第68話 ほろ苦い豆の底から
「着きましたぜ、サーシャお嬢。ジェリー姉さん。」
ポーズトッポの下っ端ヤクザ改め下っ端社員が凛々しい自信満々の顔で車を停めた。
動きを見るに、ADポジションだろうか。
「あんさぁ…アンタ喋りとかまだヤクザ抜けてへんて…。」
サーシャが困惑顔でADに伝えた。
こういう小さなところから変えていかなければ、ポーズトッポは組からアイドル自警団事務所には変われないだろう。
ADは頭をポリポリかきながら、アハハとおどけた。
ジェリーは別にいいんじゃない〜?と返す。
危機感が無いのか、それとも喋り方の矯正は興味が無いのか。
なんだかなぁと思いながらサーシャたちは車から降りた。
目の前にある建物は少し古ぼけた体育館。
とはいえそこまで大きくはなく、中は広いスペースの部屋が点々と横並びになっている。
玄関を通り、廊下を歩く。
下っ端ADがこちらですとドアを開けた。
「んお!!!なんやみんな揃ってるやんか!!!」
中には、クエスチョナーとグレート、クロネコにエメリィ、そしてベリィが揃っていた。
「ちょっち遅いってサっちゃん〜。もうみんな来てるし〜。」
クロネコとハイタッチ。
勿論エメリィやベリィともだ。
ぎこちはないが、あのベリィもハイタッチ出来るほどに気が許せている。
「役者は揃った…けど、どっからするん?ジェリーちゃん。もうジェリーちゃん振り付けとか歌とか知ってるんやんな?」
「ん?いやなんも。私もこれからなんだけど。」
えー!と驚きを隠せないサーシャ。
本当の意味でここから始まるらしい。
「ほな振り付けも決まってないん!?どうなんクロちゃん!エメちゃん!」
「ゴルズのおっちゃんに取り敢えず今日ここ来いとしか言われてへんしな〜…。」
「私も…うん。」
「話の場をつくってくれただけみたいね〜。和風にするか、洋風にするか。ベリィちゃんが3曲も作ってくれたから、色々できるけど…。どうする?」
「ベリィちゃんサイコー!もう作ってくれたんやー!大好きー!!!勿論みんなもー!!!ぎゅー!!!」
ブベベベ!!!
屁をこきながら抱きしめるという斬新な拷問。肛門。
周りは急いで換気を始めた。
密閉空間殺人。
ベリィは嬉しいのと恥ずかしいのと臭いのとで表情が豊かである。
サーシャはイエベではない。ブベベである。
(…………………おもしろい子…。)
静かに目を閉じるジェリー。
何か思うことでもあるのだろうか。
「ジェリーちゃんもありがとうやで!!!」
サーシャがジェリーの手を掴みブンブンと上下に降る。
「…………へっ?え、何が?」
「ん、色々と!」
「まぁまだ始まってもないけどね。ニシシ!こっからよこっから。」
お互いに可愛い笑顔。
後ろにいるメンバーも少しやつれながら笑い合う。
もうヤクザではない。
ここからだ。
新たな旅の始まり。
これを皮切りに、またともに改めて進んでいくのだ。
そこでサーシャはとある事に気づいた。
マヤが居ない。まだ来ていないのだろうか。
そしてモチェットも居ない。
さっきまでドア付近に居たにも関わらず。
屁から避難したのだろうか。
「マヤは表の公園で鳥と戯れてる。もうちょいしたら来ると思うよ。モチェットは…………社長に電話でもかけてんかね。」
パンッと自分のお尻を叩き、ジェリーは気合いを入れ動き出した。
レッスン開始である。
少し離れた廊下。
モチェットは電話をかけていた。
相手は予想通り、ゴルズだ。
「…………もしもし社長。今お時間大丈夫ですか。」
[モチェットか。お疲れさんだ。どうした?]
