第一章 中学・渋谷編 第一話「掟破り」
第一章 中学・渋谷編
神南中学校の裏門脇。錆びた自販機が、低い音を立てて唸っていた。
「お前さ、学校来たなら教室まで来いよ」
島貫大樹が、缶コーヒーを片手に呆れた声を出す。
隣でしゃがみこんだ松嶋雅也は、空を見上げたまま答えた。
「ここまで来ただけでも褒めろ」
「褒めねぇよ。担任、お前のこと完全に不良扱いしてるぞ」
「実際そうだろ」
「違ぇよ」
大樹は即答した。
「お前はただ、来る理由がねぇだけだ」
雅也は、何も言い返さなかった。
学校中が自分を避ける中、この男だけは、なぜか最初から隣にいた。
その時、裏手の路地から女の悲鳴が上がった。
「離してください!」
雅也と大樹は顔を見合わせた。
大樹は迷わなかった。缶を放り出して、路地へ駆け込んでいく。
「おい、大樹!」
路地の奥で、同じクラスの上村法子が、大柄な男に手首をつかまれていた。
男の背中には、金糸で刺繍された「魔打羅」の文字。
【魔打羅 一番隊】
長谷川宗次郎
――欲しいものは、力で奪う男。
「やめろよ! 嫌がってんだろ!」
大樹が割って入った。
長谷川は面倒くさそうに振り返り、大樹の顔面に拳を叩き込んだ。
大樹の体が、壁に叩きつけられる。それでも大樹は立ち上がり、法子の前に両手を広げた。
「……上村には、触らせねぇ」
二発目。三発目。
大樹は殴られるたびに崩れ、そのたびに立ち上がった。
路地の入り口で、雅也は立ち止まっていた。
一番隊。
魔打羅の頂点に立つ部隊。三番隊の自分が手を出せば、掟破りになる。
足が、わずかに震えていた。
――怖ぇのか、俺は。
その時、血まみれの大樹と目が合った。
大樹は、笑っていた。
「雅也、悪ぃ。……ちょっと、手ぇ貸してくれ」
雅也の中で、何かが切れた。
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松嶋雅也 VS 長谷川宗次郎
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「おい」
長谷川が振り返った瞬間、雅也の右正拳が鼻柱を打ち抜いていた。
「てめぇ……三番隊のガキか!」
長谷川が拳を振りかぶる。雅也は半歩で外し、がら空きの脇腹へ中段蹴りを叩き込んだ。巨体が折れる。下がった顎へ、膝。
長谷川が、路地のアスファルトに沈んだ。
荒い息をつきながら、長谷川は雅也を睨み上げた。
「三番隊が一番隊に手ぇ出したらどうなるか……分かってんだろうな。掟破りだぞ、てめぇ」
「知るかよ」
雅也は吐き捨てた。虚勢だった。心臓は、まだ暴れている。
長谷川が逃げ去った後、法子が震える声で頭を下げた。
「あの……ありがとうございました」
まっすぐな目だった。
誰かに、こんなふうに礼を言われたのは、いつ以来だろう。
「……礼なら、こいつに言え」
雅也は、壁にもたれてへらへら笑う大樹を顎で示した。
その夜。渋谷の外れにある、魔打羅一番隊のアジト。
【魔打羅 一番隊隊長】
庄野博樹
――仲間を、駒としか見ない男。
顔を腫らした長谷川の報告を聞いても、庄野は眉ひとつ動かさなかった。
「三番隊の松嶋、か」
庄野は自分では動かなかった。代わりに、一人の男を呼びつけた。
【魔打羅 二番隊隊長】
大木和也
――誰の犬にもならない男。
「大木。三番隊を潰せ」
十六歳。高校にはほとんど顔を出していないが、歳に似合わない貫禄を持つ男だった。
大木は、表情を変えずに答えた。
「……分かりました」
だが胸の奥では、苦いものが渦巻いていた。
――俺は、一番隊の犬じゃねぇ。
それでも、序列の掟には逆らえない。
深夜の明治通り。
四台のバイクが、排気音を轟かせて夜を裂いていく。
先頭の一台に、大木。その後部座席には、大木の元恋人・矢沢七瀬が座っていた。
七瀬は、流れていく街の灯りを鋭い目で見つめている。
「三番隊、今から行くんすか」
並走する二番隊の隊員が声をかける。大木は首を振った。
「今夜はやらねぇ」
「え……でも、庄野さんの命令は」
「分かってる」
大木は、ハンドルを強く握った。
「潰す前に、まず俺の目で確かめる。松嶋雅也ってのが、どんな人間なのかをな」
七瀬が、大木の背中で小さく呟いた。
「……面白い子だといいね」
四台のバイクは、渋谷の夜に溶けていった。
(第二話へつづく)




