もろ刃の剣な ▼ リンクマン
江本都華咲がつまらなさそうな目つきで俺たちの顔を順々と見据え、最終的に俺へ視線を置いた。
「……げってなによ?」
「……いや、なんでもねぇ。家の鍵を閉め忘れたことを今思い出しただけだ」
「……オートロックなのに、不思議ね」
「……ああ、不思議だな」
「さ、さぁってと! オレ様は宿題やんなきゃならなかった! すげえ苦手なんだよなぁ、微分積分! 悠長に昼食食ってる暇なんてなかったぜ!」場の空気を感じ取った久二がそそくさと退散する。「じゃ、じゃあ微分方程式と決闘してくんぜ! またあとで会おうぜ、大毅、月雲ちゃん! それと愛してるぜ、江本都華咲!」
江本さんは腕を組んで、たいそう憎々しげに俺たちを睨みつけていた。スカートから伸びたスラリと長い足は魅力的だ。どうやら見とれている場合ではなさそうだが。
「あなたたち、やっぱり仲よさそうね。一緒にお弁当食べるほどの関係なのね。しかも、よく見ればお弁当の中身まで一緒だし」
「あ……。ああ、でもよくよく考えてみろよ、江本さん。玉子焼きにハンバーグなんて弁当の定番じゃねぇか。偶然一致したってこともある」
「そのグラタンは? それも偶然なのかしら?」
「えーと……ベーコンとほうれん草のチーズグラタンのことだな。…………偶然入ってる可能性はあると思うぜ?」
「まぁなんでもいいわよ。どうせ、あんたが不器用な従妹の代わりにお弁当を作ってあげたんでしょ? 大毅、見かけによらずお節介だからね」
「そ、そうそう! 困ったもんだよなぁ。ははは、朝起きるのだけはやたら早えのに、料理音痴なんだよ、コイツ」
「………………朝?」
「ち、違う! やましいことはない!」
「なんで大毅がそんなこと知ってるの? 従妹だからなんでも分かるってこと?」
「だから違うんだって! 俺たち二人は通じ合っているとかじゃなくて、同居してると嫌なところまで目につくもんなんだよ!」
「同居ッッ!!!??」
――しまった。
「……ふ、ふうん。お互いに好意があるのね。少なくとも、同じ屋根の下で暮らしていられる程度はね」
どうしてここまで根にもたれているのか分からなかったが、やっと納得した。江本さんのような破壊的魅力系女子にとって、元カレがすぐに別の女性に目を付けたことが許せないんだ。
「そういうんじゃない。ほれ、自分のクラスへ帰れ、月雲。しっし」
「……帰らない」
「帰れって!!」
「……帰らない〜〜〜」
机に張りついた月雲はいくら引っ張っても剥がれようとしない。
「ねぇ、あなた月雲さんだっけ?」
江本さんに呼びかけられると目尻を痙攣させて小さく頷いた。この間の威勢はどこかへいってしまったらしい。
「大毅にキーホルダーみたいにベタベタベタベタくっついて、なんのつもりよ?」
すると月雲は机から離れて、江本さんと向かい立った。
「あなたは……もう、大毅とは関係……ない……はず」
「ち、違うわよ。私と大毅は……そうね、今は冷戦中なだけ」
頭のいい江本さんなら気がついていると思うけれど、それだといつまで経っても対立関係だよ。
「江本さん。ちょうどよかった」
この間の惨事を繰り返されては困るので、やむやむ、間に割って入ることにする。
「ホントに最高のタイミングだぜ。聞いてくれ、月雲が部活に入りたいそうなんだ」
「それで? だからなによ?」
「ほら、だから、その……江本さんの紹介で水泳部に入れてやってくれねぇかなーって」
そう、七年前の記憶がたしかなものならば、月雲美露は水泳が抜きん出て得意なはずだ。水泳部に入れば一躍人気者になれる。そうなれば時間をかけずに友達が出来るんじゃないかというのが、俺の算段だった。
「はあ!?」
予想通り、江本さんが素っ頓狂な声をあげた。
「いや、そのな……ほら、月雲。江本さんと一緒だったら平気だろ?」
「…………」
フル稼働する扇風機のように、ウーウー唸りながら激しく首を振る月雲。とても喜んでいるようには見えない。
「いいか、よく聞け、月雲。人気者の江本さんのそばにいれば、友達がたくさんできる。別名おこぼれ大作戦だ。それに……」
「……それに?」
月雲が小首をかしげる。
「い、いやなんでもねぇ」
それに――月雲と江本さんが仲良くなってもらえると一石二鳥だ。二人が交友を築けば、おのずとあの日の誤解も解けるというわけだ。若干楽観的ではあるが、もしかすれば江本さんともう一度ヨリを戻せるのかもしれない。
「いやよ。なんであんたの従妹の面倒みなくちゃならないの」
「そこをなんとか頼むよ!」
「ふん、たとえそのチビッコと将来親戚になる可能性があったとしても、こんなアンポンタンの面倒見るのなんて絶対にいーや」
あはは、久しぶりに江本さんがなに言ってんのか分からないぜ。
「そう言わずにほら、元カレからの頼みだ!」
「…………元……カレか……」
江本さんは困惑しつつ、寂しげな顔でまつ毛を伏せた。
それはそうだ。俺みたいなくだらない男がいっときでも彼氏であったという経歴は、破壊的魅力系女子の江本さんにとっては汚点でしかない。
「……大毅は私の水着姿に興味ある?」
こっちの気も知らずに月雲は自信満々な顔して見つめてくる。
正直――興味はあった。水着のサイズをコイツの体格に合わせた時、胸のニクが物理的にどうなるのかといった、知的好奇心だけではないこともたしかだ。だから目を逸らした。
「……ねぇよ」
「大毅は嘘が下手くそ」
「ねぇつってんだろが!!」
「……ホントにないの?」
震えた声をした月雲が覗き込んでくる。くそ、この潤んだ目で見つめられると凄くイライラさせられる。
今しがた確信した――俺は泣き脅しに弱い。
「ただ……。そうだな……。頑張っているお前を見るのは悪くないかもしれねぇな」
こんな甘ったるい言葉をかけてしまうくらいに……。
「分かった。私、入る……。水泳部……」
「ああ、そうか。頑張れよ。早速入部届けを書かねばならないな」
そんなこんなで月雲が水泳部に入部することになった。
「待ちなさい! そんなこんなでじゃないわよ! ちょっとちょっと、勝手に話を進めないでよねっ!」
「ほんの少しだけでいいんだ、江本さん。コイツが水泳部に馴染むまでの短い間でいい。面倒みてやってくれ」
「うちの水泳部厳しいのよ、生半可な覚悟で入部してもらっても困るし。それに、いろいろと問題もあるし……」
「いんや、コイツなら、大丈夫だよ」
月雲の頭をポンと叩く。
「その自信はどこからくるのよ?」
「うーん、七年前から……かな」
「……はぁ?」
「いや、なんでもねぇ。とにかくコイツなら大丈夫だ。じゃ、江本さん、あとはよろしく」
月雲の肩をつかんで江本さんにグイと押しつけた。
「あ、ちょっと大毅!」
変態、料理音痴、方向音痴の欠点三拍子を併せ持っているけれど、水泳に限って言えば月雲は大丈夫だ。
次回 明日
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