赤錆の大剣(終)
次の日、再びウィンクルムと剣術の訓練をしたハートは、その終わりの際に、『力の魔法術』について訊ねた。
「──なんだ知っていたのか。剣術の習得が進めばいずれ教えようと思っていたのだが……」
ウィンクルムは思惑が外れたような顔をして言った。
「リルフィリアがそういう魔法があるって教えてくれて」
ハートはそう説明する。
しかし、召喚術で新たに手にした錆だらけの大剣のことは、まだウィンクルムに話さないでいた。
「そうか──それならもう先に教えてもよいかも知れないな」
「ほんとてすか?」
「ああ、教えたとしても使えるようになるまで多少時間がかかるだろうし、今から知っておいていいだろう」
「ありがとうございます!」
ハートが嬉々として礼を言う。
「ただし、ハート」
ウィンクルムがそんなハートを制した。
「力の魔法術を使えば、確かに自分の体格や筋肉以上の力を発揮することができる。しかし、そればかりに頼っていては、本来身に付けるべき筋力や身のこなしがおろそかになってしまう……だから、訓練のときは力の魔法術を使う訓練とそうでない訓練をしっかり両立させなければな」
「なるほど……」
「魔法術自体は、明日からでも教えよう──今日までは基礎を反復して、しっかり身に付けるように」
「はい!」
そうして午前中の訓練は解散となった。
「我、天と人とを繋ぐもの──」
午後になり、ハートはまず始めに召喚術の練習に取り組んだ。
集中しながら、昨日の大剣をイメージするハート。
パアア──
魔法陣のなかで、光の粒子が集まっていく。
そしてその中から、大剣が出現した。
(昨日と同じ、か……)
しかし、現れた大剣はやはり全体が赤い錆で覆われていた。
召喚には一回で成功したものの、その大剣の姿は昨日と変わっていないことに、ハートは召喚術が完璧に発動できているのかどうかが分からなかった。
「触ってみれば……」
ハートは大剣に近づいて、その柄を握る。
しかし、大剣は昨日と変わらず、ずっしりと重たい。
「はあ……」
ため息をつくハート。すると──
「ハート!」
「ん?」
自分を呼ぶ声がして、ハートはその方向を振り返った。
見るとリルフィリアが、今日もまた訓練場にやってきていた。
「リルフィリア──もう訓練は終わったのか?」
魔法学校の先生から訓練を受けると聞いていたハートが、リルフィリアに訊ねる。
現在の時刻は午後一時を少し過ぎたばかりで、まだまだ日は高い。
「うん」リルフィリアが答える。
「先生たちも授業があるから、今日はそんなにできなくて──それよりハート、はいコレ!」
するとリルフィリアが唐突に、ハートに向けて自分の手を差し出した。
「ん?」
見ると彼女の手には、手のひらぐらいの大きさの、銀色のごわごわした何かが乗っている。
「お母さんから借りて来たの!」
リルフィリアが活気あふれる表情で言う。
(なんだコレ……?)
ぱっと見ただけでは何か分からなかったハート。
リルフィリアの手の上の物体をじいっと見て、やっとその正体を理解した。
「────たわし?」
リルフィリアが差し出したのは、鍋についた焦げなどを磨き落とす金属製のたわしだった。
ゴシゴシゴシゴシ……
陽が燦々と照る空の下、小刻みに摩擦音が鳴る。
ゴシゴシゴシゴシ……
金たわしを手に、錆びた大剣をせっせと磨くハート。
その側で、ハートの隣にしゃがんだリルフィリアが、兵舎から借りてきた水入りの桶を脇に置いて、ハートが大剣を磨くのを一緒になって見ている。
ゴシゴシゴシゴシ……
「────なあ、リルフィリア」
「なあに、ハート?」
ハートは大剣をたわしで擦りながら、リルフィリアに訊ねた。
「この大剣、召喚術で出したんだけどさ──」
「うん」
「天界の武器を、たわしで磨くって……そんなことあるのかな?」
「え?──でも錆びてるし」
疑問を口にしたハートに、リルフィリアがそう返す。
「いや、確かに錆びてるけどさ……」
「あ、水かけるねハート」
バシャ。
リルフィリアが桶に入った水を、大剣を磨くハートの手ごとかける。
冷たい水が腕まくりした手にかかって心地がよかった。
「ほら、きれいになってる!」
「え……ああ、確かに……」
リルフィリアが、ハートが磨いていた部分を指差した。
その部分は、もとの分厚い錆が擦り落とされ、はじめザラザラしていた表明がわずかに滑らかになっていた。
しかし刀身自体は、相変わらず茶色のままで、鋼本来の輝きは一向に見えない。
「…………」
ハートは腕に力を込めて、頑張って大剣を磨く。
ゴシゴシゴシゴシ……
(いや、これ全部磨くのか……?)
大剣を磨きながらハートはちらりとリルフィリアの方を見た。
次の水をかけるタイミングを見極めているのか、リルフィリアは膝を抱える体勢でじっと大剣を見つめている。
(なんかおかしいと思うんだけど……)
この奇妙な状況に疑問を抱きながらも、ハートは大剣を見つめる彼女の熱心な瞳に、なかなか言い出せなかった。
(リルフィリアってこんなやつだったのか……?)
魔法学校一番の秀才と評されるリルフィリア。
そんな彼女が、天界の武器をたわしで磨くという状況に対し何の疑いも持っていないことに、ハートは彼女のことがわからなくなってきた。
(だいたい、磨くなら街の鍛冶屋とかに持っていったほうがいいような……)
そんなことをハートが考えていると、
「────あ」
しばらく大剣を磨いているうちに、大剣から光の粒子が立ち上ってきた。
召喚の効力が切れたのだ。
「時間切れか…………」
光の粒になって消えていく大剣を二人が見つめる。
大剣が消えたあとには、水に濡れた地面だけが残った。
「──もう一回、出そうよ」
リルフィリアがハートに召喚術を促した。
「うん……」
終わりの見えない大剣の研磨に後ろ向きな気持ちになりながらも、ハートはリルフィリアの真っ直ぐな瞳に気圧されて、その言葉に従う。
「我、天と人とを繋ぐもの──」
白く輝く魔法陣が二人の前に展開され、そのなかから再び大剣が現れた。
「────ん?」
出現した大剣に近づいたハートが、あることに気がついた。
大剣を見ると、さっき磨いていたはずの箇所が、再びザラザラした錆に覆われている。
先程までせっせと磨いたはずの大剣が、また元の錆びだらけの状態に戻っていたのだ。
「もとに戻ってる…………」
努力が水の泡になったハートが力なく呟いた。
「…………」
ぽかんと呆気にとられた二人の間に、沈黙が流れる。
「うん……別の方法を考えよう、リルフィリア」
ハートはぎこちなく笑みを作りながら、リルフィリアに言った。
ちょっと息抜きパートです。
次回から話が次に向けて動き出します。
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