事情聴取(終)
「話を戻すが……」
リルフィリアの説明を踏まえ、話は本筋に戻った。
「その魔術師マグナスを召喚した君は、彼を使役して賊に操られた教師たちと戦ったということか?」
「あ、いや──」ハートが首を振る。
「あの人はリルフィリアを助けた後に消えてしまって……でもその代わりに、持っていた杖と本を俺に貸してくれたんです」
「杖と本……?」
魔法にさほど通じていないのか、ゲーンズはピンと来ていないようだった。
「杖には魔石がたくさんついていて、本には呪文と魔法陣がいくつも書かれていました」
「?」
「あの人は、俺に戦うための力を与えてくれたんです──杖の魔法力と、本に書かれた魔法術で……あの人は消える前に俺に『力と智恵を貸そう』と言っていました。自分で戦えという意味だったと思います」
「なるほど、そのための武器ということか……昼間の剣と同じような現象だな──そのときの君はどういう感じだった?昼間のように、まるで別人のようになったのか?」
「いえ」ハートは当時の自分の様子を思い出しながら答えた。
「昼間の、あの剣を使ってたときは、記憶があんまりなくて、自分が自分じゃない感じだったんですけど、今回は違いました。自分の意識はしっかりしてたし、何をするかも自分で考えられて──ただ、普段の自分だったら到底使えないような魔法が使えたというのは自分でもわからないです。俺、召喚術以外はほんとにダメなんで」
「できないはずの魔法が使えた、と?」
「はい。なぜかそのときは本にかかれていた魔法術……呪文とか魔法陣がすっと理解できて、自由に扱えたんです」
「意識はあっても、やはりその時も昼間と同じように、本来は心得のない戦技を扱えたということか」
「そう、ですね……」
「ふむ、不思議なことだな……」
ゲーンズはハートの説明を咀嚼するように一旦考えこんだ。
「……そのとき君たち二人と、賊の少女はどうしていたのだ?」
再度口を開くゲーンズ。
「シャルロッテ──賊の小娘は、操られた兵士たちを新たに繰り出して私とリルフィリアを包囲した。私たちは動けず、奴は見世物よろしくハートと教師たちの戦いを観戦し始めた」
と、ウィンクルムが節々に棘を含ませながら説明した。
「彼の戦いはどう経過した?」
「ハートは、六人もの魔術師を相手にしながら、見事にその多種多様でしかも強力な魔法術を防ぎきった。見るに、その気になれば攻勢に出ることも可能のように思えたが、恐らく彼は先生たちを傷つけまいと手荒なことはできなかった──そうだろう、ハート?」
「……はい」ハートはこくりと頷きながら、自分のことを誇らしげに語るウィンクルムに、少し照れた気持ちになった。
「彼の戦いはどのように経過した?」
「ハートは防戦を強いられていた。私たち二人だけでなく、教師たちも実質人質だったからな……そこで私は、術を発動している本人を叩こうと、隙をついて賊の小娘に打ってかかった。そこからは戦闘状態だ」
「彼女はどうした?」ゲーンズがリルフィリアを示す。
「その際に逃がしたつもりだったのだが……」ウィンクルムが言葉をよどませた。「──ハートを助けに行ったのだろう、リルフィリア?」
「……はい」咎められているように感じたのか、リルフィリアが肩をすぼませて答える。
「二人が戦っているのに、自分だけ逃げちゃだめだって思って……」
「しかし、どうやって戦ったのだ?」とゲーンズ。
「召喚術で使い魔を出しました──でも結局、ハートに助けられてしまって」
リルフィリアの声がますます小さくなり、彼女はわずかに顔を俯せた。
その顔を見て、ハートはリルフィリアがその時放った言葉──昼間の兵士たちの犠牲を自責する、悲痛な叫びを思い出す。
「──それで、君は?」
「あっ、はい」
ゲーンズに話を振られハートは我に帰った。
「俺は先生たちで手一杯だったんですけど、助けに来てくれたリルフィリアと合流して、一緒に先生たちにかけられたシャルロッテの『ヒューマンテイム』を解こうとしたんです!」
ハートはリルフィリアの助力があったことを──彼女に届けばいいなと思いながら──それをわずかに強調しつつ説明する。
