#114 鼠小僧の置き土産
興奮が止まらないトーマンにギルター宰相が質問する。
「トーマン魔道技師。記憶喪失を起こさせるソーサリーファクトや魔法は実在しているのですか?」
「儂は聞いたことがないのぅ。ただ理論は存在しておる。闇属性の吸収の魔法が魔力だけでなく人間の記憶まで吸収出来るのなら相手を記憶喪失にさせることが可能ではないのかという理論じゃな。しかし人間の脳に干渉する魔法はタブーじゃ。何せ人体実験と変わらんからのぅ。それでも研究している者はおる」
「こいつがそうだったという話ですか?」
「いや? 恐らく初見じゃ。頭が固いアーベルトが弟子にタブーに触れることを許可するとは思えんからな。鼠小僧自身自分の身に何が起きるのか予想はしていたが実際にどうなるかまでは分かっておらんかったはずじゃ」
トーマンが次郎吉の身体に魔力ラインを接続し、次郎吉の体内にあるソーサリーファクトに接続し、理解する。
「随分と体内にソーサリーファクトを隠しておるわい。脳の近くに一つ、心臓付近に一つ、両手に一つずつ、恐らく魔力ラインの操作でスイッチを入れられるソーサリーファクトじゃな。両手のソーサリーファクトは彼女の救出に使ったソーサリーファクト。脳にあるのが吸収のソーサリーファクト。心臓にあるのが魔力爆発とソーサリーファクトの機能停止用のソーサリーファクトじゃな。必要最小限で自分の目的を達成させるか。いい弟子を見つけたもんじゃな。アーベルト」
これを聞いたギルター宰相の部下は次郎吉から没収したソーサリーファクトを確認すると全て起動することが無かった。次郎吉は自分が消える前にちゃんと自分のソーサリーファクトの後処理を行ったのだ。
そしてこれによって、以前の次郎吉が戻ることは無くなったことが確定する。記憶を吸収するならその記憶はソーサリーファクトの中に残り続けるはずである。しかしそのソーサリーファクトが壊れたならもう二度と記憶が元に戻ることは無い。
つまり『アルバ』の情報も鼠小僧としての犯罪情報もこれで全てが失われた。しかも次郎吉の自爆によってソーサリーファクトの技術も手に入ることが無くなった。彼らがアーベルトの技術を手に入れるためにはカナリを捕まえるかサヤの村を襲撃するしか手はない。
「やってくれたな……小僧!」
流石のギルター宰相もこれには次郎吉を殴らずにはいられなかったが殴られた本人はなぜギルター宰相が怒っているかもなぜ自分が殴られたのかも理解していない。次郎吉からすると新たな人格を得た自分自身には同情する限りだが、死んでしまった自分にとってはもう関係がない話である。
「ギルター様、いかがしますか?」
「こいつを公開処刑する。それに変わりはない。記憶を失い別の人格になろうがこいつの罪は消えることがない。何より国民とバルバリス王国に対して見せつける必要がある。こいつを城の地下牢に連行しろ。王族だろうと全ての者に対して面会することを禁ずる。わかったな?」
「「「「は!」」」」
本来ならゴンドーラ刑務所に入れるはずだが、次郎吉は一度ゴンドーラ刑務所に最奥から外に出ている。記憶を失っているからと言って手を抜くととんでもないしっぺ返しを食らうことになるとギルター宰相の判断した。
「儂はこやつのソーサリーファクトの残骸の5割を頂くぞい」
「……いいでしょう。ただし魔法を吸収したソーサリーファクトはこちらで頂かせてもらう」
「いいぞい。儂はもう仕組みを理解しておるからな」
今夜はここまでとなり、ギルター宰相の部下は次郎吉を城へと運び、ギルター宰相とトーマンはもう夜が遅いこともあり、近くの町で一泊してから解散することとなった。
その翌日の夜、トーマンは自宅に帰って研究するために魔道車で国境を越えようとしていた。次の瞬間、トーマンの頭に石の礫が光速で飛来し、トーマンの頭を貫通した。
「な……に……?」
トーマンは自分が遠距離から撃ち抜かれたことを理解し、同時に次郎吉の凶悪な笑みが脳裏をよぎった。その瞬間、自分がとんでもない見落としをしていたことに気が付いた。
(やられたわい……あの心臓のソーサリーファクト……)
トーマンが絶命した魔道車はコントロールを失い、横転すると再び遠距離からの狙撃が魔道エンジンに炸裂し、大爆発を起こすのだった。
トーマンを暗殺したのはサヤの村にいたクインが冷静な声で報告する。
「……任務完了。……あなたの犯罪はギルター宰相と裏取引をし、我が国に他国のソーサリーファクトを許可なく持ち込んだこと。……その証拠を得たことであなたを暗殺することが決定した。……あなたたちの敗因はジロキチを甘く見たこと。……ただでやられるほど私たちの鼠小僧は甘くない」
