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ぼくは変態に恩を返さねばならない。  作者: 甘味処
第6章 八面6臂なたちどころ
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すぐに通じる ▼ フィーリング


「よう大毅! 放課後暇か?」


 終業を告げるチャイムが鳴るやいなや、悪人面の寿志川久二が話しかけてきた。この場合の「放課後」は全国的な意味と同じで学校終わりのことを指す。


 いつもはこのタイミングになると月雲がこの教室に姿を現す。アイツから「今日は水泳部を見学するので遅くなります」とだけメールが入っていた。てっきり嫌々入部するものだと思っていた。案外乗り気だったらしく安心した。ともかく、放課後は暇(というよりは、おもりから解放されたというべきか)だった。


「え……おう、まぁ暇だが、どうしたんだ? 久二。やけに張り切ってないか?」


「今日はオレ様の予定につき合ってもらいてェんだ!」


 久二がくしゃりと顔を歪めていやしく笑う。面白そうな匂いを感じ取ったらしく、俺たちの周りにゾロゾロと人が集まってきた。


「お。なんだなんだ、お前らこれからどっか行くのか。俺たちも連れてけよ」


「面白そうなことだったら、ご一緒させてもらうぜ?」


「俺たちはファミリーレストラン、ガス●で5対0のコンパを……男子会を開く予定しかねぇんだ」


 清々しいくらいの非モテ男たちだ。一度は絶縁したものの、憐れすぎるコイツらのことを俺は嫌いになれない。


「けッ! 悪いけどな、テメェらにはまだ早いな。オレ様と大毅は今日、新境地へおもむくつもりなんだ」


「は? 聞いてねぇぞ。なんだよその、新境地ってのは?」


 俺が問いかけても、


「要するに――大人の世界だ」


 久二は言葉を濁すだけだった。


 ホームルームが終わって十分もすると、クラスメイトたちはいなくなった。ガラリと空になった教室に残された俺と久二。夕刻に近づいているが初夏の時分、空はまだまだ明るい。俺たち二人は窓から身を乗り出して、のどかに燦々と輝く太陽を見上げている。


「いい天気だなァ……。心地がいいぜェ……」


「なんだよ、気色悪ぃな。……つうか、久二。予定ってのはなんだよ、そろそろ聞かせてくれ」


「ふははははははっ! よくぞ聞いてくれたっ! なあ、大毅。こんな日は絶好のプール日和だと思わねェか?」


「はぁ? まぁたしかにあちいし、プールには入りたいとは思うけどよ。なんでまた急に? 俺、選択科目は水泳じゃなくて柔道だから水着なんて持ってきてねえよ。それよか、プール行くんであれば他の連中を誘ったってよかっただろ?」


 などと返答すると、久二は逆立った頭をピっと撫でた。


「かぁあああああッッッ!!! ちッげえよ、このオタンコナスッッッ!!! 男だけで水に浸かってなにが楽しいんだッ!!!」


「でも、さっきお前、絶好のプール日和だって言ったじゃねぇか」


 いまいち久二の言いたいことが伝わってこない。普段の久二らしくもない。発言が遠回しすぎる。それより新境地なんだ?


 つまり――いや、まさかとは思うが――考えた末、吐き気をもよおす想像が頭に広がった。


「もしかして……お前……モテないあまりに俺を誘って……いてッ!!」


 俺が言葉を言い切る前に、ガチンと音がなるほど強く頭突きをしてきた。続いて、トーンを沈めた声でささやきかけてくる。


「……オイ……出来るならばオレだって、テメェとはダチでいたいんだ……。そういう気味の悪いこと……二度と口にすんじゃねぇぞ、コラ…………」


 今まで聞いたことのないくらいに恐ろしい声音だった。


「ああ、悪かった……。分かってるよ、お前が男に興味を示さないことくらい。だったら、これからなにをするつもりなんだ?」


 久二は窓から腕を突き出して、西の空へ向け指をさした。


「決まってンだろがッ! 学校のプールにいくんだよッッ!!!」


「………………は? なんで?」


「なんでってなァ、お前……」


 心底落胆したと言わんばかりにため息をついた。ガシガシと髪の毛を掻きむしったのちに、俺の胸ぐらを思い切りつかんできやがった。


「江本さんとつき合い始めた途端に情熱エロを忘れちまったのかよッッ!!」


「江本さんとつき合い始めた途端に友情トモを忘れたゲス野郎が目の前にいるんだがなッッ!!」


 三日間のうちに逆恨みしたコイツに何度殺されそうになったことか。あの日の恨み、忘れやしない。


「とにかく、オレたちはこれから学校のプールに忍び込むんだ! お前もつき合え!」


「なんでまた? イルカショーでもやってんのか?」


「なわけねェだろ、タコ! 目的は水泳部だッ!!」


「え、水泳部……だ?」


「考えてもみろよ、お前には損するこたァなにもねェだろ? ほら、月雲ちゃんがしっかりと水泳部の一員としてやっていけるのか、見守る義務があるんじゃねぇのか? 彼女の保護者として」


 なるほど。それで誘われたのは俺だけ――なのか。

 数がいたら、すぐにバレる。


「見守る義務……ねぇ」


「あァ、ジロジロと見守ってやろうぜ……ついでに江本都華咲パーフェクトガールもな……」


 久二が悪魔のささやきのごとく耳元でそう告げた。


 たしかに――月雲の動向はちょっとだけ気にかかる。それ以上に七年ぶりにアイツの泳ぐさまを見てみたい気持ちがあった。だから水泳部の練習風景を見てみたい。せっかくならばついでに江本さんの水着姿を見てみたい。見てみたい。


