利害一致です ▼ タイアップ
化学の授業が終わり、昼休みが始まると月雲はまた俺の教室にきた。というよりも教室に戻ってきた時には俺の椅子に腰をかけて待っていた。廊下を全力で走っているのではないかと疑ってしまうほど迅速な行動だ。
なぜだかおもりをしている俺だ。前に述べたとおり、昼食も一緒にとっている。一つの机に二つの弁当を取り出す。二人の弁当の中身は見事なまでに同じものだ。まぁ両方とも俺が作ったんだから当たり前なことだが……。
弁当のおかずを口に放りながら、月雲はこんなことを言い出した。
「……大毅、友達作りに協力して欲しい。ムシャムシャ」
「またその話か。知らねぇよ、友達くらい一人で作れ」
「そんなお金、ない。……大毅、ちょっとだけカンパして」
「あぁ! あぁ! 友達の作り方を根本的に間違えているなぁ!」
世間では「金の切れ目が縁の切れ目」とはいわれるが、友情は金で買えるものではないと信じたいところだ。
「……違う。現予算ではハムスターすらもろくに飼えないってこと。だからカンパ」
「だれが人外の友達を作れつったよ!」
「デネブ、ベガ、アルタイル。最低でも三匹は欲しいところ。滑車の色は白と黒と赤、喧嘩しないように三つ買う。ハムスターハウスは少なくとも半畳ほどの広さが欲しい。それとウンと可愛いやつがいい。……何度か想像してみたのだけれど、とてもとても予算が足りてない」
「お前ン中で妄想が着々と進行してんじゃねぇか……」
ちなみにうちのマンションは高級なだけあって防音耐震はともに完璧なので、とりたててペットを飼うのはダメだという規則はない。ただし、「飼ってもいい」のと「世話ができる」のとでは大きな違いがある。俺にはとてもコイツに生き物の世話ができるとは思えない。コイツに飼育されるハムスター……希望的観測で見積もっても末路は溺死だろう。事故死の運命からは逃れられそうにない。
「ダメだ。ハムスターを買うことは俺が許さない」
わざわざお星様を増やすこともないだろう。
「じゃあ、犬。どこかから拾ってくる」
「い、犬はもっとダメだ!」
「……大毅、もしかして犬が怖いの?」
「こここ、怖くなんかねぇよ!」
怖いわけではなく嫌いなだけだ。東京の叔父さんの家には、「フランダース」とバカな叔父さんに命名された哀れな犬がいた。体格のデカいそいつに踏まれたり蹴られたりと小学生のころから散々な目に遭ってきた。刷り込まれた苦手意識は成長しても改善されることはなく、あの円らすぎる目に睨まれただけで身の毛がよだつ。……怖いのではない。嫌いなだけだ。
「とにかくペットは却下だ」
「……だったらどうやって友達を作ればいいの?」
「普通に……してりゃ出来るんじゃねぇの」
「……大毅、普通ってなに?」
「……う」
それは非常に難しい。「何も考えないことを考えること」に匹敵する難度だ。
男子と女子では友達の作り方は根本的に違う。男子の場合、バカな人間ほど友達はたくさん出来るが、それが女子となれば話が変わってくる。明るく可愛いほど人気者ということはない。八方美人でも嫌われることがある。そもそも女性の友情と言うのは男子が考えるよりも百倍は面倒なのだ(男である俺の想像よりも百倍なので、万倍は面倒だということになる)。
しかも月雲は一学年だ。二学年である俺の紹介というわけにはいかないだろう。俺にだってロクな友達はいない。そもそも中学校までの俺には友達なんてほとんどいなかった。それゆえ友達の作り方には正直自信がない。
とはいえども、月雲が積極的に友達を作ろうとするのは素晴らしいことだ。なぜならば、クラスに友達が出来ればこの教室に訪れる頻度が格段と下がるに違いないからだ。
コイツに友達を作ってやれば、俺の不満も解消される。
つまり――課題の利害は一致していた。
ならば共同戦線を張ってやらんこともない。
「うーむ……友達か……。……そりゃ難問だぜ」
いつの間にか、俺たちの陣取っている席の隣に寿志川久二が現れていた。
「……お前、自然と会話に入ってくるのやめろよ。心臓に悪いんだよ」
うちの購買名物、シナモンロールをかじりながら凄んだ顔を俺へ向ける。逆立った髪の毛に三白眼。泣く子も黙る、迫力のある顔だ。
「へ、テメェに話しかけてんじゃねぇよ。オレ様は月雲ちゃんだけに話しかけてんだ」
「あーそうかい。それなら好都合だ。あばよ月雲、達者でな」