そういうとクインは自分の仕事はこれで終わりだと言わんばかりにその場から撤収するのだった。
それとほぼ同時刻、ギルター宰相は王都シルファードにある自分の屋敷に帰った。使用人たちに出迎えられ、自分の屋敷に入った瞬間、目の前に広がった光景に絶句する。屋敷にいた人間の死体の山が出来上がっていた。
「なんだ? これ……は!?」
次の瞬間、ギルター宰相は背中から剣で刺され、ギルター宰相の護衛をしていた者たちは問答無用で首を飛ばされる。
「お、お前たち……」
ギルター宰相たちを襲ったのはギルター宰相たちの帰りを歓迎した使用人たちだった。そして幻が消えて使用人たちの姿が変わる。その姿を見たギルター宰相は驚愕する。
「貴様らは!」
「お久しぶりです。ギルター宰相。あなたたちに裏切られて切り捨てられた騎士ですよ。この日が来るのを実に楽しみにしておりました」
彼らは次郎吉に復讐しようとした騎士たちだ。そのリーダーがギルター宰相から剣を抜くとギルター宰相は膝を付けながら騎士を睨む。
「どういうことだ! なぜお前たちがここにいる!」
「あなたたちが鼠小僧を捕まえるためにここを留守にしていると分かったからですよ。いけませんな。情報をべらべらと喋るのは……一体どこで誰が盗み聞きしているか分かった物ではありますまい」
「っ!? まさかお前たち、鼠小僧との会話を聞いていたのか!?」
「えぇ。お陰で厄介な実力者たちであるそこに転がっている死体がここにはいないことがわかりました。あなたたちが我々に教えてくれたことですよ? 強い奴とは真っ向勝負はするな。隙を生み出して確実に殺せなとね」
元々彼らは汚れ役を担う騎士たちだった。当然その訓練も通常の軍事訓練とは異なって来る。それを教えたことで自分が死ぬことになるとは考えもしなかったことだろう。
そして盗聴のソーサリーファクトは次郎吉の心臓にあったソーサリーファクトである。そしてグソウに渡したアーベルトのソーサリーファクトはその盗聴した音を聞くためのソーサリーファクトだ。元々は命が狙われているアーベルトがいつでも遺言を残せるように開発したソーサリーファクトである。
残念ながら爆発で即死したので、これを使うことは出来なかったが長い年月を経て、自分を裏切ったギルター宰相たちに引導を渡すソーサリーファクトになるとはアーベルトも考えてはいなかったことだろう。
ここで次郎吉の罠の説明をすると魔力爆発や他のソーサリーファクトの破壊スイッチは別にそれ単体に固執する必要がない。盗聴のソーサリーファクトに他のソーサリーファクトの破壊スイッチを取り付けて、魔力爆発を起こせばいいだけの話なのだ。
トーマンはこれを見逃したのはしょうがない。何せ魔力爆発で盗聴の魔法陣が消し飛んでいるのだ。しかも破壊スイッチだけ残されていたら、誤解するのも無理はない。何より次郎吉の人体に隠されたソーサリーファクトを取り出してちゃんと調べられなかったことが致命傷となった。
もしちゃんと調べることが出来ていたら、トーマンは他の機能があるソーサリーファクトであることを見抜いていた。最も公開処刑したい次郎吉から体内に隠されたソーサリーファクトを取り出すのは至難の業だ。最悪手術が失敗し、次郎吉が死ぬ可能性がある。公開処刑したい相手がそういうリスクを取らないことも次郎吉は読んでこの最後の一発逆転の罠を用意したのだった。
「先にこの屋敷を落とせましたからあなたとオルガ第二王子の不正の証拠はたくさん出てきました。他国の権力者との裏取引、魔道技師アーベルトとの契約違反および暗殺指示、ファリース元侯爵の暗殺、他の貴族たちからの裏金の受け渡し、財務報告書の偽造と着服とまぁ、随分と多くの悪さをしたものですな。しかし国ではあなたを裁けない。なので元騎士である我々が国民を代表してこの国の闇であるあなたを裁きましょう」
「や、やめろ! 私がいなければ政治も軍事も終わるぞ! 分かっているのか!」
騎士のリーダーの男が剣を振り、ギルター宰相の首が飛ぶ。そしてここでリーダーの騎士も口調を元に戻す。
「お前が思っているほどこの国は弱くない。王族を舐めるな。腐りきった政治家風情が」
「……隊長」
「任務完了だ。証拠を持って引くぞ」
「「「「は!」」」」
トーマンの死は報道されることが無く、代わりに鼠小僧逮捕の報道とギルター宰相の暗殺のニュースがシルファリッド王国を震撼された。しかしまだまだ次郎吉が残した置き土産の連鎖は止まらないことがないのだった。