 顔がにやけてしまうのを抑えながら、冷静ぶった口調で頷く。


「うむ、そうだな。悪くのない提案だ。しかしなぁ、覗きってのはバレた時かなり問題になるんじゃねぇの?」


「ああ、下手すりゃ停学かもな……。だが、何事だって極楽の対義語は地獄よ! 逆に言えば、勝ち得るものは伴う危険度に比例するとも言えるだろゥ!!」


「なるほど、虎穴に入らずんば虎子を得ず……だなっ!」


「ふはははははははははッ! そういうこった! よーーっし、やっといつもの調子を取り戻してきたな、大毅ッ! 覗きなんてバレなきゃ平気なんだよゥッッ!!」


「たしかに……バレなきゃ平気だッッッ!!」



「きみたちの会話……聞き捨てならないなッ!!!!」



 振り向くと空っぽの教室にザっと入り込んだ影があった。俺は久二に白けた視線を投じる。


「……どうやら、久二。行動する前にバレちまったみたいだぞ? お前のデカい声のせいでな……」


「……いや、大毅。テメェだって十二分にデケェ声だったぜ」


 闖入者ちんにゅうしゃは俺のよく知る人間だった。ズンズンと入ってきたのはハンサム面の山内清人やまうちきよとだ。相も変わらず腹の立つ顔をしてやがる。さっそうと現れた清人を前にしても久二は臆さなかった。


「ああん? おうおうおうおうおうッ! 理系クラスであり、生徒会所属の優等生くんが俺たちになんのようだゴラァ!!!!」


 あ、言い忘れていたが、久二はリア充を前にすると丸いものを前にしたオオカミ男よろしくチンピラになる。また俺の場合のように、一度リア充に上り詰めたもののなんらかの理由でリア充ではなくなった途端、打って変わったように優しくなることもある。非モテ男には優しく、リア充には厳しいのは非モテ男の性質――俺だって気持ちはわからなくもない。久二はその極端な例だ。


「テメェのようなハンサム野郎には、非モテ男の純情なんて分からねえだろうなァ」


 ドスのきいた声で雑言をまくしたてる久二。身長は清人の方が十センチ以上は大きい。百七十ある久二が小さいわけではない。清人がやたら大きいのだ。


「まぁ、そうはやるな。落ち着きたまえ」


「これが落ち着いてられっかッ! さァ、覗きを企てていた俺たちをどう裁くつもりだァ? 場合によってはただじゃおかねェぞ? アーン?」


 美醜の差は雲泥だが、二人の迫力は拮抗していた。


「ふん、どのような理由があろうとも風紀を乱すものは許さない。……よって僕も同行させてもらう」


 久二とは対象的に落ち着きを払った口調の清人。


「ンだァ? テメェ、なに考えてやがる? オレたちの監視をしてなんの得がある?」


「……まだ、わからないのかい? 広報常任委員長・・・・・・・の山内清人がきみたちと同行すると言っているのだ!」


「ま、まさか……まさかオメェが広報常任委員長こうりゃくをあやつるものなのか……!!」


 なにが通じ合ったのか一般人の俺には分からないが、久二は床にひざまずいた。そして神を拝むようなポーズで清人を見上げる。


「すまねェ、オレァお前のことを見誤っていた。オレァ……オレァてっきり勉強が出来るだけの憎々しいリア充なのかと……」


「いや、慣れているさ、構わない。それにしてもきみが噂に聞く寿志川久二ひさしがわきゅうじくんか。研究エロのために水泳部を覗きにいくといった精神、恐れ入った」


「よしてくれ、んなこたァねーよゥ。とてもあんたにゃかなわねェ。この間のウサギの観察記録の中にエロゲの攻略法を暗号文のようにちりばめ、顧問の校閲を通して堂々と載せた広報誌、見事だった。正面切ってあんなもんを公開できるなんて、あんたはオレたちにとって希望の光だぜ」


「ふふ、君のように分かってくれる人がいるから、書いているのだ。それに――僕だってきみには一目置いているんだ。先月発行された同人誌の内容、感服した。自己記録更新の十五回だ」


「な……十五回……だと。噂にたがわぬ化け物ってことかいなァ……」


 そうして二人は固い握手を結ぶ。両者の間になにか(分かりたくもないなにか)通じるものがあったのだろう、出会って二分で二人は親友になった。


 もちろん、俺が先ほどから会話に加わらない理由は、同類と思われたくないからだ。


 教室のど真ん中でのべつ幕なしと気持ち悪いトークを繰り広げていたので、いい加減、嫌気がさしてきた俺は先陣を切って歩き出した。


「おい、気色悪いことしてねぇで、さっさと水泳部覗きにいくぞ、バカども!」


「……ン? オメェ、なんかオレたちよりも必死だな」


「木更津くん、そんなに水泳部を覗きたかったのかい?」


 なんだか、俺の地位や名誉が完膚なきまで傷つけられた気がするが……まあいいだろう。どれだけ汚辱されたとしても、果たさないとならないことがある。月雲の動向を探るために水泳部を覗きにいかねばならない。



 ――覗きにいきたい。





次回

【助け出してよ ▼ ギルティガール】


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