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俺のHPはもう風前の灯火だった。
スマホの画面が白い霞がかかったように見えてきた。
森は嬉々としてベッドの脇に立つと、身にまとっていた防具を脱ぎ捨て、ランニングシャツとパンツ姿になった。
「どうした、どうした、カエル男!本番はこれからだぞ!まだ、死ぬんじゃないぞ!」
森は物事全てを小馬鹿にするような冷笑的な薄笑いを浮かべた。
「……もうやめて!俺のライフはもうゼロよ!」
リアルにHPがほとんどゼロの俺の捨て身のギャグである。
だが、予想通り森も香菜子も牢屋の中の3人も、まったくのノーリアクションだった。
「香菜子………。最後に一つ、聞きたいことがある……」
香菜子は森の方をチラッと見た。
森は勝利の快感に浸り、ご満悦の笑顔で香菜子に言った。
「よかろう。せいぜい、別れを惜しんでくれ」
下着姿の香菜子は、ベッドから降りてきてスマホのカメラの前に立った。
「なによ、カエル男君?」
「何本、いる?」
「そうね……。4本ね」
森が怪訝な顔でベッドから降りると香菜子を押しのけ、スマホを手に取ってカメラを覗き込んで来た。
「おい!一体、何の話をしている?4本って何のことだ?」
「あんたを倒すのに……必要な弓矢の数を……確認したのさ」
「私を倒すだと!?ハハハハッ!まだ懲りていないのか?私にはどんな攻撃も…………!!」
森の顔がサッと青ざめ、一瞬で血の気を失った。
森が焦って振り返ると、そこには彼が脱ぎ捨てた魔法の鎧をちゃっかりと着込んだ香菜子が立っていた。
「は、図ったな!!西 香菜子!!」
森は血相を変え、憤激の雄叫びを上げた。
「ごめんなさいね、森君。だって、カエル男君にこっそりと念話で頼まれたのよ」
森は凄まじい形相で香菜子に掴みかかって行った。
だが、香菜子が装備した魔法の防具は、元の持ち主の森を無常にも弾き飛ばしたのだった。
「まず、第一の矢!」
俺は魔法の弓矢を取り出すと、洋館の方角に向かって矢を放った。
矢はすぐに地下牢の天井にぶつかって爆発し、天井に大穴を開けた。
「第二の矢!」
続けて放った矢は天井の大穴を通り抜け、地上の小屋の壁に命中し爆発した。
「第三の矢!」
天井と小屋の壁に開けられた穴を通過し、第三の矢は洋館の二階の壁に当たり爆発した。
その壁の内部は森と香菜子のいる寝室だった。
スマホの液晶画面には、寝室の壁が爆発し粉塵をまき散らす光景が映し出されていた。
「一度AIMで狙いをつけたら……実際に目標物に命中するまで……ずっと有効なんだ。どんなに離れていても……俺が放つ矢は……一直線にお前の胸元目がけて飛んでゆく!」
「カエル男!!きさまあああ!!」
森が目を血走らせて、スマホに向かって叫んだ。
「これで最後だ!第四の矢だ!!」
俺が放った矢は地下牢の天井の穴を通り抜け、小屋の壁の穴を通り抜け、洋館の壁の穴を通り抜け、そして寝室で立ちすくんでいる下着姿の森目がけて飛んで行った。
矢は森の胸に命中し爆発した。
森の胸の肉は粉々に吹き飛び、心臓が血しぶきを上げて背中から飛び出した。
森はほぼ即死だった。
森の死骸はすぐに細かな粒子となり、煙のように霧散していった。
香菜子は首を振りながら苦労して、兜を脱ぎ捨てた。
「ふう!重たくて身動き一つできやしないわ!」
香菜子は床に転がったスマホを拾い上げると、俺に向かって淡々と話しかけてきた。
「カエル男くん!まさか本当にか弱い女の子を囮にするとは思わなかったわ!」
「俺は最初から………香菜子は囮に使うって宣言してたぞ」
「―――本当に君ってゲスなクズ男ね。まあ、上手くいったからよかったけど…」
「………香菜子。森がすぐにリスポーンして反撃してくる………。香菜子は牢屋の三人と協力し………ロックリーフに戻ってくれ」
「了解したわ!」
「宝物庫にあるタブレットは根こそぎ持って帰るんだぞ。あと………魔石と宝箱も忘れるな」
「―――まったく、どっちが悪人か分からないわね」
「カエル男さん!私たち、助かったのですか!」
牢屋の中から固唾を飲んで成り行きを見守っていた三人が、興奮して俺に話しかけてきた。
「ああ………。もう、大丈夫………。香菜子と一緒に、みんなのいる所に連れて行ってもらいな」
三人は泣きながら輪になって、互いに抱き合って喜んだ。
「ありがとうございます!みんな、カエル男さんのおかげ………」
三人が檻の外を再び見た時、そこには誰もいなかった。
遂に俺は力尽き、身体が消滅していたのだ。




