第79話 人の間
目の前の光景が理解できないヤビー。
なぜトーチーが拘束されているんだ。
なんで両腕を切断されているんだ。
周りの奴らは誰なんだ。
周りの機械はなんなんだ。
そして…なぜエルクールは笑っているんだ。
「おや…なぜヤビーさんがここに…?」
「な………あぅ………う!!!なにを……!!!」
あまりの凄惨な状況に声が出ない。
喉が言うことを聞いてくれないのだ。
それでもなんとか力を振り絞り、なにをしているんだと叫んだ。
「ヴァイス、アナタの空間魔法緩んでるんじゃありませんか?アナタの頭みたいに。」
「んだとゴラテメェ。お前も腕落とされてぇのかよ。」
ヤビーの言葉を無視し、会話を進めるエルクール。
どうやら筋骨隆々のヴァイスという男がトーチーの腕を切り落としたようだ。
片手に持つ、血まみれのノコギリが何よりの証拠。
「アナタみたいな低脳がなぜこちら側に立てるかおわかりで?希少性のある空間魔法が使えるからですよ。さっさと直してきなさい。」
「テメェマジで後でぶち殺すからな。」
ヴァイスは苛つきつつ、ノコギリを捨てた。
上の階に行くのだろう。
ヤビーはヴァイスを見つめるしかできなかった。
ドギャッッッッッッ!!!!!
「ブフッッッッッッッッッッッッ!!!!!」
邪魔だと言わんばかりに、裏拳を顔面にもらった。
ドサッと倒れるヤビー。
鼻は折れ、歯も数本床に散らばった。
「乱暴な方ですねホントに。」
ヤビーは兎に角トーチーを助けようと、どうにか踏ん張り身体を起こそうとしたが、周りの男たちに阻まれた。
顔面に膝蹴りを受け、また倒れたヤビー。
「あんまり痛めつけないでくださいよー。見てしまったとは言え、可愛い可愛い後輩ですから。」
「な〜にが可愛い可愛い後輩だ。顔に書いてるぜ?もっとヤレって。」
それを聞いたエルクールは、不敵に静かに微笑んだ。
「バレました?ウフフ。」
周りの男たちがニヤニヤしながら、一斉にヤビーを囲んで暴行。
殴る蹴るは勿論、指をへし折ったり執拗に胸元を何度も殴打。
皮膚が紫色に染まり、鮮血が飛び散る。
ドガッバキッッッ!!!
べゴギッッッ!!!
「はぁ〜い、一旦ストップ。」
パンッと手を叩いたエルクール。
ゆっくりとヤビーに近づきしゃがみ込む。
「ゲホッ……カハ…………ヒュー…ヒュー…。」
苦しそうに目をつむり、血まみれのヤビー。
息の音からして、呼吸器官がやられたのか。
後ろではトーチーが大粒の涙を零していた。
「大丈夫ですからね~。魔法で回復させてあげますから。」
「おいおい殺さねえのかよ。つまんなー。」
「こんなとこで殺したら怪しまれるでしょうクリミナ。利用者と同じように扱うに決まっているでしょうに。」
ニコニコ笑顔のエルクール。
その笑みからは、吐き気しか感じられない。
邪悪。
それが具現化したような顔。
「な…………なんで………ほんな………ほと………。」
「お、まだ喋れるとは!流石です!そして…なんで…ですか…、そうですねぇ。どうせ記憶消しますし、良いでしょう。教えてあげますよ。」
カツ…カツ…
腕を後ろに組み、自信満々に歩くエルクール。
「えぷしーたうんは、どんな人でも楽しく、心を躍らせ無理なく通える作業所。種族も病気も関係ない。でもそれは表向きの顔。その宣伝文句と事業の規模で人を集める…と言っても…人の顔した木偶の坊どもですけどね。」
トーチーの髪の毛を鷲掴みにし、強く揺さぶる。
ヤビーは止めようにも、暴漢どものせいで動けない。
「障害をもった人間なんて人間じゃない。こ〜んな腐れどもが社会の何に役に立つんです?毎日ブツブツ気持ちの悪い独り言を呟きながら、売れもしないくだらないアクセサリーをつくったり…クソ不味いパンを焼いて堂々としてるブサイクたち。こんなやつらに税金を使うなんて…正気じゃないでしょう?」
コイツはなにを言っているんだ。
理解が追いつかないヤビー。
「だからねぇ、せめてそんなクズどもにも生きている価値を与えてあげようと思ってるんです。こんなふうに…ねッッッ!!!」
掴んでいた髪の毛を根元から引きちぎるエルクール。
トーチーは何故か声を上げずにボロボロと大泣き。
ゴウン…ゴウン…
よく見ると、管のようなものがトーチーの後ろから伸びていた。
その管を通り、何かが機械の中に入っていく。
「これはねぇ、コスモトニン。人間が恐怖した時や、追い込まれた時に脳内に分泌される物質。便利なものでしてねぇ…これを調合すれば、最高のドーピング剤をつくれるんですよ。」
トレイストが投与していた魔薬。
アレこそが、コスモトニンを利用した薬物だったのだ。
エルクールは続ける。
とくに若い男女から採取できるコスモトニンは、若返りの効能があるらしく、一部の化粧品にも入っている。つまり知ってか知らずか、市場はそれを流通していることになる。
