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定期的に行われていた花嫁候補達のお茶会だったが、大陸からやって来た少女フィオが初参加する予定だったその日、初めて中止となった。
理由は、花嫁候補の一人の貴族の御令嬢が不慮の事故で亡くなったからだ。殺人の可能性も否めない不明瞭な事故は、他の花嫁候補者達を不安にさせるとして、しばらくお茶会そのものを開催しないことにした。
お茶会開催予定日の早朝、血相を変えた母親に起こされたヒメリアは、今日の予定が変更になったこととその理由を告げられる。
「えっ……今日のお茶会、中止になってしまったの」
「そうよ、ヒメリア。ショックでしょうけど、よく聞いてちょうだい。実はね……鉱山を仕切っていたカシス・バルティーヤさんが、事故に遭って亡くなられたの。私有地の鉱山に見学に行った際に、落石事故に巻き込まれて……そのまま帰らぬ人になったの」
亡くなった御令嬢は、ペリメライド国の王族とも縁戚関係にあたる大鉱山の所有者バルティーヤ一族の長女だった。ヒメリアにとっては優しく花嫁候補のマナーについて教えてくれた恩人であり、他の花嫁候補者達にとってもリーダー的存在だったはずだ。
だが、大勢の人に慕われている一方で社交界にデビューする十六歳を過ぎても、未だに他の貴族と婚活をせずにクルスペーラ王太子の花嫁候補として残留したことが、誰かの目障りだったのではないかと推測された。
上辺は王家との付き合いで花嫁候補の会合に顔を出しているだけで、実際に王妃になる気はないとしつつも、内心はクルスペーラ王太子と関係を結ぶように画策しているのだろう……と邪推する者も。だが、早すぎる死は他の花嫁候補者達に恐怖を与え、花嫁辞退を促しているようにも感じられた。
「カシスお姉さんが、嘘でしょう? そんな、うっカシスさん……どうして死んでしまったの?」
ヒメリアからすればショックを受けるのは当然で、優しくしてくれていた頼れるお姉さん的ポジションのカシスが亡くなって心が苦しくなる。
どうしていいのか分からずに、こぼれ落ちてきた涙はこの島を見守る女神の涙のよう。泣きじゃくるヒメリアの心とリンクするように、ポツリポツリとペリメーラ島に雨が降り続いた。
* * *
フィオと他の花嫁候補の対面は、フィオが理想とした楽しいお茶会ではない場所となってしまう。
哀しみにあふれた若き御令嬢カシスの葬儀、それがフィオと他の花嫁候補が初めて会う場所だった。
葬儀は海の見える教会で行われたが、落石事故に巻き込まれるという形で亡くなった御令嬢に配慮して、棺は閉じられたままの葬儀だ。以前よりカシスと交流があった少女達は、いつもとは違う黒い喪服姿で参列し、手には白い献花が握られていた。
「うぅ……カシスさん、今までありがとう。さようなら」
「天国に行っても私達のこと、忘れないでね。絶対よ」
「また遠い未来に、みんなでお茶会しましょう。それまで、天国で待っててね」
それぞれがカシスに向けてメッセージと花を贈り、席へと戻っていく。
すると花嫁候補達に混ざる形で、見慣れない少女が王宮関係者に連れられて葬儀に参列する姿が見えた。
(あの女の子、誰だろう? 見かけない顔、あの子が赤毛の少女フィオちゃんなのかな)
一般的に結婚式とは違い、葬儀というものはよばれていない者でも参列が出来る。だから、カシスと面識のない少女が葬儀に参列しても不思議ではないのだが、彼女を取り巻く面々は王宮で見かけたことのある者達だった。
『あの大臣、よくお茶会を仕切っていた人だよな。何故、あの赤毛の少女を連れて来たんだ。まるで彼女のお付きのようだ』
『それだけじゃないわ、クルスペーラ王太子の教育係だってあの赤毛の少女と一緒じゃない。どういうこと、最初から大陸派の派閥だったということ?』
そこで花嫁候補の少女とその家族は、ようやく王宮関係者達の何割かが、元から赤毛の少女フィオを正式な花嫁として迎えようとしていたことに気づく。その背後から、ショックで憔悴しきったクルスペーラ王太子の姿が確認された。
「カシス姉さん、僕は……貴女からたくさんのことを教えてもらった。僕を【大人の男にしてくれた】貴女のことを、心の奥底から慕っていたよ。綺麗な貴女と結婚出来なかったことを、僕はきっと後悔するだろう。さようなら……天国で会おう」
最後にクルスペーラ王太子が花を手向けて、棺はそのまま火葬場へと送られた。まるで恋人に別れを告げるようなセリフに、彼女が死んだ理由を察する者もいた。
だが、クルスペーラ王太子の言う【大人の男にしてくれた】という言葉の意味を、まだ幼いヒメリアは理解出来なかった。
花嫁候補の少女達は火葬には参加せずに教会で解散したが、天国のカシスを思うのと同時に自身の身の危険を感じ取る子も増えたようだ。
次の日、花嫁候補を辞退したいと申し出る貴族が増えて……正式な花嫁候補はついにヒメリアとフィオだけになった。




