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水の上に立っているように見えた彩香先生だが、足元を見るとちゃんと岩場に立っていた。
深い黒に染まった湖に浮かんだ小さな島、そこに彩香先生は漂流していたのだ。
そこは小島と呼ぶのもおこがましい、狭いただの岩礁だった。
ボートが岩礁に近づくと、船底をガリガリと岩がこすれた。
「岩じゃないぞ。これは石炭だ。石炭の塊が水上に飛び出ているんだ」
どうやら、この辺り一帯は遠浅になっているようだ。
「彩香先生!助けに来たよ!」
彩香先生は俺も顔を見て、びっくりして穴のあくほど何度も見直した。
「あ、あなたはうちのクラスの問題児の安藤クン……!?」
「俺はその名は捨てたんだ。俺のことはカエル男と呼んでおくれ」
「カ、カエル男!?改名なさったの?どうせなら、もっと素敵な名前に変えたらよろしいのに」
「何のんきなこと言ってるのさ!アタシたちがこんなとに来たのは、誰のせいだと思っているのよ!」
さっそくマヤが彩香先生に噛みついたが、おっとりとした先生はただ首を傾げるだけだった。
「まあまあ!彩香先生を責めたってしょうがねぇだろう」
「もう、カエル男さんってホント優しいんだから」
「いやあ、まあ。そんなことあるけどな……」
俺がボートを横付けして岩礁に上がると、いきなり彩香先生が泣きながら抱きついてきた。
「恐ろしかったわ!不安だったわ!私、たった一人でずっとここにいましたのよ。この小島に流れ着いて、揺れ動く波の山を見ていたら涙が出てきましたわ。それで大好きな『明日に架ける橋』を口ずさみ、自分を勇気づけていましたの」
「ああ。その歌のおかげで彩香先生を見つけられたんだぜ」
「ちょっと、先生!離れなさいよ!いい大人が何泣いてんのよ!」
マヤが俺と彩香先生の間に割って入った。
マヤの声は、羨望と嘲りの交じり合う不機嫌な声だった。
「彩香先生は、ここに来た時のこと覚えてるか?」
「私、教室でホームルームをしていましたの」
「知ってる。俺も教室にいたから」
「そうだったわね。安藤……カエル男くんは、私のお願いを聞いて登校してくれたわよね」
「おかげでこんな所に来ちまったがね」
「どう言うことかしら?」
「それは後で説明するよ。彩香先生のことを教えてくれよ」
「ああ!思い出すのもおぞましいわ!教室にトラックが飛び込んできましたの!教室中に悲鳴が上がったわ。そして、気が付いたら私、空中を落ちていました。周りはどこを見回しても、ただ岩壁が続いていたわ」
彩香先生は全身がびしょ濡れで、ブラが透けて見えていた。
彩香先生は寒さで、歯が噛みあわないほど顎がカチカチと震えている。
俺はインベントリーから暖かいコーヒーを出すと、そっと彩香先生に手渡した。
「ありがとうございます」
彩香先生は両手でコーヒーカップを持つと、美味しそうにコーヒーを飲んだ。
「あら?そう言えばカエル男くん、今、どこからコーヒーを出したの?あなた、手には何も持っていないのに、突然空中から現れたみたいだったわ」
「それも後で説明するから」
「ずっとずっと気が遠くなるような長い時間、私は落下し続けました。ふと、気が付くと、遠くの方に人影が見えました。私と同じように頭から落下してゆく女子生徒達の姿を!」
「えっ!?他にもいるのか!?」
「はい!私はその時、幾つもの人影を見ましたたわ。セーラー服姿の娘や陸上のウェア姿の娘もいましたし、水着姿の娘もいましたわ。ラクロスの巻きスカートとポロシャツの女子も数人見ました」
(そんなに大勢の女生徒が異世界に転移していたのか!?それもこんな大穴の真上に!運が悪い奴らだぜ!)
「次第に周りが暗くなって、女生徒たちの姿も何も見えなくなっていきました。ああ、私、死んで地獄に落ちてゆくのだわ。そう私は覚悟を決めました」
「彩香先生達は運悪くこの大穴の真上にスポーンしたんだよ」
「Spawn?スポーンってなんですの?」
「ここは異世界なんだよ、彩香先生。ここでは人は死んだら決まった場所で復活するんだ」
「異世界!?otherworldyのことですわね!other worldyとは『あの世』や『来世』という意味ですよ。やはり、ここはあの世だったのね!」
「まあ、俺たち、みんな一度死んだみたいんだけどな。あの世って言うとダサいから、異世界って呼んでよ、彩香先生」
「わかりました。教師として、今の若者言葉も覚えておかないとダメですものね」
マヤが突然、俺の手を握りしめた。
「カエル男さん!先生の話では、この地底湖にはまだ何人もうちの生徒がいるみたいだぞ」
「そのようだな」
「早くアタシたちが助けに行かないと、みんな溺れてしまうぜ」
「その通りですわ!たまたま私は運良く、この岩礁に泳ぎ着きましたが、他の皆さんはどうなさっていることやら」
マヤと彩香先生は二人して俺の方をジーと見つめた。
「―――えっ!?ええっ!?」
(な、なんだよ!俺は鉱物を取りにここまで来たわけで、人助けなんかガラじゃないんですけど)