「ひょんなことひたら………はれるたろう…!!!」
「んー、バレませんよ。これですこれ。」
エルクールはトーチーが首に巻いているマジックチョーカーに触れる。
表向きでは、これを装着することによって魔力を通し超能力が使えたり、凶暴性や性欲を抑え平静を保つことができる。
エレンなどが顕著だろう。
彼は昔の事故で手足を失った。
車椅子生活を余儀なくしているが、パソコンを打ったり携帯を触ったり、食事も自分で行える。
あとは、印を結ばずとも魔法を発動することもできる。
これらは全て、マジックチョーカーのおかげである。
しかし、それはあくまでも表向きの使い方。
本来の使い方は、感覚をコントロールしコスモトニンを採取する際に叫び声を上げられなくしたり気が狂えなくしたりする事。
先ほどトーチーが無理やり髪の毛を力づくで毟られたのに、声を出さなかった理由がこれである。
「コスモトニンは意識がある上で抽出しなければなりませんからねぇ〜。面倒なんですよ。あ、ちなみにですけど、記憶を消したり曖昧にすることも出来ますよ。まぁ薬物とセットですけどね。」
エルクールの片手には注射器。
マジックチョーカーと合わせて薬漬けをすることによって、この凄惨な記憶を消すのだろう。
コスモトニンをいっぺんに抽出するのではなく、少しずつ搾り取る。
地下においてのこの外道行為が終われば、そのまま上に戻される。
マジックチョーカーと薬物のせいで、誰もわからなかったのだ。
だからヤビーもスンシーも、ほかの支援員も気づけなかった。
「でも取りすぎたら死ぬ場合もあるんですよねぇ。そういうときは、残念ですけど終わらせてます。そのクズの家族ごとね。」
「ま……………まひゃか……………!!!」
「ん?そうですよ?ピャース君たちのことです。引っ越したんじゃなくて、死んだんです。」
周りの男たちとともにゲラゲラと笑うエルクール。
ヤビーがまだなにか喋ろうとしたが、顔を思いっきり蹴り飛ばされた。
「もう十分ですかね。我々も忙しいですし。」
エルクールはズボンのチャックを下ろし、ヤビーに小便をかけた。
周りの男たちもそれに続く。
「安心してくださいな。ヤビーさんの怪我は治りますし記憶もなくなりますから。アナタはな〜にも見ていない。デイドリー、ヤビーさんを頼みますよ。」
「あ〜いよ。」
ヤビーはデイドリーという男に引きずられ、奥の部屋に連れて行かれた。
(ピャース君………トーチーさん…ごめん……)
椅子に縛り上げられたヤビー。
顔は腫れ上がり、呼吸もままならない。
デイドリーはニチャァ…と気味の悪い笑みを浮かべ舌なめずり。
「やっぱり…見れば見るほどいい男だよなぁお前。」
カチャ…と注射器などの小道具をデスクに置き、自分のベルトに手をかけカチャカチャと音を立てる。
「ほかの奴らは女を薬漬けにして遊んでやがる。スンシーとかいう女もそうするつもりらしいが…あんな脂肪の塊のなにがいいのか俺にはさっぱりわからん。ガチオスが最高に決まってるのになぁ。」
「………………!!!」
「中には利用者で遊ぶやつもいるが…悪趣味だなぁて思うよ。奥の方に利用者たちいるから今頃おっぱじめてんじゃねぇかな。」
「お………く………?」
「あ?今日出勤してねえやつらいるだろ?そういうやつらは、マジで休んでる場合もあるだろうが大概は地下出勤よ。コスモトニン抽出の。」
潰れた顔で目を開くヤビー。
明日は地域のみんなや、ほかの善良な作業所が楽しみにしていたダンスフェス。
今日はその前日祭のようなもの。
賑わいが好きではない利用者ならわかるが、祭り事が好きな利用者もチラホラ休んでいる。
具合が悪いから休んだ。
そうばかり思っていた。
違ったのか。
この外道どもに遊ばれていたのか。
無力だ。
何もできない。
無力感、悔しさ、許せない気持ち。
全てが重なり涙を流しながらデイドリーを睨みつける。
しかし、それすらデイドリーを喜ばせるスパイスに過ぎない。
「いいねぇいいねぇその顔。たまらねぇ。ゾクゾクするぜ。」
ヤビーに手を伸ばすデイドリー。
ドォン………
ドォン…………………
何の音だろうか。
上の方から何度も響いている。
デイドリーは頭を掻きむしり苛立ちを隠せない。
「〜〜〜ァぁぁんの野郎…………!!!ムードぶち壊しやがって………!!!だから嫌いなんだよあんな無粋ブサイク。」
ヴァイスのことだろう。
エルクールにバカにされた上で、空間の綻びを直しに行った。
やつあたりで、壁や床を殴っているのだろう。
「まぁいいやあんなヤツ。ほっといてお楽しみを〜…」
ドォン………
ドォン……
「あぁ……??」
ドォン…
ドォン
ドォン!