「現在、体育館に着きました。サーシャ氏とジェリー、そして協力してくれているメンバーが揃っています。」
[そうか…。いい感じに進んでくれたら嬉しいもんだ。また後でそっちに顔出しに行く。ナトリとアミーノはどうした。]
「ありがとうございます。………ナトリはパルム氏とビラ配りをしています。アミーノは……」
[…………どっか行っちまったか。]
「申し訳ございません…。電話にも出んわでして…すぐに探しに行きます。携帯のGPSがありますし、最悪探知魔法で…」
[いや、モチェットはそこでアイドルの卵らを見てやってくれ。俺が直接行く。]
「社長が!!?いや…わざわざそんな…役不足でしょうに…。私がーーーー」
[急だったからな。いきなり色々言われてビックリしてるんだろうよ。それに…]
ゴルズは目を細め机の種類を見つめた。
それに…の続き。
アミーノは当時ポーズトッポ組の支部で大阪市内を任されていた。
それで時代やらなんやらで追い返されて本事務所に戻ってきたのだ。プライド的にも色々とあるだろう。
[まぁ、大丈夫だ。俺が行く。報告感謝するぜ。モチェットも無理しない程度にな。じゃな。]
ツー…ツー…
電話が切れた。
(ボス…。)
モチェットも携帯の電源ボタンを押し、廊下にもたれかかった。
そして深く息を吸い込み、フゥーッと吐き出した。
こうすれば疲れが少し取れ、軽くほぐれる。
タバコの銘柄はマルボロである。
静まり返ったカフェ。
とはいえ、店内には曲が流れている。
客がおらず、洗い物なども無いので銀之助はゆっくりと徘徊するのみ。
埃や汚れなども無い。
テーブルや椅子も綺麗に並んでいる。
銀之助は目線を少し横にずらした。
壁にかけられたコルク状の板。
同じものが横に4つならんでいるが、板いっぱいに埋まっているのはひとつだけ。
写真だ。
このカフェが出来上がって以来、パルムやサーシャ、そして町のみんなたちと撮ってきた写真。
本来はもっと撮りたかったのだが、忙しかったり色々な理由で撮れなかった。
もしかしたら、単に人気なかったのかもしれない。
それだったら悲しい。
(………………。)
何も考えずに写真を見つめる銀之助。
もしかしたらもう…。
「なぁ〜にしてるゲロ。」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッッッァァァァァァァァァ!!!!!」
急に声をかけられビックリして腰を抜かす。
汗まみれで声の持ち主の方を見ると、そこにはケロンバ、ゴードン、ファニィのパラボランたちが立っていた。
「なん〜〜〜やねんなケロンバ!!!いきなり声かけるなよ!てか!お前らいつからそこおったんなよ!」
「5分前くらいかねぇ〜。正面ドアあけて、鈴が鳴ってるのにアンタなぁ〜んにも気づかないで。」
「ずーっとボーッとしてたな。」
「それで声かけたゲロ。」
全く気が付かなかった。
5分という絶妙な時間。
そこまで自分の注意力が散漫していたのか。
「なにしてるゲロ〜。お客さんゲロよ!ほらほら!」
銀之助に手を差し伸べ、ゆっくりと立たせた。
コポポポポポ………
深い上等な豆の香りが店内を支配する。
カウンター席に座る3人の前に出されたコーヒー。
時代と豆のグレードを考えれば、この値段での提供はあまりにもおかしい。
銀之助がケーキとかデザートはどうするかと尋ねたところ、ケロンバとゴードンだけいい顔で頷いた。
ファニィは少しダイエット………減量中らしい。
ゆっくりとコーヒーをすする3人。
「……………美味いねぇ…。相変わらず…。」
「ありがとうなファニィちゃん。」
「素人だからあんまり色々とは言えないが、コーヒーでオススメを聞かれたらまず俺はこのコーヒーを紹介するだろうな。」
「嬉しいこと言うてくれるやんけゴードン。」
「渋みが舌に伝わるゲロ。しかもその強さに反してウザくない。ただ…………」
「ただ?」
「いや、その前にひとつ。キャラメルサーカス団。勿論覚えてるゲロね?」
キャラメルサーカス団。
あの激闘を繰り広げた第200369回宇宙トーナメントに出場していた、Mr.C.Bとその相方アプリコットが率いる障害者サーカス団。(第41話参照)
忘れるわけがない。
形と方向は違えど、差別や垣根を越えて活動している言わば仲間なのだから。
それにC.Bが居なければ、銀之助はバルカンに心臓を止められたまま帰らぬ人になっていただろう。
「忘れるわけないやろうよ。なんでいきなり言い出したんや?」
「これ見るゲロよ。」
ケロンバが差し出したニュースペーパー。
魔法新聞。
写真が短時間データとなり、紙の上で動いている。
とは言え見たことのない新聞だ。
地元や有名なものではなく、ほかの惑星や星雲が出しているマイナー寄りのものなのだろう。
そこには少し小さいがキャラメルサーカス団の記事があった。手を振り頭を下げるC.B。
内容としては、チャリティを辞めるとのことだった。
「…………チャリティ辞めるんか。………そらそうやわなぁ。やってC.Bがほぼ一人でほかの仕事しつつサーカス支えてたんやろ?そらガタくるわ。」
