが。」
周囲をキョロキョロと見渡すデイドリー。
「さてっと………ノコギリどこいったか。かぁぁぁ…こんなチビでも興奮するド変態が世の中いるんだからビックリするよなぁ…。」
解体して奴隷商人に売りつけるつもりか。
(動…………け…………よ…………このま……まじゃ…………。)
意識が薄れていく。
瞳の光も次第に沈み、まぶたがシャッターのように降りてきた。
このままでは殺される。
兄ちゃ……
兄……ん…
兄ちゃん!
(あ…………そう……か……、きょう…タイトの………たん…じょう……………び………。)
ナトリのまぶたは完全に閉じた。