ドォン!!
ドォン!!!
明らかに近づいてきている。
音が大きく、激しく乱暴にかつ豪快に響く。
「なんだよおい…。」
デイドリーが音のするほうを向いて立ち上がった。
その瞬間である。
ドガァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!
「ッッッ!!!!!」
パラパラ………
ガラッ………
ズゥン………………
「ハァ〜、気持ち悪い建物だなぁ。ジェリーとマヤに地図もらったけど…僕ちゃん方向音痴だからわかんないっての。」
砂煙が落ち着き、姿を現したその男。
「テメェ……………なんでここに!!!!!!」
「ポーズトッポ組改め…ポーズトッポ自警団のエース…………ナトリ見参。」
現れたのは「ポーズ」と刺繍が彫られたポロシャツのナトリ。
おがり倒すデイドリーを一瞥。
すぐにヤビーに向き直した。
「酷い怪我っすね…。でももう大丈夫っすよ!」
直後、ナトリは床を蹴り上げジェット機のようにデイドリーを殴り飛ばした。
(は…………はや……!!!)
驚くヤビー。
おそらく、シンプルに一発殴り飛ばしたようにしか見えなかっただろうが、ナトリはデイドリーの顔面・喉・みぞおち・股間をほぼ【同時】に上から叩き込んだ。
ナトリはニッコリと笑い、薄緑の液体に満たされたシェイカーをゆっくりとヤビーに飲ませていく。
途中なんども咳き込み、吐き出すものの少しずつどうにか胃に流し込む。
するとどうだ。
傷がみるみるうちに治っていく。
変な感覚ではあるが、内臓もフワフワする。
修復していっているのであろうか。
「カハッッッ…ゲホッゲホッッッッ!!!あ……ありがとうございます…。確か貴方…。」
「ナトリっす!!!ポーズトッポ自警団のエースっすよ!!!これは、社長の知り合いの製薬会社さんからもらった特製魔力ドリンクっす!!!」
製薬会社…コットンのチムチンピロー製薬会社である。
ポーズトッポとどう関わりがあるのかはわからないが、シルクがボーナにつきまとっているのでそこから縁でもできたのだろうか。
ナトリのリュックにはまだまだドリンクが入っている。
「ちょっと怖いけど、我慢してくださいね!」
「え?」
ザンッッッッッッッッッ!!!!!!
ナトリは手刀でヤビーを縛り上げていた鎖をたたっ斬った。
ヤビーは驚愕。
つい失禁してしまうほど。
「僕ちゃん、頭悪いからこれが一番早いんすよね。逃げ道わかります?」
「え…、上から来たんでなんとか…で、でも!!!ほかにも捕まってる利用者がッッッ……!!!」
「利用者さんも捕まってるんすか!?……でも他にもそっちに向かってる仲間がいます。大丈夫っすよ。ささ、行ってください。」
「僕もお手伝いさせてください!!!そのドリンクを持ってほかの利用者ーーーーー」
「逃げてって…言ってるんすよ。」
さっきまでの愛嬌のある顔から一変。
かつての狂犬と呼ばれた冷たい表情。
ヤビーはこれ以上踏み込むのは違うと判断し、治りかけの足を動かしその場から離れた。
「テンメェ…………狂犬ナトリかぁ………!!!せっかくのお楽しみぶっ潰してくれやがってよぉぉぉぉ!!!!!!」
瓦礫を無理やりどかし、キレ散らかすデイドリー。
ナトリはヤビーを見送ると、目をかっぴらき狂ったように笑う。
「お前デイドリーかぁ…これでわかった。えぷしーたうん…ヴィルホーンの表の顔ってわけだ。」
その通り。
なんとヴィルホーン=えぷしーたうんだったのだ。
かつて、ポーズトッポがまだヤクザだったころデイドリーはナトリとの戦闘で勝利している。
ナトリが押していたのだが、デイドリーはその時民間人を人質にとった。
そしてナトリの右目をくり抜いたのだ。
「あの時のリベンジってかぁ!???!」
「たまたまその流れになりそうってだけだけどね。あの時はカタギを巻き込みそうだった…でも今は………思う存分に暴れられる…………!!!」
「テメェみたいな【クソチビ】趣味じゃねぇんだよ!!!!!今度は左目もぶち抜くぞゴルァァァァッッッッッッ!!!!!」
「…………クソチビ………?」
デイドリーのそのセリフを聞いた瞬間、ナトリの中の決定的ななにかが壊れた。
「ンハハ……、ハッハハハハ………ダーハッハッハッハッ!!!!!!」
腹を抱え笑うナトリ。
デイドリーはそれを気味悪がっていた。
「願ってもないこんな機会ッッッッッッッッッ!!!!!!逃す手はないッッッッッッッッッ!!!!!!さぁてやろうか!!!!!あの時の再開をッッッッッッッッッ!!!!」
両者の蹴りがぶつかり合った。




