モリ・モルド
どの物事にも、その道の最高峰が存在する。
近所で一番の腕っぷし、学校でトップの学力、地域で一番の富豪など、範囲に限らず言えば幾らでも“一番”は存在する。
そしてここにも、サタニウス王国最強と謳われている“門番”がいる。
その人物は現在、魔王城の門番をしている。ちなみに男だ。
尤も、何が最強なのか。それは単純な戦闘は勿論のこと、人望、民への対応など、人柄でも最強なのだとか。
ただし、これはあくまでも門番という職の中という事なので、彼よりも強く、人柄の良い人物など幾らでもいるのかもしれない。
その最強の門番。その名も……
▽
「モルドさん、行ってきます。今日もよろしくお願いしますね」
そう私に言う少年……ツダアカネに、私はいつも通り笑顔で頷く。
「ええ、我が命に代えてでもここをお守りします」
そう言う私。いつもそう答えているが、決して軽い気持ちで言っているのではない。
「アカネ殿はしっかりしておるな」
既に遠くに見える彼の背中を確認しながら、これで何回目か、そう呟く。
アカネ殿は突然ここへやってきた。
なんでも、人間界からやってきたらしい。私も実際に角が生えていない頭を見て驚いた。魔王様と同じ黒髪で、男性にしては少し長めの髪型。タレ目気味で、ぽやぁっとした少々頼りない印象の少年。一見普通の少年が、どうして魔界へ迷い込んだのか。
そして魔王様に気に入られ、この城で暮らすことになった。
始めは私も色々と懸念があったが、それは本当に懸念で終わった。
彼は見た目通り呑気な性格だが、芯はしっかりしており、時に彼の背中が逞しく感じることがある。
彼が前に森へ試験前の一夜漬けだ(約三時間後に帰宅)と言って鍛錬をしに行って戻った時、土まみれになった彼と立ち話をして無性に思ったことがある。
彼を鍛えてみたい。
尤も、この職を離れるつもりは無いので暫くはありえない事だ。
私と一緒に話している彼の表情は、楽しそうであり、同時にその目は闘士のそれであった。
その目を見て、私も若い頃を思い出した。
強さを求めて我武者羅に戦場を駆けたあの頃。
当時の私は血気盛んな時期だった。
魔王軍の兵士に選ばれた私は歓喜し、更に強さを求めていった。
そして、隣国との戦争でいくらか昇格した私が前線で暴れ回っていた時だ。
遂に私がその国の魔王の首を取った……そう達成感に浸りながら魔王の首に剣を振りおろそうとした瞬間、
ひとつの小さな影が私の前に立ち塞がった。
「父上は殺させない! 絶対にだ!」
まだ幼い少年がそう言って、今私が殺さんとしている魔王を庇うように立ち、剣を私に向けた。
しかし、その剣先はカタカタと震えており、またその少年も死を覚悟しているようであった。
「……」
そして私は何も言わず、ただ涙を流していた。
なんのために戦っていたのか。なんのために強さを求めていたのか。
それを思い出した。
この少年くらいの幼い自分の兄弟を養うため。弱き者を守るため。
しかし、今私がしようとしていることは何か。
抵抗できなくなるまで叩きのめして、殺そうとしている。
そして、殺そうとしている者の子供も殺そうとしている。
仕方がない。それは仕方がないことである。
勝つためだ。勝たなければ自国の平和は保たれない。
しかし、しかしだ。
私はそれが出来なかった。
持っている剣を振り落とすことなく、ざくりと地面に突き立てた。
「……私の負けだ。殺せ」
私は負けた。この小さな少年の心に。
しかし、そんな少年は、
「僕は貴方を殺せない。貴方が僕に負けたように、僕も貴方の優しさに負けた」
そして、少年も地面に剣を突き立てる。
「……っ!」
私は再び泣いた。少年も泣いていた。
そこに、ざっと何者かが私の後ろにたった。
「魔王様……」
