#95 プリマ王女救出作戦開始
時刻は夜の21時。次郎吉は事前に訪れていた森に入ると穴を掘った樹洞に入ると穴掘りの続きを開始した。予告状を出したのは陽動役のキャリコだ。これに本命の次郎吉が付き合う必要はない。予告状を出した狙いは元々は次郎吉の動きを隠す意味があった。
ただしこの動きは次郎吉たちの情報を知っているなら相手も当然警戒する動きとなる。だからこれは次郎吉と要塞の指揮官であるロイゼン司令官との駆け引きだ。次郎吉が攻める時間は果たして予告状で示唆した時間の前か予告状の通りなのかそれとも予告状の時間より後なのかロイゼン司令官は選択しないといけない。
これに対してロイゼン司令官は要塞の動きは外の動きは通常通り。要塞内の動きは地下に重点を置きつつ、特に地下牢を警戒した。ロイゼン司令官も侵入経路は地下だと考えているからこその配置だ。
そんな動きになっているとは知らない次郎吉は要塞が近くなると掘る速度を緩めて慎重に進んで行く。これは要塞との正確な距離を知らないからこそ慎重に進まざるおえないのだ。
一気に掘り進んで要塞で警戒している人の目の前でいきなり大穴が開いたら、もろバレになるからね。ちゃんと人の気配を読んで誰にも見つからずに人がかがんで進めるほどの穴を開けるしかない。
(足音確認。今の深さなら地下牢か地下廊下だな。じゃあ、高さはこのぐらいで目的の部屋の位置はぐらいか? 目の大きさぐらいの穴を開けて確認。ちょっと外れたか。バレてはいないか? 演技されている可能性もあるがそこは信じていくしかないな。監視の位置はこことここ。この位置なら他の監視の位置は予想通りだな。時間は23時。予定通り。それじゃあ、始めるとしますか。ルカ要塞の軍人諸君、鼠小僧がお前たちのお宝を盗みにやって来たぞ!)
次郎吉が選択した侵入時間は陽動前だった。そして次郎吉は穴を開けた場所はなんと要塞内にある監視用のボートが停泊するために必要な港だ。そこの側面の壁に穴を開けた。
監視カメラで見張るのは基本的に地面で人の行き来を見張る。壁を見張っても基本的には意味ない。もし侵入経路が壁だったとしても通路を通らなければならないなら地面を見張ればいいという話にはなるのだ。そこを理解した上に相手が地下牢を警戒していると読んだ上での侵入経路の選択となった。
次郎吉はすぐさま音もなく地面に着地し、木箱の裏に隠れた。この一瞬の動きの間に次郎吉は張り巡らされたセンサーを華麗に躱している。要塞といえど流石に刑務所と比べるとセンサーが少なかったからこれぐらいの動きは次郎吉なら余裕だ。
そして次郎吉はカメラのタイミングと見張りの人間の動きを見計らって木箱の裏から堂々と姿を出して、港から通路に行くことが出来た。
次郎吉の服装はちょっといいバルバリス王国の軍服だ。これはリガンド公爵が侵入に必要だと用意してくれた服だった。
しかし普通の服と違うと当然目立つ。
「おい! ちょっと待て! そこのお前何者だ!」
「ん? もしかしてボクちんに言っている? お前、何様のつもりなんだよ。ボクちんはカリスレッド伯爵の一人息子だぞ!」
「な!? あの引きこもりで親に軍に放り込まれた!? あ…」
「お前今、ボクちんに喧嘩売ったな? 覚悟しておけよ? お父様にお前のこと言いつけてやるからな!」
次郎吉が変装したのはバルバリス王国の軍人の中では有名な伯爵の息子だった。ただしこの息子が非常に問題児で姿格好は立派なのに人前には出たがらない軍人の恥さらしとして有名な人物だ。
次郎吉はこの人間の情報を聞いて喋り方の特徴などもリガンド公爵から全て教えて貰った上で変装している。少しの時間でも成功率を上げるために努力するのがプロである。そしてその成果がはっきりと出る。
「カリスレッド伯爵の息子が要塞内にいただと? 話し方はどうだった? それなら本人か? 監視班。そいつの映像を出せ」
「は!」
「こいつがカリスレッド伯爵の息子か?」
「我々に聞かれても知りませんよ。我々はずっとこの要塞にいるんですから」
ロイゼン司令官も監視班も残念ながら彼の顔はもちろん姿すら知らなかった。それだけ人前に出ることがない謎の軍人で時々しゃしゃり出て来ることもある軍人からすると非常に迷惑極まりない存在なのだ。軍事訓練すらまともにしたことないのに伯爵という地位のお陰で下手に権力があるところが厄介なんだよね。
それを理解した上でリガンド公爵は次郎吉の変装相手を彼にした。何せ彼なら無許可で要塞に入るぐらいは平気でやるぐらいの問題児で実際に過去にやらかしてもいることから今回の変装には最高の人材選択となった。
ここでロイゼン司令官も悩むことになった。
(明らかに怪しいが偽物だという決定的な決め手がない。とりあえず拘束したいがもし本物だった場合わたしの地位が危ない。どうする?)
「…見張りに伝達。カリスレッド伯爵の息子を監視せよ。監視班も一班こいつの動きを監視しろ。いいか? 手を出すなよ? どんな理由があろうと無許可でやって来たのは事実だ。我々にはこいつを訴える権利がある。そのための証拠は必要だ」
「は!」
ロイゼン司令官は自己愛故に攻めきれなかった。そして次郎吉は自分が監視されていることに気が付き、相手が攻められないことを理解した上で要塞内のドアを次々開けて物色する。次郎吉の完璧な迷惑人間の演技を見た監視している人間たちの沸点が急上昇していくのは言うまでもない。
一応ロイゼン司令官もウィンバース宰相に連絡も入れたがウィンバース宰相からカリスレッド伯爵に連絡を取りつけても馬鹿息子の動向など一切知らないと言われて終わる。しかし軍人ではあるのでいずれバレる存在ではある。ただそれを特定するための時間はもう残されていなかった。
(時間切れだ。頼むぜ? 怪盗キャリコ)
次郎吉は要塞内からキャリコに心の中で応援するのだった。




