赤錆の大剣③──力の魔法術
ハートの手を包む緑の光──リルフィリアが唱えたのは回復の魔法術であった。
(あったかい……)
光のなかで、さっきまで手にじんじんと疼いていた痛みが和らぎ、そして消えていく。
「────うん、これで大丈夫」
しばらくして治癒術の光が消えて、リルフィリアがハートの手を放した。
「おお!治ってる!」
ハートが歓喜の声をあげる。
剣術の訓練で傷ついたハートの手のひらはすっかり元の状態に回復していた。
「なんか回復術、うまくなってないか?」
ハートがふと思い至ってリルフィリアに訊ねる。
ハートがリルフィリアの回復術を目にするのはこれで二回目だが、一回目──リルフィリアが瀕死の状態のウィンクルムを助けたときより、彼女はスムーズに回復術を完了させたように感じられた。
「えっ、そうかな……」
リルフィリアが少し照れた顔になった。「──怪我もちょっとだったし……」
「でもやっぱりすごいよ!」
ハートが手のひらをまじまじ見ながら言う。
「もう全然痛くない──これ、毎回治してもらったら、いくらでも練習できるって!ほら!」
ハートは地面に置いていた普通の兵士の剣を握って、ぶんぶんと振るって見せた。
これならまた何回でも素振りができる。
「あ、でも──」
するとリルフィリアが何か思い出したように口を開いた。
「たくさん回復術をかけられるのはよくないんだって」
「え?」
意味が分からず首を傾げるハート。
そんなハートにリルフィリアが説明する。
「何回も回復術をかけてると、いつか体のほうがダメになるって先生が言ってたの」
「ダメになる……?」
「うん──体がぼろぼろって崩れるんだって」
「えっ?!」
リルフィリアの思わぬ発言にハートが目を丸くする。
「あっいや──」
リルフィリアが慌てた様子で釈明する。
「すぐじゃないよ!何回か何十回か知らないけど、それぐらいたくさん使ったら、っていう意味」
「……」
そう言われたからといって、あまりにぞっとする話にハートは驚きを禁じ得ない。
「怪我をしたからって、何でも回復術に頼ったらダメなんだって」リルフィリアがそう付け加えた。
「そうなんだ……」
回復術の便利さにちょっと調子に乗りかけていたハートは、しゅんとしぼんだ声で呟いた。
「それで……どう?持てそう?」
「え?──ああ」
リルフィリアが大剣を指差して、ハートは本題を思い出した。
ハートが大剣の柄を両手で握りしめる。
リルフィリアの回復術のおかげで、手に力を込めてももう痛くなかった。
「んっ、くっ────」
大剣を持ち上げることができたハート。
しかし、大剣を中腰に構え、それを十数秒は保持してみせたが、結局重さに耐えかねてハートは大剣を地面に下ろしてしまった。
「やっぱり重たすぎるよ」
とハートが困った顔でリルフィリアに言う。
「そっか……でも、あのときのハートは、剣もマグナス様の杖も使えてたよね?」
リルフィリアが先日のことを指摘した。
あのときのハートは、特に剣については人生で一度も振るったことがなかったが、魔物に対して自在に操っていた。
「そうなんだよ」ハートも頷く。
「あのときは体が勝手に使えてたんだけど、今回はそれがなくてさ…」
先日の光の剣を操ったときは、不思議な力──おそらく魔法力──が湧いてきて、剣を自分の手足のごとく扱うことができた。
しかし今回は、召喚した大剣を握っても、ハートは素のハートのままだ。何の力も湧いてこない。
「鍛えろってことなのかなあ……」
ハートは呟く。
天界からこの大剣が召喚されたことに何か意味があるとしたら、もうそれぐらいしか思いつかなかった。
「でもこんな大剣、俺がどんなに筋肉つけたって操れないと思うんだよ……」
まだ子どもで、中ぐらいの背丈しかないハートがどんなに鍛えて力持ちになったところで、それはたかが知れているような気もした。
こんな大剣を自分の力だけで扱えるのは、筋骨たくましい大男でないと無理に思える。
「うーん……」
とリルフィリアも考える。「──それなら、力の魔法術を使ったらどうかな?」
「力の魔法術?」
リルフィリアの発言にハートは聞き返した。
「うん、魔法力を体の力強さに変える魔法だよ。兵士の人とか武器で戦う人がよく使うやつ──ウィンクルムさんも使ってるはずだよ」
「へえ……そんなのがあるんだ」
初めて知った魔法術の存在にハートが感心する。
「リルフィリアも使えるのか?」
「ううん」そう訊かれたリルフィリアは少し笑いながら首を振った。
「──知ってるだけだよ。使う時ないし」
それは確かにそうだ。学生で、しかも華奢な女の子のリルフィリアが、剛力を発揮しなければいけない場面など普通出くわさないだろう。
「ウィンクルムさんに教えてもらったらどうかな?私も先生に訊いてみるから」
とリルフィリア。
「うん、ありがとう!」
ハートは活路を見いだした気持ちになった。
「あ、でも──」
リルフィリアが地面に横たわった大剣のそばにしゃがみこんで、その刀身を指でなでた。
「こんなに錆びてたら切れないよね」
「まあな……」
確かに、大剣を操る方法をみにつけたとしても、大剣自体がこんな状態のものでは武器として機能しない。
リルフィリアの本質的な指摘にハートが悩む。
「……もしかしたら、召喚術がまだ未完成なのかも知れないから、もっと練習してみるよ」
「そうだね」
ハートの応答にリルフィリアが頷く。
「あっ──」
すると二人の前で、大剣から魔法力の粒子が仄かに漏れ出てきた。召喚術の効果切れの時間がきたのだ。
「…………」
何も言葉を発しないままそれを見ている二人を残して、大剣は空気に溶けるように姿を消していった。
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