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二人の夜

 ゲーンズの事情聴取が終わり、ハートたち三人は兵士たちに連れられて、城壁から近くにあった宿屋に案内された。

 道中、ゲーンズの配下の兵士が言うには、ハートたち三人はその宿で明日まで休息を取りつつ待機するようにとのことだった。

 宿には兵士たちがハートたちの見張りを兼ねて外で警備に当たるらしく、ハートたちは明日ゲーンズの迎えが来るまで外出は禁じられた。

 一行が到着した宿は、ゲーンズの手配があってか、深夜にも関わらず明かりが灯り、三人が中に入ると食事こそ出なかったものの、ハートたちは温められた湯でそれぞれ入浴をし、与えられた寝衣に着替えた。

 入浴を終えた三人は、揃って一つの大部屋に通され、そこに置かれたベッドでそれぞれ就寝することになった。


「……」

 大部屋の窓際のベッドに入ったハートであったが、寝つけず、カーテンの隙間から見える外の景色に顔を向けていた。

 本当にいろんなことがあった──ハートは今日一日のことを自然と思い返していた。

 たくさんの魔物に襲われ、また教師たちとは激しい戦いを繰り広げたにもかかわらず、ハートたち三人は今こうして無事でいる。

 平穏な時間がやっと訪れたことで、ハートは自分のなかの感情を見つめ直していた。

(ほんとに、一日の出来事なんだよな……)

 戸惑いや驚き、そして恐ろしい出来事の一方で、ハートの胸にはいまだ冷めない興奮が確かにあることをハートは自覚していた。

 光輝く眩い剣に、マグナスとの神秘的な邂逅。普段の自分では到底扱えないような大魔法と、リルフィリアと二人で起こした奇跡。

 それらは、その過程で抱いた様々な嫌な感情と記憶を上塗りして余りあるものだった。

 ──『おまえが剣であるのなら』。

(あれは、どういう意味だろう……?)

 ハートはマグナスから言われた言葉を思い出していた。

 『剣』──その言葉が意味するもの。誰かのために戦えという意味なのか……

「──ハート」

 すると、小さな物音とともに、ハート隣のベッドに入ったはずのリルフィリアがハートの所までやってきた。

「リルフィリア」

 驚いたハートであったが、同じ部屋の入り口近くのベッドで寝ているであろうウィンクルムを憚って声を抑える。

「眠れないの?」

 リルフィリアはそう言って、ハートのベッドに腰かけた。

「お前こそ、寝なくて大丈夫なのか?」

 ハートも、ベッドに伸ばしていた足を縁から降ろし、リルフィリアと並んで座る。

「うーん……だってハートが起きてるから」

「あ、ごめん」

 気になって眠れなかっただろうか──ハートが詫びるも、リルフィリアは首を振った。

「……ありがとね、ハート」

「えっ」

「私を助けてくれて」

 突然のリルフィリアの言葉に、戸惑うハート。

「いいよそんなの……俺何もしてないし──あの剣とかマグナスさんのおかげだよ」

 ハートが謙遜すると、

「あっそれ……さっきもだけど、ちゃんと『様』をつけてよ」

「えっ」

 不意にリルフィリアの指摘をくらってしまってきょとんとするハート。

 暗がりのなか彼女の顔を見ると、目つきがむっと怖くなっている。

「マグナス『様』って呼ばないと」

 ハートがマグナスのことを事情聴取のときから『さん』付けで呼んでいるのを言っているらしい──いかにもリルフィリアらしいが、彼女ほど神話に通じてなければ、普段からそれほど信心深くもなかったハートにとって、天使とかそういった天界の存在をいちいち『様』とつけて呼ぶのは、柄ではなかった。

「ご、ごめん……」

「──ううん」

 ハートが謝ると、すぐにリルフィリアはいつもの優しく可愛い表情に戻って、何かおかしそうに微笑んだ。

 本気だったのか、それともちょっとした悪戯だったのか──ころっと表情を変えた彼女の気持ちを計りかねるハートをよそに、リルフィリアは静かに言葉を紡ぐ。

「ハートのおかげだよ……もしハートがいなかったら、今頃私……」

「……」

 真剣なトーンに変わった彼女に、ハートは口をつぐんでしまう。

 もし、あのまま巨人の魔物にリルフィリアがさらわれていたら──そのようなことは想像したくないぐらい、ハートにとってありえないことだ。

 見ると、リルフィリアは膝の上で拳を握っている。

 彼女にハートは問いかけた。

「こわいのか、リルフィリア?」

「ううん」

 リルフィリアは首を振ったが、その顔はまだ何か思い詰めるように深刻な表情だ。

 そんな彼女の気持ちを紛らわせようと、ハートはあえて軽い口調で彼女に話しかける。

「──もうさ、王都になんて行かなくていいんじゃないか?今日みたいなことがまたあったら恐いし……それにこの街でも魔法術は学べるだろ?すごい先生たちもいるんだし」

「うん……」リルフィリアの返事は曖昧なものだった。ハートの思いつきの提案は虚しく空振る。

「……」

 沈黙に落ちる二人。

「──あのね、ハート」

 するとリルフィリアが口を開いた。

「どうした?」彼女の表情から何かを予感したハートは、穏やかな口調で彼女の言葉を待った。

「あのとき、マグナス様が私に言ったの──シモンの山に向かえって」

「シモンの山?」初めて聞く言葉に、首を傾げるハート。

「私もわかんないんだけど、でも私、その場所に行かないといけない気がするの」

 リルフィリアは静かに、でもはっきりとハートの目を見て告げた。

「マグナス様の御言葉……きっと何かの意味があると思う」

とリルフィリアが続け、そして彼女は口を閉ざしてハートから視線を外した。

「……」

 無音の空白が流れる。

「……なら、俺も行く」

「えっ」

 そう切り出したハートに、リルフィリアが振り向いた。

「俺も一緒に、探しに行くよ」

 ハートはリルフィリアを見つめて宣言した。

 リルフィリアがハートを見つめ返す。

 その瞳は、輝きを湛えていた。


「──ありがとう、ハート」




 そのあとリルフィリアは自分のベッドに戻り、しばらくして微かな寝息が聞こえてきた。

「……」

 ハートはまだ、窓の外を眺めていた。

 カーテンの隙間に、夜空をゆっくり沈んできた月が覗く。


──『おまえが剣であるのなら』

 まるで予言のようなマグナスの言葉が、ハートの中で意味を持った。

いつもありがとうございます。

一気読みしてくれたのをアクセス数で見ると、こちらのテンションもあがります!

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