「どうやって敵の魔法を解いたのだ?」ゲーンズが強い関心を示した。
「マグナスさんの本は、不思議なんですけど自分が必要だなと思った魔法術が勝手にページに出てくるんです。それで、敵の術を解ける魔法はないかなって俺が思ったら、そのための魔法術が本がめくれてその最後のほうに出てきて……」
このあたりは説明が難しいが、ハートは何とか出来る限り分かりやすく伝えようとする。
「そんなふうになっていたのか……」詳しくは知らなかったウィンクルムが頷く。
「とはいってもすぐ納得は出来ないが……続けてくれ」
戸惑い半分で、ゲーンズがハートに続きを促した。
「はい──マグナスさんの本のおかげで、どの魔法を使えばいいかはわかったんですけど、その時先生たちが──特に校長先生がものすごく強い魔法を使ってきて、それを防ぐので精一杯だったんです……とても魔法を唱えるどころじゃなくて」
そしてハートは、ここでリルフィリアのほうに顔を向けた。「そしたらリルフィリアが、俺の代わりにその魔法──『ヒューマンテイム』を解くための魔法を自分が唱えるって言ってくれて」
「ほう」ゲーンズとウィンクルムもリルフィリアを注目する。
「君にもそれが使えたのか?」とゲーンズがリルフィリアに問う。
「──俺と同じ感じだったんじゃないか?」ハートがあらかじめ彼女に助け船を出した。
「はい」リルフィリアが頷く。
「とても不思議な感じで、その魔法術のページを見ただけで、それがどんな魔法なのかが理解できました。それになぜか、成功させられるって言う自信も……」
リルフィリアが、一つ一つ自分のなかで確かめるような口調で説明する。
「でも、その魔法術を発動させるには私自身の魔法力だけでは足りないということも理解できました。だから私は『降霊術』で水の精霊の魔法力を借りました」
「『降霊術』──君が使えるというやつか」とゲーンズが驚きまじりに反復する。
「……」リルフィリアが謙遜気味に少し目を伏せる。
「ハートが先生たちの攻撃を防いでいる間に、私は水の精霊を自分に憑依させて、そしてマグナス様の魔法術を唱えたんです」
「すると、街の群衆が目撃したのはそれだったのだな……」
ゲーンズが合点する様子を見て、ハートたちも魔法学校から外へ出たときの群衆たちの騒ぎを思い出した。
彼らはリルフィリアの『降霊術』を見て、それを天使の降臨か何かだと勘違いしたのだ。
「して、その魔法術は成功したのか?」
「はい」リルフィリアとハートがしっかりと頷く。
「敵の術が解けるのを見ました──あっ、先生たちは今、どんな感じですか?」
ハートがゲーンズに、訓練場に倒れた教師たちのその後につて訊ねた。
「気を失っているだけで、じきに目を覚ますだろう」ゲーンズは答えた。「彼らにも、事情を訊かねばなるまい」
よかった──とハートたちは安心する。
「ウィンクルム殿が戦っていたという、賊の娘はどうなった?」
ゲーンズがウィンクルムのほうを向くと、ウィンクルムは渋い顔で首を振った。
「私では決定的な攻撃を与えられず、リルフィリアが唱えた魔法術の際に、奴を逃がしてしまった……」
「うむ……それもやむ無いだろう」ゲーンズが悔やむウィンクルムに同調する。
「ゲーンズ隊長、奴の姿を見たものはいないだろうか?不審な者の報告は?」
ウィンクルムが食い気味に訊ねるもゲーンズは黙って首を振った。
「くそ……」ウィンクルムが両の拳を握りしめる。
「もちろん、我々も現在、警戒を厳重にしている。怪しい者がいれば直ちにこれを捕らえよう──我々もまた愚弄されたのだからな」配下の兵士たちをシャルロッテに操られたゲーンズが毅然と言った。
そして彼が三人に向き直る。
「するとこれが事の顛末か?」
「はい」「ああ」ハートたちが頷く。
「ふむ……君たちの説明に嘘はないと思うが、なにせにわかには信じがたいことも数多い」ゲーンズは片手を上げる仕草をしてハートたちに提案した。
「賊の狙いは何なのか……わからんことも多いが、教師たちの事情聴取も待たねばならんし、再度君たちに話を聴くこともあるかもしれん──今のところは、我々が手配した宿で休んでもらおう。念のため見張りをつけさせてもらうが、悪く思わないでくれ」




