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『大変よ、てっきりクルスペーラ王太子の花嫁会は停止したとみんな考えていたけど、今日から例の女の子達二人だけで続行するんですって』
『まぁ。不吉だから、もう諦めてそういう集まりは辞めた方がいいって意見があったのに。誰がそんな余計なことを』
不幸が起こり花嫁候補達が次々と辞退したことで、クルスペーラ王太子の花嫁会は停止になると思われていた。だから、続行が決定し王宮側が何を考えているのか不安視する声が出るのも当然だ。
網元の子孫ヒメリア、中央大陸から来た赤毛の少女フィオ、そしてクルスペーラ王太子。このメンバー構成は島の伝承と被る感が否めず、古い呪いが発動しているとの声もあがった。
『それがね、教会の偉い人が女の子達にトラウマが残るより今のうちにメンタルケアが必要だって言い出して』
『えぇっ? 私だったら、その会合に出席することの方が、トラウマが続きそうだけど。偉い人の考えることは、私達庶民と違うのかしら?』
『教会の偉い人達の考えはともかくとして、許可を出した王宮側は、女の子達の生活を監視したいんじゃないの』
だが、親しくしていた人が亡くなり傷ついているであろうヒメリアと、島に来たばかりで知らない人の葬儀に参列し、不安を覚えているであろうフィオのケアが必要だと教会側が唱えた。
このまま、花嫁会を無かったことにしても、心の傷という形でずっと因果は続く……と。
『もともと、クルスペーラ王太子の花嫁候補になるお話を引き受けた時から、自由なんてないのだから。なるようにしか、ならないんじゃないかね……』
* * *
これまでは王宮内を利用して花嫁会は行われていたが、王宮暗部が裏で動いてカシス嬢を殺したという噂もあり、場所を王宮以外に移すことになった。しばらくは、メンタルケアを兼ねて神様と天国について学ばせるとのことで、教会の部屋を一室を借りることに。
女の子二人を怖がらせないために、大陸から聖書の普及にやってきている伝道師が、先生役を務める。今までの王宮お茶会に比べると随分と質素ではあるが、二人のためにお茶と菓子も用意して再会した会合。
「今日は、初めてヒメリアさんとフィオさんが一緒にお勉強をする日です。生きていると嬉しいことも哀しいこともありますが、神様は全ての人に平等です」
伝道師が語る哀しいことというのは、死んだカシス嬢のことが主なのだろうとヒメリアは思った。そして、神様が平等なのであれば、何故早死にや事故が起きるのか……と。
「では、どうしてカシスお姉さんはあんな酷い事故で亡くなってしまったの」
これまでだったら、周囲の感に触らないように踏み込んだ質問は避けていたヒメリアが質問をぶつける。これからは自分の意志を見せていかないと、生きていくことすら難しいのではないか、と幼いながらに思うようになった。
だから、神様の機嫌が悪くなるような質問でもヒメリアはぶつけていかなくてはいけないと、半ば生き残った者の義務感のようなものが芽生えていた。
「きっとカシスさんは、良い子だったから神様が早めに天国へと呼んでしまったのね」
「痛くなかったかな、苦しくなかったかな」
ようやく赤毛の少女フィオが、口を開いた。初めてヒメリアとフィオが会ったのはカシスの葬儀で、フィオにとって彼女の死は不安の象徴のはずだ。
「亡くなられた時は辛くても。天国には、痛みも苦しみもありません。誰もが穏やかに、幸せに暮らせるのです。今はカシスさんは天国で幸せになっているはずです。彼女はもう救われたのです」
伝道師は死んだ時には辛くて苦しくても、天国に行けば全てが楽になり救われると言った内容を、何度も何度も説いた。
「でも、クルスペーラ王太子はとても辛そうだったわ。生き残ってしまった人は、どうやって苦しみから救われたらいいの?」
「そのために、貴女達花嫁候補がいるのです。今、クルスペーラ王太子はカシスさんを思わぬ形で喪い、不安に駆られています。けれど、亡くなった人にすぐに会いにいくことは出来ません。生きている人同士で、助け合って未来を繋いでいくのです。だから、結婚するのです。きっとクルスペーラ王太子も、貴女達のどちらかと……」
まだ幼いヒメリアには、クルスペーラ王太子の心の痛みが結婚により和らぐ理由が、分からなかった。まさか、花嫁候補の一人がとっくにクルスペーラ王太子と関係を結んでいたなんて当時は夢にも思わなかったのだ。
カシスは表向きは決して、クルスペーラ王太子に気があるそぶりを見せようとはしなかった。
結局、うわべと本音を使い分けて【女としての肉体】を使って距離を縮め、他の花嫁候補だし抜こうとしていた御令嬢が殺されたのだと。そのことにヒメリアが気づくのは、何年も先のことだった。




