赤錆の大剣
次の日、ハートは再び訓練場に向かい、そこで二日目の剣の訓練を受けた。
ただ、まだ二日目ということもあり、訓練は昨日教わったことの復習と、新たな動作──剣を使った防御である『受け』や『払い』の動きの習得で午前中が終わってしまった。
「すまない、後は一人で練習してくれ」
ウィンクルムはそう詫びて、旅の計画の策定をしに、ゲーンズのところに向かった。
「はあ……」
一人訓練場に残ったハートは、昨日と今日習ったことをおさらいしていたのだが、ある程度時間が経つと、体に疲れが出てきた。
「いたた……」
剣を握る手にはマメが出来ており、腕にも筋肉痛が走っていた。
それでもしばらくの間は頑張って剣を握り、素振りをして練習をしていたハートであったが、ますます大きくなる体の痛みにどんどん剣を振るえなくなっていく。
(ちょっと休むか……)
このままでは能率が悪いと、一旦剣を置くハート。
(……召喚術の練習でもしようかな)
単に休むだけでは時間がもったいない──召喚術の練習なら多少の肉体的な疲労や痛みは支障にならないので、ハートは自身のもうひとつの課題である、召喚術の訓練に切り替えた。
「我、天と人とを繋ぐもの──」
ハートの詠唱とともに、白く輝く魔法陣が訓練場の地面に出現した。
(このあとがわかんないんだよな……)
普通、召喚術の呪文は、先の文言のあとに召喚する対象の名前を含んだ文が続くのだが、ハートの『神器の召喚術』は誰も知らない未知のものなので、この先でどのような呪文を口にしていいかわからなかった。
(光の剣──出ろ!)
呪文が分からない代わりにハートは先日の光の剣──魔法学校の校長は『カエルム=グラディウス』と言っていた──を頭に思い描いて集中する。
「…………」
しかし、魔法陣からは何も現れることなく、しばらくしてそのまま魔法陣は消えていった。
(だめか…………)
容易くは思い通りにならず、渋い気持ちになるハートであったが、
「────もう一回!」
と、気持ちを切り替えて、今度は大魔術師マグナスの杖と本を召喚しようと、再度召喚術を唱える。
「我、天と人とを繋ぐもの────」
「はあ────」
ハートが大きく肩を落としてため息をつく。
一度や二度の失敗にめげず何度も──少なくとも十回は──召喚術を繰り返し発動させたハートであったが、結局光の剣もマグナスの装備も召喚することは出来なかった。
分からない呪文も、自分なりに『それっぽい』文言を付けて唱えてみたが、魔法陣からは何も姿を現してはくれなかった。
「なんでかなぁ……」
疲労したハートが、ぺたんと地面に尻をつく。
召喚術のみならず、すべての魔法術は、例え術が成功しなくても発動させるだけで多少の魔法力を消費する。
不成功に終わった召喚術を十回以上発動させたハートは、それだけでかなり消耗していた。
(何がだめなんだろ……)
力なく地べたに座ったハートは、ぼんやりと空を見上げて考える。
今とあの時の違いは何か──光の剣とマグナスを召喚したときの状況をハートは振り返る。
(そりゃどっちもピンチだったけどさ……)
光の剣とマグナスの出現時、その両者に共通していて、そして現在は欠いている要素──すぐに思い至るのは危機的な状況の有無だ。
光の剣とマグナスが現れてくれたのは、リルフィリアや自分達が命の危険に晒された時で、その二つは危機を脱するために天界から与えられた力だということはハートも理解している。
だからといって命の危険に晒されないと、あの力が発動できないというのでは困る──ハートは少しでもあの力を自分のものにしたいのだ。
「うーん……」
ハートが腕を組み、目をぎゅっと瞑って考える。
涼しい風が、背中から前に吹き抜けた。
(────ふさわしいかどうか、か……)
ハートが思い出したのは、先日、魔法学校の教師たちにマグナスを召喚するように頼まれ、結局失敗してしまったときのことだ。
あの時校長は、『自分たちの物見たさのためだけに、マグナスは姿を現しはしない』という旨の発言をしていた。
あの光の剣やマグナスが、自分たちの危機を救うのに『ふさわしい力』として、姿を現してくれたと考えたらどうだろう。
それなら、『今の自分にふさわしいもの』を願えば、光の剣やマグナスでなくても、何かが出てきてはくれないだろうか?
ハートはそのように考えた。
「我、天と人とを繋ぐもの──」
アイデアが浮かんだハートは、ぱっと立ち上がり、すぐさま呪文を詠唱し始めた。
ハートの前で白の魔法陣が輝く。
(あんなにすごい武器じゃなくていいから……)
今の自分にふさわしいものを──ハートは心のなかでそう念じながら、精神を集中させる。
すると、魔法陣のなかに動きが見えた。
魔法陣の中で、光の粒子が集まり、何かの形を結ぼうとしている。
「──っ!」
ハートがはっとする。
先ほどまでの失敗とは明らかに違う現象──何かが魔法陣から姿を現そうとしているのだ。
(──嘘っ?!来た!!)
思いつきでやったことが、まさか一発で成功するとは思わず、ハートの気持ちが急激に興奮する。
(出てこい──出てこい──!)
ハートが高ぶる心を抑えながら、魔法陣に力を込める。
魔法陣の中に集まった光の塊は、徐々にその形をあらわにしてきた。
(なんだ?!でかいぞ──)
光の塊は長方形の形をしていて、幅もあれば長さもある。
その幅は三、四十センチぐらいで、長さは一メートル数十センチほど。
地面に刺さるように立っている『それ』は、人の下半身が脚をぴったり合わせて立っているような尻細りのシルエットをしていて、そのてっぺんには、細い何か──柄のようなものが突き出ている。
(剣?!──かなり大きいぞ!)
徐々に光のシルエットの輪郭がはっきりと見えてきた。
魔法陣のなかで光を纏う『それ』は、兵士たちの剣よりも長く、その何倍もの大きさの刀身をもつ、巨大な剣に見える。
(すごい!かっこいい……)
まだその正体は輝く光の粒子に覆われているが、ハートの目には今この段階でもその大剣が雄々しく見えて、ハートは心を踊らせた。
(いける──)
ここまで姿を現せば間違いない──ハートは召喚術の成功を確信した。
カッ──
そして、眩い閃光が辺りに走った。
「っ!」
その光に一瞬目を背けるハート。
「…………」
光が晴れて、ハートが大剣のほうに顔を戻す。
消えた魔法陣の後には、地面に刺さる一振りの大剣──
「──────は?」
大剣の全容を目にしたハートが、ぽかんと口を開ける。
『それ』は、全体が赤茶色の錆に覆われた、古びた鉄の塊であった。
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