今は亡き魔王、ロード・サタン様が私と少年、気絶している隣国の魔王を一瞥し、再び少年を見て口を開いた。
「敵国の子よ、この戦いはこれで終いだ……両国決着つかずにな」
その言葉に私と少年が驚いた。
「このモリ・モルドという戦士は、我が国最強の戦士だ。その戦士がお前に負けた。そしてお前もモルドに負けた……そうするしかあるまい」
それだけ言って魔王様は、戻って行った。
「ありがとう、ありがとうございます……!」
少年は魔王様の姿が見えなくなっても、暫くひれ伏してそう言い続けた。
そして、私は決意した。
「誰かを傷つけるのではなく、守るために命を全うして行こう……」
そしてその後、私は一線を退き、門番に就いた。
現在、少年は魔王となり、我が国とは良好な関係を築いている。
「ふぅ、あの頃は若かったな……」
長い間思い出に浸りすぎた。
正直言うと暇なのだ。しかし、暇だからといって悪いわけではない。暇ということはつまり、この国が平和であるという証でもある。ここ数百年はこの国は何も起こっていない。……言い訳と捉えるならそれでいい。
夜になると、私は夜勤の門番と交代して帰宅する。
家には私がこの世で一番愛している家族が待っている。
帰宅途中、酒場の前を通りすぎる。酒場は賑やかで楽しそうだ。
実は私は酒が飲めない。偶に他の者からは勿体ないと言われるが、私はそうとは思わない。何故なら、酒を飲まない分だけ家族との時間が増える。それだけで私は幸福だ。
五つ(約五百歳)下の妻に可愛い娘。
最近は娘が反抗期であまり口を利いてくれない……だがそれも可愛らしい。
家族のことを考えたら、歩みが速くなる。
なに、でれでれし過ぎだって? ……それが普通ではないのか?
「ただいま」
カチャリと少し遅くなってしまったので静かにドアを開ける。
「あらあなた、おかえりなさい」
「おそいわよ、早く食べましょ」
どうやら、私が帰ってくるまで夕飯は食べていなかったらしい。
「ああ、お腹ペコペコだ」
急いで食卓につき、妻の料理をほお張る。
うん、いつもながら絶品だ。
妻の料理は世界一。勿論残さず平らげた。
「私、明日早いからお風呂はいって早く寝るわ」
娘がそう言って部屋を出る。
そう言えば、うちの娘はアカネ殿と同じ学院だったはずだ。
二つほど上の学年だ。娘は後輩に優しくしているのか? 家では私限定で素っ気ないが……
そろそろ夜も遅くなり、私と妻は寝室へ向かう。
「あなた、今日もお疲れ様」
「なに、今日も暇だったさ」
「いいことじゃない」
いつもの様に、寝る前は妻が私を労ってくれる。
「おやすみなさい、あなた」
「ああ、おやすみ」
キスを交わし、消灯をして就寝する。これで私の一日は終わる。
▽
モルドの朝は早い。
「おはよう」
「おはようございます、あなた」
「今日はあの子、早いんだったな」
「ええ、あなたが起きる少し前に行きましたよ」
妻と二人で朝食のパンを齧りながら、何気ない会話をする。
「そろそろ行く時間だ」
食べ終わると、モルドは立ち上がり着替える。
「頑張ってきてね」
「ああ、お前も留守番よろしくな」
「もうっ、子供ではありませんよ」
モルドにからかわれて、ぷくぅっと頬を膨らませる妻。
「ふっ、そうだな……んじゃ、いってくる」
「行ってらっしゃい……あっ、あなた、ちょっと待って」
妻がモルドを呼び止め、
「ふふっ、髪跳ねてますよ」
そう言ってモルドの髪を直してやる。
「おぉ、すまんな。ありがとう」
少々照れ気味に言い、モルドは城へ向かって行った。
そしてこの瞬間、家族愛全開のモリ・モルドから、サタニウス王国最強の門番、モリ・モルドへと変わる。
モルドは本日も暇(この国の平和)を祈りながら門の前に佇む。