「…………………。」
「良かった良かった。文句言うもんもおるやろうけど、ちゃんとお金取ったほうがええ。」
「どうやらYouTubeも始めたみたいだね。チャンネルできてるよ。」
「お、ホンマや。登録せにゃならんな〜これは。サンキューな教えてくれて。」
クマが少し目立つにっこり顔を見せる銀之助。
3人も笑顔を返してくれるも、なにか物申したいような面持ち。
「どないしたんや?」
「…………なんも思わないゲロ?」
「なんもって…………なにが?」
「キャラメルサーカス団の話聞いてだ。」
「え?そりゃええ事やと思うぜ。なんでもただってのもおかしなもんやしな。ちゃんとお金は取らな。」
「ブーメランだよ、アンタ。」
ファニィが頬杖をつきながら銀之助の目を見つめる。
銀之助はまだピンときていない。
「ブーメラン?なにがや?」
「お前のことゲロよ。ここのカフェゲロ。値段もおかしいし、依頼業もやってるとは言え安いゲロ。」
「俺のことて………でも俺はちゃんと金自体は貰ってるーーーー」
「その値段が問題だ。お前らの事だ。魔力数値関係なしに誰でも繋がれるカフェ。これは素晴らしい。変えなくてもいいだろう。しかし、安価の提供はいきすぎるとただの自滅だ。」
「ちゃんとサーシャにパルムに給料渡せてるのかい?モス子のご飯代間に合ってるのかい?支払いも。それに…アンタ自身の給料も。」
何も返せない銀之助。
3人の言う通りだ。
衛生兵の時から漠然と思っていた理想の茶店。
出来たのはいいが、現実と理想のギャップで苦しめられている。
物価高が押し寄せる現代。
宇宙貿易が始まる直前までは、様々な物価が下がると世間は喜んでいたが、いざ蓋を開くと今までと変わらなかった。
それで銀之助はメニュー値段を極限までに下げて提供していたが、もう限界どころではない。
「値段上げるゲロよ。別に銀之助金持ちじゃないんゲロ。」
「……………でも」
「芯だけ変えなければいい。魔力数値なぞ関係ない。そこだけを変えずに、これから継続していけばいいんだ。」
「確かに文句言うやつはいるだろうねぇ。でもね、そんなやつらはそもそもすぐに文句言うんだよ。私らはいつでも遊びに来るよ。そんで地球征服もね。」
最後だけおかしい。
3人はあくまでも、客の意見として聞いたらいいと言ってくれたが銀之助にはかなり刺さった。
支払いも正直厳しい。
依頼業もそこまで頼まれない。
パルムとサーシャには黙っていたが、消費者金融から金を借り、借金を借金で返す日々。
値段を上げたところですぐには解決しないだろう。
しかし、多少はマシになるはずである。
銀之助は疲労が溜まっているのがすぐに感じ取れる笑顔を3人に向けた。
「…………サンキューな。」
3人も同じく笑顔を返した。
「でも今それやったら益々客来んと思うんよ。ポーズトッポと絡んでるから。めっちゃ嫌われてまうわそれ。」
ズコーーーーー!!!
タイミングとは難しいものである。
そうして夜は更けていく。
ビルの屋上。
ここに辺りを見渡す青年が1人。
大きな目で暗闇をものともせずに警戒。
とくに目立つものがなければ、次のビルに移動。
同じことの繰り返しだ。
「モチェットがあっちを担当してくれてるから……でもこっちはとくになんも無いな…。移動するか。」
ナトリはウサギのようにピョンピョンと屋上を渡り歩く。
何をしているのか。
昨今騒ぎになっている闇バイト。
いつどこで誰が犯行に及びターゲットにされるかわからない、恐ろしいルーレット。
日中、パルムとビラ配りをしていたが大半は受け取って貰えずなんとかポスティングでチラシを処理できた程度だった。
それでも半分以上は残ってしまったが。
トリスコーヒーにも世話になっている。
恩を返さなければ。
そして守らなければ。
ならば、実際に動いて実績を稼ぐしかない。
ヤクザとしてではなく、自警団として。
町のみんなを。
(………あ。)
路地裏に車を止め、そこから魔法の杖やバールなどを持った5人組。
そこはまだ監視カメラなどが少なく、死角になっている。
その近くには、一軒家が立ち並ぶ。
もう答え合わせだろう。
「こんな簡単に出て来てくれるんだな…。僕ちゃんの実績稼ぎのお手伝いかな。」
シュバッッッ
バッバッ!!!
スタッッッ
夜も遅いので、近隣住宅に迷惑をかけないように素早く無音で、その怪しいいかにもな5人組の前に降り立った。
「な………なんだコイツ…!!!警察か??!」
「話聞いてねぇぞ!!!なんだどうする!!!」
「こっちは武器持ちで5人も居るんだ。叩きのめして、さっさと仕事終わらせるぞ!!!」
ジリジリとこちらに向かい迫る5人組。
ナトリはニッコリ笑顔。
恐怖なんて概念、この場のナトリには存在しない。
「なめられてるなぁ。ま、いいや。闇バイト狩り…。殺しはしないから安心してよ。警察に突き出すから。じゃ、やりますかッッッ!!!」
ナトリは道の両端にある石垣を利用し、高速でジグザグに移動。
そして5人組のうち1人をぶん殴った。
ゴギャッッッメギゴギッッッッッッ!!!
「…………………あぇ………?」




