リルフィリアの訓練
次の日、魔法学校の訓練場で、リルフィリアは魔法術の訓練に取り組んでいた。
「──ドラゴンブレス!」
リルフィリアの伸ばした手の先に赤い魔法陣が出現し、そこから火炎が一直線に発射された。
「ここまで出来ればもう習得したも同然ね──さすがだわ、リルフィリア」
リルフィリアのそばに立ってそう言ったのは、ローブで全身を包んだ、赤い瞳と黒く長い髪をしたミステリアスな風貌を持つ女性──火属性魔法を専門とする主任教師のイザベルだ。
イザベルは今日のリルフィリアの魔法の訓練を担当していた。
「……ありがとうございます、先生」
火属性の中級魔法『ドラゴンブレス』について指導してくれたイザベルに、リルフィリアがお礼を言う。
「こんなに早くこの魔法をものにするのは貴女が初めてよ──じゃあ一度、休憩にしましょう」
訓練場を少し離れたところにある腰掛けの長椅子に座る二人。
「あの、先生は召喚術も扱っていらっしゃいますよね」
リルフィリアはそう切り出した。
「ええ──それがどうかしたの?」イザベルが優しく微笑んでリルフィリアに訊ねる。
「あの……先生は、炎の精霊の召喚はしたことがありますか?」
「炎の精霊──」
リルフィリアの質問を受けて、イザベルはわずかに沈黙する。
「もしかして、召喚したいの?」
とイザベルがリルフィリアに問う。
「はい」リルフィリアは頷いた。
そんなリルフィリアにイザベルは先ほどまでの優しい表情を、真剣なものへと変えた。
「──貴女は、水と風の精霊を召喚できたわね?」
「えっと……はい。風の精霊は、先生たちとの訓練で一度だけ……水の精霊は、もう少しできます」
「そうね……先日の件でも、貴女は水の精霊を降霊しているし」
イザベルはリルフィリアの言葉に頷きながらも、
「でも──」
と切り出した。
「貴女はまだ手を出すべきではないわ、リルフィリア」
「……だめですか?」
イザベルにそう言われ、少し表情が曇るリルフィリア。
そんな彼女にイザベルは続けた。
「五つの基本属性の精霊のなかで、土と雷と火──特に後ろの二つは気性が荒くて制御するのが難しいと言われているわ」
「はい……」
そのことはリルフィリアも聞いたことがある。
「もともと、それらの召喚術を成功させられるのも稀だし、仮にうまくいっても、その荒々しい精霊たちを操れるかどうか……」
「難しいのは、わかっています」
と、リルフィリアが食い下がる。
そんな彼女に、イザベルは自身の伸ばして見せた。
「?」
小さく首を傾げるリルフィリアに、イザベルはローブの袖に覆われた腕をめくって見せる。
「──!」
『それ』を目撃したリルフィリアがはっと息を呑んだ。
ローブの下に隠されていたのは、ひどい火傷の跡だった。
もとより白いイザベルの腕はその途中から、紫色のざらざらした肌に覆われていた。
「これ……どうしたんですか……?」
痛々しいイザベルの腕を目にしたリルフィリアが、恐る恐る訊ねる。
「私は一度だけ炎の精霊を召喚したことがあるの。召喚自体は成功したわ──でもうまく制御できなくて、精霊は暴走した…………これはその時の傷跡よ。全身にあるわ。他の人が回復術で助けてくれなければ死んでいたでしょうね」
「……」
イザベルの告白にリルフィリアが言葉を失う。
「精霊の召喚は、使い魔を使役するのとは次元が違う──風や水というのは、常に生命──とりわけ人間のすぐそばにある存在だから、精霊も優しいの。でも雷や火というのは、古来から畏怖の対象であったように力ある存在なの。貴女がそれらの召喚に挑戦するのは、もっと先でいいと思うわ」
そう諭すイザベルの瞳は優しかった。
「それに──」とイザベルが付け加える。
「リルフィリア、『イフリート』を召喚してみなさい」
「えっ──」
唐突にイザベルは、炎の使い魔である『イフリート』の召喚をリルフィリアに指示した。
