ほっとけない △ ナンバリング
――いじめは辛いものだ。
月雲と再会したことによって、だんだんと思い出してきた記憶がある。
まだ小学生だったころ、陰気だったぼくはずっとクラスメイトたちからいじめられていた。
それは少年時代のものだったので、極度なものではなかった。金品を奪われたりだとか、暴力を振るわれたりとか、露骨に惨たらしいものではなかったが、ぼくにとっては陰惨なものだった。筆箱を隠されたり、靴を持っていかれたり、気に食わないことがあった日には無視されたりもした。加害者はいずれ忘れていくのだろうが、ぼくは一人一人の名前を列挙していけるほど、猛烈な記憶を刻みつけられていた。
ぼくの異変を感じとった先生たちはぼくに相談しろと言ったけれど、相談したところでひどくなるのは子どもでもわかった。
――いじめは怖いものだ。
そんなぼくをいつも守ってくれたのが両親だった。
ぼくが落ち込んだ顔をして帰ってくると、体を抱きしめ優しい口調で励まし、学校側に電話をいれてくれた。そうした、すぐに抗議する態度は、先生たちの立場からすれば迷惑なところもあっただろう。けれど、ぼくはそんな母や父からたしかな愛を感じられた。
なのに――。
二人ともぼくを置いてあっさり死んだ。長野で待っている時、事故にあった。
あれは――七年前の八月二十八日――嵐の夜だった。
どうしてぼくは一緒についていかなかったんだろう。
あの日だけは、初めて両親の誘いを拒んだんだ。
できることなら一緒に――一緒に死にたかった。
そのように――何度も考えた。
――お母さん、おいてかないでよ。
――お父さん、なんでぼくをおいてくの?
両親の庇護から突然の解放されたぼくは、残酷以上の心傷を刻みつけられた。それは孤独な感情だけではない。むしろもっとも劣悪な、生きていくために必要な大切なものを失ったような気分だった。まっとうな自我すら芽生えていなかったぼくには、あまりにもつらすぎた。
親戚の家から抜け出した。そのとき、嵐はもう落ち着いていた。それでも外は吹き荒れる風が強くて立っていられなかった。そんななか、必死に走った。
家を飛び出したのに、これといった理由なんてなかった。知らない人ばかりがいる家になんていられなかっただけだ。そうした環境におかれていると、余計に寂寥感がふくらみ、どんどん孤立していくような気分になったからだ。
川の前にいた。
そしてぼくは――多分両親のあとを追うように、死のうとしたんだと思う。
たしかなことは覚えていない。
ただ、そう考えないと辻褄が会わない。
きっと目的もなく、荒れた川へ向けて飛び込んだ。
気がついたときには、ぼくは水に飲み込まれてあがいていた。
冷たい、つらい、怖い、暗い。
――やっぱり嫌だ!
――ぼくは死にたくない!
――いやだ!
そんな時、“あの人”が現れた。
はじめは大きな蛙だと思った。近くに何かが落下したと思えば、水を切り裂きながら向かってくる少女。美しいフォームの平泳ぎだった。ぼくの体はすぐに柔らかな優しさに包まれていった。
やがて、ぼくの意識は遠のいた。
昏睡状態に陥っていたぼくが目を開くと、そこに“あの人”がいた。心配して覗きこんでいたせいか彼女の顔が目と鼻の先にあって、どきりとした。
ぼくの体を優しく抱きしめる“あの人”は泣いていた。
よかった――よかった――とぼくのために大粒の涙を流してくれていた。ぼくも死の恐怖のあまりにボロボロと涙を流した。
そんなぼくに“あの人”は言った。その声は今でも生きる糧になっている。
――「あなたが死んでなんになるのッ! そんなの……ずくなしよッ!」
おかしいだろうか、年下の少女に羨望を抱くことが――。
それでも“あの人”はぼくの尊敬する人であり、恩人だった。
だから、ぼくは“あの人”に憧れて、“あの人”のように強くなりたくて、中学にあがってから水泳部に所属した。全く泳げなかったのにも関わらず戦う覚悟を決めたのだ。
強くなろう。いじめられても負けていてはいけない、そう思えた。
だから戦えた。
極端な話、生きていこうと思えた。
あの“嵐の夜”にぼくを助けてくれた“あの人”は、泳ぎがとても得意だったはずだ。特にあの平泳ぎは競泳選手を上回るほどに達者なものだった。
なのに――それなのに、どうして、どうして“あの人”は――
【涙が交じった ▼ レセプション】
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