久二がおもりの代役を請け負ってくれるのならば、俺がここにいる理由もなくなった。やっと別グループで弁当を食えるわけか。動きを制止させようとしてくる月雲の手を振り払って立ち上がった。
だいたい、この相談事は俺には向いていない。友達を簡単に作れる方法――そんなものがあれば俺だって苦労は――。
――いや、待てよ。
立ち去る間際、俺は振り返った。
「……そう……だな。部活にでも入ればいいんじゃねえか?」
月雲がもし二学年だったら煙たがられる可能性はあるが、この時期の一学年ならば快く迎えられるはずだ。同じ志を持つ部員同士、仲間意識が芽生えるはず……。
それと、このアイデアにはグッドな点がもう一つある。七年前の俺の記憶が正しければ、彼女には一つ長所があったはずだ。たった一つの特技というものが――。
「……部活? ああ、入りたい、かも……」
「なんだよ、気の抜けた返事だな。入りたいのなら入ればいいだろ?」
「……一人きりじゃ不安。大毅も一緒に入ってくれる?」
「なんで俺が? やだよ」
「なあ月雲ちゃん! オレなら一緒に入ってやってもいいぞ! すでに十個も入ってるからな、十一個に増えたところで差し支えはない!」
身を乗り出した久二の言葉は当然無視する。一瞬だけ目を配らせたあと、月雲の方へ向き直った。
「それで、どんな部活に入りたいんだ?」
「天文学部」
「んー……。ねえな」
「バードウォッチング部」
「ねえよ」
「顕微鏡愛好会」
「ね……ってなんか、覗くものばっかだな。それに最後のは明らかに目的を見失ってるだろ」
他人事ながら、それでいいのかという感じだ。
「じゃあ、じゃあ、エッチな漫画を描く部活とかは?」
「それは……」
シナモンロールをむさぼっている寿志川久二に視線を流す。すると悪人面をニヤリとゆがませながら片眉を上げた。
「あるぜ」
「……あるの?」
「……ああ、あるな」
不思議そうな顔で問いかけてくる月雲を見据え、渋々ながら首肯した。出来るものなら否定してやりたかった。
「……ふうん。……あるんだ」
月雲も冗談のつもりだったらしく、わりとがちな風に引いていた。あの月雲が、だ。
「というよりも、オレ様が設立した新機軸なクラブだ!」
去年の秋頃に久二が設立した部活動、組織名は――ムーンファクトリークラブ。
十個もの部活を掛け持ちしているコイツが一番力を注いでいる部活だ。表向きの名目は漫画研究部ということとなっているのだが、実態はいやらしい本を追究するといった活動をする部活だ。
部員たちは、時には創作者となり、時には探求者となる。ある種のプロフェッショナルである彼らの手によって作られた同人誌が月に一度発行される。イラストも綺麗で内容も面白く、全校生徒からなかなかに人気のある。
また、そちらはキチンと活動しているように見せかけるためのカムフラージュであり、R指定のものが隠密裏に取引されているらしい。が、四度しか読んだことがないので俺はよく知らない。
「新機軸すぎるんだよ。そんなよく分からねえ部活がよく申請通ったな」
生徒会がアレだからな。うちの学校の規則はかなり甘いのかもしれない。
「どうだ、月雲ちゃん」
久二が腰をかがめて月雲に微笑んだ。コイツの微笑みはいつ見ても気味が悪い。赤子が見たら泣き出すレベルだ。
「入ってみねぇか? 会員になれば、秘蔵の同人誌をただで読ませてやる。もっとも部費だけはしっかり取るがな」
「とんだ悪徳宗教だよ!」
「それともう一つ特典として、あ、ううん……これは特別なんだが、月雲ちゃんであれば、オレたちの漫画のモデルにしてやってもいいぜ!」
「それはヌードモデルをはるかに超越した恥ずかしいなにかだ!」
「……ほんとに?」
「なあ、月雲! お前はなぜ嬉しそうに顔を赤らめているんだ!」
「ふはははははッ!」気持ちが高ぶると久二は魔王じみた笑い方をする。「決まりだな。早速入部届けを持ってこよう!」
「おい、ちょっと待てよ、久二。それよりも俺にいい考えがあるんだ。月雲には一つだけ取り柄があってだな……」
とそんな時、俺たちの使っている机に大きな影が差した。太陽が月に侵食される光景さながら、やけに圧迫感のある影だった。
「ねえ」
影の主へ視線を送った末、俺の背筋は凍りついた。そこにいたのは別グループで昼食をとっていたはずの――
「あんた、また、性懲りもなく大毅に近づいてるみたいね」
「……げ」
――江本都華咲だった。
次回 ▷ 明日
【もろ刃の剣な ▼ リンクマン】