『イフリート』の召喚にはリルフィリアはこれまで学校の訓練でも、なんなら実戦の場──先日の魔物襲撃の際や教師たちと対峙した際も成功させていて、すでに習得が完了した召喚術だ。
「いいから」そんな彼女にイザベルが催促する。
「わかりました……」
どうして今『イフリート』を召喚するのだろう──イザベルの指示の真意を図りかねたリルフィリアであったが、言われたまま
長椅子から立ち上がって召喚術を唱える。
「我、天と人とを繋ぐもの──」
リルフィリアの前に直径二メートルほどの赤い魔法陣が出現する。
「出でよ炎の使い魔『イフリート』!」
召喚術は成功し、魔法陣のなかから全長二メートル弱、体高一・五メートルほどの、馬や牛ぐらいのスケールの『イフリート』が出現した。
「そんな感じね」
リルフィリアの召喚術を確認したイザベルが、長椅子を立ち、すたすたと前に進んでいく。
そして、十メートルほど距離を空けたところで振り返り、リルフィリアと彼女のイフリートと対峙した。
「我、天と人とを繋ぐもの──」
するとイザベルが、召喚術を詠唱し始めた。
「出でよ炎の使い魔──『イフリート』!」
唱えたのはリルフィリアと同じく『イフリート』の召喚術。
しかし、イザベルの呪文で出現した魔法陣は、リルフィリアの魔法陣よりも倍ほど広いものだった。
「──!」
その大きな魔法陣から姿を現したものに驚くリルフィリア。
現れたのは、リルフィリアのものよりずっと巨大な『イフリート』であった。
大きさは手前にいるリルフィリアの『イフリート』の二倍はあろうか──体の大きさは高さ三メートルを超え、例えるなら小さな家屋ほどの体格を誇っている。
「大きい……」
自分のものよりはるかに巨大な『イフリート』を見上げるリルフィリア。
「これが私の『イフリート』よ、リルフィリア」
イザベルが『イフリート』の陰からすたすたと歩いて出てきて、リルフィリアに示した。
「使い魔は同じ種類のものでも、その個体はいろいろあるわ。貴女のものはまだ幼体──いわば子どもの『イフリート』よ」
「……」
その圧倒的な差に、リルフィリアが目を丸くする。
「まあ、私の『イフリート』も成体ではないけれど──私はもっと大きなものを見たことがあるわ」
そう言ってイザベルは、「ありがとう」と『イフリート』に手をかざす。
イザベルの『イフリート』は光になって消え、次いでリルフィリアの『イフリート』も消えていった。
再び二人になったイザベルが、リルフィリアに声をかける。
「魔法術はそれ自体がうまく出来るようになっても、その規模や様態には術者の力量が反映される。例え同じ魔法でも、扱う者によって差がでるの」
(──私の召喚術はまだまだだったんだ……)
イザベルとの差──術者の力量の差がこんなにも違いを生むのかと、リルフィリアは思い知らされる。
「……」
黙ってしまったリルフィリアに、イザベルが穏やかな口調で語りかける。
「貴女は才能のある子。本来難しいことも人より早く出来てしまう──だからこそ、基本を大切にしなさい、リルフィリア」
「……はい」
くっと顎を引いたリルフィリアがイザベルに答える。
学校で自分が秀才と評されるのは、リルフィリア自身も耳にしていた。
傲っていたつもりはない──しかし、他の生徒より多少優れていようとも、学校という枠を外してみれば、自分は魔法術を扱う者としては、まだまだ未熟ということだ。
(私だって……)
思い出されるのは幼なじみの少年の姿。
今もきっと努力を重ねるハートに、リルフィリアも刺激を受けていた。
──負けないから、ハート。
リルフィリアの胸には静かな闘志が燃えていた。
ブックマークが増えました!
ありがとうございますm(._.)m
面白いと感じていただけたら、
ブックマークと評価をもらえたら嬉しいです!




